昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第1部 総 論
第5章 国際収支動向と国際流動性問題
国際流動性は現状では,量の不足の問題ではなく偏在の問題としてとらえられているが,将来においては不足することも考えられる。というのは,今後国際取引の規模の拡大に伴い流動性需要が増大することが予想されるが,他面金の供給はさほどふえないであろうし,またこれまで主要な流動性供給源であったアメリカの国際収支赤字は解消の方向に向かうと思われるからでる。
このような国際流動性に関しては,近年著しく進展した国際金融協力が重要な役割を果たしているが,また10カ国蔵相会議やIMFにおける国際流動性対策の検討が注目される。
国内流動性増強のための国際協力は,1963から64年にかけてつぎのように進展した。
① スワップーアメリカは63年から64年中まで数カ国との既締結スワップの増額を行ない,またスワップ発動額も増していった。62年3月にさかののぼるこのスワッブ網は64年8月までに18億7千万ドル使用され,その94%が償還された。主な使用国は,62年春のカナダ(ドルの危機),63,64年のイギリス,イタリア,日本などである。
② 特別米国財務省中期証券(ローザ・ボンド)-63年上期中には,ローザ・ボンドの発行が海外通貨当局に対して行なわれ,主要国の通貨を借入れるなり,あるいはこれら諸国におけるドルを吸収したが,63年下期以降この種の借入れ速度は衰え,64年には一部を償還した。
③ IMFの利用-IMFからの引出しは,1963年から64年にかけて比較的活発に行なわれたが,最近ではドル,ポンドの引出しが大きく減少し,黒字国のマルク,フランなどの交換可能通貨によるものが急増している。アメリカによる最近のIMF引出しはこの傾向を強めている。このように今後ドル,ポンド以外の交換可能通貨の引出しが強まる可能性があるが,現在の出資割当額のもとでは,IMF保有のこれら通貨が不足している折から,出資増額や一般借入れ協定との関連で,今後も検討されることになろう。
④ 金プール―金プールは,本来ロンドン金市場の金価格の投機的変動を防止することを目的として発足したものであるが,63年中にはソ連からの金売却もあって,6億ドル余の金を買入れ,64年「上期には……引き続きかなりの金を買入れた」(ニューヨーク連邦準備銀行月報,64年9月号172ページ)。この背景には,ソ連の大量小麦買付けといった特殊要因があった。
⑤ 特別融資対策-64年3月のリラ危機の際,アメリカその他から国際金融協力による約10億ドルの融資が与えられ,また64年11月のポンド危機のときには主要工業国11カ国(日本を含む)BISとイギリスとの間に30億ドルの信用取決めが行なわれた。
1963年秋の10カ国蔵相会議は「今後の国際通貨制度の機能および将来の需要については徹底的な検討を加えることは有益であろう」という結論に達し,蔵相代理会議に対し「これら長期的諸問題を検討し,来年にわたって行なわれるその研究および討議の進展状況を報告するよう指示した」(63年10月2日付コミュニケ)。
蔵相代理会議はその後毎月のように会合をもって検討を続けてきたが,その報告を基に10カ国蔵相会議は64年8月10日大臣声明を発明した。その骨子は次の通りである。
①固定為替相場制と,現行金価格を基礎とする現行体制を維持する。②国際通貨制度を支えるものとして,最近数年間に強まりつつある通貨当局間の国際金融協力が不可欠である。③国際流動性に関しては,国際通貨制度全体としてみた場合,金および準備通貨の供給は,現在および近い将来において十分である。しかも,これらの準備は広範なクレジット・ファシリティ(信用供与)により補充されている。しかし,世界貿易の拡大に伴い,流動性需要が増大し,金および外貨準備の供給が不十分になる可能性があるので,より長期的には何らかの新しい準備資産が必要になるかもしれない。このため研究グルーブを作り,新準備資産に関する諸提案を検討させる。④国際通貨制度が円滑に機能を発揮するか否かは,大きな持続的国際収支不均衡を回避しうるかどうか,また不均衡を生じたときに各国政府が適切な政策を効果的に行使するかどうかにかかっている。