昭和44年
年次世界経済報告
国際交流の高度化と1970年代の課題
昭和44年12月2日
経済企画庁
第1部 1969年の世界経済の特色
第3章 国際収支黒字国と赤字国の発生
1960年代に入ってからの,主要国の輸出入増加率(実質)を比較してみると,第17図のとおりであり,アメリカ,フランス,イギリスなどの赤字国では,輸出の伸び自体が比較的低いうえに,輸入の伸びが輸出のそれを上回っている。一方,日本やイタリアの場合,輸出の伸びが著しく高いばかりでなく,輸入の伸びを大きく越えている。西ドイツについては,輸出入の増加率はほぼひとしい,しかし,西ドイツの貿易収支は,1960年代初めにおいてすでに約20億ドルの黒字を記録しており,その後,輸出入がほぽ平行してふえたということは,黒字幅が拡大傾向をたどっていることを示している。
このような,各国の輸出入の増加率をOECD諸国全体の経済成長率や当該国の経済成長率との関係で検討してみると,第19表のとおりである。これによってみても,黒字国,赤字国の格差拡大にとって,もっとも決定的な要因とみられるのは,OECD諸国全体の経済成長に対する各国輸出の弾性値の大小であり,黒字国ではこの値が1.7から3.2にのぼっているのに対し,赤字国では0.6ないし1.2と著しく低い。しかし,同時に経済成長率や,輸入弾性値の関係も,多くの国で,格差拡大の要因として働いていることは見逃せない。たとえば,赤字国であるアメリカが,OECD加盟国の平均に近い成長をつづけているうえに,輸入弾性値がかなり高いことは,貿易収支の悪化に拍車をかけている。また,ヨーロッパ最大の黒字国である西ドイツの成長率が,4.1%と,かなり低位にとどまっていることも注目される。さらに,わが国の場合,成長率は欧米諸国の2倍近くに達しているものの,輸入弾性値が低いために,成長率が高い割には輸入の伸びが小幅になっているのも,近年における大幅黒字の一因となっている。
以下,貿易収支格差拡大の要因を,①輸出増加率の相違をもたらした輸出構造の変化,②価格競争力,③輸入構造の変化と輸入弾性値の3点に重点をおいて検討しよう。
1)輸出構造の変化
輸出面において各国の所得性値の格差がみられるに至った原因の第1は,主として輸出構造が世界需要の変動にうまく適応したか否かにあるものと思われる。すなわち輸出の所得弾性値が高いことは,世界需要の変化に対して輸出構造が十分に適用できたことを示すものであり,逆に所得弾性値が低いことは輸出構造の適応が不十分であったことを示すものといえよう。
この関係をみるため,各国の輸出構造が1958年から68年までの間にどの程度変化したかをみたのが第20表である。
各国とも,この間に,重化学工業製品のウエイトが高まっているか,その変化の仕方はまちまちである。輸出商品のうち最大のウエイトを占めるものをみると,アメリカは原材料から一般機械に,イギリスは,一般機械,輸送機械から一般機械に,フランスは,鉄・非鉄から食料・一般機械へと変化しており,西ドイツは一般機械で変化なく,イタリアは食料から一般機械に,日本は繊維から輸送機械にとそれぞれ変わっている。
また,構造変化の程度をみると,輸出構造の変化がもっとも激しく起った国は日本であり,次いでイタリア,フランス,アメリカ,イギリス,西ドイツの順となっている。日本とイタリアの場合は,他の国に比較して,かなり激しい構造変化がみられ,それが,輸出増加に結びついたものと思われる。
一方,黒字国の中にあって西ドイツだけは,あまり構造変化がみられなかった。これは,1958年当時にすでに世界需要の動向に適応するような輸出構造をとっていたためである。
すなわち,58~68年における世界需要の伸びをOECD諸国の輸出総額の伸びでみると,もっとも需要増加の著しかったのは,電気機械で,次いで一般機械,雑製品,輸送機械,化学の順になっているが,西ドイツは58年当時すでにこれらの分野にそれぞれ7.5%,21.4%,8.3%,15.9%,10.7%とかなり特化しており,相対的に有利な輸出構造にあったといえるからである。
西ドイツは,68年においても,この5つの分野の占める比率は67.4%と,他国を引き離しており,(アメリカ57.9%,イギリス55.2%,フランス51.0%,イタリア54.4%,日本66.1%)依然として,有利な輸出構造を備えている。
このように,黒字国の場合は,西ドイツのように,58年当時すでに輸出構造がうまく適応を示していた国と,58年から,68年にかけて,需要の増加に適応するように輸出構造を変化させてきた国とがある。これに対して赤字国の場合は,それほど激しい構造変化がみられなかったことが,輸出の所得弾値の相対的な低さの一つの大きな原因となって現われてきたのではないだろうか。
2)価格競争力の変化
黒字国,赤字国における弾性値の格差は,これまでみてきた輪出構造の変化の他に,価格変動の相違にもとづく価格競争力の変化によいてももたらされた。
60年代における輸出物価の動きをみると,第18図のように,イギリス,アメリカ,フランス,など赤字国の物価上昇率は,西ドイツ,イタリア,日本など黒字国の上昇率より相対的に高かった。
特にフランスの場合は,68年5,6月のスト以来の物価上昇率は著しく,これが68年以来輸出不振,貿易収支の,悪化をもたらし赤字国の仲間入りをする大きな要因となった。
