昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第1部 総 論
第4章 世界貿易の発展と新しい動き
(1)ケネディ・ラウンドの経過と問題点
1963年5月のガット閣僚会議で一応の合意をみた一般的な交渉原則,すなわち,均等一律引下げ方式を基礎とするが,関税水準に大幅な格差がある場合には,特別規則によって行なわれるという内容を具体化するための作業がこの1年間ガット貿易交渉委員会を中心に進められてきた。予想されたとおり,関税格差の是正,例外品目の範囲および農産物の取扱いをめぐるアメリカとEECとの対立から,作業は難航を続け,ほとんどみるべき前進はみられなかった。このような事情のもとで,64年5月,ケネディ・ラクンドは正式交渉にはいった。しかし,この会議では,一応の「結論」を再確認したにとどまり,交渉規則そのものについてはいまなお十分な合意に達しておらず,とりわけケネディ・ラウンドの成否のカギともいえる関税格差および農産物問題については,依然アメリ力とEECとの間には大きな意見の開きがみられる。
ここでは,関税一括引下げ問題におけるアメリカとEECとの鋭い対立点である関税引下げ方式と,農産物の取扱いをめぐる問題について,ガット閣僚会議で合意をみた点,および両者の基本的立場を明らかにしておこう。
1)関税引下げ方式
関税引下げの一般原則については,64年の閣僚会議で50%引下げを「作業上の仮説」(Working Hypothesis)とすることに意見の一致をみたが,その最終的協定は関税格差,農産物問題,例外品目,非関税障害などの諸問題の解決,および互恵主義の達成と結びつけて決定されること,例外品目リストは50%引下げの仮説に基づいて作成し,国家的重大利益をそこなうものに限り,最少限にとどめることを再確認した。また関税格差問題については,各国の関税水準に大幅な格差がある場合には,特別規則の適用が認められているが,特別規則の具体的内容についてはまだ最終的には決まっていない。
ところで,高関税品目の多いアメリカに対して,EECの共通関税は相対的に低い水準に集中しているという両者の関税率構成の相異から,EE Cは特別規則による50%の引下げ負担の軽減をはかるために,アメリカに対して関税格差の是正を強く要求している。これに対してアメリカは,E ECの対外共通関税の壁を低めるために50%の関税一律引下げを主張するとともに,格差基準の厳格化によってできるだけ特別規則の対象品目を少なくしようとしており,このことがアメリカとEECとの対立の根本的原因となっている。
2)農産物の取扱い方式
この問題は,ケネディ・ラクンド最大の難問とされており,これまでの貿易交渉で合意をみたのは,「農産物の世界貿易を拡大する条件を整えることが必要であること,そのために必要なルールと手続を早期に作成すること」の確認だけである。
アメリ力は,EECに対する主要な食糧供給国であることから,EECの保護的な共通農業政策によって,同市場から自国農産物がしめ出されることを極度に警戒している。そこで,農産物を含むすべての産品を関税一括引下げと関税外障害の低減とを交渉対象とすることを要求し,もしこれに応じられない場合には,工業製品の関税引下げを行なわないとの強い態度を示している。これに対して,EECは域外からの農産物輸入の増大を極力阻止するために,農業保護水準の固定化を約束する方式を要求している。農産物問題については,EEC内部において共通農業政策等をめぐるフランスと西ドイツとの対立があり,これについて6カ国の合意がなければ,農産物を含む関税一括引下げ交渉にははいれないとしている。
ところで,ケネディ・ラウンドは,アメリカの譲歩によって農産物問題と結びつけることなく,工業製品に限り例外品目リストの提出にこぎつけることができた(64年11月16日,ただし当初予定は9月10日)。しかし,いまなお農産物の取扱いをめぐるアメリカとEECの微妙な対立,さらには貿易の自由化の流れに逆行するものとして批判をあびているイギリス労働党政府の緊急国際収支対策などを考えると,ケネディ・ラウンドの前途は必ずしも楽観をゆるさないといえよう。日本としては,先進工業国の多くが例外品目リストにわが国の輸出関心品目を含めていることに注目する必要があろう。
(2)ガットにおける自由化の限界
