昭和40年
年次世界経済報告
昭和40年12月7日
経済企画庁
第2章 世界貿易の発展
1964~65年の世界貿易の拡大に先進国間貿易が中心的役割を果たしたことは前節でも述べたが,工業国間貿易だけでなく,従来不振を続けてきた一次産品輸出先進国(オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ)の貿易も63年以降急激に伸びてきたことが注目される。
しかし,今回の貿易拡大の中心となったのは,やはり工業国間貿易であって,その増加額(北アメリカ,EEC,EFTA,日本)は,64年の世界貿易増加額の48%を占めた。
第26表は,64年における工業国間貿易の増加率を示したものであるが,輸入を大きく伸ばした国は,成長率を高めたイギリス,および経済拡大が続くEECとアメリカであった。輸出では,日本が24%増で伸び率はもっとも高く,EECがこれについだ。EECでは域内貿易の増加率がとくに高い。この表からわかるように,イギリスの輸出増が5%という低い値をとったほかは,工業国間貿易は大幅な伸びを示した。
前節でふれたように,64年から65年上期にかけて,西ヨーロッパの貿易,とくにその輸入に鈍化傾向があらわれ,このため工業国の貿易は,全体として,伸び率が低下している。
しかし,第26図に示すように,工業国が大部分を占めるOECD諸国相互の貿易では,65年はじめに起こったアメリカの港湾ストの影響を除けば増勢はさほど弱っていない。増加率が低下したのは非加盟国からの輸入であった。この工業国間貿易の増勢を維持するうえで,アメリカの輸入増が大きな役割を果たしたことについてはすでに述べた。
ところで,長期的視点に立って,これまで先進国が世界貿易の拡大に果たした役割を検討してみると,貿易拡大の主役を演じた国々は,1958~59年ごろで区切った前期と後期でかなり変化していることがわかる。
第27図は,この二つの時期における世界貿易の増加に対する寄与率を示したものであるが,北アメリカの寄与率が激減し,西ヨーロッパとくにEECのそれがいちじるしく高まっている。また,日本の寄与率も上昇して6%を超え,1国としてはかなりの影響力をもつまでになった。
これらの先進国の輸入需要の増大は,とくに先進国間貿易の拡大に向けられた。これは,戦後の世界貿易における成長品目が工業製品であり,低開発国の輸出する一次産品の需要はあまり伸びなかったという理由によるところが大きいが,貿易為替自由化など先進国間貿易を促進する政策が強力にすすめられてきたこともあずかって力があった。
先進国間貿易の伸長のなかで,とくに輸出を増大させることに成功したのは,EEC諸国と日本である。経済力の充実による国際競争力の強化がその背景にあるが,とくにEEC諸国については,60年代にEEC結成の効果があらわれていることを見逃せない。
先進国間貿易の拡大が,西ヨーロッパ,とくにEECを中心として進みつつあることは,第27表をみても明らかで,EECおよびEFTAの域内貿易の比重が大きく高まっているだけでなく,北アメリカ,EFTA,日本のいずれも輸出構成に占めるEECの比重を上昇させている。これは,EEC結成による共同市場の形成が域内諸国の経済成長を促進し,域外の工業国に対しても需要をふりむけ,世界貿易の拡大に寄与する面をもっていたといえる。しかし,EEC,EFTAのいずれについても,域内貿易の比重がいちじるしく高まっていることは,地域化傾向が強くはたらいていることを示すものである。
第29図は,先進諸国の輸出を,EEC,EFTA,およびそれ以外の3地域に分け,その構成比を三角グラフを用いてあらわし,1959年から64年までに起こった変化を矢印で示したものである。上から下に降りるほど西ヨーロッパ向け輸出の比重が増大することはいうまでもない。頂点から底辺まで垂線を下して三角グラフを2分すると,その右側はEEC向け輸出がEFTA向け輸出より大きいことを示し,左側は逆にEFTA向け輸出のほうが大きいことを示す。
このグラフによれば,EECだけでなく,EFTAについても域内貿易の比重を高め,それぞれブロック化していく傾向があることは,相互に逆の方向へ離反していく矢印から知られる。
唯一の例外はイギリスであって,むしろEEC向けの輸出の方が増加がいちじるしい。またイギリス,スイス,オーストリアのEFTA加盟の3ヵ国はEFTA域内貿易よりEEC向け輸出が多いなど,EFTA諸国はEEC市場に大きく依存しており,独自の存立基盤は強いとはいえない。
