昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第2部 各 論
第1章 アメリカ
1963年7月,公定歩合引き上げ(3.0%→3.5%)と金利平衡税提案などを含む「国際収支特別教書」が発表され,以後,アメリカの国際収支は急速に改善された。63年上期には年率50億ドルの巨額な赤字に達した「通常取引収支」(総合国際収支から,ドル防衛のためのいろいろな政府間特別取引を除いたもの)が,同年下期には16億ドル,64年上期にも18億ドルと,ほぼ3分の1に激減したのである。
金利平衡税提案にいたるまでの国際収支の動きを簡単にみておくと,「通常取引収支」は,最も赤字幅が大きかった58~59年平均の36億ドルから63年までほとんど減少することはなかった。62~63年に「総合国際収支」が改善されたのは,ドル防衛のための「政府間特別取引」のためだったといってよい。(第1-8表参照)。63年上期になるとその通常取引収支はさらに悪化した。
60年頃から次第に増大する傾向にあった短資流出が,このとき著しく増加したからである。こうして,公定歩合引上げと金利平衡税が提案され,アメリカとしては,はじめて積極的な資本収支対策をとったのである。
しかし,それ以後1年間のアメリカ国際収支の改善は,何も資本取引の分野だけでみられたわけではない。第1-9表をみればわかるように,むしろそれ以外の分野,たとえば,商品貿易黒字の拡大などの方が国際収支赤字の減少に極めて大きく貢献している。だが,そのなかには一時的とみなされる要因もかなり含まれている。そこで以下では,アメリカの国際収支の改善要因を,主に63年上期~64年上期について検討していきながら世界経済のトラブル・スポットがアメリカの国際収支赤字問題から他の問題へ移ったと,どの程度いえるのか,この点をみていくことにしよう。
(1)資本取引の動き
金利平衡税は,新規に発行される外国証券であれ,既発行の外国証券であれ,これを購入するアメリカ人に課税される。この課税によって,外国証券の販売による資本調達コストを1%引上げようとするものだ。しかし,この1年間に外国証券取引が激減し,ニューヨーク国際資本市場が事実上閉鎖されたのは,このコスト増によるものではなく,平衡税法案が審議過程を通じてどういう内容のものに固まっていくのかわからないという不安のためだった。
こうして,平衡税提案前の1963年上期には11.5億ドルの流出を記録していた新規外国証券発行の既発行証券の購入が,64年上期にはわずか2.6億ドルとなった。新規外国証券発行は激減し,既発行証券の取引はこれまでのアメリカ人による購入(資本流出)から外国人よる購入(資本流入)へと転換した。平衡税提案は,そのかぎりでは外国証券取引による資本流出を8.9億ドルも減少させ,国際収支の改善に大きく寄与したのである(第1-9表参照)。
しかしながら,これに代って増大したのが直接投資・外国証券投資以外の「その他長期投資」,とりわけアメリカ商業銀行の1年もの以上の対外借款であった。もっとも64年第2・四半期にはこの商業銀行の対外長期借款も僅少な額に減ったが,63年第4・四半期には4.3億ドルと平衡税提案前のほとんど3倍近くにのぼったほどだった。64年9月初めにジョンソン大統領の署名によって正式に成立した金利平衡税法のなかに,商業銀行による1年もの以上の対外借款にも平衡税を課することができる大統領のスタンド・バイ権限が新たに含まれるにいたったのも(いわゆるゴア修正案),上記の商業銀行の対外借款が,外国証券購入に代って,アメリカの国際収支の悪化をもたらすのを防ぐためにほかならない。
この商業銀行の長期貸付を含む「その他長期投資」は,平衡税提案による事実上のニューヨーク国際資本市場閉鎖の空白を埋めるものとして外国証券投資の代替的役割を果たし,長期性のドル資金を散布した。そのため,平衡税提案による外国証券取引収支の著しい改善は「その他長期投資」の増大によって3割近く相殺されたかたちになり,結局,長期ポートフォリア取引(直接投資を除く長期資本取引)は,63年上期~64年上期に5.6億ドルの改善(通常取引収支改善の3分の1)を占めるにすぎなくなった。
