昭和39年

年次世界経済報告

昭和40年1月19日

経済企画庁


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第2部 各  論

第2章 西ヨーロッパ

2. イギリス

(1)1963~64年の経済動向

1)急速な拡大から慎重な引締めへ

1963年のイギリス経済は,年初の寒波から回復のあと順調な拡大過程をたどり, 年末頃にはNECD(National Economic Development Council国民経済発展審議会)が計画目標として設定した年率4%の適正成長率をかなり上回り,早くも過熱化のおそれがあらわれてきた。

これを国内総生産の動きでみると,63年の実質成長率は3.3%と,前年の0.5%を大きく上回り,四半期別では第2・四半期の2.0%から第3・四半期2.4%,第4・四半期8.0%と,次第に拡大テンポを速めている。工業生産もほぼ同じ動きを示し,第2・四半期の急速な回復のあと,下期を通じて拡大を続け,第4・四半期には前年同期を約8%上回り,63年全体では3.4%の増加となった(62年は対前年比1%増)。

このような急速な拡大は,主として62年秋以降相ついで打ち出された財政・金融面からの景気刺激措置による自動車など耐久消費財を中心とする個人消費支出,世界貿易の拡大による輸出および公共支出の増加に支えられたものであるが,第4・四半期からはさらに在庫投資と設備投資が増加に転じて,拡大テンポを速めた。しかも,この急速な拡大は,主として遊休資源の利用度の上昇によって達成されたため,63年末頃には生産設備や労働力などの生産余力はかなり吸収されたとみられる。したがって,生産をこの高水準に継続的に維持することは困難となるにいたった。

すなわち,63年,とくに下期を通じて労働需要は増加を続け,失業率は2月の2.9%から年末には2%まで低下し,ロンドンやミッドランド地域では1.2%という超完全雇用の状態に達し,製造工業の総超過勤務は10%以上も増加し,操短は減少した。

また,このような労働力需要の増大を反映して,労働攻勢が次第に激化し,賃金率も63年11月頃かからその上昇テンポを速めてきた。労組の賃上要求は,ほとんどがガイド・ライン(3.0%~3.5%)を上回る5~7%という大幅なものであった。一方,物価も,一次産品の値上がりもあって,第3・四半期ごろから上昇しはじめてきた。

第2-1図 国内総生産の動き

このため政府は,インフレを未然に防止し,経済の安定的拡大を持続するためには,「速すぎる拡大」を4%の安定ラインに緩やかに戻すことの必要を強調するとともに,所得政策の再検討に乗り出した(後述)。

一方,機械工業の賃金協約(1年半に5%引上げ)は,国民経済全般におよぼす影響が大きいとの理由で,NIC(National Incomes Commission全国所得委員会)に調査を委託したのをはじめ,64年1月はじめのNEDCの特別会議では,賃金のみならず利潤,価格の抑制を含む総合的所得政策の検討,および「価格,利潤および賃金の抑制に関する共同宣言案」に同意するよう労使代表に要請した。これら政府の試みは,2月,3月の会議でも検討されたが,労組代表の拒否によって不成功におわった。また,政府はインフレ政策の一つとして,再販売価格維持制の廃止に踏み切り,流通部門への競争の導入によるコストと価格の引下げ措置のほか,独占・合併・制限的慣行に対する政府の新方針を明らかにし,独占委員会の拡大強化とその勧告の実施権限を強める意向を表明した。さらに3月末には,イングランド銀行は,1月の貿易収支の大幅赤字を直接的契機として,公定歩合を4%から5%へ引上げた。これは,国際的金利の引上げ機運に追随したものであり,その最大のねらいは「インフレなき拡大」を達成するために速過ぎる成長をおさえ,国際収支の悪化を防ぐためであり,短期的にはポンドの流出防止にあった。

第2-2図 物価・賃金・生産費の推移

64年4月の新予算では,間接税を中心とする増税と貯蓄奨励措置を含む慎重な引締め予算を発表したが,これによる増税総額は,タバコ,アルコール飲料税の10%引上げを主とする本年度約1億3百万ポンド,平年度1億1千6百万ポンドである。またインフレを未然に防止するための新たな措置として,①貯蓄証券(National Saving Certificate)の個人保有限度額の引上げ(300ポンドから600ポンド)と,②開発債券(National Dev-elo pment Bond)の発行(期間5年,金利5%,1カ月の予告で現金化できる)を実施した。

