昭和42年
年次世界経済報告
世界景気安定への道
昭和42年12月19日
経済企画庁
第2部 世界の景気変動とその波及
第3章 国際貿易と景気波及
第2章で明らかになったように,低開発国経済にもかなり明瞭な変動が認められる。しかし,低開発国の場合は工業国に比べると景気変動の自律的な発生力はきわめて薄弱であると考えられる。またかりに,特定の低開発国が大きな経済変動を示したとしても,それが他の諸国に与える影響力は僅少であろう。工業国の景気変動が貿易や資本というパイプを通じて,低開発国の経済変動をひき起こすという波及経路がこれまでの実際の姿であったといえる。
貿易面からみた場合,工業国で発生した景気の波及度合は,その国の世界貿易に占める地位と,影響を受ける低開発国の貿易依存度に左右される。戦後の世界貿易は,先進国間貿易の拡大を基軸にして進展し,66年には先進国対低開発国の輸出割合は約8:2に達し,低開発国の地位は一だんと低下した。また同時に,低開発国の貿易全体に占める域内貿易の比重も低下した。
このような構造変化に伴って,低開発国が先進国,とりわけ主要工業国の景気変動から受ける影響力は一そう強まっている。もちろん,低開発国といっても国により工業国との経済的結合関係は異なるから,工業国の景気変動が各低開発国に一律に波及するわけではない。第68表に示されているように,グループ別にみても工業国に対する輸出依存度には大きな開きがある。
まず東南アジアについてみると,輸出総額に対する主要工業国全体の割合は半分を超えているが,低開発国の中では最も小さい。相手国別では,アメリカが最も大きく,ついで日本となっている。中南米の輸出では,アメリカが全体の3分の1という圧倒的な比重を占めている。アフリカは工業国に対する輸出依存度では低開発国の中で最も大きいが,その中心はEECである。また,中東でもEECが最も大きく,日本,イギリスもかなりの比重を占めているが,自国および南米に石油資源をもっているアメリカの比重はきわめて小さい。またこれを工業国からみると,各国の輸入総額に占める低開発国の比重はかなり小さくとりわけ域内貿易が発展しているEECは日本の半分以下にすぎない。
このように,低開発国側,工業国側からみた各地域相互間の結びつきはかなり異なるが,低開発国の輸出変動は基本的にはこれら主要工業国の景気変動によって左右されると考えられる。しかしこの場合,各工業国の景気変動パターンには差異があるから,これらの国に対す輸出依存度の大きさに応じて,各低開発国の輸出変動パターンも相違している。第93図に示されているように,工業国の輸入は朝鮮動乱ブームの反動期である52年と,投資ブームの反動期である58年には各国とも減少し,また各低開発国の輸出もその影響を受けて減少した。しかし,その他の時期は必ずしも同様ではない。特徴的なものをあげてみると,東南アジアの輸出は52年の著減のあと53~54年も引続き減少したが,これは54年を中心とするアメリカ,日本などの景気後退が大きく影響している。これに対して,EEC諸国は当時景気の上昇過程にあり輸入も大幅に伸びたため,EECに対する輸出依存度の大きいアフリカや中東の輸出も54年は増大した。また,東南アジアの輸出は61~62年に伸びがかなり鈍化したが,これは同時期にアメリカ,イギリス,日本が相ついで景気後退期に入ったためである。一方,アフリカと中東の輸出は,EECの輸入増大を反映して62年には伸びが高まった。しかし一般的には,60年代に入ってからは欧米工業国の持続的経済成長に伴って各低開発地域の輸出変動パターンは著しく安定化した。さらに最近についてみると,EECの輸入の伸びは65~66年にしだいに鈍化したが,同様な傾向はアフリカの輸出についてもみられる。これに対して,東南アジアや中南米の輸出はアメリカの景気拡大に伴って引続きかなりの伸びを示した。
