昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第2部 各 論
第2章 西ヨーロッパ
(1)1959~62年の経済動向(輸出・投資ブームの展開とその衰退過程)
1963年から64年にかけて,西ドイツの経済情勢は大きく変貌した。すなわち,59年からはじまった景気循環過程が63年上期中にほぼ終了し,下期から新たな上昇局面にはいったのである。その意味では,63年は西ドイツ経済にとって一つの循環上の転換期であったということができよう。そこで,63~64年の西ドイツ経済の分析のためには,まず,59年以降の景気循環過程を簡単に回顧してみよう。
西ドイツ経済は,58年の停滞のあと59,60年には輸出と国内固定投資の急激な盛り上がりによって一大ブームを現出し,工業設備はほぼフル稼働し,受注残が累積して未充足求人数が失業数を上回るという超完全雇用状態を示した。
その結果,インフレ圧力が強まり,中央銀行は早くも59年末から公定歩合や支払準備率の引上げなど,金融引締め政策を実施したが,通貨交換性回復のもとでの金融引締めは,国際短資の大量流入をまねくことで所期の効果をあげえなかったのみならず,輸出好調による経常収支の大幅黒字と相まって,公的金外貨準備の激増をもたらした(60年中に約20億ドル増加して,年末には75億ドル余となった)。それは国内の流動性を増加させてインフレ圧力を高めたばかりでなく国際的にも非難を受けるにいたった。
そこでブンデスバンク(中央銀行)は,60年末に金融政策を転換して公定歩合や支払準備率を引下げるなど金融引締め措置を撤廃し,その代りに外資流入阻止,資本輸出促進策をとった(非居住者預金に対する支払準備率の引上げ,非居住者預金の利付禁止,特別スワップ操作など)。
このような政策転換にもかかわらず,国際収支の黒字基調が容易に改まらぬため,ついに61年3月にマルク切上げが断行された。
この平価切上げは,国内の労働コスト上昇と相まって当時すでに鈍化傾向をみせていた輸出に大きな打撃をあたえ,さらに国内の民間投資にも抑制的影響をあたえた。輸出と投資の先行きを示す受注指数は下降しはじめ,慎重ムードが業界に浸透した。
加えて,公共建設や住宅建設の抑制策がとられたため,現実の輸出と工業投資は,59,60年に累積した尨大な受注残のおかげで,61年と62年にも増加し続けてきたが,経済拡大の起動力は次第に政府支出および個人消費へ移ってきた。
このような需要の変動に伴い,経済成長を制約する要因も当初の供給側の要因(労働力不足)から次第に需要側の要因に移ってきた。いずれにせよ,実質経済成長率は,60年の8.8%から61年の5.4%,62年の4.2%と低下してきた。
こうして経済成長率が低下する反面で,国内のインフレ圧力は逆に高まり,たとえば卸売物価は,60年に1.2%の上昇にとどまったのに対して61年には1.5%上昇し,このような上昇傾向が62年春頃まで続いた。消費者物価指数の上昇率も,60年の1.5%に対して,61年2.5%,62年3.5%と高まってきた。
これは,需要の増勢鈍化,受注残の減少,操業度の低下という景気弱化的傾向にもかかわらず,労働力不足がますます激化し,その結果労働コストが異常に増加したせいであるとみられている。つまり,コスト・インフレ的様相が深まってきたわけである(ただし,建築部門だけは依然として超過需要の状態にあり,建設価格の大幅な騰貴がみられた)。
いま,労働力の需給状態を示す指標として失業率の推移をみると,59年の2.4%から62年の0.7%へと低下の一途をたどっており,また失業者数に対する求人数の割合も,59年の0.6から62年の3.9へと高まった。
このような労働力不足の激化を反映して,賃金の上昇率も次第に高まり,たとえば,工業労働者の時間あたり賃金は60年9%,61年10%,62年125と,3年続けて10%前後という大幅な上昇を示した。
(2)1963~64年の経済動向
1)物価の安定化
ところが1963年にはいると,コスト増による利幅の縮少,景気見通しの悪化などから企業側の賃上げに対する抵抗も強くなり,他方では経済拡大の鈍化により,労働力需給に若干の緩和傾向があらわれたことから,労組の態度も次第に穏健化し,その結果,賃金上昇率も小幅となった。これには,政府の年初におけるガイド・ラインの設定,労使双方に対する自粛の呼びかけ,世論に対する働きかけなどの所得政策もかなり大きな影響を与えたとみられる。とくに西ドイツ最大の労組である金属労連が,63年5月に政府のあっせんのもとに,非インフレ的労働協約(64年9月まで有効)に同意したことが,その後の賃金動向を決定的に左右した。