以上のように,政府の慎重な抑制措置の効果もあって,64年春頃から,経済活動は急速な鈍化をみるにいたった。すなわち,工業生産は2月から9月まで高水準での横ばい,国内総生産は設備投資の急増,住宅建設の増加,在庫投資の高水準維持にもかかわらず,個人消費支出の増勢の弱まり,輸出の伸び悩みなどから,第1・四半期の対前年同期比は,前期をやや下回る7.7%増にとどまり,第2・四半期には4・6%増とさらに拡大テンポが鈍化してきている。

このように,64年にはいって前年下期の急速な拡大が突然止った理由については,議論のあるところであるが,国民経済社会研究所 (National nstitute of Economicand Social Research)は,第2・四半期に拡大を純化させた要因の一つとなった個人消費支出の増加が小幅にとどまったのは増税と小売物価(牛肉,ミルク)の値上がりによる実質可処分所得の減少によるもので,現在の労働力需要の強さからみて,賃金の上昇,雇用と残業の増加は続いているとみられるので,おそらく一時的なものだとしている。また,イギリス産業連盟(Federation of British Industries)の調査では,労働力,とくに熟練労働者の不足が生産のネックとなると考えられるものの,当面は労働力よりも,むしろ受注や売れ行きの不振が最大の制約要因であるとしている。いずれにせよ,問題はこれまでの経済の拡大を支えてきた輸出が,なぜ,横ばいあるいは下降に転じたかである。

これについて,政府(保守党)は輸出動向には若干警戒すべき点は認められるが,輸出受注や産業の活況からみて,やがて輸出は増加しようと楽観的態度を表明し,英産業連盟も,9月に行なった緊急輸出動向調査からみて,輸出が依然増加傾向にあるこてとを指摘している。これに対して国民経済社会研究所はきわめて悲観的見方をしており,イギリスの工業製品の世界市場に占めるシェアーが,64年上期に急激に低下していることや,外国製品のイギリス市場でのシェアーが増大していることから,輸出停滞の主因は,イギリス工業製品の競争力の低下にあるとし,64年の基礎的国際収支の赤字は5億ポンド,65年には3億5千万ポンドに達しようと,暗い見通しを発表している。

第2-10表 鉱工業生産の推移

第2-11表 製造業の固定投資

いずれにせよ,イギリスがふたたび経済危機に直面することなく,成長政策を推進できるかどうかは,今後の国際収支の動向にかかっているといえよう。しかし,国際収支悪化の主因である貿易収支の赤字削減という根本的問題が,未解決のままになっていることから,次第に悲観論が強まってきた。とくに,これまでポンドの下落に対して静観的態度をとってきたイングランド銀行が,9月になって,ついにカナダ,欧州の中央銀行とバーゼル協定方式に基づく国際金融協力による借入れに踏み切ったにもかかわらず,ポンド相場はいっこうに立ち直りをみせず,9月の貿易収支は引き続き大幅赤字となるに及んで,国際収支の悪化とポンドの軟調はかなり深刻な様相を呈するにいたった。

このような経済情勢から,64年10月に交替した労働党政府が,当面最も緊急に解決を要する国際収支の悪化に対して,どんな対策を打ち出すかが注目されていたが,10月26日発表された緊急経済政策は,後述するように輸入課徴金の設定や輸出品に対する間接税の一部還元による輸出促進措置などを含むかなり思い切ったものであったが,さらに11月下旬には公定歩合を大幅に引上げるなど労働党政府のポンド防衛への堅い決意を示したものといえよう。

第2-3図 製造工業の動き

2)悪化する国際収支

1963年における経済の拡大過程で,早くも年末ごろにはインフレ圧力が強まり,64年にはいると前保守党政府は慎重な抑制措置をとるにいたったが,労働力不足を背景とした賃金と物価のジリ高傾向や,輸入の急増と輸出の伸び悩みから,国際収支は次第に悪化傾向を強め,ポンドは軟調に推移している。ここでは,国際収支の動向とその問題点を述べてみたい。

まず63年の基礎的国際収支の動向をみると,61年,62年の,それぞれ8百万ポンド,42百万ポンドの黒字から,42百万ポンドの赤字へと次第に悪化傾向をたどっているが,これは主として,民間資本の大幅な流出によって,長期資本勘定が著しく悪化したためである。

