昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


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第1部 1969年の世界経済の特色

第3章 国際収支黒字国と赤字国の発生

3. 国際収支構造と経済の発展段階

以上のように,60年代に入ってから,次第に国際収支の不均衡が拡大してくる傾向にあるが,これまで述べた各国の輸出入の構造,価格競争力の相違,資本取引面のちがいなどは観点を変えていえぱ,それぞれの国の経済発展段階のちがいからもたらされたとみることもできる。経済発展と国際収支構造との関係は一般にいって債権,債務ポジション(対外負債一対外資産)からみて,債権国,債務国の2つに分けることができる。さらに,この債権国,債務国という2つの分類はそれぞれ貿易収支,投資収支との関連で,3段階に分けられる。これを図式化してみると,第20図および第25表のようになる。すなわち,経済発展の初期の段階においては,国内産業も脆弱なため輸出商品も少なく,貿易収支はマイナスになるし,資本蓄積も不足しているため,外国資本を採り入れる傾向が強く資本流入国になりがちである。これがIの段階である。つぎにやや,経済発展段階が進むと,輸出商品も増え,貿易収支は次第にバランスしてくるが,資本はまだ国内の蓄積が不充分で不足しているため,資本流入は続くというIIの段階に入る。さらに経済が発展すると貿易収支はさらに黒字幅を大きくし,資本流出も始まるが,この段階では資本の残高でみると,まだ負債が資産を上回っているため債務国にとどまる第III段階になる。貿易収支は黒字基調のまま,資本流出がある程度続くと,残高でみても資産が負債を上回るようになり,債権国に変わる第IV段階に入る。この状態がある程度続いた後には,従来まで低い段階にあった国も輸出競争力を強化してくることから,先進国の貿易収支の黒字幅は縮小する傾向にあるが,逆に資本収益の受取りがふえ資本的収支は黒字になって行く。

第23表 各国の経常収支

やがて,貿易収支がマイナスに転じても,当初は資本流出による投資収益の受取りの増大によって経常収支はある程度バランスを保っているが,貿易収支の悪化が大きくなれば,国際収支全体として赤字化するというVI段階に入って行くわけである。

このような図式的な経済発展と国際収支パターンの動きを,現実の各国についてみると,第26表のようになる。すなわち,経済発展のもっともおくれているエチオピア,スーダンなどの諸国では,貿易収支は赤字で,民間資本の流入もまだ小幅であるが,低開発国の中でも比較的発展がすすんでいるイスラエル,メキシコ,などでは,民間資本の流入もかなり多額にのぼり,これにともなって,投資収益の赤字も相当の規模に達している。先進国についてみると,第26,27表のように,イギリスは,50年代以降,貿易収支は恒久的な赤字になっていること,資本収支と投資資収益との合計,いわば資本関連収支が黒字をつづけていることなどから考えるとかなり早い時期に,第Vないし第VIの段階に入っていたとみることができる。

つぎにアメリカは,第1次大戦中に債権国となった。その後貿易収支,資本関連収支ともに黒字をつづけていたが,68年以後急速に貿易収支が悪化する反面,資本関連収支が大幅な黒字になってきたことから考えて,ようやく第VI段階に移行する過経にあるようにみえる。フランスの場合は,貿易収支の黒字が次第に減少する傾向にあり,これをしばしばフランの切下げで回避していること,資本の関連収支は黙字基調にあることなどからみて,第V段階にあるように思われる。一方,西ドイツは60年代初めには債務国であったが,その後資本流出が累積し,67年頃から債権国に移行したと推定されるが,貿易収支の黒字基調,資本関連収支の赤字基調がつづいていることから考えて第IV段階にあるということができる。また日本も64~65年を境として第III段階から,第IV段階に入りつつあるとみることができる。

以上のように,国際収支のパターンは,各国の経済発展段階の相違に応じて,それぞれの典型的なパターンが生まれる傾向にあるが,このことは,各国の経済政策がこれらの段階に応じて適切にとられれば,国際収支の均衡をある程度はかることができることを意味している。

たとえば,第III段階ないし,第IV段階の国々では,資本関連収支の赤字を貿易収支の黒字で補うような政策をとるとか,第IV段階の国々では,貿易収支の赤字を,逆に資本関連収支の黒字で補うよう適切な政策をとるなどである。

しかし,実際にはそれぞれの国が必らずしもその段階に即した政策をとることが,難しかったことが最近の国際収支の各国間不均衡を拡大させる要因となったとみることもできる。たとえば,第VないしVI段階に入っているとみられるアメリカやイギリスなどの場合,投資収益の黒字によって資本の流出,さらには貿易収支の赤字をカバーすることが自然の姿と思われる。しかし,たとえば,アメリカの場合,現実には,経済援助その他の拡大によって政府資本の流出が多額にのぼり,このために,民間資本関連収支の黒字以上に政府資本の赤字が多くなり,国際収支全体としては赤字となったのである。

また,西ドイツ,イタリア,日本など第III,IV段階にある国については,貿易収支を中心とする経常収支の黒字拡大傾向を,資本輸出によって相殺することが望ましいが,しかし,67年以降の西ドイツ,イタリア,68年以降の日本の国際収支をみると,長期資本の純流出額は経常収支の黒字をかなり下回っている。

第20図 経済発展段階と国際収支パターン

第25表 国際収支表のパターン

第27表 各国の対外投資ポジション

第28表 各国の貿易収支,資本収支,投資収益収支の推移


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