第2-15表 西ドイツ鉱工業1)における生産性と賃金の上昇率
その結果,それまで生産性上昇率を大きく上回っていた賃金の上昇率も鈍化し,両者のギャップが次第に縮小した。いま,工業における延べ実働時間あたり生産高と賃金の伸び率をみると,62年には前者の伸び率7.3%に対して後者は12.7%に達していたのが,63年にはいってからはこの格差が次第に縮小し,63年第4・四半期には賃金の伸び率が生産性の上昇率とぼぼ同じとなり,さらに,64年になると,逆に生産性の伸びが賃金のそれを上回るようになってきた。
その結果,コスト・プッシュも一応おさまり,物価もほぼ安定的となった。
いま,主要な指標によって物価の動きをみると,工業製品生産者価格は62年の1.1%高に対して,63年はわずか0.6%高にとどまった。消費者物価も同様であって,62年の上昇率3.5%に対して63年は3.1%であった。
ただし後述するように,63年秋以降は一般景気の高揚や輸入原材料価格の上昇などにより,工業製品生産者価格が再び強含みとなってきたことが注目されるが,現在のところは,その上昇率も年率で1%余にすぎない。
なお,63~64年における消費者価格の上昇には,従来と同じく公共料金的な政府統制価格の引上げによる部分が大きい。すなわち,62年12月~63年12月における生計費指数の上昇率3.5%のうち,約6割が政府統制下にある食肉および牛乳価格,家賃および公共料金(鉄道,郵便)の引上げによるとされている。
2)新たな拡大局面のはじまり
他方生産の動きをみると,1963年も前年に引き続き成長鈍化の傾向がみられ,年次データでみるかぎり,GNPの実質伸び率は3.2%,工業生産の伸び率は4.2%と,いずれも前年の4.2%および4.6%を下回った。63年の成長率は,戦後の成長率としては最も低い(58年は3.3%)。
しかし,63年における成長率の鈍化は,主として同年初頭の異常寒波による生産活動,とりわけ,建設活動の停滞の結果であって,この特殊要因を調整すれば,63年の成長率は前年のそれと大差ないとみられている。すなわち63年上期は前年に引き続き循環的な成長鈍化があったが,下期,とくに秋以降には新たな上昇過程がはじまったのである。
いま,63年下期以降における新たな上昇過程を数字的にあとづけてみると,まず名目GNPの成長率は,63年上期の4.5%(前年同期比)から,下期の7.7%へ高まったあと,64年上期には10.5%に達した(第2-18表参照)。また,これを実質でみると63年上期1.7%,下期4.8%,64年上期8.5%となる。(ただし,64年上期の成長率は前年同期の水準が寒波の影響で異常に低かったため高くなりすぎており,その点を調整すると約6%になるとみられている)。また,63年下期以降のこのような急速な経済拡大をもたらしたものが,輸出と設備投資であったことは第2-18表から明かである。
3)輸出ブームとその原因
1963年秋以降にはじまるこの新しい拡大局面(戦後第4回目)を先導したものは,またしても輸出の増加であった。
輸出の先行指標である製造工業の輸出向け新規受注高は,61年に3%減,62年に不変だったあと,63年はじめから増加しはじめ,次第にその増勢を強め,その結果,63年全体で前年比18%の増加をした。また輸出額は63年春頃からふえはじめ,年間を通じて前年比10%の増加を示した。
このような輸出の増勢は64年にも続き,64年上期における輸出向け受注は17%増加,また現実の輸出も17%増加した。
西ドイツの輸出が,このように約2年近くの停滞のあと急速にふえだしたのは,①国内の成長鈍化と操業度低下により,企業の輸出意欲が高まった,②過大だった受注残が減少して納期が短くなり,その面から競争力が強まった,という国内的要因がまず働き,ついで③主要な輸出市場における輸入需要の増加,とりわけイタリアとフランスのインフレ傾向の激化という海外要因が,次第に西ドイツの輸出増加の主役となってきた。そして,この海外需要の増加は,最初はイタリア,フランスにかぎられていたが,次第に他のEEC諸国やEFTA諸国にまでおよび,さらに,北米,低開発国,共産圏向けの輸出の増加が加わってきた。
4)企業投資の盛り上がり