経常勘定では,62年にくらべ黒字幅は2百万ポンド減少して113百万ポンドとなったが,上期の黒字幅は162百万ポンドと,58年以来の最高であった。これは,主として輸出の好調によってもたらされたものであるが,下期には,輸入の急増と輸出の伸び悩みから,著しい悪化を示したため,年間では,はば横ばいにとどまった。貿易収支をみると,62年下期の57百万ポンドの赤字から,63年上期には36百万ポンドの黒字に転じたあと,下期には再び85百万ポンドの赤字となり,年間の赤字幅は,62年から23百万ポンド減少して49百万ポンドとなった。一方,貿易外収支は62年に引き続き,利子,配当,利潤はやや好転したものの,政府の対外支出が増加したため,黒字幅は急減した。

第2-12表 世界貿易における主要国工業製品輸出のシェアー

つぎに長期資本勘定をみると,63年は62年にくらべ,赤字幅は48百万ポンドふえて155百万ポンドと著しい悪化を示した。これは,民間の対外証券投資が増加した反面で,対英投資がかなり減少したため,民間資本取引の赤字幅が,62年の3百万ポンドから50百千ポンドへと,著しく増加したからである。

この結果,63年の基礎的国際収支は,62年の8百万ポンドの黒字から,42百万ポンドの赤字へと悪化したが,これに調整項目の赤字を加えた総合国際収支は,153百万ポンドの赤字と大幅に悪化している。

第2-13表 イギリスの国際収支

64年にはいると,基礎的国際収支の赤字は,第1・四半期の147百万ポンドから,第2・四半期には194百万ポンドと,次第に悪化傾向を強めている。この結果,64年上期の赤字幅は341百万ポンドと,63年下期から210百万ポンドの増加となった(63年上期は89百万ポンドの黒字)。これは主として輸入の急増によって,貿易収支の赤字が大幅に増大したこと,および貿易外収支の黒字が微増にとどまったためである。一方,長期資本勘定の赤字も拡大傾向にあり,64年上期には,63年下期から134百万ポンド増加して216百万ポンドの赤字に達した。これは,政府の資本支出の赤字が減少したにもかかわらず,民間資本の赤字が大幅に増加したためである。

このため,64年上期の基礎的国際収支の赤字は341百万ポンドとなり,これに調整項目の黒字85百万ポンドを加えた総合国際収支は,62年下期から59百万ポンド悪化して,256百万ポンドの赤字となり,63年上期の44百万ポンドの黒字にくらべると著しい悪化であるといえる。

以上でみてきたように,63年から64年にかけて,国際収支は悪化傾向を強めているが,その主因は,輸入の急増と輸出の伸び悩みによる貿易収支の赤字幅の増大であった。すなわち,第2-4図で明らかなように,貿易収支の赤字は,63年第1・四半期から一貫して拡大傾向にあり,64年にはいってからは急激な増加を示している。これは,①一次産品と機械の輸入が急増したこと,および②EECと英連邦諸国向け輸出が伸び悩んでいるためである。さらに最近では,輸入の内容が食料,原材料から工業製品などの資本財に移ってきており,イギリスの工集製品の輸出競争が低下していることが問題となってきている。

つぎに貿易外収支では,キプロス紛争などによる軍事支出のほか,公定歩合引上げによる海外利子払いの増加傾向が黒字幅を縮小している。また,長期資本勘定では,海外への民間投資増大によって,赤字幅がふえる傾向にある。これらは,いずれも短期的に解決できるようなものではないが,当面の問題は,国際収支の動向を決定する鍵とみられる輸出の不振にどう対処するかにあるといえる。

第2-5図 工業製品貿易の動向

すでにみてきたように,保守党政府の楽観的見通しにもかかわらず国際収支は悪化傾向をたどり,次第に危機的様相を深めてきた。労働党新政府は,64年の基礎的国際収支の赤字は,さきの国民経済社会研究所の推計5億ドルを上回る7~3億ポンドに達するとみており,このような観点からポンドの切下げという最悪の事態をさけるために,10月26日①食糧,原材料,葉たばこを除く全輸入品に対して,従価で15%の暫定的輸入課徴金の賦課,および,②輸出品に対する間接税の一部払戻しなど,輸出業者への税制面での優遇措置を中心とする,かなり思い切った緊急対策を発表するとともに,IMFからの引出し権の行使について必要な協議をはじめることを明らかにした。このことから,今回の措置は,国際収支悪化の主因でる貿易収支の大幅赤字削減のために,輸入抑制と輸出促進という直接的対策によって対処するとともに,IMFからスタンドバイ・クレジットを引出すことによって,9億7百万ポンド(9月末)に落ち込んだ金外貨準備を補強することがねらいであるとみられる。しかし,かかる緊急措置にもかかわらず,ポンド相場は下落を続け,これまで比較的堅調だった先物相場までが急落するにいたった。このため,イングランド銀行は11月23日公定歩合を“危機レート”といわれる7%へ一挙に2%も引上げたが,さらに2日後には欧米諸国,日本を含む11カ国の中央銀行などから30億ドルにのぼる緊急信用供与を受けるという大規模な国際協力によるポンド支持が行なわれるにいたった。このことから,今回のポンド危機がいかに深刻なものであるかがうかがえるであろう。