このように,先進国間貿易の拡大は,うちに拡大テンポの相異や地域化の動きをふくみながらも,相互の国際分業関係を深め,国際協力を強める方向に進んできている。
第30図にみられるように,西ヨーロッパおよびアメリカでは,輸入依存度に上昇傾向がみとめられ,とくにEECの上昇は1960年以降いちじるしい。これはEEC域内を中心とする国際分業の推進によるものであろう。
つぎに,先進国間における国際分業の進展する方向をさぐるため,商品別の検討を加えてみよう。
第28表に示すように,輸入需要の増加では,一次産品より工業製品のほうが高く,そのうちで,重化学工業品の伸びが大きい。このことはとくにEECとEFTAについてあてはまる。日本の輸入増加率は全般的にいちじるしく高いが,軽工業品の伸びがとくに目立っている。
先進国間貿易拡大の中心となってきた西ヨーロッパ市場に対する先進国の輸出をみると,北アメリカの西ヨーロッパ向け輸出ではむしろ軽工業品の伸び率が高く,西ヨーロッパ内部では重化学工業品貿易がとくに拡大している。さらに西ヨーロッパを細かくみると (第29表および31表),軽工業品ではEECとEFTAともにそれぞれの域内貿易の伸びが高く,地域化の様相が明瞭であるが,重化学工業品では西ヨーロッパ内におけるEECの強さが示されており,EFTA市場を圧している。
しかし,この西ヨーロッパ,とくにEECの貿易の重化学工業化のうごきには,近年になってかなり異なった様相があらわれてきている。1962年以降,軽
工業品の輸入需要が著増しており,しかもその増加の相当部分が域内諸国および北アメリ力からの輸入でまかなわれた(第28表および第29表)。
これは,やはり,西ヨーロッパ諸国の所得水準の上昇に,域内貿易の活発化が結びつき,輸入消費財が多様化し増大した結果と思われる。この動きがE EC,EFTAの地域化傾向と結びついていることは上でみたとおりである。
これに対し,重化学工業品の輸入では,伸び率がもっとも高いにもかかわらず,域内,域外の比率はほぼ対等のまま推移している(第32図)。EECの結成がもたらした域外に対する貿易拡大効果は,この増加率のとくに高い重化学工業品にいちじるしいことになる。
重化学工業品の内訳をみると,金属や化学品といった半製品的なものは伸びが低く,機械類の増勢が強まっている。機械輸出の品目別構成では自動車を中心とした輸送機械の比重が大きく,この品目ではEECの域内貿易の割合はいちじるしく高まっている。一般機械,電気機械では域内外の伸びにさほどのちがいはなく,とくに後者では域外からの輪入のほうがやや大きく伸びている。
このように,繊維品,精密機器,雑製品および自動車といった消費内容の高度化,多様化を反映した輸入需要の増加が,域内貿易の拡大の要因となっていると同時に,他方,食料,原料も域内の比重を大きく高めており,農業保護政策を背景とした対外差別が域内への転換効果をもたらしているものとみられる(第34図)。
以上,EECを中心に西ヨーロッパの域内貿易をみてきたが,西ヨーロッパから北アメリカと日本への輸出の変化を検討しておこう。
第31表に示すように,1959年から63年までの期間に,西ヨーロッパの北アメリカ向け製品輸出は意外に不振であった。とくに重化学工業品では減少さえ示したが,これには59年にアメリカの鉄鋼ストで鉄鋼輸出が激増したことと,このころはアメリカ向け小型車の輸出が高水準であったという事情もはたらいている。EEC諸国はアメリ力向け軽工業品輸出でかなりの増加を示したのに対して,EFTAのばあいには食料,原料のほうが伸び率は高い。この点は重化学工業品の比重を高めている日本の対米輸出とは対照的である。
西ヨーロッパの日本向け輸出は,E ECのばあい重化学工業品の増加率がいちじるしく高いのに対し,EFTA諸国では軽工業品のほうが伸び率が高い。金額としてはまだそれほど大きくないが,その増加率の高さから,成長市場とみられている。
先進国の貿易拡大は,このように,主として先進工業国間取引きの増加を結果したが,低開発国産品に対してもかなりの需要をふりむけた。低開発国に対する先進国の輸入需要の変動をつぎに検討してみよう。
