昭和41年
年次世界経済報告 参考資料
昭和41年12月16日
経済企画庁
第1章 アメリカ
(1)安定的高成長の要因とその変化
1)個人消費支出の鈍化
すでに6年近く続いた経済拡大を支えた一つの要因は,個人消費支出であった。個人消費支出の中でも耐久財,とくに乗用車の役割りは重要である。
従来,自動車景気は2年と持たかなったが,今回の景気上昇局面では,62年の693万台生産を端緒に増産を続け,65年には930万台4と55年の記録を抜き,66年にも900万台前後の生産を期待される。
この自動車景気の持続は,①金融の緩和による自動車信用の量的拡大と信用条件の緩和,②新規購入者層.(15~19歳)の増加,③一般的好況による雇用増と所得増,したがっで,④多車世帯の増加,⑤過去に購入した自動車のスクラップ化,などによって支えられてきた。また64年3月,65年初にとられた一般減税(64年で約100億ドル,65年で約50億ドルの減税推定,うち約80%が個人所得税:20%が法人所得税の減税分),65年5月の消費説減税(65年に18億ドル減税,乗用車は平均2%…60ドル…安くなった)も自動車の売行きに寄与した。
加額(実質)乗用車などのほか,サービス,非耐久消費財などの消費も,今回の景気上昇で増加したのはもちろんのことではあるが,66年にはいると一般減税の効果も薄れたほか,66年初から社会保障税が(年率約60億ドル)増徴されるなど,政府はその他諸種の需要削減措置をとり,消費者の購買力を吸収した。こうして66年になると個人消費支出は伸び悩み,耐久消費財の消費は第2・四半期に前期と比べ減少を示した。とくに乗用車の購入は,①62~65年の自動車景気で,すでに約3分の2の家庭が新車を購入した計算になる,②66年4月以降議会で乗用車の安全性が問題となった,③ベトナム戦のため若年層が徴兵されたなどの要因のために頭打ちとなってきた。しかし,自動車など耐久消費財需要が不振であるのに比べ,非耐久消費財,サービス支出は,高所得水準などを反映して66年になっても相変わらず旺盛である。
61年初の景気回復時には,56,57年の設備投資ブームのなごりで過剰設備をかかえ,62年後半には製造業新規受注など一部の先行指標が下降したり,63年前半で工場設備投資が減少するなど景気上昇力はまだかなり弱かった。
そこで政府は政府支出を増加させたほか,低金利政策や,固定設備償却期間の短縮および設備投資税額控除制などを導入して設備投資の回復につとめた。これらの投資刺激措置は商業部門などでただちに効果が現われたが,製造業部門では64年になって始めて57年の水準を越えた。その後も工場設備投資額は急増したが,これを支えているものが前述した消費ブームであり,とくに,自動車の他産業に対する波及効果は大きかった。
また諸減税措置は法人の資金ぐりを豊かにし,設備投資条件を整え,一般減税で消費が活況を呈すると,工場の操業率は上昇し,それは拡張投資を誘発した。工場設備投資額は前年比で63年5.1%増,64年14.5%増,65年15.7%増で,66年にはいっても増勢に衰えを見せず16.5%増の見込みと,長期にわたり,記録的な投資ブームとなった。これらは持続的な生産力効果を生み,安定的高成長に大きく寄与した。
しかし,66年にはいると,設備投資資金需要はますます強くなり,これとともに金利も上昇を強めた。このような高金利,機械設備納期の延長,耐久消費財支出の伸び悩みなどが原因で,いぜんとして設備投資意欲は強いものの66年後半では一般機械,自動車,繊維産業などでは設備投資計画の削減にふみきっている。
2)旺盛な工場設備投費
3)在庫投資の動き
景気拡張期に在庫投資がマイルドな上昇を持続したのが,今日の景気上昇の一特色であったが,65年には鉄鋼スト予想などによりかなり大きな増加をみせた。66年にはいると,第2・四半期の自動車滞貨の増加による一時的急増を除けば,在庫投資は比較的安定的に推移しているようである。
4)住宅建築の停滞
低金利政策を伴った景気上昇は,住宅金融を豊富にし,64年初まで住宅建築を支え,アパート建築を急増させた。しかし,居住希望者があまりふえなかったので西部地域を中心にアパート建築の減少をまねいた。一方,一戸建て住宅も,主たる購入者である25~44歳の人口増加が緩慢であったため,伸び悩んでいる。これに加え,65年にはいると資材不足,コスト高,金利高などを生み,住宅建築をますます不振にして,非農住宅着工件数は66年になり急減し,9月では前年比27%減となった。