(2)成長政策の推進

イギリス経済は,1963年の急速な拡大のあと,64年には輸入の急増と輸出の伸び悩みから,国際収支は悪化傾向をたどり,ポンドは7年来の安値で低迷していることから,労働党政府にとっても,「インフレなき拡大」を維持するための所得政策の新たな展開と成長政策の推進とが急務であることには変りがない。このことは,さきに発表された緊急経済政策で「生産性向上および生産性と結びついた効果的な所得政策立案のための,産業の労使双方との協議や物価問題検討機関の創設など」を打出していることからも明らかであろう。ここでは,前保守党政府のもとで試みられた所得政策の新たな展開,および成長政策の推進について述べるとともに,労働党新政府の経済政策を探ってみたい。

1)所得政策の行きなやみ

周知のように,NEDCは,所得政策の確立に伴う困難な諸問題を解決することを重要な任務の一つとしているが,これまで所得政策は,とかく賃金の抑制を強調するあまり,利潤と価格の抑制がなおざりにされ,このため労組側の協力が得られないという問題があった。NICも,所得政策の見地から,正当化できない利潤は,賃金と同様インフレの原因となること,生産性を上回る利潤は価格の引下げに回すべきことを強調している。

保守党政府も,この見解を支持し,1964年初めのNEDCの特別会議で,所得政策についての「中間宣言」(賃金を含めて所得の上昇は,生産性の上昇を上回る過大なものであってはならず,産業界はその価格の安定を維持しなければならない)に,労使が同意するよう要請したが,労組側代表によって「賃金の自粛を約束するような中間宣言には同意できない」として拒否された。また,NEDC事務局は,所得政策の一環として利潤,価格の抑制策を重視し,つぎのような三つの提案を行なった。すなわち,

① 会社法を改正し,企業の年次計算書に前年のコスト変化の実態の公表を義務づけ,企業が価格に関し合理的に行動しているか否かを,一般に判断できるようにすること。

② 「価格委員会」を設置し,不当な価格引上げ(または据置き)のケースをこの委員会に付託審議させ,その結果を公表すること。

③ 不当な価格引上げに対する制裁措置として,選別的な関税引下げを行なうというものであった。

一方,経営者代表も利潤対策として,利潤の増加率が一定期間,生産性および賃金の上昇率を上回るばあい,その部分に課税して吸い上げるという提案を行なった。

しかし以上の諸提案は,討議を通じても何ら具体的進展はみられず,所得政策に関する労使の見解には,いまなおかなりの開きがあることが明らかとなったが,NEDC事務局は,労使双方の一致した原則として,次の諸点をあげている。すなわち,

① インフレを避け,価格の対外競争力を維持することが必要であること。

② 賃金だけを他の所得形態と分離して考慮することはできないこと。

③ 価格・所得政策に対して,経営者側は,価格の据置きまたは引上げの責任を引き受けること。

④ 特定の価格について審議し,その結果を公表する官庁機関の設置が必要であること。

⑤ 一定期間について,利潤の上昇率が賃金所得のそれを上回るばあい,その分については課税により吸収すべきであることをあげている。

このように,価格,利潤の抑制措置を所得政策の一部としてNEDCの場で討議されたこと自体一歩前進であり,労使双方がいくつかの原則的問題について合意に達したことは,一応の成果であったといえる。しかし,周知のように,TUC(労働組合会議)は所得政策については討議しないという条件で,NEDCへの参加を決定したのであり,NIC(国民所得委員会)にも反対し,いまだに代表を送っていないことなどを考えると,政府の「中間宣言率」を拒否したことはむしろ当然であるといえる。

