昭和38年

年次世界経済報告

昭和38年12月13日

経済企画庁


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第2部 各  論

第2章 西ヨーロツパ

4. フランス

(1) 成長の持続とインフレの進行

(a)旺盛な消費需要

1962年のフランス経済は他の多くの西ヨーロッパ諸国が成長の鈍化を示すなかにあって,国内総生産は61年の4.5%をかなり上回る6.3%増という高度成長を示した。農業が豊作だったこと,雇用面で新規労働力の供給がかなりあったことなど有利な条件に恵まれたが,最大の要因は消費需要が大幅に増大したことであった。

フランスも他のヨーロッパ諸国と同じく,59年以来の経済の起動力ともいうべき輸出と投資が61年を境にその増勢を鈍化し,経済の主導力が62年には個人消費と政府消費に移ったという点では変わらない。個人消費は所得増とアルジェリア帰還者の大量流入による人口増によって異常な高まりを見せた。

政府消費も大きく増大し輸出が停滞したにもかかわらず,投資がなおかなり高水準だったこともあって,結果として国民総生産は前年を上回る伸びを示したのである。

第2-26表 国民総支出と工業生産の変動

第2-27表 1960~61年の家計勘定の推移

消費支出堅調の第一の要因は所得増である。賃金がかなり大福に上昇した上に,61年凶作だった農業が62年には豊作となりさらに農業支持価格の引上げがあった。また社会的給付,移転所得はアルジェリア帰還者への補助もあってもっとも急増した。しかし,第二の大きな要因はアルジェリア帰還者の流入による人口増である。アルジェリア帰還者は年夏を頂点として62年春から63年初にかけて本国に流入し全体で70~80万人になると推定される。フランスの人口の年増加は約50万人弱,年1%増であるが,62年の年平均増加率は2%,63年は2.3%という高いものとなった。しかも帰還者は補助金のほか,かなりの資産を持ち帰り,家計の流動性を増加させた。

63年に入り生産活動は寒波とストのため減少したが,4月以降急激に立直り,急テンポで拡大している。強い消費需要がつづいているほか,輸出が4月以降好調なことが影響している。工業生産の内訳をみても消費財生産と建築関係の活動が著しく活発である。しかし設備財生産はいぜん不振をつづけ,62年末以来企業の設備投資意欲は停滞している。

62~63年の経済拡大は以上のように消費需要に支えられ,かなり高度なものである。63年9月発表された政府の63年の経済見通しはGDP4.7%増を内容としているが,第4次計画から62~63年の姿を見た場合,第2-28表のように全休としては野心的な第4次計画の目標に達している。しかし第4次計画に比して消費が著しく高く,輸出入のバランスがとれていないという不均衡をもっていた。

第2-28表 1962,63年の実績と第4次計画の比較

(b)物価と賃金の上昇過程

フランスの物価は59年来落着きの方向に向っていたが,62年には夏の天候異変,アルジェリア帰還者流入のため物価は下期にはかなり緊張していた。

民間労組の賃上げがつづき,また金融的にも国際収支の大幅受超と企業貸出増のため通貨の増発は18.1%増という近年にない大幅のものだった。

62年末にはいわば以上のようなインフレムードがあったわけであるが,これに寒波が加わり,物価は62年末から63年初にかけて農産物価格を中心として著しく高騰した。しかもかかる物価上昇と民間労組との賃金格差是正を理由に3月に行なわれた石炭を中心とする国営企業ストの結末は,まず3,4月の生産を停滞させたのみでなく,他方にその後の公務員,民間労組の賃上げ,有給休暇の獲得を誘導したほか,さらに,電力料金,運賃などの引上げと2次にわたる補正予算の編成を余儀なくさせた。

かかる事態に対し,政府は3月以降一連の物価安定策を進めたが,物価の上昇は4月以降もやまなかった。公共料金,家賃,サービス価格の上昇のほか農民所得保障のため,牛乳,小麦,大麦などの支持価格の引上げがあった。

この間最低賃金の引上げ,民間労組の賃上げがつづき,9月にはいり国営企業,公務員の賃上げ要求と農民の農産物価格の再引上げの要求がさらに出された。

政府は9月上旬と10月上旬,相ついで物価安定策を発表し,経営者,個人業主,労組,農民にその要求を抑制するよう協力を求めていたが,11月にはいり公定歩合引上げを含む一層強力な安定策を発表した。しかし,これに対する不満は強く安定政策はかなりの抵抗に直面している。

以上のような62~63年のフランスの物価上昇の原因としては第一に62~63年における強い需要圧力があり,これがとくに建築費,家賃,肉類などの価格を上昇させた。第二に完全雇用と消費者物価上昇を原因とする賃金引上げ要求の高まりがある。

第三にさらにかかる全般的要因のほか各品目別に特殊要因がある。①まずもっとも値上りの大きい食料については数次にわたる天候異変と62年夏と63年夏の農業支持価格の引上げがあった。②つぎに家賃については規制の緩和があり,③公共料金についてはその引上げがあった。④つぎにサービス価格は食料に次ぐ上昇であるが,これはこの部門の需要の所得弾性値が高いこと,ならびにこの部門での賃金上昇が62~63年とくに高まったためである。