ケネディ・ラウンドが関税格差問題や農産物の取扱いなどをめぐるアメリカとEEC,フランスと西ドイツの対立から行き悩んでいることはすでにみたとおりであるが,ここではガット関税一括引下げ交渉が登場してきた経済的背景およびガットにおける自由化の限界について述べよう。
1958年のEECの発足と急速な発展を,最大の挑戦として受けとったアメリカでは,まさにドル危機がはじまろうとしていた。アメリカは通商拡大法を制定し,イギリスのEEC加入が可能とみられたときにケネディ・ラウンドを計画した。
いうまでもなく,通商拡大法の目的は輸出の拡大による国際収支の改善,ドル危機の克服にあった。つまり,アメリカは通商拡大法に基づく対EEC特別権限(アメリカと当時拡大が予想されたEECが,世界輸出において80%以上を占める品目の関税を全廃しうる権限)を武器として,EECの閉鎖性を内部から切りくずすことをねらったものであった。しかし,イギリスのEEC加盟交渉の決裂は,アメリカの計画を大きく後退させ,特別権限は事実上空文化したが,そのために残る一般権限(5年間に50%の関税を引下げうる権限)の重要性が一段と強まった。すなわち,この一般権限によるケネディ・ラウンドの強力な推進こそが,ドル危機に直面しているアメリカにとって絶対的要請となった。
周知のように,大国による関税同盟であるEECの発足自体,ガットの多角的自由化の理念と矛盾するものであるが,EECの対外差別政策に対抗するためのEFTAの結成やアメリカの通商拡大法の制定,イギリスのEEC加盟失敗などにみられる動きは,いずれも50年代後半からはじまった世界経済の再編成過程における貿易自由化の進展と競争激化のあらわれであるといえよう。
ところで,ガットはその発足以来,5回にわたる大規模な関税交渉を通じて世界貿易の拡大に寄与してきたが,貿易自由化の進展に伴い,ガットの互恵主義の原則に基づく従来の国別交渉方式の余地が次第にせばまり,その限界が目立ってきた。このような事情から,一括引下げ方式が登場してきたのである。ガットにおいて,関税一括引下げ方式の検討が真剣に取上げられたのは,EECの域内関税引下げと対外共通関税の設定が直接的契機となっており,域外諸国にとってEECの地域化傾向を阻止するためにも新たな関税方式が必要であった。
以上でみてきたように,EECの対外差別政策や従来の関税引下げ方式の行きづまりなどは,貿易自由化の限界を物語るものである。これに加えて,これまでのケネディ・ラウンドの下交渉で検討されてきた差別的輸入制限,反ダンピング法政策,エスケープ・クローズ(免責条項),国産優先買付制(バイ・アメリカンなど),残存輸入制限,輸入課徴金制など関税外障壁の問題がある。これらの関税外障壁については審議がおくれており,現在のところ,その具体的内容はなにも決まっていない。そしてその交渉が進まない限り,一括引下げの効果が減殺されることは明らかであろう。
これらの事情が複雑にからみ,ガット交渉でのさまざまな対立と妥協となってあらわれ,ケネディ・ラウンドの前進をはばんでいるのである。
他方,低開発国は,ガットは先進国本位にできているとの不満を抱いていたが,64年春の国連貿易開発会議以降その圧力が急速に強まり,先進国側は一方的な貿易障害の低減を迫られていた。このほど,ガット規程機構委員会は低開発国産品の貿易拡大のための規約改正案をまとめ,64年11月中旬の特別総会に提出したが,ここにガットは,互恵主義の原則に大幅な修正が加えられることになり,新たな局面を迎えようとしている。
さらに,最近における東西貿易の高まりは,東欧諸国の西欧への接近傾向を強めており,すでにチェコ,ユーゴ,ポーランド(準加盟)などが加盟しているガットヘ,新たにルーマニア,ハンガリア,ブルガリアなどの接触への動きとなってあらわれている。
このようにみてくると,ガットにおける自由化の限界を示しているケネディ・ラウンドの難航とともに,南北問題,東西問題とがからんで,ガット体制は大きな転換を迫られているといえよう。
日本としては,ガットの基本目標の達成に協力するという意味から,ケネディ,ラウンドに積極的に参加してきたが,多くの国から差別的輸入制限を受けたり,輸出の自主規制を余儀なくされているので,これら関税外障壁の撤廃を強く主張せざるをえない。また今後のガット体制のあり方については,新しい事態に対応して,経済合理性に立った貿易拡大の目的に沿って,弾力的態度をとっていく必要があろう。