昭和42年
年次世界経済報告
世界景気安定への道
昭和42年12月19日
経済企画庁
第1部 1966~67年の世界経済
第2章 海外諸国の経済動向
(1) 1966~67年の経済動向
1)概況-景気停滞とその特徴
1965年下期から66年上期にかけて経済活動は急速に回復したが,それは66年いっばい続かず下期には横ばいとなり,67年上期にはやや悪化した。 しかし,67年下期には景気は再び緩慢ながら上昇傾向を示し始めた。生産はこの間著しく鈍化し,67年第2四半期には実質的に減少したが,第3四半期から回復に向かっている。
66~67年の停滞局面は,50年以降過去3回(52~53年,58~59年,64~65年)の後退局面とはかなり違った様相を呈した。過去3回の後退局面はいずれも過大な投資および賃金・物価の上昇といったインフレ局面に続く企業の資金繰りひっ迫による投資の鈍化,財政金融の引締め,あるいは輸出減少など需要の縮小によるものであったが,66~67年においては,前ぶれとなるインフレも生ぜず,引締めも行なわれなかった。このような差異は,フランス経済が64~65年の不況から脱け出てあまり時間を経ずして,つまり国内需要が本格的に活発化しないうちに輸出の急激な鈍化に見舞われ,他面消費の不振が重なって生産が停滞したことによる。それだけに生産の鈍化ないし低下の程度は過去の例とくらべて最も小さく,はっきりした景気後退にはいたらなかった。また,企業の設備投資が順調に伸びたことも生産の落ち込みを小幅にとどめたゆえんである。しかし,停滞が軽微であるにもかかわらず失業者数は戦後の最高を記録するものとみられている。
67年夏以後,生産が上向運動を開始したのは輸出見通し,個人投資および消費需,要などが好転したからであった。他方,第2四半期に生産低下をみるや2度にわたって講じられた景気対策が下支えとなり,他方,第5次計画に基づく金融市場改革措置などの長期政策の具体化も景気に案外好影響を与えた。
2)生産不振とその原因
a) 生産の停滞
66年の経済成長率は第5次計画の目標値である年実質5%増を達成したが,67年には最近までの実績から推計すると4.2%増にとどまるとみられる。これは,第21表にみられるように,やはり上期に不況を経験した65年の成長率と同程度にすぎない。
予想外の成長率の鈍化は主として,国内総生産の45%をしめる鉱工業生産が66年下期以後頭うちとなり,67年第2四半期には減少さえしたためである。すなわち,66年下期から67年上期へかけての鉱工業生産は,前年同期比4.7%増で,65年上期から66年下期の6.8%増よりもかなり鈍化し,さらに.67年上期には3,2増へ鈍化した。しかし,第3四半期には,水準の低下した第2四半期にくらべて2%増と再び上昇傾向を示した。
b) 生産不振の要因
(イ) 輸出の鈍化
鉱工業生産不振の最大の原因は輸出の著しい鈍化であった。鉱工業生産の変動を大きく左右する鉱工業品輸出は,前年同期比で66年上期の12%増から下期5.4%増,さらに67年1~7月4.2%増と大幅に伸びが鈍化した。これは,他の欧米諸国の景気不振によるが,とくに,鉱工業品輸出の約5分の1を吸収する西ドイツの不況が大きく影響している。もともと,フランスの鉱工業品輸出は,西ドイツ景気(鉱工業生産)の動きに影響されるところが大きいが,今回の西ドイツ経済の後退は戦後最大であったため,フランスの同国向け鉱工業品を激しく鈍化させた。西ドイツ向け鉱工業品輸出は66年には3.4%増加したにすぎず,また,その鉱工業生産への増加寄与率も第22表のように65年の15.6%にくらべ1.9%となった。67年上期には西ドイツ向け鉱工業品輸出は前年同期比10.5%減となり,その増加寄与率はさらに低下したとみられる。
しかし,西ドイツ景気の底入れにより今後,同国向け鉱工業品輸出は次第に回復すると考えられる。
(ロ) 消費の不振
66年下期以降の鉱工業生産鈍化をもたらしたもう一つの要因は弱勢な個人消費であった。個人消費は65年下期から66年上期にかけて快調な伸びを示し,景気回復をリードしたが,66年下期から軟調を示すようになった。
その影響は第45図のように小売売上げにはっきりあらわれている。工業品,とくに繊維,皮革および家庭電機などの売行きがきわめて鈍化し,67年に入ってからは乗用車の売れ行きも鈍化した。小売売上げの悪化には,繊維品消費の停滞が最も大きく影響しているが,これは,ほぼ3年を周期とする繊維サイクルの下降局面に一致したためでもある。
