昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


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第2部 世界経済の発展と国際交流の増大

第2章 資本移動の増大

2. 南北間の資本移動の態様と特徴

(1)長期資本移動量の増大

つぎに,南北間の資本の移動についてみよう。

南北間の長期資本移動量をOECD開発援助委員会(DAC)の資料によって先進国から低開発国に対する資本の純流出額(政府資本および民間資本)でみると,先進国からの純流出額は1968年に128億2,710万ドルに達し,57年当時の規模と対比すると,11年間に68%も増加している。

この純流出額は,先進国から低開発国への資本移動量のほとんどすべてを網羅しており,世界全体の南北間の長期資本移動量としては,このほかに社会主義国からの純流出額が毎年2~3億ドル計上されるにすぎない。

こうした南北間の長期資本移動は,60年代後半に入って主として民間ベースの長期資本を中心に増大している (第35図参照)。

なお,資本移動量に占める長期民間資本の割合いは,64年頃から漸次その比重を高めてきたが,68年には純流出総額の約46%が輸出信用をふくむ長期民間資本によって占められることになった。

もっとも民間資本の伸びは,輸出信用を除外すると世銀の国際委員会(ピアソン委員会)でも指摘するように,60年代後半になってようやく60年代前半の停滞から脱して50年代後半の水準を取り戻したというのが実情かも知れない。しかし1967~68年に入って民間投資の増加傾向は,西ドイツおよびアメリカの著増を主軸にかなり力強いものがあるようだ。アメりカでは,国際収支に制約があるにもかかわらず低開発国に対する直接投資に積極的であり,イギリスも68年に入って直接投資はかなり増大した。西ドイツの民間投資の増大は主として低開発国に対する融資の増加と,西ドイツ市場で一部の国が起債を行なったためとされ,日本,イタリアでは主もに輸出信用の増加が大きかった。

OECD開発援助委員会の資料によって,長期民間資本移動のパターンの変化を62~64年平均,65~67年平均,68年の3時点で掴えてみると第43表に示されるように,第1に輸出信用の比重が急速に高まり,常2に長期投資の面では,直接投資の比重が新規投資も再投資もともに低下し,融資や起債応募の増加によって証券投資の比重が高まっている。こうした輸出信用の比重増大と直接投資の比重低下という傾向は,低開発国の経済開発への寄与という面からなお検討してみる必要があろう。

一方,借款,贈与など政府資本の移動は,純額でみると民間資本の流出増とは対照的に,60年代後半に入って増加テンポが鈍り構成比率も縮小している。

このような政府資本流出の停滞は,主もにアメリカ,イギリス,フランスなど国際収支上制約をうけている各国の停滞が大きく影響しており,西ドイツ,日本,イタリアでは逆に増大をみせている。

先進国から低開発国への資本移動は,一体いかなる地域に集中しているのだろうか。この点については政府資本と民間資本では明らかに相違がみられるようである。

まず公的ベースの政府贈与,政府借款,国際機関借款は,インド,パキスタン,南ベトナムのアジア3国が援助総額の約3割を占め,その比重は60年代前半に較べ60年代後半に至って高まってきている(第44表参照)。

また地域別にみるとアジア諸国の占める比重が最も大きく,ついで中近東,アフリカ,ラテン・アメリカがこれに次いでいる。

一方,民間資本移動は,第47表のようにメキシコ,韓国,ナイジエリア,ブラジル,イスラエル等の資本流入額が大きく,地域別にはラテン・アメリカの占める比重が圧倒的に大きく,アジア,アフリカがこれにつづいている。

なおアメリカでは,ここ3,4年来低開発国における鉄鉱石,銅,ボーキサイドの採掘,精錬と,化学工業用の原料加工業に対する大規模な開発投資の機運が高まってきている。とくにアジア,アフリカ,ラテン・アメリカ地域に対するアメリカ企業の関心が強く,マグロー・ヒル社調査によれば,67年に22.6億ドルであった上掲地域に対する直接投資額が,69~70年になると約31~35億ドルに高まり,西欧向け投資額にほぽ匹敵するようになるだろうとみている。

第45表 DAC諸国の低開発国向け直接投資残高

(2)低開発国の発展段階と資本移動

1)発展段階と資本移動

南北間の長期資本移動は,純流出額でみると60年代後半になって民間べースの構成比率を高めながら増大してきた。こうした南北間の長期資本移動を政府資本と民間資本の2つの形態に分けてその流入系路を辿ると,低開発国の発展段階との間に一定の法則が存在するように思われる。一般的な表現をとれは,先発国に民間資本が集中し,後発国には概して政府資本が集中するという傾向がそれである。また最近援助供与国の間で問題とされている低開発国の援助吸収能力という観点に立ては,投資実行力をもつ国に民間資本が集中し,投資実行力の乏しい国には公的ベースによる贈与・借款の供与がより多く行なわれるというのがそれである。

第47表は低開発国28カ国の経済発展段階を表示したものである。経済発展段階を示す指標としては,①一人当り国民所得,②製造工業比率(国民総生産に占める比率),③一人当り電力生産量,④識字率,⑤総人口に占める生徒数の5項目が取りあげられて平均指数が作成されている。識字率および総人口に占める生徒数という項目は,とくに投資実行力をあらわす指標として選ばれたものである。