もっとも,商業銀行の対外長期借款が増大したといっても,それが外国証券投資の減少に完全にとって代りうる性格(商業銀行の長期貸付は3年ものが中心)と規模(上述)をもったものではなかった。そうであればこそ,ニューヨークの国際資本市場がこの1年間事実上閉鎖されていたとき,ヨーロッパ資本市場での外国証券の起債や,それにまつわる問題がとりあげられる` ようになったのであった。
平衡税の適用除外となったカナダを別とすれば,日本,ノルウェー,デンマークなど世界における大借入国は,それまでアメリカで調達していた資金をヨーロッパの起債によってまかなわざるをえなくなった。64年上期だけでも,これら3カ国のヨーロッパでの起債額はおよそ4.1億ドルにも達している(第1-10表参照)。これらは,ほとんどがロンドン資本市場を仲介とするドル建て外債のかたちをとっている。ニューヨーク資本市場を介してヨーロッパ外債を購入していたヨーロッパ人が,ロンドン資本市場を介するようになったといわれるゆえんである。別の面からすれば,ヨーロッパ国際資本市場の構造的欠陥と思われる市場の狭隘性と,第一次大戦以来の長い年月にわたる為替レートの不安定性が,ヨーロッパ通貨建て外債の発行をはばんでいるのだということができる。なるほどヨーロッパ各国の国際資本市場の狭さを打開するためのアプス構想,為替レートの不安定性による投資家の不安をとり除こうとするUA(UnitsofAccount)建て外債などがうんぬんされた。しかし,これによる外債発行の規模はまだまだ小さい。
さて,このようなアメリカの長期資本収支の改善に対して,短資流出の動きをみておくと,63年第1・四半期に一時的な好転をみせたあとは増大の一途をたどっており,64年上期だけで約12億ドルに達した。64年第1・四半期,には日本(24億ドル)とカナダ(22億ドル)向けが大きく,第2・四半期には西ヨーロッパ(25億ドル)とカナダ(1.4億ドル)が大きい。
ところで第2・四半期の短資流出は,これまでのものとややその形態を異にしている。つまり,これまでの銀行報告による短資流出の大部分は,貸付および引受信用の形態をとっていたが,第2・四半期の銀行短期流出5.4億ドルのうちてわずか1.9億ドルがその形態をとっているにすぎない。また約2億ドルはドル建て預金の形態をとり,1.5億ドル近くは外貨建て預金およびその他の流動資産への投資の形をとっているからである (Survey of Current Business,Sept.1964)。アメリカ銀行によるヨーロッパのドル建て預金の増大は,ユーロ・ダラー市場の活発化を示唆するものであり,総じてドル建てであれ外国通貨建てであれ,このような預金がふえることは,ヨーロッパでの金融引締りを反映したものであることはいうまでもなかろう。
こうした短資流出の増大は,63年上期~64年上期の間に国際収支の改善を大きくさまたげる要因となっており,この結果,長期資本を合わせた資本取引は,結局全体としてこの1年間,国際収支を何ら改善させなかったのである(第1-9表参照)。その意味では,収支改善の主因はこれを貿易黒字の拡大に求めなければならない。
(2)商品貿易バランスの改善要因
1963年上期の貿易収支は年率約44億ドルの黒字であった。第1-8表にみられるように,これは62年の水準と変らない。56~57年のスエズ動乱による輸出の急増期,60~61年のリセッションによる輸入の減少期を別にすると,62年の水準は53~55年平均の2倍強の水準にあり,アメリカの貿易黒字は10年間にほぼ倍増した。それが63年下期,64年第1・四半期になると,さらに急増した。63年上期~64年上期の間に,輸出総額は11%もふえて,輸入総額の8%増を大幅に上回った。地域別の貿易収支の動きをみても,63年~64年上期にかけては,すべての地域で収支が好転している(第1-3図参照)。