2)NEDCの機構拡充と第2次成長計画

所得政策の具体化がやや足ぶみ状態となっていることはすでにみたとおりであるが,NEDCは機構拡充の分野でもかなり遅れている。1963年秋に発足を予定されていた「経済開発委員会」(産業別委員会LittleNeady)は,委員の任務と人選難から,ようやく64年4月中旬に初会合を開いた工作機械を含めて,現在では九つの産業別委員会(化学,製菓,卸・小売,電機,エレクトロニクス,機械,製紙,毛織物)が発足しているにすぎない。この産業別委員会はNEDCの補助機関であり,その主要な任務は,成長計画をより現実なものとするために,①NEDCの勧告の各産業への適用を容易にし,②産業部門間の連絡網となって,成長計画に影響するとみられる経済情勢の変化に対する早期警報装置となることである。

ところで,NEDCは,64年秋ごろには第2次成長計画の作成作業にとりかかる予定であったが,これは第1次計画よりはかなり総合的で詳細なものとされており,調査対象の産業も,第1次計画の17部門から40部門へと拡大され,新たに輸送,農業,非鉄金属,軽電気,一般機械,食品加工,繊維などが加わるので,そのころまでには産業別委員会網を完成しておくことが必要であった。

第2次成長計画(1970年までの期間)における成長目標については,7月のNEDCの会議で討議されたが,いまだに結論が出ず,わずかに4%以下では心理的に受入れ難いということで意見が一致したにとどまった。

その他,NEDCの機構拡充の動きとして注目されるのは,経営,小売業,租税制度,農業経済などの問題について,非公式な特別研究グループがつくられていることである。このグループはフランスの問題別委員会に相当するものである。また地域開発委員会については,以前から検討されてきたが,前保守党政府の地域開発行政全般に関する結論がでなかったことから,何ら具体的な進展はみられなかった。

3)労働党政府の経済政策

「新しいイギリス」をめざす労働党政府の経済政策が,経済の計画化による完全雇用の維持を柱として,経済成長率の引上げと国際収支の改善を最も重視していることは,その選挙綱領などから明らかであった。ここでは,選挙綱領,緊急経済対策(1964年10月下旬),新議会における開会演説(11月3日)および補正予算案などを中心として,労働党政権の経済政策を探ってみたい。

まず,労働党政府が緊急の課題として重点をおいている,貿易収支の赤字削減のための短期政策としては,暫定的輸入抑制措置のほか,輸出補助金による輸出振興,輸出信用条件の緩和,中小輸出産業への便宜供与,および輸入代替産業の育成などがあげられている。

また,長期政策としては,長期経済成長を重視し,生産性と結びついた効果的な所得政策の確立(賃金のほか利潤・配当・地代・家賃にも適用される),近代産業の助成,経済計画の目的にそった租税制度の改革,資本利得の脱税防止,輸出促進のための税制上の優遇措置などのほか社会保障制度の拡充,都市の宅地購入のための「土地委員会」の新設や,鉄鋼産業,下水道の国有化,輸送手段の計画化などが公約されている。さらに,農民が主要輸入食糧について監督,規制し,輸入と国内生産とのバランスを図る「商品委員会」の設置があげられている。

労働党政府の特色の一つである英連邦強化策としては,各国政府主脳による「英連邦協議会」と「英連邦輸出協議会」との創設が明らかにされている。

労働党政府は,経済の計画化を強力に推進するために,経済計画機構の改革を断行し,国民経済計画の策定と経済政策の総合調整を任務とする経済省を新設するのをはじめ,保守党政府の創設したNEDCは,その諮問機関として存置するが,従来のように経済計画の発案者としてではなく,その検討の場とし,NICは廃止される。大蔵省は分断され,その任務は税制改革と効果的な政府支出のコントロールの二つに縮小する。また,技術省を新設して,技術進歩による経済成長の促進をはかる。このほか,新たに海外開発省を設置して,対外経済協力行政を強化する。

ところで労働党政府は,10月中旬成立後ただちに選挙中の公約にしたがい,技術省,海外開発省などの新設を発表するとともに,10月下旬には国際収支改善,ポンド防衛のための輸入抑制と輸出促進措置を含む,かなり思い切った一連の緊急経済政策を打ち出したが,ついで,11月はじめの新議会の開会演説では,鉄鋼業の国有化,家賃統制の復活,土地委員会の創設など,社会主義的経済政策の推進を明らかにしている。