平均指数でみると,イスラエルを先発国あるいは投資実行力をもつ国の最先端とし,エチオピアを後発国あるいは投資実行力の乏しい国の最後尾として28カ国が分散している。

この低開発国の発展段階指数と各国に流入した長期民間資本に対する政府資本の比率を対応させたものが第36図である。これでみると,石油産出国のため投資実行力が乏しくても多額の民間資本が流入するナイジエリア,あるいは社会化の促進によって民間資本が流出に転じたチリ等を例外として一般的に言えば,発展段階の格差に応じて民間資本の流入の程度が高まる傾向があるといってよい。

第46表 アメリカ企業の海外投資実績と予測

2)低開発国における政府資本の特色

前述のように低開発国の発展段階と各国に流入する資本形態との間には一定の傾向がみられたが,これは政府資本の移動が低開発国の経済安定および経済開発の促進を目的として移動し,とくに下部構造の整備が優先されるという性格をもってきたのに対し,民間資本の移動は,石油,鉱産物,プランテーションなど戦前からの伝統的投資分野から,最近では投資環境が比較的整備した先発国,あるいは投資実行力を備えた国における工業開発を目ざして流入するという傾向がみられるからである。

第37図は先進国の政府資本について借款,贈与供与額を使用目的別に分類したものである。これでみても,経済開発のため資金を供与し,これをもって特定プロジェクトの建設用資財やプラント類を購入する費用と,外国から技術者,専門家を招聰し,低開発国の技術人員を技術習得のため海外派遣する費用を合計しても,援助総額のわずかに50%前後を占めるに過ぎない。この点は被援助国の資本流入ベースでみると一層はっきりする,第38図はアメリカの台湾援助に占めるプロジェクト援助の比重を一例として示したものであるが,アメリカの援助が経済の安定化に寄与するところが大きかったにしても,半面プロジェクト援助の比重が小さかったことを示している。こうした事情から,最近

政府資本の移動をより多く開発プロジェクトに導入し,その管理を強化し,消費の有効的な統制を計ろうとする機運が国際的に高まりつつある。低開発国の経済発展という見地からすると,世銀の国際開発委員会―ピアソン委員会も指滴するように,先進国からの政府資本の純流出額がさらに増え,金利,返済期限など債務条件の一層の緩和が進むことが必要であろう。

第38図 アメリカの対台湾援助の目的別分類

3)低開発国における民間資本の特色

一方,民間資本は伝統的に主として石油を中心とする鉱産物採掘および輸出用作物の大規模生産(プランテーション),公益事業等の分野を対象として投資が行なわれてきた。しかし戦後は製造工業およびサービス業に対する投資が増大してきている。

因みに直接投資残高の業種別比率をみると,1966年末現在,石油40%,鉱業9%,製造工業27%となっている(第45表参照)。

第39図第40図はインドおよびメキシコにおける海外民間投資の産業別構成を示したものである。これでみると,明らかに政府資本の流入の場合とは異なって,民間投資総額に占める製造工業部門の比重の大きいことがわかる。また製造工業部門の中でも,当初は食品,繊維など消費財部門が中心であったが,最近では化学,金属,機械部門が主となっている。これは海外民間資本と地元資本との合併企業が急速に拡大しているためである。

民間資本の移動はまた,単なる資本移動だけではなく,生産的技術や経営技術が一体化して導入されるという点から,低開発国の経済開発に寄与するところが大きい。多くの低開発国はこうした点と同時に,追加的な外貨取得の手段として民間資本の導入に新たな関心を高め,産業投資奨励法(タイ),創始産業法(マレーシア),投資奨励条令(台湾),外資導入法(韓国)等を制定して外資導入に対して積極的な姿勢を示しはじめている。

さらに民間資本の移動は,先進国の市場拡大や輸出増大の上でも大きく寄与している。アメリカの全国産業審議会(NationalindustrialConferenceBoard)が計算したところによると,1ドルの海外投資は2ドルの売上げを生み,世界取引の増大に寄与しているといわれ,またアメリカの低開発国における子会社向け輸出額は,輸出総額のすくなくとも2.5%以上を占めているとみられる(第48表参照)。先進工業国にとって低開発国に対する民間投資の増大は,輸出市場拡大という点でますます重要性を加えつつある。

しかし,このような民間資本の流入も,ピアソン報告でも指摘するように,低開発国の経済成長を促進する半面種々の弊害をもたらすことも事実である。たとえば低開発国における出先の子会社が,その従業員のみに利益を与え,経済効果がその国全体にゆき渡らないことなどがある。また民間投資の利益が流出することをできるだけ防ぎ,いかに再投資させるかといった問題もある。さらに,今後民間投資の流入が増大するためには,受入国の租税制度,投資収益の海外送金等の投資環境が一層整備されなければならない。また低開発国の企業近代化がさらに促進される必要がある。それには,たとえば公営企業の民営化が促進されるとか,低開発国の企業経営に共通する同族意識の強い商業資本中心の形態から近代的な形態への移行等を必要とするであろう。