5)国防費支出の増大
65年5月以降べトナム戦の激増により,66財政年度の連邦政府軍事支出額は577億ドル(当初予想で566億ドル)に,67財政年度では100億ドルほど増額され総額660億ドルほどに拡大されるもようである(うち,ベトナム軍事支出は103億ドルの当初予想)。ベトナム支出はすでに旺盛であった設備投資に加え新たな需要効果を生み,66年になると上昇局面の景気を過熱,に導いた。
供給面では高級技術者の吸収など労働力不足に拍車をかけたが,生産や金融面でも軍事が優先され66年10月連銀加盟商業銀行の貸付け総額の約15%が軍事生産用であるなど民間部門へかなり圧力をもたらしている。とはいっても生産能力がかなり拡大しているため,朝鮮事変当時ほどの急激な刺激にはなっていない。
(2)景気過熱の様相
1)上昇続ける物価
56,57年のコスト・インフレを経験したのち,物価はいちじるしく安定していた。卸売物価はほとんど横ばい,消費者物価でも年率1%ていどの上昇にとどまった。このような物価の安定が61年以来の長期的景気上昇の重要な特徴であったが,64年後半以降物価にやや動意が見られはじめ,さらに65年から66年にかけて,しだいに騰勢を強めてきた。
65年以降の物価騰貴の主因は,農業生産の不振と工業原材料の不足にあったが,最近ではサービス価格の上昇と工業製品のジリ高傾向も加わってきた。好況の持続により企業の生産余剰能力が縮小する半面で原材料コストなどの上昇を製品価格に転嫁させることが容易となってきたからである。
農産物の騰貴は天候不良,需給関係,労働不足などが影響しているが,64年後半から家畜サイクルの影響で豚,牛,鶏卵の出回りが減少または停滞を示し,需要に応ぜられなかったのもきいている。66年にはいり農産物価格は一時落ち着いたかに見えたが,後半になると再騰し,66年央では前年と比べ7.8%高となった。10月になり農産物価格は下落したが,今後いちじるしく下がる見こみは小さいようである。一方工業製品価格も,銅・アルミ・紙・繊維など品不足な材料を中心に騰貴しているが(従来の横ばいから,66年央では前年比2.6%高),電気機械,工作機械の納期も延びており,66年秋以来,セメント,鉄鋼,銅,化学品,タイア,カラーテレビなどの値上げが続いて発表され,66年9月以降導入された67年型乗用車も1台あたり50~70ドル(2~3%高)値上げされるなど,賃上げ圧力とあわせ政府のガイドライン政策も困難に直面している。
消費者物価も,食料品価格やサービス料金の上昇を主因として騰貴幅を高めている(66年央で2.8%高)が,衣服,靴などの非耐久消費財価格も,ジリ高基調にある。問題なのはサービス価格で完全雇用による人手不足などを反映して,66年にはいり一段と上昇テンポを強めている(66年央で前年比4.3%高)。
このように最近の物価上昇には顕著なものがあるが,それでも過去のインフレ時と比べると,農産物価格の上昇が主因であり工業製品の上昇幅はかなり小さい。ただ注目されるのは最近になり企業が,労働コストの上昇を理由に建値を引き上げる動きが現われ始めていることである。
2)賃上げ圧力強まる
失業率は,66年1月以来完全雇用の中間目標とされた4.0%以下となり,既婚男子の失業率は2%を割り,主たる労働力であるこの層の求人難をもたらした。しかし14~19歳の未熟練労働者の失業率は10%ていどであるし,有色若年層の失業率は約20%と,問題点は残っている。このため政府は職業訓練に力を入れている。
また,技能労働者などの熟練労働不足は相変わらず続き,賃上げ圧力はますます強くなっている。政府は物価上昇と過大な賃金上昇を抑えるため前年までの5ヵ年平均生産性増加率をとり,その年の賃上げ枠(ガイドポスト)を示し,労使の協力を求めた。66年では長期的生産性上昇トレンドの3.2%をガイドポストとしたが,これは66年になり景気過熱が生ずる懸念があり,それを未然に防止しようと意図したものであった。労組側は,労働力不足や大きな企業利潤などを背景にガイドラインに従来ほど協力的でなくなり,66年後半に締結された賃金協約のうち,賃上げ5%などガイドポストを破るものがかなり現われている。