このような個人消費の鈍化は,労働時間短縮や後述のような失業者数の増加により賃金増加率が鈍化し,可処分所得の伸びが縮小したからである。時間当り賃金率は,第23表のように66年第2四半期以後前年同期とくらべて伸びが鈍化しており,また,1人当り実質可処分所得の伸びでも第24表のように,66年には65年を若干上回ったものの67年には65年以下の伸びにとどまるとみられいる。
一方,貯蓄の伸びは,64~65年の景気後退期の場合とは逆に66~67年の停滞期には鈍化傾向にあり,消費の不振を助長する要因とはならなかった。以上のような結果,個人消費の伸びは年ベースでみると前掲第21表のように66年には4.6%増(実質)にとどまった。これは60年代に入ってからの伸びとしては,不況下の64,65年についで低い伸びであった。67年にはさらに3.8%増(実質),1人当りでは2.8%増(実質)にすげないとみこまれている。
政府は低調な消費を刺激するため,例年4月と10月に行なわれる公務員給与引上げをそれぞれ1ヵ月早め,老令年金を1月に10.5%,10月に4.8%引上げ,また,6月の第1次景気対策で賦払信用規制緩和を行なったほか68年度予算案に所得税の大幅減税を盛り,うち,千フラン以下の納税者についての百フラン減税は67年から適用するなどの措置をとった。このような措置が奏効し,夏以降小売売上げは上向き,最もレベルの高かった消費財在庫もいく分減少し始めている。
(c) 受注の減少
アンケート調査でみた受注は66年下期以後減少し1967年6月に底をついたとみられる。設備財受注は投.資の堅調に支えられて今回の停滞期にはそれほど減少しなかった。最も打撃を受けたのは消費財受注であったが,5月の小売業についての取引高税の付加価値税移行による間接税減税は消費財受注を増加せしめた。部門別に生産活動については受注状況からも分かるように66~67年の停滞が最も顕著にあらわれたのは繊維など消費財部門であった。ひとり好調な生産を続け,第25表のように66年には25.7%増をみた乗用車生産も67年春から売れ行きが鈍行したため67年1~5月には前年同期比13.2%増となった。比較的落ちこみの小さかった設備財,中間財についても化学や重電機などにやはり生産の減が目立った。しかし,6月以後いち早く粗鋼や金属加工などの生産が勢いをえてきた。
今後の部門別の生産回復の動きは,消費財部門の生産の回復が先行した65年の場合とは対照的な例をなして行くとみられる。
住宅建築は第26表のように66年には減少したが,66年下期から政府援助住宅を中心に活発化してきた。高級住宅の売れ行きは依然きわめて悪いが,家計部門の投資が上向くとともに低価格住宅から売れ行きが好転している。6月の第1次および7月の第2次景気対策によって不動産銀行などの住宅融資条件の緩和ならびに政府の低家賃貸付住宅建設の16千戸追加といった措置により67年の住宅建築活動は前年よりも活発化するであろう。
他方,農業部門の生産は,65年が豊作であったために,66年は凶作ではなかったにもかかわらず前年比1.3%減となった。67年は好天候に恵まれ小麦やブドー酒の増収が著しく,全体として前年比6%増が予想されている。
3)設備投資の好調
輸出や消費の鈍化とひきかえに,1966~67年において需要を支えたのは企業設備投資ならびに政府投資であった。66年には,企業設備投資が65年の2.4%増にくらべてかなり好調な回復を示し6.7%増となり,67年にはさらに8%増へ加速するとみられている。
企業投資がこのように勢いを得てきたのは,民間設備投資が65年の2%増(名目)から66年には8.6%増(名目)へ加速し,67年にはこれを上まわる9.5%(名目)の伸びがみこまれているからである。とくに,金属,鉄鋼および化学などの部門では20~30%の大幅な設備投資の増加が予想されている。一方,国営企業などの政府関係企業の設備投資は,66年には前年の伸びをやや上まわる11.2%増(名目,65年は10.1%増)にとどまり,67年には9.7%増(名目)に鈍化するとみられる。
民間設備投資がこのように比較的好調な伸びを示しているのは,66年末までの設備投資減税措置の適用を受けるべく66年末に盛り上がり,続いて67年に入ってからは2度の景気対策によっていっそう刺激されたためである。すなわち,官公需発注の繰上げ実施,一部の設備財などについての取引高税の付加価値税移行による間接税軽減,投資資金調達を容易にする各種の金融市場政策,および,主として政府関係企業への投資資金融資のために例年秋に行なわれる国債発行を半年繰り上げ(67年12.5億フラン),そのうち3億フランを民間の失業多発産業へ融資するなどの措置である。
