昭和40年
年次世界経済報告
昭和40年12月7日
経済企画庁
第3章 国際収支と国際流動性の問題
1963年以来,パリ・クラブ加盟10ヵ国とIMFを中心に検討を加えられてきた国際通貨制度の改革問題は,1964~65年に,ポンド危機とアメリカの国際収支対策,またフランスの金攻勢などもあって,いっそうの議論の活発化を呼び起こした。
国際通貨制度を改革し,国際流動性を増強する方策が熱心に論議されるようになった背景をやや長期的視点から眺めてみると,第2次大戦が終わってからかなりの期間にわたって,西ヨーロッパと日本は深刻なドル不足に悩まされていたが,その後,とくに西ヨーロッパ諸国が通貨の交換性を回復した1958年ごろからドル不足は解消に向かい,やがて,ドルに対す信認が動揺するような事態があらわれ,現行国際通貨体制が批判されることとなったという経緯がある。
基軸通貨国であるアメリカの国際収支は,朝鮮動乱以来,海外軍事支出や対外経済援助の増大によって赤字となり,さらに,西ヨーロッパ経済の安定と急速な経済成長をみて,アメリカ資本の西ヨーロッパ進出が増加し,赤字幅はいっそう拡大していった。アメリカの国際収支の赤字はドルの流出となって国際決済手段を増加させたが,58年ごろから赤字幅(総合収支)は40億ドル近くに拡がり,またアメリカの保有する金準備がしだいに減少して対外短期ドル債務にもみたなくなってきたので,諸外国のドルに対する信認が動揺するにいたり,一部の国にはドル過剰の傾向さえあらわれてきた。またドルと並ぶ準備通貨であるポンドの信認も戦後しばしば動揺しており,現在イギリスが非英連邦地域に対して負っている短期債務は,その保有する金準備をはるかに超えている。
この現行国際通貨体制の礎石ともいうべきドルの信認の動揺と,くり返し起こるポンド危機は,国際通貨制度の改善に対する要望を高めた。また,60年秋からはじまったアメリカの国際収支均衡化の努力は,ケネディ,ジョンソン両大統領の下でも続けられてきたが,もしアメリカが国際収支の不均衡の是正に成功して,ドルの流出がとまれば,世界経済は国際決済手段の主要な供給源を失うことになり,この面からも新たな準備資産の創設が必要となってくる。つまり国際流動性のあり方が,質的,量的に再検討される段階にはいり,国際通貨制度改革の実施方法が具体的に論議されているのである。
現行国際通貨制度を補強する方法として,従来からIMFの資金と機能の拡充,主要先進国間における国際金融協力の推進が計られてきた。1964~65年においても,イギリス,イタリアの国際収支対策を目的として,IMFの貸出しと先進主要国による巨額の国際特別融資が行なわれた。また,65年3月には,IMF理事会の決議により,65年中に割当額の増加(一般加盟国25%,16ヵ国についてはさらに特別割当額を認める)を行なうことになり,割当総額は160億ドルから210億ドルに引き上げられる見込みである。
このような補強策が進められる一方,今後の国際通貨制度の機構と将来の国際流動性増強策について徹底的な検討を加える方針が63年秋の10カ国蔵相会議で決定され,64年8月の10カ国蔵相会議声明もこの方向を確認して,「準備資産創立に関する研究グループ」(オッソラ委員会)が結成された。
オッソラ委員会は,約1ヵ年にわたって準備資産創出に関する各種の提案に検討を加え,65年5月に報告書を10ヵ国蔵相代理会議へ提出した。この報告書は8月に蔵相代理会議によって発表されたが,その目的とするところは各種提案の技術的分析を行なうことであって,それらを一本化した妥協案を作成するものではなかった。取り上げられた提案は,①フランスの主張するCRU構想,②IMFを通ずる準備資産の創出案,③準備通貨保有国に代替資産を提供する案の三つで,その考え方と機能を検討し,相互に比較して問題点を明らかにしている。
新準備資産の創出問題については,アメリカ・イギリスとヨーロッパ大陸諸国,とくにフランスとの間に対立があって,後者は国際信用の拡大に対して警戒的態度を示し,フランスのCRU案では準備資産の創出を金と直接結びついた形で行なうことを意図している。
他方,アメリカのファウラー財務長官は65年7月に国際通貨会議を提唱し,8月と9月に西欧主要国を訪問して意向を打診した。この提案を9月のIMF総会に提案しようとするアメリカと,それを時期尚早とみるヨーロッパ大陸一部諸国の間に意見の食いちがいいがあったが,IMF総会の直前に開かれた10ヵ国蔵相会議は,①10ヵ国蔵相代理会議に対して国際流動性増強に関し,さらに掘り下げて検討を行なうよう指示し,66年春までに中間報告を出させること,②66年10月に失効する一般借入れ取決め(GAB)をさらに4ヵ年延長することを決め,①のための第1回の蔵相代理会議が11月はじめ,IMF代表も参加させて,パリで開かれた。
今後の国際通貨制度を改善強化する方向は,現在まだ意見が分かれており予断できないが,IMFを中心として,現行の金,ドル,ポンドを主要な決済手段とするいわゆる金為替本位制度を補強していく方法が検討の対象となる可能性が強い。