昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第1部 総 論
第1章 世界経済の動向と日本
これまで述べてきたような短期的,循環的な海外景気動向と並んで注目しなければならないものに,世界の貿易・金融体制に関する諸問題がある。
その第一は,関税の一括引下げの問題,いわゆるケネディ・ラウンドの問題である。1964年5月はじめのガット大臣会議で関税引下げ方法の原則が一応確認され,正式交渉にはいったが,交渉は農産物の取扱いと例外品目とをめぐって難航をきわめた。しかし,11月にアメリカが譲歩して農産物問題を一時棚上げしたため,工業品の例外リストが予定どおり11月央に参加10カ国から提出された。さらに12月になると,ケネディ・ラウンドの最大の障害とみられていたEEC共通穀物価格に関して,西ドイツの譲歩によりEEC内部で妥協が成立したため,ケネディ・ラウンドの見通しも,一時にくらべてかなり明るくなってきた。
日本は,もちろんケネディ・ラウンドに参加しており,その成功によって世界貿易のいっそうの拡大の素地がつくられることを期待するものである。
けだしケネディ・ラウンドの成功によって,主要工業国の関税障壁が大幅に引下げられれば,それが日本の輸出増大に寄与するであろうことはいうまでもない。しかし反面では,日本も当然その関税水準を引下げねばならず,産業によってはかなりの影響の出てくるものもあろう。西欧諸国が貿易自由化を含む開放体制への移行をかなり以前から漸進的に実施し,そうした基盤のうえに立って関税引下げに臨んでいるのに対して,日本の場合は開放体制への移行が遅れたため,貿易自由化に引き続いて関税引下げを実施しなければならず,しかも国内には中小企業など競争力の弱い産業を抱えているため,かなり苦しい立場にある。のみならず,日本に対して日本の輸出自主規制を含む輸入制限措置が,なお欧米諸国に残されていることも,日本の立場をいっそう不利なものにしている。したがって日本としては,今後の交渉においてこれらの差別的輸入制限の撤廃を強く求めるとともに,実現しないときにはその代償を求めることとしている。
ケネディ・ラウンドのほか,現行の世界貿易体制の大きな変更をめざず動きがある。それは,64年春に開催された歴史的な国連貿易開発会議をめぐる動きである。ケネディ・ラウンドが主として工業国間貿易の拡大を目標としているのに対して,国連貿易開発会議は低開発国と先進工業国間の貿易の拡大,なかんずく低開発国の先進工業国向け輸出の増進を目標としたものである。この会議で低開発国の輸出増進の方途として提案されたものは,①一次産品に対する先進国側の残存輸入制限の撤廃ないし緩和および商品協定の締結,②低開発国の製品・半製品輸出貿易を拡大するための特恵の供与,などであった。これらの提案は,先進工業国における産業調整や,無差別・平等を原則とする戦後の世界貿易体制の根本的変更を要請する重大な提案であるだけに早急な結論がえられず,その多くは結局継続審議の形で今後の検討にゆだねられることになり,そのための機関として貿易開発理事会が設置された。他方,ガットにおいても,低開発国の輸出増進のために先進国側に対して残存輸入制限の緩和ないし撤廃,国際商品を通ずる一次産品市場の拡大などを義務づけた規約改正案を64年末に作成している。
日本はその輸出と輸入のそれぞれ約5割と4割を低開発国との貿易に依存しており,日本の低開発国貿易の比重は他の先進工業国に比べて著しく高い。
これを低開発国からみても,日本はアメリカ,イギリス,西ドイツ,フランスについで大きな輸出市場となっている。このように,日本と低開発国との貿易関係はきわめて密接であり,したがって日本は国連貿易開発会議で示された南北問題解決の方向についても特別の関心をもっている。日本としてはその特殊な立場を考慮するのはもちろんであるが,原則的にはこの問題について前向きの姿勢で対処すべきであろう。
以上のような世界貿易体制の新展開に呼応して,世界の通貨・金融体制についても,64年中に新しい展開がみられた。すなわち,64年8月に発表された10カ国大臣声明とIMF年次報告書は国際通貨制度と国際流動性について重要な見解を表明したのであった。
両者には若干のニュアンスの差はあるとしても,ほぼ共通して次のような結論を出している。①固定為替相場制と現行金価格を基礎とする現体制を維持する。②現在のところ世界の国際流動性に不足はない。④しかし将来は不足が生ずるおそれがあるかもしれないので,IMFを通ずる,またはその他の方法による新準備資産の創出を研究する。④65年のIMF割当額の再検討に当っては,一般的増額および個々の相対的調整を行なう。
日本との関係からみると,さしあたり65年に予定されるIMF出資金の増額ないし出資調整が問題となる。日本のIMF出資額は現在5億ドルであるが,近年における日本の経済力の充実からみてかなりの増額が予想される。
出資金の増額は一面では日本の負担増大を意味するが,他面ではIMFにおける日本の引出し権の増大をもたらす点を考慮する必要があろう。