昭和42年
年次世界経済報告
世界景気安定への道
昭和42年12月19日
経済企画庁
第2部 世界の景気変動とその波及
第1章 世界工業国の景気変動
(1) 景気局面の比較
いま,世界工業諸国の景気日付あるいは主要景気指標にもとづいて,過去20ヵ年間の各国の景気変動局面を総括的に記録してみると,第62図のようになる。また,景気局面と鉱工業生産の変動との関連は第63図に示されている。
工業国の景気変動は,上昇と後退の時期,景気後退の程度や回数など,国ごとにかなりの違いを示している。アメリカは,戦後1948~49年,53~54年,57~58年,60~61年と4回の景気後退を経験したが,その後66年までに70ヵ月におよぶ景気の持続的上昇がみられた。このアメリカときわめて類似した動きを示したのはカナダであった。これに対して西ドイツは,51年,57~58年に軽微な後退を経過したあと,62年頃にマルク切上げ(5%,61年3月)後の影響もあって,一時的停滞がみられたものの,60年代に入ってから65年までの時期は比較的に安定した拡大過程をたどってきた。しかし66年後半から67年にかけて深刻な不況に直面することになった。フランスは,49年の緩慢な景気下降のあと,50年代には,51~52年,58~59年の2回の景気後退に見舞われ,58年にはフランの切下げ(15%)が行なわれた。その後,60年代になって64~65年に景気後退が生じた。イタリアは,48年以降50年代にかけて49年,51~52年,55年,57~58年に景気後退を経験し,60年代に入ってからは64年にリラ危機の発生を契機とした景気後退を余儀なくされた。このリラ危機下の不況は戦後のイタリアにとって最大の不況であったが,とりわけ設備投資の減少幅は戦後の工業諸国の経験からして最も著しかった(64年17.5%減,65年13.4%減,実質価格)。そのほか西欧大陸の工業国については,オランダ,ベルギー,オーストリア,スエーデン,ノルウェーなど,49年,51~52年,57~58年頃に景気後退に遭遇し,60年代に入ってから,若干の景気停滞の時期を経験した。イギリスは,49年以来ポンド防衛のための引締め策に基づく7回の景気後退を経験しつつ現在に及んでいる。イギリスは,戦後の景気後退の回数からすれば世界の工業国中最も多い。日本は,景気変動の回数はイギリスについで多い方である。
以上のように,戦後の工業国における景気後退の発生の時期や回数には,国ごとの差異があったが,景気後退の期間は大体1年以内にとどまり,いずれの国についても景気の上昇期間の方が数倍長かった。最も景気後退回数の多かったイギリスについてみても,戦後のこの20年間のうち景気後退の期間は90余ヵ月で全期間の3分の1以下であった。これに対してアメリカは,景気後退の期間は約5分の1,日本は約4分の1であった。
(2) 変動幅の国別の差異
1)国民総生産の変動性
各工業国の景気変動が戦前よりも小さくなったことは先に指摘したが,戦後の国別の変動幅はどのような差異を示しているであろうか。もともと,国ごとの景気局面が違っているため画一的な期間分割は難しいけれども,1950~58年と58~66年の2つの時期にわけて,各国の国民総生産の変動の振幅を比較してみると,つぎのような特徴がみられる。
アメリカの国民総生産の変動の振幅は近年目立って縮小したが,これは61年以降少なくとも66年までは,経済の長期的拡大が景気後退によって中断されることがなかったことによるものである。またこれは,アメリカの長期的繁栄の利益を最も多く亭受したカナダについても同様である。これに対して,イギリス,フランス,イタリアの近年の変動の振幅はそれ以前の50年代の時期とほとんど変りはなかった。一方,その他の西欧工業国については,近年の変動幅はかなり小さくなる傾向を示してきた。ただし,西ドイツについては67年の不況の影響を考慮に入れると,近年の平均的振幅は50年代のそれをやや上回るとみられる。この間にあって,日本は60年代に入ってから62年,64~65年と相つぐ景気後退が生じたために,変動幅は従来に比べても著しく高まる結果となった。
このように,近年の工業国の傾向をみると,国民総生産の変動幅が従来よりも著しく拡大した国は例外的であって,多くの国では60年代になってからはむしろ変動性がかなり小幅化する動きをみせてきた。ちなみに,50年以降66年までの期間全般についてみると,変動幅が最も大きかったのは日本で,ついでカナダ,アメリカ,オランダの順となっている。60年代に入ってからの長期にわたる景気の持続的上昇にもかかわらず,戦後の全期間を通じてみた北米両国の変動幅が高位にあるのは,半面においてそれだけこの両国の50年代における景気後退の度合が大幅であったことを物語っている。
