昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第2部 各 論
第1章 アメリカ
(1)直面する問題
アメリカ経済は現在順調な拡大過程にあるが,すでに2ならびに3項において指摘しておいたように,いくつかの問題が未解決のまま残されている。
ここで,それを1956年の見通しとの関係においてもう一度整理してみれば,次のようにいえよう。
1)失業問題
64年になって失業率が4%台に下がったのは7月だけで,完全雇用水準といわれる4%にはかなりへだたりがある。
失業問題にからむ構造的な局面は,オートメーションの進行である。オートメーションの排除する労働者は,ヘラー大統領経済諮問委員長によると向こう数年間で約200万人(毎年)に達し,新規労働力の純増は130万に達するから,将来の雇用増加が61~63年の年平均105万人程度では失業率の低下は容易でない。64年7,8月の雇用水準は前年を150万人抜いてかなり高く,9月の失業率は5.2%(季節調整ずみ)であるが,完全雇用にはほど遠い状態であるから,積極的に雇用を増大する施策のほか,労働時間の短縮による雇用の維持など種々の対策が望まれている。
2)国際収支問題
ドル防衛がはじまって以来の国際収支の好転は,政府目標ほど順調ではない。ケネディ大統領は,かつて1963年末をもって基礎国際収支の均衡回復の時期としたが,その後65年ぐらいまで赤字が続く見通しに改訂され,64年1月発表のブルッキングス研究所の報告では,68年をもって均衡回復のめどとしているようである。
64年の通常取引収支では,下表のようにやや好転しているが,64年下期には対ソ小麦輸出といった特殊要因がプラスしなくなり,他方では金利平衡税通過後の外国証券購入増,短期資本流出,景気上昇に伴う輸入増などでかなり悪化し,年間とすれば,ジロン財務長官の予測する20億ドル赤字ではすまなくなるであろうし,65年もこれといった好転要因はない。
バイ・アメリカン法は,64財政年度に AID(Agency for Internationa1Devel0pment国際開発局)支出の85%までをアメリカ品の輸出に結びつけ,当局ではさらに,今後数年間徐々に90%近いところへ引上げると言明しているが,それ以上に引上げることは困難であろう。AIDの対外援助も削減方向が明らかになったが,注意を要するのは最近数年間中南米がふえ,アフリカが減った点と援助が数カ国-インド, パキスタン,トルコ,ブラジル,韓国,ベトナム-に集中している点である。
海外軍事支出は,65年末までの1年半に5億ドル節約する案が63年に発表され,支出総額では62,63年に1~2億ドル減少し,64年上期では年率1億ドル減であるから,65年も減少とみてよかろう。ただし,現実の東西間の緊張状態からみて,一挙に大幅な削減は考えられない。
問題は民間の資本流出であろう。64年上期の長期資本流出は,年率にすると昨年水準をやや越え,金利平衡税のショックで減少していた昨年下期をかなり上回っている。金利平衡税発効後は,その審議過程における不安も消え,いまでは西欧,日本の借り手がニューヨークに立ち戻る気配があり,民間企業の直接投資もまた65年にふえるとみられている。他方,短資流出は現状ではふえる傾向にあるが,これがどうなるかで65年の総合収支尻は大きく左右されることになろう。
現状では,近い将来,大統領のスタンド・バイ権限である1年以上の銀行融資に平衡税の適用が実施されそうもない。なお,金利平衡税を最低1カ年延長するかどうかについては,65年春決定が下されることになろう。
3)物価騰貴のきざし
物価は過去数年間安定的であった。消費者物価は年平均1%余り上っているが,これは主として食料品,サービスの値上りによるものであって,工業製品は安定していた。とはいっても,1964年8月には衣服費が値上りしており,今後の動向には警戒すべきものがある。一方,卸売物価にも同じ傾向が認められる。鉄,銅,すず,亜鉛,鉛,アルミ,一部の鋼製品など値上りしおり,7,8月の工業製品卸売相場は前年同期を0.3ポイントも上回った(59~63年の4年で0.4%騰貴)。
いまのところ,物価騰貴は以上の部門に顕在化しただけであるが,今後それを加速,拡大する要因のあるのも見逃がせない。その一つは企業の在庫補充である。最近,企業は値上り見通しと原料在庫水準の低下から買い意欲がおう盛であり,これが一挙に発動すると,物価を釣り上げる作用をしよう。