このような輸出物価上昇率の相違をもたらしたのは,賃金コストの増加率の相違による面が大きい。
60年代に入ってからの賃金コストの推移をみると,第19図にみるように,赤字国では著しい上昇傾向がみられいのに対して,黒字国では落ちついた推移を示している。このことが上述のような物価上昇率の違いをもたらしたといえよう。すなわち,赤字国にあっては,60年代初期から終期になるにしたがって生産性を上回る賃金の上昇が,著るしくなったのに対して,黒字国の場合は,概して賃金の上昇以上に生産性の伸びが大きくなり,価格面からの輸出競争力の強化につながったものと思われる。
3)輸入構造の変化と輸入弾性値
輸入の増加が,経済成長率に比ぺて,相対的に低い場合には,貿易収支に対し,輸入面からもプラスの効果を与える。ことになる。
各国の輸入弾性値を第19表によってみると,アメリカ,フランス,西ドイツ,イタリアにあっては,成長率の約2倍のテンポで輸入が増加するのに対し,日本,イギリスでは,成長率も若干上回る程度にしか輸入は増加しない傾向がみられる。
このため,国際収支における黒字国,赤字国を発生させる原因の一つとなったものとして,アメリカ,フランス,の輸入弾性値が相対的に高かったこと,日本の輸入弾性値が相対的に低かったことがある。
このような各国の輸入弾性値の相違が現われた背景には,各国の輸入構造が,かなり異なっていたことが挙げられる。
すなわち第21表にみるように,アメリカ,フランス,西ドイツなどにあっては,輸入全体に占める工業製品のウエイトがかなり高い(50%近くを占めている)のに対し,イギリス,日本では,工業製品より,むしろ食料品,原燃料の輸入ウエイトが高くなっている。
そして,一般には,原燃料,食料品の輸入弾性値は1以下であるのに対し,工業製品の輸入弾性値は1以上であることが先に述べた輸入構成とあいまってイギリス,日本の輸入弾性値を相対的に低くさせ,アメリカ,フランス,西ドイツなどの値を相対的に高くさせることになったと思われる。
この原燃料,食料品,工業製品などにおける輸入構成の相違はどこから生じてきたのであろうか。それは,経済の発展に応じて,各国の輸出入品の構成が国によって,それぞれ特殊な変化を示したからである。第22表の商品利輸出入バランスをみると,まず,アメリカでは,58年から68年の間に輸出商品から輸入商品に変わったのは,繊維,鉄,非鉄,その他の原料別製品,電気機械,雑製品と5商品もある。
また,イギリスでは,輸出商品から輸入商品に変わったのは,鉄,非鉄,その他の原料別製品の2つであったが,その他の商品についてもバランスが悪化しなかったのは,一般機械だけで他はいずれも悪化している。フランスも鉄,非鉄,その他の雑製品が輸入商品に転化し,その他の商品についても,化学,繊維を除けばイギリスと同様にいずれもバランスは悪化している。
これらの赤字国の動きとは反対に,西ドイツ,イタリア,日本などにあっては,従来まで輸入商品であったものが,国内産業構造の高度化とともに,国産化が可能となり,まず輸入代替が行なわれ,さらに,生産の拡大により輸出品に変っていったことが一般的な特徴といえよう。
すなわち,西ドイツの場合は,すでに述べたように58年当時から輸出商品を比較的多くもっており,68年までの間にこれらの輸出産業のウエイトをさらに高めていったこと以外あまり大きな変化がなかったが,日本,イタリアの場合には,58年当時輸入商品であったものが,68年にはかなり輸出商品に変わっていることからみて,産業構造の高度化による輸入代替産業の発展,さらに輸出産業への転換が進んだとみてよいであろう。
以上のほか,国際収支の格差の拡大には,貿易外収支,民間資本取引,政府部門取引も,一要因として作用されていることはいうまでもない。
まず,貿易外収支についてみると,第23表にみられるように,多くの国は黒字となっており,とくにアメリカとイギリスでは,投資収益を中心として,大幅な黒傾向をつづけでいる。しかし,西ドイツと日本の場合,貿易外収支は,運賃収支を中心として毎年かなりの赤字を示し,近年では年10億ドルをこえている。
また,移転収支は,移民送金の大きいイタリアは別として,多くの国で赤字となっているが,これは主として政府による海外援助によるものである。
とくに金額的にみて赤字幅か大きいのは,アメリカ,西ドイツ,イギリスである。
つぎに,長期資本収支をみると,フランスをのぞいて赤字となっでいる。とくに政府資本取引は,後進国援助を反映して例外なく赤字であるが,アメリカ,西ドイツを除いては赤字幅はそれほど大きくない(第24表)。民間長期資本収支では,西ドイツ,フランス,イタリアでは黒字傾向を示し,アメリカ,イギリス,日本は流出超過となっている。赤字幅は,アメリカが圧倒的に大きいのはいうまでもないが,外国直接投資流入を抑えている日本が,延払いを中心にかなり大幅な赤字を示している点が注目される。
以上のように,各国間の国際収支の不均衡の増大は,主として貿易収支面での不均衡に基ずいていることは事実であるが,貿易収支,資本収支などの面では,それぞれの国の構造的な特殊性が存在しており,単に貿易収支の動向のみで全面的に規定されるものではないことは注意しなければならない。