このような輸出の著増は,それ自体国内経済に拡張的作用を与えたと同時に,他の需要,とくに企業の投資活動を刺激した。
西ドイツの鉱工業設備投資は,1960~61年のブームのあと62年にはわずか4%増となり,さらに63年には3%減となったが,企業の投資意欲はすでに63年下期から立直りをみせはじめた。すなわち,63年暮のIFO研究所の投資予測調査によると,64年の産業投資は5%増とみられていたし,64年央の調査では,それがさらに10%増に改訂された。また,資本財工業の国内受注は61年には不変,62年に0.1%減,63年上期に3.6%減のあと,63年下期には9%増となり,さらに,64年上期には前年同期比17%増となった。とくに,機械工業の国内受注は,61年から63年上期まで減少を続けたあと,63年下期に14%増加,さらに64年1~5月間には対前年同期比で21%も増加した。また,産業用建設許可面積も62,63年と2年続けて減少したあと,64年にはいってふたたび増加しはじめ,1~6月間に19%増加した。
以上のような先行指標のほか,設備投資額(国民経済計算による固定投資)も,63年上期の対前年同期比0.4%増から,下期の8.5増,64年上期の17.5%増へと増大した(時価)。
設備投資の増大に伴い,従来控え目だった企業の原材料在庫投資にも,次第に動意があらわれ,とりわけ鉄鋼の在庫が著増した。鉄鋼のほか,国際相場が上昇傾向を示した非鉄,金属,ゴム,皮革などの重要原料についても,在庫蓄積の動きが目立った。
このような企業の投資意欲の新たな高まりは,売上げの増加と労働コストの安定による企業利澗の増加,操業度の上昇,景気の先行きに対する楽観的期待などの諸要因によるものである(第2-22表および第2-23表参照)。
5)国際収支黒字の再現とその対策
前述した輸出の好調は,再び経常収支の大幅黒字をもたらし(経常収支尻は,1962年はじめから63年第3・四半期まで赤字であったのが,第4・四半期には約21億マルクの黒字に変化),それに長短期資本の流入が加わって,西ドイツの総合国際収支は61,62年と2年続いた赤字のあと,63年にはいってから黒字基調となり,63年全休で約26億マルクという巨額の黒字を出した。64年にはいってからもこの情勢はやまず,このような国際収支黒字から生ずるインフレ圧力を懸念した西ドイツ政府とブンデスバンクは,ついに64年3月につぎのような一連の外資流入阻止および資本輸出促進策を採用した。
(a)長期資本対策
① 外国人所有の西ドイツ確定利付債券の利子支払いに対する25%の資本収益税の導入-
② 証券発行税(税率25%)の廃止-本税は,主として国内産業債と外国債の新規発行に対して賦課されていたものであり,その税率が国際的にみても割高であって,西ドイツにおける外国債の発行を著しく阻害するものとして,かねてから廃止を要望されていた。したがって,本措置は外債発行を通ずる長期資本の輸出を促進することがねらいである。
以上の2措置については目下議会で審議中,近く施行の予定。
(b)短期資本対策
① ブンデスバンクの特別スワップ操作の再開-ブンデスバンクは,3月10日から市中為替市場よりも有利なスワップ・コストで,市中に対して米ドルの直売先買いに応ずることにした。これにより,市中銀行はその余裕資金を国内の短期証券またはコールに運用するよりも,米財務省証券に投資した方が有利になり,西ドイツの短資輸出を促進する。
② 非居住者預金に対する銀行支払準備率の,法定最高限度までの引上げ(当座預金30%,定期預金10%)。
③ 非居住者の預金(貯蓄預金を除く)に対する利付の禁止。
この②と③は,ともに外国短資の流入阻止が目的である。
以上のような資本収支対策のほか,貿易収支についても,輸入の促進により出超幅を削減し,国内のインフレ圧力を抑制するために,関税引下げ゛案を5月に発表し,その後議会の修正をへて7月1日から実施した。その内容はつぎのとおりである。
① 西ドイツのEEC域内関税を現行水準から50%引下げる(若干の例外あり,例外品目については25%引下げ)。
② 西ドイツの第三国向け対外関税のうち,EEC共通対外関税より高いものを共通関税の水準まで引下げる。
このほか西ドイツ政府は,ケネディ・ラウンドの先取りとして,EEC共通関税の引下げをも提案したが,これはEEC委員会および他のEEC諸国政府との間で目下交渉中である。
(c)国際収支対策の効果
