昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第1章 調和のとれた成長のための課題

2. 高成長下の新たな課題

このように先進国においては1960年代を通じて所得水準は顕著に増大し,我々は,歴史上かってみられない豊かさに達している。このような目覚しい所得水準の高まりにもかかわらず,多くの国では国民の間にかえって不満感がたかまっているかに見受けられる。これは,①根強いインフレ傾向及びそれに伴う労働争議の激化などの社会的緊張の増大,さらに②急激な経済成長の中で生じた公害その他による生活環境の悪化によるところが少なくないと思われる。さらに先進国の所得水準の上昇と対照的に発展途上国では人口の増大もあって一人当り所得の伸びは低く,その意味で南北問題はいぜんとして重要な問題である。

(1)インフレの問題

1950年代において主要先進国で問題となった,成長とともに物価水準がゆるやかに上昇していく傾向一いわゆるクリーピングインフレは,60年代にはいっていよいよ明瞭な形をとるようになりほとんどすべての国に共通する重大な課題となった。しかも,60年代にはいって,大きな景気変動が避けられたこともあって上昇率の変動幅こそ小さくなったようにみられるが,上昇率はしだいに底上げされていく傾向がみられる(第28図)。とくに68年の終り頃から主要国がいっせいに物価上昇の加速化をみせ,69年にはGNPデフレーターで4.75%(OECD推計)と50年代後半におけるピーク4.3%を上まわるまさに朝鮮動乱以来の世界的なインフレーションとなった。このようなインフレ傾向は,主要国の国際収支の調整を攬乱させ国際通貨の問題を深刻化させたり,また,国内面においては,労使の対立を深め労働争議を通じて社会的な緊張を高める原因ともなっており,主要先進国にとって内政上の最大の問題となっている。

たとえば70年1月22日のアメリカの大統領年頭教書においても,失業の犠牲をできるだけ小さく抑えながらいかにしてインフレを収束させるかが,環境問題とともに最大の課題とされている。

ヨーロッパの主要国においても,賃金と物価のジレンマが重大な問題になっている。また,日本で70年5月に策定された新経済社会発展計画においても,物価の安定が最重要課題の一つである。

さらに,このようにインフレ問題が各国共通の課題となったことと,最近のインフレにみられるようにインフレの国際波及が無視できない情勢になったことから,IMFやOECDなどの国際会議の場でも,各国が協力してこの問題に取る組もうとする姿勢がみられるようになってきた。

このようにインフレ問題に世界的な関心が集まっている背景としては,単に技術的に成長と物価安定を両立させることが非常に困難であるということのみでなく,所得分配の問題と深くからんでおり,まさに政治問題化していることがあると思われる。それがこの問題の解決を困難にしている最も大きな要因であると思われる。

60年代において主要国は,高成長,高雇用を通じて所得水準の向上にかなりの成功をおさめてきたのは先にみた通りである。しかしながら,60年代においては,高成長,高雇用と物価の安定を両立させえた国はない。したがって高雇用水準を維持しつつ,いかにして物価の安定を達成するかが70年代においてもいぜんとして最大の課題の一つとなろう。

(2)環境破壊の問題

1960年代の急激な経済成長は,物価問題や農業問題にとどまらず,さらに都市問題,住宅問題などさまざまな社会的諸問題を高じさせたが,なかでも一番深刻なのは公害問題を頂点とする環境破壊の問題である。生産規模の拡大は急速な技術革新,工場立地と大都市への人口集中を通じて,我々の生活環境を一変させてしまった。その結果,大気や水の汚染,騒音,私生活の妨害や喪失,自然の景観の破壊,快適なリクリエーション地の消滅,通勤の長距離化や混雑等さまざまな形の環境破壊を引起した。これらの問題は,経済成長の社会的コストともいうべきものであり,とくに先進工業国においてこのような種々の弊害が目立つにつれて,経済成長が必ずしも国民の福祉の向上に結びついていなかったのではないかという意識が近年急速に高まってきた。60年代後半に主要国では,公害規制のための法制の整備や対策の強化が急がれ,ニクソン大統領の年頭教書でも物価と並ぶ重要性が与えられている。国連やOECD等の国際機関でも環境問題を積極的に取り上げており,とくにOECDでは,従来の量的な意味での経済成長に対する反省をふまえて,先に述べたような経済成長がも.たらした種々の社会的不均衡のうちから,とくに環境問題に焦点をしぼり,長期的な資源配分を修正するという方向からこの問題の解決に迫ろうとしている。

第29図 大気汚染要因の進展度

いうまでもなく,人類の福祉に結びつかない経済成長は無意味である。GNPは経済的な福祉の指標としては重要であるが,市場価格のつけられない自然資源や廃棄物及び外部不経済はGNPの算定には入ってこないため見落されがちである。したがって経済成長は社会の福祉向上の必要条件ではあっても必ずしも十分条件ではない。その意味で今後とも改めて経済成長の意味が問い直されつづけざるをえないであろう。

(3)発展途上国の経済成長

一方,発展途上国では,すでに 第23図 に見たように順調な発展を続け,とくに国内総生産による経済成長率は1960年代後半には5.2②と,先進国のそれを上まわるに至った( 第31表 )。 これは,国内総生産に占めるウエイトの大きい農業が,グリーン・レボリューションの成功等によって4.0@とこれ迄にない程の高い成長率を示したことが大きく作用している結果である。

このようにGNPについては成長率で見る限り,いわゆる南北格差は縮小の方向にあるといえよう。しかしながら,このような経済成長も,第32表に見るような急速な人口増加のための,一人当り成長率では,なお,2~3%の低レベルに甘んじており,この面からの南北格差は,むしろ一層拡大してきている。その結果,一人当り国民所得で見た先進国との格差は,゛南北問題″が取り上げられた当時よりも一層大きなものとなっている(第33表)。すなわち,65年時点で見ると,北アメリカの2,475ドル,ヨーロッパの1,250ドルに対し,日本を除いたアジアではわずか100ドルにすぎず,最も高い中南米でも340ドルでしかない。

このように,南北問題は依然として世界経済における大きな課題であることに変りはない。しかしながら,ここで注目すべきは,発展途上国相互間においても成長率格差が生じてきたことである(第34表)。

たとえば,台湾は年率10.0%と高い経済成長を成し遂げた結果,一人当り成長率でも6.8%と先進国の水準をもはるかに上まわるに至っているし,韓国,イラン等いずれも8.0%を越える経済成長率を記録しているのに対し,インドネシアでは2.2%と低い経済成長率の結果,人口増加分を吸収しきれず,一人当り成長率では逆にマイナスになるなど,顕著な対照を示している。このような発展途上諸国間における成長率格差,とくに発展途上国の高成長国の教訓を学ぶことは70年代の発展途上国の開発戦略を考えるにあたって,一つの示唆を与えるものと思われる。


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