昭和41年
年次世界経済報告 参考資料
昭和41年12月16日
経済企画庁
第5章 イタリア
イタリア経済の現局面は,1963年第4・四半期をピークに下降を始め,64年第3・四半期を底として上昇に転じた一連の景気循環のなかでの上昇過程とみることができる。この景気循環過程を生産指数(総合)によってあとづけてみると,60年代初から続いた景気上昇は63年秋には過熱状態に陥り,生産水準は64年1月から急テンポで下降して同年8月までに8.7%の低下を示した。その後の回復過程はかなり緩慢で,生産水準が後退前のピークを回復したのは65年5月になってからであった。しかし,その後,生産上昇はしだいに力強さを加え,平均して年率10%程度の上昇を続けている。
1950年代央以降,イタリア経済には今回の景気循環を含めて4回の循環的変動がみられた。すなわち,国立景気研究所(ISCO)によると,①第1次欧州循環(山,1955・II,谷,56・I,山,57・III),②第2次欧州循環(山,1957・III,谷,58・III,山,60・II),③新欧州循環(山,1960・II,谷,60・IV,山,63・IV),④現在の循環(山,1963・IV,谷,64・III,現在)である。これらの循環変動のなかで,現在の景気循環過程には,従来と異なったいくつかの特徴がみられる。以下では,主として,前2回の景気上昇過程と比較しながら,現局面の特徴を明らかにしたい。
工業生産(総合)でみると,現在の景気上昇パターンは前2回と比較して上昇テンポにはあまり差がみられないが,かなり安定した上昇を示していることがわかる(第5-2図)。すなわち,前2回の景気上昇過程を景気後退の谷からほぼ2年間についてみると,第2次欧州循環では後半に上昇テンポの高まりがあり,新欧州循環では前半の速い上昇テンポが後半やや衰えを示している。これに対して,今回の景気上昇過程では66年にはいってやや上昇テンポの高まりがみられるが,ほぼ一様な上昇を示している。この間に,生産水準は18%上昇しており,新欧州循環の20%よりやや低いが,第2次欧州循環の上昇率(15%)を上回っている。しかし,生産水準の上昇がこれまでの場合よりも後退前のピークに比べてまだかなり低いのは,今回の景気後退期における生産低下が大幅だったことを主として反映したものである。とくに,投資財部門ではこの後退期に20%ちかい減産を示し,これまでもっとも生産低下が大きかった第2次欧州循環の低下率(8%減)をはるかに上回っている。このため最近における投資財部門の生産水準は,後退前のピークから3.6%上昇したにすぎないが,2次欧州循環ではほぼ同期間に30%を上回る増加を示した。
景気回復のきっかけとなったのは従来と同様に海外要因であった。とくに現在の景気上昇過程においては,輸出が景気回復に重要であったばかりでなく,その後の景気上昇を維持するうえでも大きな役割りを果しているという特徴がみられる。すなわち,今回の循環過程で輸出は63年末から上昇を続け,65年の上昇率は20%にも達し,66年にはいってからも13%程度の上昇が見こまれている。前2回の景気循環でも59年および61年の回復期に輸出はかなり高いテンポ(それぞれ年16%)で上昇した後,引き続き増加している。
しかし,総需要の増加に対する輸出の寄与率でみると,これまでの循環では57年の後退期に37%を示したのが最高であったのに対して,64年,65年にはそれぞれ128.6%,104.3%と非常に高く,輸出が需要支持要因として圧倒的に重要であったことを示している。
労働力市場の推移や物価のうごきをみても,現在の景気上昇過程には従来と異なった特徴がみられる。まず,労働力市場では50年代末以降,失業の減少傾向が強く,前2回の景気循環過程でも失業の増大は一時的なものが多く,景気上昇過程ではかなり早い時期に回復がみられた。これに対して今回の景気上昇過程では,66年初まで労働力市場はいぜんとして緩和を続け,失業者数でみても65年第2・四半期から66年第1・四半期までの景気回復期に,むしろ大幅の増加(67万人から100万人へ)を示した。このような大福の需給条件の緩和にもかかわらず,賃金率はこの間引き続き上昇傾向を続けた。これを製造業の時間当り賃金上昇率でみると,1964年の13.5%増に続いて65年8.6%増と上昇率の鈍化を示しながらもまだかなり大幅であり,66年央になってようやく4%台の増加率(年率)に低下した。これまでの景気回復過程では賃金上昇率の鈍化がみられたばかりでなく,賃金水準も急速に横ばい傾向に転じたのと比較すると大きなちがいである。
物価のうごきにみられる特徴は,卸売物価と消費者物価ではやや異なっている。卸売物価はほぼ生産のうごきを反映しているが,今回の循環ではその反応度の低下が明らかにみられる。いま,生産低下が大きかった1957~58年の第2次欧州循環と比較すると,この景気後退期には投資財生産は8%低下し,卸売物価は4.5%低下したのに対して,今回の循環では投資財生産の19%低下と卸売物価1%減が対応している。消費者物価については従来も景気後退期にも上昇傾向を続けるというパターンがみられたが,今回はとくにその上昇幅が大きく(5~7.5%),しかもその後の回復過程における上昇率の鈍化はきわめて緩慢であった。
このような今回の上昇過程における賃金および物価のうごきにみられる特徴は,政府の景気支持政策を選択的で慎重なものとしている。政府は64年秋以降,景気支持政策に転じ,65年夏までに数次にわたっでかなり広汎な対策をとってきたが(詳細については39年度および40年度の年次世界経済報告参照),その後はほとんど大きな対策はとられなかった。このこともあって,今回の循環では投資需要の回復はかなり緩慢であり,とくに建設部門では不況からの立ち直りがおくれがちであったとみられる。