政府投資は66年には景気回復を促進するため14.3%と大幅な増加をみたが,67年には平年なみの10%増にとどまるとみられる。
まだ,家計部門の投資は66年には民間住宅建築が減少したため著しく不振で,1.7%減であったが67年には前述の不動産銀行等の融資条件緩和により1.2%増へ回復するとみられている。このような投資の活発化により,資本市場は堅調となり,66~67年にかけて銀行貸出しは増勢を強め,また証券市場も第27表のように株式発行高の減少傾向が鈍化したこと(66年上期37.3%減,67年上期28.3%減)や8月中旬の労働者への企業利潤配分方式の発表を契機として株価が上昇するといった事態の改善がみられた。しかし,このような投資の好調は,中長期国債発行の大幅増加などを財源とする政府の民間企業への融資,あるいは民間住宅建築への融資増加などいずれも主として政府融資を背景としているので,自発的な民間設備投資の一層の活発化が望まれている。
企業投資が以上のように比較的好調であったことは66~67年の景気の停滞を軽微にとどめた大きな要因となった。しかし反面,企業投資がかなり順調に伸びているのにもかかわらず小幅ながらも生産が減少したという例は過去になく特異な様相でもある。このように設備投資の乗数効果が発揮されなかったのは,効果が広く波及せず,企業の社内留保に吸収されたためとみられる。ちなみに,総賃金,時間当り賃金率の鈍化ないしは停滞などにくらべて66年の企業の社内留保は平素よりも大きく16.4%増となっている。
4)労働市場の一層の緩和
1966年の総雇用指数は低調な動きを示し,65年と同数値にとどまった。
失業者数はいぜん増加を続け,とくに景気が悪化した66年秋から増勢は強まった。求職者数は高率の増加を維持し,67年1~9月には66年同期の前年同期比1%増にくらべ13.4%増になった。
求職者数の水準は,67年上半期には戦後最高であった54年の平均184千人をこえ,秋口には推定40万人の失業者が存在するとみられる。
一方,求人数は66年夏に多少増加したのち減少していたが67年秋口には下げどまりの兆しをみせている。
また,週労働時間も66年には,わずかに増加したが67年に入ってからは減少した。50年代以後の3回の景気後退時期よりも66~67年の生産の落ちこみはずっと軽いのにもかかわらず失業者がピークを示しそうなのは新規労働者の増加が容易に吸収されないうえに企業の整理統合,基地労働者の解雇などといった構造的要因が作用しているからである。
政府はこのような事態にあたり,67年から義務教育年限を延長(67年については1年,その後2年)し,6月の大統領特別権限令によって雇用局の改組,失業手当の普及ならびに増額等を実施に移した。
一方,このような労働市場の緩和により外国人労働者(季節労務者を除く)は65年の16.9万人から66年には13.1万人へ13.5%減少し,67年第1四半期にも19.1%の減少(前年同期比)をみている。
5)物価の安定
物価は引続き安定傾向を示し,1966年の上昇幅は消費者物価2.7%(国立経済統計研究所),卸売物価2.2%で,それぞれ65年の2.5%,1.5%を若干上まわったが,3%以内の満足な範囲におさまった。その後,67年1~9月には前年同期比で消費者物価は2.6%の上昇,卸売物価は1.1%の低下と上昇速度を弱めている。これは工業品価格の相対的安定,ならびに豊作による食料品価格の安定によるもので,サービス料金の増勢は衰えを見せていない。
67年には,第5次計画における国営企業の経営改善の方針に沿って例年より大幅に,すなわち電気料金5%,ガス料金2%,パリ地下鉄60%以上,鉄道貨物運賃7.5%,鉄道旅客運賃5%といった公共料金の引上げや医療費個人負担の20%から30%への引上げなどが行なわれた。
6)貿易の縮小
総輸出は,1965年下期から66年上期にかけ大幅に増加し,66年上期の前年同期比は12.5%増に達したが,66年夏から急激に伸び率が鈍化し,下期には4.6%増,67年1~9月には3.2%増にすぎなくなった。
地域別にみると,67年1~9月には,EFTAフラン圏ならびに中近東の諸国向け輸出が前年同期とくらべてわずかに増勢を強めたほかは,いずれの地域向け輸出も鈍化した。たとえば,66年1~9月にそれぞれ31.1%増,10.3%増と大幅な伸びを示した北アメリカ諸国および東欧諸国への輸出は67年同期には18.4増および0.6%増へ鈍化した。なかんづく総輸出の42%をしめるEEC諸国向け輸出が66年同期の14.8%増から0.1%増へ著しく鈍化したことはかなりの痛手であった。