つぎに,低開発国の輸出と輸入を比較してみると輸入はかなりのタイムラグをもって変動しており,両者の間にはきわめて密接な共変関係が認められる。すなわち,輸出が減少するとやがて輸入も減少し,逆に輸出が増勢に転ずると間もなく輸入も回復している。
したがって以上を要約すると,工業国の景気変動は輸入変動を通じて低開発国の輸出を変動させ,それがさらに若干の時間的遅れをもって低開発国の輸入変動をひき起こしている。このように,工業国の景気は低開発国の輸出に直接的に,しかも同時に影響を与えている。それは,低開発国の輸出が1次産品を中心としており,かつ工業国の景気変動が1次産品の輸入変動に最も敏感に現われるからである。また,低開発国の輸出変動と輸入変動が時間的に同調していないのは,輸入が外貨準備の増減などを通じて変動するためである。この両者の関係を四半期データによって,もっと詳細に検討してみよう。
第94図によると,各低開発地域の輸出変動は主要工業国の輸入変動にほぼ類似した動きを示している。またそのうち,最も景気感応的な動きをしているのが東南アジアである。これは前述したように,東南アジアの輸出がアメリカ,イギリス,日本といった従来景気の波の大きかった工業国に大きく依存しているためである。これと対照的なのはアフリカで,従来工業国の中で最も安定的な経済拡大を示したEECとの貿易結合度が大きいという事情によるものである。また,中南米はほぼその中間的なパターンを示しているが,これはアメリカに対する輸出依存度が大きい半面,EECとかなり密接に結びついているためである。
また,輸出と輸入との間のタイムラグは各地域ともほぼ2~3四半期となっている。この点は,最近のOECD事務局の貿易見通しの中にも現われている。それによると,工業国の輸入は67年上期に停滞したが,下期には景気の立直りから輸入増勢も回復に向うが,低開発国の場合は,上期における輸出停滞の影響は下期の輸入面に現われ,そのため工業国の低開発国向け輸出は下期に大幅に鈍化するとされている。このことは,今回の工業国の景気停滞が始発点となって,低開発国の輸出,さらに輸入を悪化させ,それが再び工業国の輸出面にはね返ってくるということを示している。
もっとも,このようなラグが存在することは,ある意味では世界貿易の停滞をかなり減殺する機能を果たしているといえる。かりに,工業国と低開発国の輸入が同時に減少すれば,垂直的な波及過程を通じて世界貿易の停滞は一そう深化するであろう。また,工業国の不況が長期化すればするほど,その累積効果はさらに拡大する。しかし,これまでの経験によると,工業国の不況はかなり短期間に終了しており,このような事態の発生を回避できた。
また,第95図は60年代に入ってからのそれぞれの景気後退期において,各国が輸入変動を通じてどの地域に不況のしわ寄せをしたかを示したものである。景気後退期に入ると,各国とも約1年前後輸入を減少させているが,地域別の減少パターンはかなり相違している。
各国の景気後退は工業国,低開発国双方に影響を与えているが,その度合は欧米諸国の場合には概して低開発国の方が大きい。その中でもアジアが最も景気感応的で,減少幅も大きい。また,その他の地域は各工業国との結びつきの程度によって異なっているが,一般にアフリカに対しては緩慢である。これに対して,日本の場合は低開発国よりも工業国に対する影響度が大きい。これは,輸入相手国として比重の大きい北米からかなりの原材料を輸入しているためとみられる。また,低開発国の中ではとりわけアジアが緩慢で,後退期には他の地域からの輸入が大幅に減少しているのに対して,アジアは横ばいにとどまっている。これは,食糧や石油など景気にそれほど敏感でない商品がアジアの場合多いという事情によるものである。
以上みられるように,工業国の景気変動は低開発国に対てもかなり大きな影響を与えている。したがって,低開発国の貿易拡大と経済開発の円滑なる推進のためには,工業諸国の高い成長と同時にその安定化が望まれる。経済援助の拡大と並んで工業国の持続的成長が,低開発国の経済発展への道にも通ずるといえよう。