先進国間の景気変動パターンとタイミングの相異およびそれを通ずる最近の景気波及については,序章および第1章で述べたが,1964~65年の世界貿易にみられた特徴の一つは,先進国の経済拡大が低開発国貿易の増大をよび起こしたことであった。ここでは,先進国の景気変動が貿易を通じて低開発国へ波及していく様相を分析し,1963年から64年にかけて起こった低開発国貿易拡大の内容を検討してみよう。
長期的にみれは,低開発国貿易は,低開発国の輸入需要と,それを可能にする輸出収入と援助の動きによって定まるが,短期的には,先進国の景気変動に伴う低開発国産品輸入の変動が低開発国の輸入の変動をひき起こす。
外国援助,借款は,その性質上,年々の変動が激しくないので,短期的な輸出の増減が外貨準備に反映され,それが国内経済へのはねかえりと政府の貿易管理政策の変更を通じて,輸入の変化をひき起こすからである。
低開発国の貿易の変動と先進国の景気との関係は,第35図に示すように,密接なものがある。先進国の国内総生産の変化に対応して,やや大きい変動率で低開発国の先進国向け輸出は変化し,その変化のタイミングはほば同一である。これは低開発国の先進国向け輸出の変動が主として原材料によるためで,先進国の原材料輸入は国内総生産の変化とほぼ同一のタイミングで変化する。
これに対して,先進国間貿易はかなり遅れて変動するが,これは製品貿易,とくに機械類が遅れるためである。景気が上昇するときは原材料消費が増大するだけでなく,原料在庫の積み増しが行なわれ,景気が停滞ないし低下局面にはいるとこの逆の傾向があらわれる。しかし,製品に対する需要は,景気の上昇局面の初期には国内生産の増加でまかなわれる部分が大きく,輸入に向かうのは後の段階となるであろう。
低開発国の先進国からの輸入は,第36図に示すように,ほぼ1年のタイム・ラグをもって,先進国向け輸出の変動を追って変化する。つまり,低開発国が先進国への輸出で得た外貨を1年のタイム・ラグをもって輸入にあてるのである。同図の下方に描きそえた低開発国の金・外貨準備の増減をみると,先進国の低開発国からの輸入の増加率が輸出のそれを上回るとき,低開発国の金・外貨準備は増加ないし減少傾向の鈍化,逆の場合は,減少ないし増勢の鈍化が起こっている。
先進国を北アメリカ,西ヨーロッパ,日本に分けて,同様なグラフ(第37図)を作って比較すると,変動の振幅に大きいちがいはあるにしても,低開発国向け輸出は,とくに1958年以降,ほぼ同じ動きを示している。これに対し,低開発国からの輸入は,各地域の景気変動を反映してかなり異なった動きをみせた。
低開発国との間の輸出入が,タイム・ラグをもちながら比較的に併行した動きを示すのは西ヨーロッパで,これは,低開発国の輸出に占める比重が高いため,西ヨーロッパの景気変動が,低開発国貿易の変動をひき起こす大きな要因となっているからである。日本の特徴は変動の振幅がいちじるしく大きいことであり,低開発国の輸出に占める比重も7%を超えるにいたり,かなりの影響を低開発貿易に及ぼすようになった。
第37図からわかるように,北アメリカの場合は,国内に原料供給源をもつため,低開発国からの輸入が国内総生産の動きにかなり遅れる傾向があり,この結果,1958年以降は,西ヨーロッパの低開発国からの輸入の動きとほぼ一致する事態が生じた。とくに1963年には,この二つの地域の輸入が高まったのに加えて,日本の輸入増加率の急昇が重なって,先進国向けの低開発国輸出は1951年以降で最大の伸び率を示したのである。前回の世界貿易の著増期である60年にも似たような傾向がみられたが,アメリカの上昇局面が長続きせず,60年中に景気後退にはいり,また日本のタイミングがずれ,今回ほどの低開発国の輸出増は起こらなかった。64年には,いずれの地域についても低開発国からの輸入の増勢の鈍化が起こったが,なおかなり高い水準であるといえる。他方,低開発国の輸入は輸出の伸びが弱まったにもかかわらず,64年に増勢を強め,65年にはいってなお増勢に衰えをみせていない。
上に述べた動きを総合して,先進国と低開発国の輸入総額の変動を比較してみると,第1章第8図にすでに示したように,半年のタイム・ラグをもつことがわかる。先進国と低開発国の間の輸出入に1年のラグがあり,先進国間貿易の国内総生産にたいするほぼ半年の遅れがこれに重なるからである。半年のラグでは先進国の景気変動を相殺する要因とはなりえないが,ある程度の緩和作用は果たすであろう。この意図せざる調節作用を果たしているものは,低開発国の金・外貨準備の増減である。