EEC諸国向け輸出の鈍化は主として最大の輸出市場である西ドイツへの輸出が67年同期に8%減少(前年同期11.9%増)し,2番目に大きいベルギー向け輸出も同期に0.2%減少(前年同期17.2%増)したことによる。ただ,イタリー向け輸出だけがそれほど増勢のおとろえをみせていない。
品目別には食料品輸出の鈍化が最も激しかった。他方,輸入は66年上期15.5%増(前年同期比)から下期には14.2%増,67年1~9月には5.3%増へ鈍化した。この結果貿易収支は,65年の15.9億フランの黒字から66トには5.1億フランの赤字に転じ一その後も赤字を続けたが,67年第3四半期には輸入の減少により黒字をだすようになった。
一方,資本収支は,諸外国の規制,金利高のために,民間長期資本の純流入および外国人証券投資が減少し,また,短期資本移動が,ポンド危機による流入がみられたものの結局マイナスとなったので,66年には2.1億フランの赤字となったが,67年春以後諸外国の金利引下げおよび資本移動の自由化などの影響で資本収支は改善をみている。この結果金・外貨準備は66年9月以来減少傾向を示していたが,67年3月を底に上昇し,9月末にはほぼ前年同月なみの58.3億ドルを回復した。
以上のように67年第3四半期から貿易収支ならびに資本収支が回復に向かったが,11月のポンド切下げに続く諸外国の金利引上げに伴ってかなりり資本流出が予想され,67年の総合収支は大幅な黒字を望めず,均衡ないし若干の赤字となるとみられる。
(2) 長期構造対策
政府は,前述のように2度にわたるてこ入れ措置や5月から第5次計画ににる警戒指標を毎月発表するなどの景気対策を講じたほか次のような重要な構造対策を断行した。
1)長期貯蓄促進のため定期預金の利子引上げ,および普通預金の利子の廃止。
2)68年のEEC域内関税の全廃などの開放体制移行の準備として大統領特別権限による以下のような経済社会措置。
(a)社会保障財政の健全化とその赤字補てんに30億フランの財政支出。
(b)投資資金調達と所得政策をかねて労働者への企業利潤配分制度設置。
(c)企業の競争条件の整備,構造近代化のために企業統合についての各種の減税,資金調達規制緩和,中短期信用供与手続の簡素化,証券市場監視ならびに情報提供のための証券取引委員会の設置,特許法の改正,研究開発への政府融資。
3)輸出促進のために,外国での販売,市場開拓の調査,研究に対する税控除枠の拡大
以上のような構造対策に伴う財政支出は67年中にかなり開始されており,これが少ながらず需要を支えるのに役立ったとみられる。また,各種の金融市場改革が投資に好ましい影響を与えると同時に証券市場を刺激した。
なお,前述のように労働者への企業利潤配分方式の決定は,8月以後株価がもちなおす契機を与えた。
(3) 当面の経済見通し
以上のように,1966~67年のフランス経済は停滞的であったが,国民経済計算委員会の9月見通しによれば67年末までには生産の立ち直りが明らかになると考えられており,68年の経済活動もこれに続くゆるやかな上昇をとげて,国内総生産は66年と同程度の5%の成長をすると推計されている。68年に需要を支えるとみられるのは設備投資,家計部門の投資それに個人消費などの順となろう。
67年には政府の2度にわたるてこ入れ措置が景気後退をくいとめる大きな役割を果たしたが,すでに発表された68年1月からの取引高税の付加価値税への移行にともなう減税,所得税減税の適用範囲の拡大などは,需要を喚起するであろう。また,68年度予算案も67年の11.1%増や63年の10.7%増よりは低いが平年をやや上まわる9.3%の歳出増を計上した赤字予算がくまれている。これによる12.3%という公共投資のかなりの増加(67年10%増)も見通しを明るくしている。
以上のような基調はポンド切り下げによる国際環境の変化に直面しても大きくは変わらないであろう。しかし当面予想される,資本収支の悪化のみならず貿易面にも無視しえない影響をこうむると考えわれる。すなわち,このたび平価切り下げを行なった国々への輸出は総輸出の10.2%輸入は総輸入の7.9%をしめるばかりでなく,その他の市場,とくに低開発国での競争力が相当脅威にさらされることは明らかであるからである。それは当然生産の上昇テンポを抑制し,その結果68年の成長見通しは若干下向きに改訂されるおそれもある。とのような条件のもとで政府はようやく上向きかけた景気を支えるためにさらに内需を刺激する政策をとってゆくとおもわれる。