昭和41年

年次世界経済報告 参考資料

昭和41年12月16日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第2章 イギリス

2. 長期的構造改善対策の推進

労働党政府の経済政策の目標は,65年9月に発表された「国民経済計画」(The National Plan1964~70年)で明らかにしているように「国際収支困難を克服しつつ,近代化がおくれポンド不安に悩むイギリス経済の体質改善を達成する」ことである。キャラハン蔵相も66年・5月3日の予算演説のなかで労働党政府の経済目標は「強力なポンド,産業の着実な成長力,完全雇用」の三つを同時に達成することであると強調している。この野心的経済目標を達成するための武器の一つが効果的な所得政策の確立であることはいうまでもない。ここでは新たな段階を迎えた所得政策を中心に選択的雇用税など労働党政府の長期構造対策の特徴および若干の問題点について述べてみたい。

(

1)選択的雇用税(Selective Employment Tax)の新設

66年3月末の総選挙で圧勝したとはいえ,1967~70年までに25.2億ドルもの借款を返済するという大きな負担を背負い,しかもポンド危機の再燃という背景で編成された新予算はかなりのデフレ予算であった(前述)。この予算案には,ポンド切下げ,直接的輸出補助金あるいは従来からの単純なデフレ措置の強化を極力さけながら,国際収支の改善に最大限の効果を与えるよう慎重な配慮がみられる。すなわちひところ予想されていたような間接税の引き上げを見送り,新たに選択的雇用税を導入したのにはこうした背景があったのである。

この税の目的は,第1に,従来間接税の対象とならなかったサービス業に新たに課税することによって購買力を吸収し,デフレ効果をねらったものである。第2は,サービス業の労働力を節約し,他方で製造業への労働力増大を促進して,労働力の効率的利用をはかることである。

このように,選択的雇用税の最大の特色は製造業優先という「差別性」にある。この税は,すべての産業の雇用主にその企業の労働者数に応じて課税される。しかし,サービス業と建設業では税をとられっぱなしであるのに対して,製造業には納付金を上回る還付を与えるというものである。したがって製造業にとっては労働コストの軽減となり,実質的には補助金と同じ効果をもつものである。

この選択的雇用税は,産業構造の改善,輸出促進に役立つであろうが,一面で,製造業の労働力温存傾向を強め,その合理化投資を阻害するとの批判もある。

(2)投資特別補助金制度の導入

これは法人税の新設に伴って廃止された投資控除制(Investment Allowance)に代わる投資刺激措置であるが,サービス業,建設業などが適用除外されている点に特色がある。その主な内容はつぎのとおりである。①投資額の20%を6ヵ月後に交付する。②対象業種は鉱業と製造業にかぎる(輸出促進,輸入節約の見地から)。③対象設備は工場と機械に限る(ただし輸送機器,事務機械は除かれるが,船舶,電子計算機は含まれる)。④開発地域の投資に対しては補助率を40%とする。

(3)産業再編成公社設置構想

この構想は66年1月下旬に発表され,10月19日,産業再編成公社設置法案として下院に提出された。この公社設置案の目的は,企業規模の拡大と合理化の促進にあるが,とりわけ早期に輸出増加または輸入節約が期待できる事業計画を優先している。その内容はつぎのとおりである。①公社は,そのような事業計画にイニシァティブをとり,計画の作成に協力し,所要資金を融資または株式保有の形で供与する(資金源として国庫から1.5億ポンド借入れる)。②合理化の目的が達成されたときは,その保有株式を処分する。

③特定の近代的設備については,公社が購入して民間企業へ貸与することもある。④公社の促進する合理化計画の多くは企業合同の形をとるとみられるから,公社の支援する合同は独占委員会の調査の対象とならないことを最初から保証する。

(4)価格・所得法 ―所得政策の強化―

労働党政府は所得政策の推進に懸命な努力を続けてきたが,当面の債上げ抑制にはほとんど効果がなかったといえる。しかし,所得政策の基礎づくりという長期的見地からみるとかなりの進展をみせた。すなわち,66年2月には,物価,賃金の引き上げを事前に政府に通告するといういわゆる「事前通告制」(Early Warning System)に法的権限をあたえる「価格,所得法案」(Prices and Incomes Bill)がはじめて議会に提出された(議会解散により審議未了)。その後,7月はじめに再度ほぼ同じ内容の法案(配当が対象に加えられている点がちがう)が提出されたが,8月12日,賃金,物価凍結条項を追加した修正案が成立するにいたった。これにより,政府は,事前通告制と賃金,物価凍結に対する法的権限が与えられ,これまでの「自主規制」から「法的規制」へと所得政策は新たな段階にはいったといえる。

「事前通告制」については,昭和40年度年次世界経済報告ですでに紹介したので,ここでは物価,賃金凍結の内容と実施状況について述べるにとどめる。今回の物価,賃金凍結の主な内容はつぎのとおりである。

労働党政府は,所得政策の成否は労使,とりわけ労組との協力が得られるかどうかにあるとの認識からあくまでも「合意と相互理解を基礎として運営される価格,所得政策」を確立することに努めてきた。このことは今回のポンド危機の契機となった海員ストに対しても「非常事態」を宣言したにもかかわらず,「合意的」所得政策の推進という見地から強権(スト禁止を除く強力なもの)の行使を避け,できるだけ話合いで解決する努力を続けたことからもうかがえる。だが,賃上げ圧力の高まりとポンド危機の深化という背景で,政府は一時的に凍結措置をとったほか,これまでの「自主方式」から「強制方式」へと,所得政策の変貌を余儀なくされたのである。この意味で海員ストは,まさに「所得政策への挑戦」であったといえる。

ところで,賃金,物価凍結措置はTUC(英労働組合会議)大会,労働党大会で一応支持を取りつけることに成功したとはいえ,運輸一般労組など「凍結」反対の気運が高まってきている。

このような環境のなかで「賃金,物価凍結条項」の発動が10月4日ついに決定された。これは,凍結政策を守って賃上げを実施しなかった経営者に対して,裁判所が賃上げ協定違反の判決を下し,そのため賃上げを認める経営者が相ついで現われはじめたからである。この条項が実際に適用されたケースは,政府が10月14日,ソーン電気工業と新聞経営者協会に対し,労組に認めた賃上げを撤回しなければ,凍結条項を適用すると予告したのが第1号である。ついで21日には,洗濯業者に対して価格に関する最初の適用を行なった(なお,今回発動された「価格,所得法」の凍結条項は経営者に対し総合緊急政策が実施された7月20日の水準を上回る賃金を支払ってはならないこと,違反した経営者には14日以上前に官報で予告,それでも従わない場合には罰金を規定している)。

ところで,凍結期間のおわる66年末以降の「きびしい抑制期間」(67年1~6月)に政府がどのような政策で対処するかが注目されていたが,11月22日発表の「物価・所得凍結―きびしい抑制期間」に関する白書によると,この期間にもひきつづき原則として凍結を堅持することを明らかにしている。同時に若干の例外基準を認めているが概して賃金に対してきびしいとの批判が強い。最近における投資意欲の減退という背景もあって,価格値上げの例外基準として新たに「企業の投資促進に必要なばあい」が加わったが,賃金については凍結期間とほとんど同じ基準が示されている。デフレ圧力の加速化による失業の増大と賃金の凍結というきびしい環境のなかで,どれだけ労組側との協力をとりつけることができるかが大きな問題であろう。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]