このための最も適切な方法・手段,すなわち国際収支の調整過程について徹底的研究をはじめることをOECD経済政策委員会第3作業部会に要請する。⑤また金融的手段により国際収支の赤字を減少し,黒字を抑制する方法はきわめて重要であり,他国とも関連するところが大きいので,金融的手段により国際収支不均衡を減少する方法についての多角的共同審議に,関係国際諸機関を通じて参加することは有益である。10カ国蔵相会議もこの問題を検討するために会合をもつ。⑥IMFは国際信用取決めにおいて中心的地位を占めているので,その能力を拡充するため,65年に行なわれる5年目ごとのIMF割当額の再検討に当っては,適度の一般的増額とともに,明らかにバランスを失している個々の割当額についての相対的調整を行なうことを支持する。⑦65年10月に期限が切れるIMFの一般借入取決めの更新について検討することを蔵相代理会議に指示する。
以上のような大臣声明の方向に沿って,現在国際流動性に関する諸検討が進められている。すなわち,蔵相代理会議のもとに設けられたイタリアのオッソラを長とする研究部会が新準備資産の創出に関する諸提案を検討し,フランスのエステバを長とする研究部会が多角的共同審議について研究している。また,64年12月2,3両日に開かれたOECD閣僚理事会は,会議終了後のコミュニケで,OECDは,10カ国蔵相会議の要請に基づき国際収支の調整過程について研究し,金融的手段により国際収支不均衡を減少する方法についての多角的共同審議に,積極的役割を果たすこととした,と述べている。
64年のIMF年次報告は,当面流動性は不足していないこと,IMF出資額の増額に根拠があることなど,基本的な見解は10カ国大臣声明とほとんど一致しているが,年次報告はIMFを中心とする現行国際通貨制度の果たしている機能をよりいっそう強調していると考えられる。
国際流動性は国際取引の支払いに直接用いられるものではないが,「世界貿易の拡大に伴う世界経済の拡大の結果,絶対額でみた場合より大きな国際収支不均衡が生ずることが考えられる」(IMF年次報告29ページ)のであって,一方で中央銀行間の協力の進展が国際収支不均衡を是正するものと考えられるとともに,他方で国際的な民間資本移動の増加傾向が不均衡拡大要素となりうることを考えあわせると,「国際取引または国際貿易の総額に対する国際収支不均衡の大きさの比率は減少しないと考えるのが無難であろう」(同30ページ),というのがこの報告の一つの基本的な考えである。
過去10カ年に国際貿易は年平均5.8%で増加したし,国際金融取引量はおそらく最とも大きく増大したであろう。つぎの10カ年には,世界経済の成長率鈍化を考慮しても,非インフレ的状態のもとで国際取引の全価額が年平均4%以下の増大率になることはむずかしい。これに対して,流動性供給の方は,過去10年間に,金準備は年率1.6%,外貨準備は4.3%,ゴールド・トランシュ(IMFにおける出資額マイナス当該国通貨保有高)は7.6%で増大したが,その合計では28%の上昇にすぎなかった。
これにIMFのクレジット・トランシュ(上記のゴールド・トランシュ以外の条件付き引出可能額),先進工業国間の双務的信用取決めの発展を考慮しても,全流動性の供給は過去10カ年に年3.3%の増加しただけであった。過去の外貨準備の増大は,主にドルの散布に依存していたのであるから,将来これまでのような流動性供給が,前述の需要増大には追い付かなくなることが考えられる。
IMF年次報告はその対策として,①クレジット・トランシュ引出条件の緩和,②金払込みに金証券を認めて出資国の金準備への圧迫を小さくし,この分についてのゴールド・トランシュの引出しを認める,③IMFによる投資およびこれに必要な資金源として預金の受け入れなどを掲げている。
64年9月のIMF東京総会では,国際流動性は現状では不足しないということに意見の一致をみたが,その他の点では多少の相違がみられた。つまり多くの国は現行体制の機能を強調したのに対し,フランスは現行制度は必ずしも適応性を保証されていないとし,近年のインフレを防止できなかったとした。新準備資産構想についてオランダ,フランスから,より積極的な発言がみられた。また西ドイツは金融節度を強調,欧大陸諸国の態度を反映した。
またIMF増資その他については,国際協力によって漸進的に国際通貨機講を改善する点に見解が一致した。