また,イギリスについては戦後の景気後退の発生回数が多かった割には,戦後全期間を通ずる景気変動の振幅は,むしろ西ドイツやフランスよりも小さかった。
つぎに,成長率に対する変動振幅の比率によって国別の比較をしてみると,成長率に比べて相対的に景気変動の幅が大きい場合には,景気変動が経済成長に対してある程度の攪乱的影響を与えているという関係がありそうである。たとえば,58~66年の期間におけるこの比率をみると,イギリスが最も高く,景気変動が経済成長をさまたげる要因として他の国よりも強く働いたことを示しているようである。これに比べると,日本は変動の振幅そのものは非常に大きかった割にこの比率は低く,イギリスほどには景気変動の存在が経済成長を制約する要因とはならなかったとみられる。
2)投資と消費,利潤と賃金の変動性
このような国民総生産の変動に対して,需要の変動性にはどのような特徴が見出されるであろうか。各工業国の景気変動と需要変動の関係について共通的にみられる戦後の傾向は,投資部門の変動がはげしいのと対照的に,消費部門が安定的であったことである。投資のうちでは,すべての国で企業の在庫投資,設備投資の変動がはげしいが,アメリカ,イギリス,オランダ,ベルギーなどでは住宅建築を含む建設投資の変動も大幅であった。先にみた国民総生産の変動の高低は,これら総投資の変動の高低と,国民総生産に占める投資比率の大小によって決まってきたといってよいであろう。
各国の投資部門の激動性に対して,個人消費部門はかなり安定的であった。このことは,戦前の景気変動ときわめて異なる点で,戦前の大不況の場合には個人消費も甚しく変動し(たとえば29~33年の不況期におけるアメリカの個人消費は40%も著減した),景気後退を深める要因として働いた。
多くの国の財政経常支出も投資部門に比べるとはるかに安定的であった。 しかし,アメリカにおける財政経常支出は他の需要部門に比べても,また他の工業国に比較しても変動幅が大きかったが,これは,とりわけアメリカの国防支出の変動が大幅であったことに影響されている。
これら国内需要の総量の変動幅に比べると,すべての国について輸入変動は著しく大幅である。すなわち各工業国とも,景気の上昇期にも後退期にも,輸入は国内総需要の変動に対して著しい加速性をもって変動する傾向がある。また,ほとんどすべての工業国について,国内総需要の変動幅よりも国民総生産の変動幅の方が若干小さい傾向を示しているが,これは国内需要が強い時期には輸入が増加し輸出が伸び悩み,半面,国内需要が弱い時期には輸入が停滞し輸出が増加することによって,貿易が国内総需要の変動をある程度までやわらげる機能を演じてきたことによるものである。
一方,各国の所得変動については,どのような傾向がみとめられるであろうか。第53表に示されているように,どの国でも企業利潤の変動がはげしいが,そのうちでも日本の利潤変動はとりわけ大幅であった。これに比べると賃金所得は相対的にかなり安定的であり,また個人業主所得の変動は企業利潤ほどには激動性はないが,賃金所得よりも変動幅は大きい。
以上にみた工業国における需要と所得の変動の特徴は,つぎのように要約できる。
第1には,在庫投資,設備投資あるいは建設投資といった投資部門での変動がかなり激しかったのに対して,個人消費部門は安定的であった。戦後の多くの国の景気後退期における需要の減退は投資部門に限られ,国民総生産の2分の1ないし3分の2におよぶ大きな比重を占める個人消費支出が大きく減少しなかったことは,各国の景気変動が戦前に比べてはるかに安定性をますのを助けた。また,多くの工業国において政府支出は景気補整のための堅固な基礎をしだいに持つようになったので,財政支出の減少が民間投資の減退に重なり合って景気変動全体をはげしくさせることも少なかった。
第2には,どの国でも企業利潤は激しい変動を示したけれども,個人所得はきわめて安定的な動きを示した。企業利潤の変動が大きかったことは,前述の企業投資の変動が大幅なことと重要な関連をもっている。個人所得が安定化する傾向を示しえたのは,各国とも労働組合の発達,失業保険・社会保障制度の充実,農産物価格支持制度の進展,さらには労働力不足基調が強まるにつれて,景気後退下でも工業国の企業が容易に従業者の解雇をしなくなり,また賃金も著しく下方硬直的となったことなどによるものである。こうした個人所得の安定的増大傾向は,前述の個人消費の安定的増加を支え,景気の落込みを小さくする主要因として働いた。しかしながら,賃金上昇と個人消費の堅調が戦後の工業国における景気の大きな落込みを回避させる一つの要因として働いてきた半面で,近年の欧米工業国では完全雇用下の賃金上昇がコスト・インフレの圧力となり,一部の国では利潤圧迫と投資意欲減退の一因ともなっていることは否めない。