以上のような輸出の伸びは,農産物と非農産物とでは,かなりその要因を異にしているので,以下別個に検討していこう。
アメリカの農産物輸出は,63年上期~64年上期の間に約4.8億ドル(通常取引収支改善の3分の1弱に相当)も増大した。第1-11表に示したように,なかでもソビエト・ブロックへの1.5億ドルの増大,ヨーロッパの1.1億ドル増大が大きな割合を占めている。いずれも両地域での天候不順による穀物不足が原因であるが,ソ連への小麦輸出は64年5月で事実上完了したし,西ヨーロッパへの農産物輸出も63年第4・四半期にピークに達したあと,64年第2・四半期には従来の水準に復している。したがって,これら一時的な要因が消滅したあとでは,国際収支の改善に大きく寄与するような農産物輸出の増大は望めないであろう。
農産物以外のアメリカの輸出も,63年上期と64年上期の間に約12.5億ドル増大した。機械(4.3億ドル増),自動車および部品(2.4億ドル増),燃料を除く工業原料(4.6億ドル増)の輸出増大がその主要なものである。地域別では,ヨーロッパ向け(4億ドル増),カナダ向け(3.5億ドル増)が大きい。
63年には,西欧の生産拡大,カナダの景気上昇と同年3月の輸入制限(62年春の為替危機のとき課された)の撤廃,さらには,低開発国(とりわけ極東)の輸入需要の増大といった輸出市場の拡大が著しかった。そのため,工業国のみならず,温帯性農産物輸出国,低開発国をも大きな輸出地域としているアメリカの輸出は63年に大きく増大した。これらアメリカの輸出市場は,62年の3%拡大率から63年には8%に伸びている。
そのうえ,63年に加速化された西欧のインフレーションが,アメリカの輸出の伸長を助けることになった。
こうして,最近1年間の輸出は,輸入の増加率(8.4%)を大幅に上回り,貿易黒字を10億ドル以上増大させた。この黒字拡大は,通常取引収支改善幅の3分の2にあたる。
しかし上述のとおり,この輸出の伸長要因のなかには,ソ連,西欧の天候不順による農産物輸入需要の拡大,カナダの輸入制限の撤廃,西欧のインフレの激化といった一時的要因がかなり含まれている。したがって,最近のアメリカの貿易黒字の大きな拡大を持続的なものとみることは危険であろう。
以上,最近1年間のめざましい国際収支改善の主要因を検討してきたが,アメリカの国際収支の悪化を防いでいる重要な項目にひもつき援助の増大がある。
アメリカの国際収支赤字継続の基本的要因は,現代世界の政治・経済のなかで占めるアメリカの地位から要請されるところの海外軍事支出であり,また政府の経済援助(経済贈与,資本輸出)であるといわれる。海外軍事支出は,59年のアイゼンハワーのドル防衛対策以降,漸次減少する傾向にあるが,これに対して経済援助はこの間早いテンポで増大してきている。しかし経済援助がアメリカの商品,サービスの購入増大に向けられる割合は60年以降高められているため(64年上期のひもつき援加の割合は83%),対外経済援助がドルの流出となる額は,援助が伸びているにもかかわらず,ゆっくり減少している(第1-8表参照)。
こうした経済援助は,60年以降,ラテンアメリカ以外のアフリカ,アジアでの低開発国向けが急速にふえている(第1-4図参照)。60~64年上期の間に15.8億ドル増大した経済援助のうち8割強はアフリカ,アジアに向けられている。
地域別には,このような動きをみせている経済援助が,商品のひもつき輸出をどの程度増大させているのだろうか。第1-12表に示したように,ひもつき輸出の商品総輸出に占める割合は60年の9.8%から63年には12.4%に高まっている。そのため,60~63年には輸出増大額の実に32%はひもつきによる輸出増大が占めるにいたっている。こうして,アフリカ,アジアでのアメリカのひもつき援助は近年著しく増大し,第1-3図にあらわれているように,この地域での貿易黒字は急速に増大しつつある。たとえばイギリスのアフリカおよびアジアの市場は,このためかなり浸蝕されているという(IMF1964 Annual Report,p.130)。