そこで,まず選挙綱領の具体化として,内外から注目されていた緊急経済政策についてみてみよう。

暫定的輸入抑制措置として,①食糧,原材料,葉タバコを除く全輸入品,に対して,15%の暫定的輸入課徴金の賦課を行なうとともに,一方では輸出促進措置として,②特定輸出品の生産費に含まれる間接税の一部払戻し制度の導入を明らかにしている。この措置は,税制の改正による恒久的なものになるといわれている。このほか,中小企業の輸出助成のための海外共同販売の組織化や,輸出信用の改善,英連邦輸出協議会の創設などが発表された。

③生産性向上,および生産性と結びついていた効果的な所得政策案については,すでに産業の労使双方と協議をはじめており,物価問題検討機関の新設が決定された。

また,④失業地域の経済開発計画の促進,技術革新の進展に伴う労働者の転職を容易にする措置として,退職手当,転職交付金などの措置を講ずることを明らかにしている。

対外面では,⑤国際収支の負担軽減および生産性の高い企業優先のため一切の政府支出の再検討,およびIMFと引出権行使について,必要な協議を行なうことを表明している。

さらに,⑥社会政策については,新議会で発表することを明らかにした。

つぎに,開会演説で発表された基本的経済政策のうち注目されるものを特記すると,つぎのとおりである。

① 鉄鋼業の国有化法案を早急に議会に提出する(おそくとも65年3月までに)。

② 家賃の統制を復活する。

③ 都市の宅地を国家管理にするため「土地委員会」を創設する.

④ 短期的な国際収支の困難に対処するとともに,長期的経済構造の改革を推進することによって,輸出の拡大と対外収支の健全化をはかり,ポンドの力を強化する。

さらに労働党政府はガソリン税,所得税の増税および社会保障の拡充を含む補正予算を発表したが,総じて中立的とみられている。

また11月下旬から12月上旬にかけて公定歩合の2%引上げを断行したほか11カ国の先進国などからの30億ドルに及ぶ金融協力を受け,さらにIM Fスタンドバイ10億ドルの引出しを行なうなど本格的なポンド防衛と国際収支危機対策に乗り出した。

以上のように,労働党政府は緊急対策を皮きりに矢継ぎ早やに経済措置を打出して経済問題に対して積極的に取組む姿勢をみせているが,何といっても小差による政権獲得という議会における不安定性や意外に根強いポンド不安を考えると,今後労働党政府がどのような政策を打ち出すかを注目する必要があろう。

4)経済見通し

すでにみたように,労働党政府は,輸入抑制と輸出促進を中心とする国際収支改善策を打ち出したが,それとともに,長期政策として輸出競争力強化のための経済の計画化と,技術革新の導入による強力な経済成長政策を押し進めるための,「新しいイギリス」計画の第一歩を踏み出したのである。

ところで,今後の経済見通しはどうであろうか。1964年にはいって輸出は伸び悩み,個人消費支出は停滞を統けているため,設備投資の急増,在庫投資の増加,建築活動の活発化などにもかかわらず,国内総生産の実質成長率は鈍化傾向をたどっているとみられるので,64年全体では4.5~5.0%程度の成長率にとどまろう。さらに,65年については,機械工業,とりわけ工作機械の国内向け新規受注や商務省の投資動向調査などからみて,設備投資は引き続き増加を続けるとみられるものの,その増勢はやや鈍化しよう。また,在庫投資はすでにピークを越えており,今後は支持要因としてはあまり期待できない。

個人消費支出は,自動車売上げの好調,耐久消費財の回復のきざしなどから,やがて増加に向うことも考えられる。問題は輸出の動向であるが,労働党政府の打ち出した一連の輸出促進措置の効果から,今後は増加に転ずるとみてよいであろう。輸入課徴金制度の導入による輸入抑制措置は,国内需要を増大させよう。

労働党政府は成長政策を堅持しているとはいえ,今後打ち出される政策措置,とりわけ4月の新予算の性格など不確定要因が多いことから65年の経済見通しを行なうことはかなり困難であるが,補正予算や公定歩合の引上げなどのデフレ的影響を考えると,あまり明るいとは思われず,65年の経済成長率は64年を下回る2.5~3.0%程度の増加にとどまるものとみられる。

以上で明らかなように,イギリス経済にとって当面のポンド危機を乗り切ることが急務となっているが,基本的には輸出競争力を強める上での鍵となる生産性の向上と効果的な所得政策の推進をいっそう促進することが必要となってきている。


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