第3には,工業国の年々の輸入変動は,国内需要の変動に対して共変的な動きを示しているが,輸入の変動幅は,国内需要や国民総生産のそれよりもかなり大きく,それだけに一国の景気変動が他の諸国の輸出需要と景気変動に波及する影響も軽視できない強さをもっていることである。
(3) 景気変動の諸原因
それでは,各工業国における景気変動の諸原因はなんであったであろうか,各国の景気の循環的変動の原因は国別,時期別にそれぞれのニュアンスがあるけれども,概していえば,①生産能力の増加率と最終需要の増加率との間の不均衡の発生と,②国際収支面での不均衡発生,およびこれを是正するための調整策の結果として説明されよう。
生産能力と最終需要との間の不均衡発生は,国内需要の面では,在庫投資や設備投資の変動として集約的に現われている。どの工業国においても,程度の差こそあれ,在庫投資と設備投資のかなり大きな変動が景気変動の有力な国内的原因であった。すなわち,どの工業国でも景気の上昇期には,在庫の積み増しと工業設備の拡張が進展するが,企業の売上げ予想がはずれることがしばしば意図せざる在庫の過大蓄積を生じさせ,一転して企業の在庫べらしが景気後退を誘発する原因となった。同様に,企業の設備投資が最終需要の増加テンポを数倍上回る生産力増加をもたらした場合には,設備投資の調整が景気後退をひきおこす主因として働らいた。これを歴史的にみると,1940年代末および50年代初めの欧米の景気後退は在庫投資の変動に基づいたものであったし,また57~58年の景気後退は,設備投資の減退によるところが大きかった。住宅建築を含む建設投資の変動は,在庫投資や設備投資よりも一だん長い周期をもって生ずるといわれており,アメリカでは住宅建築の変動が景気過程に微妙な変化をおよぼすこともあったが,少なくとも戦後これまでのところ,建設投資の変動がそれ単独に景気後退の原因となった例はまずみられなかったようである。
生産能力と最終需要の不均衡は,国内投資変動を中心として発生する場合が多いが,また対外的に輸出需要の盛衰が,生産と最終需要の不均衡に影響する場合もみられた。第66図にもうかがわれるように,輸出依存度の高い西欧諸国,とくにイギリスやオランダ,オーストリア,デンマーク,スエーデン,ノルウェーといった西欧小工業国においては,輸出需要の強弱が,景気局面の強弱に及ぼす影響が大きかったといえよう。
工業国における景気の変動は,需給間の不均衡ばかりでなく,国際収支の不均衡発生ともかなり密接な関連をもってきた。この国際収支不均衡が均衡状態からの一時的な逸脱を示すにすぎない場合はともかく,もし不均衡の継続期間が長いか,赤字幅が大規模である場合には,基礎的収支のほかに短期資金の移動が加わって多額の外貨流出と自国通貨の信認失墜を招来するために,現在の工業国は戦前と異った為替管理制,固定為替レート制をとりながらも,国際収支の安定化のためには通貨政策その他諸種の調整手段を採用してきている。
イギリスではたび重なるポンド危機の発生と,基軸通貨としてのポンドの地位を防衛するための引締め政策がつねに景気変動のきっかけをなし,そのためイギリスの景気変動はしばしば:ストップ・アンド・ゴー:循環の名称で呼ばれてきた。他の工業国は,イギリスほどにはしばしば深刻な外貨危機が訪れたわけではないが,48~49年の西欧諸国,57~58年のフランス,オランダ,ベルギー,デンマーク,64年のイタリアなどは,国際収支の不均衡是正のための政策措置が,景気後退と結びついた典型的な例であった。日本の54年以降の景気後退は,いずれも国際収支の悪化に端を発したものであった。
さらにまた,近年の欧米工業国ではインフレ問題が景気動向と微妙な絡み合いを示すに至っている。61年の西ドイツのマルク切上げは,国際収支黒字を調整しながらインフレを緩和しようとする措置であったが,西ドイツと貿易関係のとりわけ深いオランダでも時を同じくして為替平価の切上げが行なわれた。しかし,多くの工業国では国際収支黒字よりも国際収支赤字がインフレ問題と結びついており,国内インフレ圧力の増加が輸出競争力を減じたり,国際収支赤字を招来し,あるいはそれを招来するおそれが強まった場合には,国内需要抑制策,過熱抑制策がとられ,それが景気の停滞ないし後退のきっかけをなす場合がみられる。近年では,64年のフランス,イタリアの景気後退,67年上期のアメリカの景気停滞がその例であったし,また66~67年の西ドイツの景気後退もそのきっかけはインフレ抑制のための金融引締めにあった。