国際通貨ドル防衛の一環としてのひもつき援助の拡大が,もう一つの基幹通貨ポンドの地位を落としめる一因になっているとすれば,これもまた,現行通貨体制のかかえている一つの矛盾ということができよう。
(3)アメリカの金の動き
1958~60年の3カ年だけで50億ドル(年平均17億ドル)に達したアメリカの金流出は,政府ないし通貨当局間の特別なドル防衛対策や金プール操作によって,通常取引収支にそれほどの改善がみられなかった61,62年でさえ,それぞれ,9億ドル弱の比較的小さな額にとどまった。アメリカの国際収支表の「政府間特別取引」のなかに含まれるヨーロッパ政府によるアメリカ政府借款の期限前前払,軍需品購入代金の前払,さらには,いわゆるローザ・ボンドの発行が,余剰ドルを吸収することにより,また通貨当局間のスワップ取引や金プール操作が,ドルの為替相場の安定と金価格の上昇を防ぐことによって,アメリカからの金流出を小さくしてきているからである。
そのうえ,62年から63年にかけて生じた著しい特徴は,この間,アメリカの総合国際収支がいくぶん悪化したほどであったにもかかわらず,金流出は半減したことであり,64年上期をとると純流入に転じていることである。これは,ヨーロッパへめ金需要が,64年におけるソ連の金放出の増大(5.5億ドルと62年の2倍以上)によって大きく満たされたからである。さらにまた64年上期にもソ連の金放出が続いており(第2・四半期のヨーロッパの金準備増大の半分4億ドル近くはこれによって補なわれたという),その一部が金プールを通してアメリカに配分されたうえ,とくに第2・四半期にはヨーロッパに対するアメリカの支払いが多額の交換可能通貨(2.6億ドル)で行なわれたからである。この交換可能通貨の一部は,63年7月の「国際収支特別教書」に含まれていた,アメリカとしては最初のIMFとのスタンド・バイ取決め(5億ドル)を実際に活用することによって行なわれたものである。IMFからの交換可能通貨(マルク,フランス・フランが主)の引出しによってアメリカの金流出を小さくしたことは,IMF体制にとってはじめてのことであり,このことは63年7月にすでに予想されていたとはいえ,この1年間の国際金融の著しい特色の一つということができよう。
こうして過去1カ年にみられたアメリカの国際収支問題は,その収支改善の要因にしろ,金流出の減少要因にしろ,一時的要因に多く依存していたことがわかるであろう。換言すると,一時的要因とみなしうるものに相当程度依存していた最近のアメリカ貿易黒字の拡大が銀行の長期および短期資本流出の増大による国際収支赤字の増大を,一時的に防止していたともいうことができる。
したがって,今後の動きとしては,貿易上の一時的要因が消えたとき,再び資本収支の問題が表面にうかびあがってくるであろう。現に,64年第2・四半期の通常取引収支は年率27億ドルの赤字に達しており,これには短資流出が大きく作用していることから(第1-8表参照),短資流出に対する警戒の声が再び大きくなってきている。また,金利平衡税法案は65年末で切れる時限立法である。そのとき,再びアメリカの外国証券投資が巨額にのぼらないよう,ヨーロッパの国内および国際資本市場の育成が要望されており,さらに,海外資本のアメリカへの流入促進措置がファウラー委員会によって提案されている。
もっとも,以上のように収支改善の一時的要因を強調したからといって,このような一時的要因消滅後のアメリカ国際収支が再び以前のような大幅赤字に戻るとも考えられない。それは,今後の短資流出の規模に大きく依存すると思われるが,これに対しても何らかの手を打たざるをえないだろうし,商品貿易黒字の拡大,軍事支出の削減,ひもつき援助の増大のための諸政策は今後も強められ,しだいにその効果を発揮していくであろうからだ。それにしても,世界経済のトラブル・スポットがアメリカの国際収支問題から離れ去っとするのは時期尚早だというべきであろう。