昭和45年
年次世界経済報告
新たな発展のための条件
昭和45年12月18日
経済企画庁
第2部 新たな発展のための条件
第1章 調和のとれた成長のための課題
1970年代についての主要国や国際機関の計画ないし成長見通しをみると,いずれも60年代を上回る高成長を予想している。たとえば,OECD全体の経済成長見通しでは,70年代においても60年代の年率4.8%を上回る年率5.3%増の高成長を予想している(第35表)。発展途上国についても,国連の「第2次国連開発の10年」における経済成長目標は年率6%であり,60年代の実績5.2%をかなり上回っている(第36,37表)。
1人当り国民所得が平均して先進国の10%にも達しない発展途上国にあっては,量的拡大がすべてに優先する政策目標であることから疑問の余地はない。他方,先進国においても,いぜんこのような高成長が見込まれているのは,各国とも60年代の成長の成果に対する自信を深めており,さらに成長政策の考え方が浸透したことをしめすものであろう。しかしながら,70年代もこのような高成長が維持されるとすれば,70年代に解決できなかった①高成長と物価の安定の両立,②公害を中心とする環境破壊の防止,さらに③南北問題の解決などは,ますます重大な課題として70年代の新たな経済発展の前途にたちふさがってこよう。
OECDの発足当時,60年代におけるOECDの経済規模を50%(年率4.1%)拡大することが努力目標とされたが,実績は約60%増(年率4.8%一日本を含む)と目標をかなり上回って達成するという好成績をおさめた。しかし,60年代の経済成長が決して一様だったわけではなく,景気変動の波が50年代よりもかなり小幅化したというものの,国際収支の均衡と物価の安定の面ではいぜん不満足な成果に終った。第30図にみる如く,主要国間とくにアメリカとヨーロッパの間で需給変動のスレ違いとそれに伴うインフレ局面のズレが国際収支の調整過程を攪乱させ,ひいてはそれが国際通貨不安を深刻化させることともなった。
さらに今回の世界的なインフレ傾向についても基本的にはアメリカをはじめとする主要国において68年末以来,需要超過の傾向があらわれたことを無視することはできない。
これは各国の財政金融政策を中心とする需要管理政策が必ずしも適切に運用されなかったことを意味している。とりわけ,国内均衡(物価の安定)と対外均衡を両立させるには,財政政策と金融政策を適切に組み合せたポリシーミツクスが要請されている。その意味で今後財政政策を中心とする需要管理政策の一層の拡充が重要であろう。しかしながら,国内均衡-すなわち物価の安定には需要管理政策のみで対処することに明らかに限界がみられる。というのは,最近のとくに欧米主要国のインフレにみられるように景気後退にもかかわらずインフレが高進するという。いわゆるコストプツシュ的要素が無視できない情勢になっていると考えられるためである。このようなコストプツシュ的インフレに対しては需要管理政策のみで対処しようとすればかなり大幅な景気後退,失業の増大は避けえないであろう。この面から所得政策の要請は高まっており,ニクソン政権になってから所得政策の導入には消極的であったアメリカにおいても,本年6月に従来の財政金融面からの引締め措置に加えて「インフレ警報」の導入を発表した。
8月7日に生産性委員会から発表された第1回「インフレ警報」は,賃金・物価の上昇が激しい部門にスポットライトを当て,物価水準に対するその影響を客観的に分析することを目的としたものであり,所得政策のカテゴリーではもっとも穏やかなものに位置しよう。最近の傾向としては,各国とも実施上非常に困難の伴う政府の直接的介入よりは,軽い説得的な形の所得政策へと移っているように思われる。
このような形の説得が物価上昇に対してどれほどの効果を上げるかまだ明らかではないが,60年代の各国の経験からみる限り,所得政策の前途は険しいといわざるをえないであろう。
さらに,60年代の高成長の結果,先進国の発展を制約するもう一つの条件として現われてきたのが公害問題を中心とする環境破壊の問題である。この問題は前項でもみたように,従来の量的な拡大を中心とする経済成長の考え方の新たな転換を要求するものである。すなわち,経済成長の成果がそのまま国民生活の福祉に結びつくような形での成長のあり方が追求されなければならないであろう。そのために①主要先進国においては,70年1月のアメリカの「環境政策法」の発効にみられるように,大気汚染,河川の汚濁,騒音,悪臭等の環境汚染に対しては,従来にもまして抱括的な法的規制の整備,公害対策の充実の方向が打出されることになろう。さらに②日本,フランスをはじめとする各国の経済計画の大きな柱の1つともなっている生活環境施設を中心とする社会資本投資の拡充のほか,③市場価格で表示されない環境破壊等の外部経済を含める形でのGNP概念の拡大,あるいは国民の福祉水準指標など,質的な成長を計測するための手段の開発も模索されることになろう。
また,これらの環境問題はいずれも先進国共通の問題であり,公害防除などによる国際調整の問題も生じるため,OECD等の国際機関を通じる国際協力が一層重要な問題となってこよう。
一方,60年代を通じて,先進国と発展途上国の一人当り所得は単に絶対額のみでなく発展途上国の人口の急増もあって伸び率でもかなりの格差がみられ,70年代も先進国の高成長が予測される状況にあっては,南北格差の拡大は,一見埋めがたいという絶望的印象を与えよう。しかし,発展途上国のなかにも台湾,イスラエル,韓国,イラン,タイなどのように,60年代において,年率7~10%(1人当りでは4~7%)にも達するような高成長を実現したグループがあることを考慮すると,一概に悲観的になる必要はないようにみえる。発展途上国の多くがこれらの高成長国にみならってその仲間入りをするならば,南北格差は縮小化に向かうとみられるためである。
こうした観点から,発展途上国の中で高成長を達成することができたグループに共通した要因をさぐることにより70年代の開発戦略の方向を明らかにできれば資本不足に悩むこれら諸国に対して先進国の側からする援助の際にも,それらの点に十分留意することにより,援助を真に意義あるものたらしめることができよう。こうすることによって発展途上国間でもとくに成長の遅れている諸国の発展を促し,ひいては南の諸国全体としてのレベルアップを助長することが可能となるであろう。