第二は賃上げである。64年9,10月中に決まった三大自動車メーカーの賃上げは年間4.5%余に達し,政府が64年1月,過去5年のマンアワー当り産出の年平均増加を基準として定めた非インフレ的賃上げ基準,すなわち,ガイド・ポスト(3.2%)を大幅に上回っている。自動車の生産性は高いので自動車価格は引上げられなかったが,しかしこれが他労組に波及する恐れが生じた。その後締結された銅,電話,肉かん詰,石炭,綿業,トラック輸送など重要労使協定のなかにはガイド・ポストを上回るものがみられた。またタイヤは,それ以前に決まった賃上げで一部の物価は上がっている。
4)金融引締め
物価と国際収支の関係から,今後もっとも注目されるのは金融政策であろう。連邦準備制度は,すでに引締めに転じているような気配もみられるのであるが,マーチン連邦準備理事長は1964年9月末,「今後6週間以内に金融政策を大転換するかどうかを決定しなくてはならないであろう」と慎重な発言をし,続いて,ニューヨーク連銀,クリーブランド連銀が同じ趣旨の言明を行なっている。
これに反して,政府は経済成長の鈍化を恐れ,利上げに非常に警戒的であり,ローザ財務次官は「金融政策だけに依存する時代は永久に終わったかも知れない」と強い発言をした。またマーチン発言の直後,ヘラー大統領経済顧問がジョンソン大統領の意向を伝え,マーチン氏に圧力をかけたとみられるが,インフレ,短資流出の脅威が強まるとすれば,予防的に引上げにふみきるともみられた。
事実,連邦準備は,9月にはいって1億ドル台にあった加盟銀行の自由準備を,マーケット・オペレーションでほとんど吸い上げてしまい,財務省証券利回りは4~7月の3.4%台から8月央の3.51,9月央・3.54,10月上旬の3.56%に騰貴した。こうした内在的な要因のあったところへ64年11月イギリスの公定歩合大幅引上げがあり,アメリカはこれに追従した。
対外的考慮を主とする引上げであるが,かりに金利の2重操作を続けたとしても短期金利が上がれば,それよりもやや小さい幅で長期金利も上がるであろうから,これが固定投資や自動車信用にも響く恐れもある。
(2)1965年の経済見通し
アメリカ経済は上述のような問題をかかえながらも,好況を続けてゆくであろう。1965年の見通しについていま予想されるところでは,消費者支出は100億ないし200億ドルふえて,有力な景気浮揚要因であることを失なわないが,しかし65年には64年ほどの減税効果は期待されないので,支出の増加額は64年ほどではない。このうち,耐久消費財は64年ほどの伸びを予想できないし,自動車はほぼ64年なみ,悪くすれば50万台減という説もある。消費者信用の負担増,スクラップ化の減少,65年春の年度末調整による租税還付額の減少など,64年よりも悪条件があるが,しかし,モデル・チェンジの結果が買人気をそそり,間接税効果も期待されるので,ほぼ,64年なみとみてよかろう。
設備投資はふえるが,住宅その他の建設支出は微増程度であろう。在庫投資は,物価高見通しと現在の売上・在庫比率の低下などからみて,かなりふえそうだが,65年下期までその勢いが持続するとはみられない。
輸出は65年ほどの特殊要因がないので,さほど伸びない反面,輸入は64年程度の伸びをみせるであろう。
連邦政府支出は,国防支出の削減分を民生費で相殺すると思われるが,ジョンソン大統領の救貧対策は強化されると思われるので,多少の支出増になり,州地方政府の支出増と合わせて,50億ドルたらずふえるとみられている。しかし,ジョンソン大統領が選挙前に発表した間接税の引下げが実現すれば,20億ないし30億ドルの減税が景気,とくに自動車景気の弱まる時期に発動することになり,アメリカ景気にひと息つかせる効果はあろう。
政府筋の65年経済見通しはまだ発表されていないが,64年秋ごろの民間見通しでは,大体国民総生産で6,500億ないし6,600億ドル程度であろう。64年の推定国民総生産6,250億ドルにくらべてみれば,4.0%ないし5.6%の伸びとなり,64年の7.0%よりも鈍化する見通しである。なお64年暮ごろの政府エコノミストによれば5%増である。
結論としていえることは,65年央までは急速な拡大の余力はまだ残るが,それから年末までは高原景気ということであろう。しかしイギリスの国際収支緊急対策,金利動向,鉄鋼労使交渉,英ソ新政権の政策など多くの不確定要因があるので,その動きに注目する必要があろう。