以上のような諸対策,とくに,非居住者所有の西ドイツ有価証券利子に対する課税の発表と,民間銀行の短資輸出促進策が効果を奏して,4月以降西ドイツの金外貨準備は(年央の季節的増大を除けば),毎月わずかながら減少傾向を示している。
(3)経済見通し
以上のように1963年から64年にかけて,西ドイツ経済は物価安定のもとでの再上昇過程にはいったが,今後の見通しはどうであろうか。まず供給側の要因についてみよう。
西ドイツの就業者数は,50年代は年平均2.2%の割合で増加してきたが,60年代には年平均0.4%程度の増加しか見込まれていない。これは①50年代央まで大量に存在しでいた失業群が吸収されてしまったこと,②50年代の労働力供給に大きな役割を果たした東独からの難民流入が,62年8月の「ベルリンの壁」設定以来ほとんどとだえたこと,③外国人労働者の供給源が少なくなったこと,④義務教育の延長などによる就業率の低下,などの事情による。したがって今後の労働力増加は,ほとんど外国人労働者の移入いかんに左右されるものとみられる。このように就業者数の増加があまり期待されないのに加えて,労働時間短縮が年々進行しているので,国民経済全対としての延べ実働時間数は62,63年とも約1%ほど減少しており,この両年における生産の増加は,もっぱら生産性の上昇によってもたらされた。
このように,新規労働力の供給が少なくなったことに加えて,63年下期からの拡大過程のなかで,失業の減少と求人数の増加という労働需給の緊迫がある。
したがって,今後の経済成長は,主として生産性の伸びに左右される。国民総生産に対する固定投資の比率は,50年代にすでに高かったが,60年代にはいってからさらに高まって25%程度に達しており,また現在,さらに戦後第4回目の投資ブームを迎えつつあるので,生産性は今後もかなり大幅な上昇が期待できるが,63年下期から64年にかけての伸び率にくらべれば,生産性の上昇鈍化はまぬがれないであろう。けだし,63年下期から64年にかけては,工業設備操業度の上昇により,生産性の伸びがとくに高かったからであり,今後は,この操業度上昇による生産性の向上があまり望めないからである。
このように供給側の余裕が乏しくなってきた反面,企業投資を中心とした総需要の増勢に衰えがみえないため,64年7月にブンデスバンクは,居住者預金に対する支払準備率を引上げるというインフレ予防策をとったが,景気情勢にはあまり影響を与えなかったようである。これまで経済拡大の主柱であった輸出と投資のうち,輸出の増勢は最近鈍化してきたようであるが,従来比較的落ち着いていた個人消費が活発化する兆候があるため,これまで個人消費が比較的落ち着いていたのは,貯蓄率が高くなってきたからであるが(可処分所得に対する貯蓄の比率は62年の8.5%から63年の9.6%,64年上期の10.6%へと上昇),最近のような異常に高い貯蓄率が今後も続くかどうか疑問である。加えて現在議会で審議中の減税法案が年内に通過すれば,65年1月から主として中級所得層を対象とする所得税の減税(約20億マルク)があり,このほか,年金支給額も65年1月から9.4%(約19億マルク)引上げられるはずであるから,この面からも消費が刺激されるものと思われる。
この個人消費に関連して注目されるのは賃金の動きである。64年9月から向う15カ月を有効期間とする金属労組の労働協約が本年7月に締結された。
その内容は,好況下の賃金協約としては比較的穏健なものであって,もし例年どおり他の労組もこれにならえば問題は少ないが,本年秋から来年初めにかけて予想される労働協約の更新が,好況と利潤増加および労働力不足の条件のもとで,果たして「非インフレ的」でありうるか否か問題なしとしない。
このほか,前記減税法案には研究開発支出に対する租税特典が含まれているほか,建物の減価償却率の引上げが65年から実施される予定であり,いずれも投資景気をさらにあおるおそれがある。しかし政府財政は,65年予算が予定される国民総生産の実質伸び率(5%)の範囲内におさえられているので,従来ほど拡張的作用をおよばさないと思われる。
いずれにせよ,63年下期から64年にかけて比較的安定的に高度成長を示した西ドイツ経済も,65年には成長率の若干の鈍化とインフレ問題の発生を免れないのではないかと思われる。65年の実質経済成長率については,政府は前記のように5%とみているが,民間研究所は6%と推定している(64年は政府推定では約6.5%,民間研究所の推定では7%)。