第2-29表 フランスの消費者物価の変動

第2-30表 フランスの卸売物価の変動

すなわちフランスの賃金上昇は60年には化学,61年は金属,62年以後は建築,商業,サービスというようにその担い手を変えてきており,この波にぶつかったわけである。

しかし,⑤工業品価格については61年以降賃金上昇と減価償却費の増大のためのコストプッシュにもかかわらず62年までは安定していた。国際競争の激化が価格上昇を抑制してきたといえるのでであるが,これは反面企業の自己金融力を低下させ,企業の外部資金の依存を強めた。しかし63年にはいり,賃金,減価償却費の増大のほか原料の値上りなどによるコスト面の一層の上昇があり,価格も上昇に転じている。

物価上昇の諸要因は以上のようであるが,第四に,フランスには,以上のような諸要因が結合して物価が上昇しやすいという心理的制度的メカニズムがあるともいわれている。すなわち,①企業は従来為替切下げや保護主義的環境のなかにあったため,コストの上昇を容易に価格に転嫁させることができるようなムードがあり,これは流通部門にとくに強い。しかも,②他方かかる価格の上昇は最低賃金の上昇につながり,賃上げ要求を高めるが,特定部門の賃金上昇は他の部門に波及する。また,③農民もただちに支持価格の引上げを求める。このような物価と賃金の悪循環のメカニズムがあるといわれ,62~63年には上述のような過程の進行となったのである。

第2-31表 フランスの部門別賃金率の変動

(C)貿易と国際収支の動向

フランスの輸出は62年には全体で1.9%増という低率なものになったが,これは主にフラン圏貿易がアルジェリア政情不安のため61年に引きつづき減少したためで,外国(フラン圏以外)との貿易は10.3%となりかなりの拡大をみた。外国貿易拡大の中心はEECおよびその他欧州で北アメリカには若千の拡大にとどまった。63年に入り第1・四半期は寒波のため減少したが,4月以降かなりの回復を示したため,上期全体では前年同期を7.7%上回る拡大を示した。しかし西ドイツ,イタリア,スイスなどへの輸出はかなりふえているものの,アメリ力,イギリスには全く停滞的となっている。

他方輸入は貿易自由化と消費需要の増大を反映して大幅に増えた。品目別には消費財輸入の増加と食料(緊急輸入)の増加が大きい。設備財輸入もかなりだった。62,63年上期とも前年同期比の増加は11~12%となっている。

62年のフランスの国際収支は以上のような輸出入の動向により貿易収支の黒字は減少したが,貿易外黒字を含め,経常収支はかなり大幅受超であった。

この結果国際収支は約6億ドルの債務の早期返済をしてなお6億ドルの黒字であった。63年にはいり上期には,第1・四半期の輸出不振のため貿易収支は差引きゼロとなったが,貿易外収支黒字と資本流入のため,国際収支は6.5億ドルの黒字であった。政府は5.5億ドルの債務早期返済を7月までに行なう一方,4月には非居住者預金利付の廃止,8月には外国資本流入許可限度額の引下げなどを行なった。これらは一つにはドル防衛に対する国際協力であるが,7同時に国内金融緩慢に対する抑制措置でもあった。

第2-32表 フランスの国際収支

以上のように当面のフランスの国際収支には問題はないようである。しかし,下期の輸出については物価上昇もあり極めて慎重な見方が多く貿易収支が赤字に転ずる可能性もある。

(2) 安定成長政策の展開とその評価

(a)安定政策の内容と特色

上述したように62~63年のフランス経済は物価の上昇が大きく,経済政策もこの点を中心に行なわれた。しかし,62年が第4次計画の初めの年だったこともあり,政策の重点は安定と成長の間を微妙に動いた。すなわち,まず62年末物価上昇があったが,アルジェリア帰還者の失業問題もあり引締めは行なわれなかった。次に63年3月以降,銀行貸出増の限度(64年2月までの増加12%以内)の設定,特別預金率の引上げ,食料の緊急輸入,関税率の引下げ,一部工業価格の凍結,EEC域内関税早期引下げなどがあったが,いずれも需要を大福に抑制するものではなかった。金融政策は引締めであったが,そのおもな対象は短期貸出であって輸出金融,設備長期資金についてはむしろ積極的に誘導,確保の方策をとった。自己金融力低下により,折から停滞的となっていた設備投資意欲刺激のためでもあったが,同時に数年来フランスが進めてきている資本市場場育成策の一環で,相つぐ国債利子の引下げ,長期国償の発行,国庫への資本市場からの資金吸上げの抑制などがそれである。

9月12日発表された安定計画の骨子はつぎのとおりであるが,この点注目すべきものを含んでいる。

以上のように9月12日の措置はかなり広範かつ強力なものであるが,政府は10月10日物価上昇のやまない食料品に対し,価格凍結,商業マージンの追加規制を行ない,さらに11月中旬公定歩合を3.5%から4%に引上げるにいたった。

設備投資面の資金確保措置はいぜんつづけられているものの,政府の物価安定に対する熱意は非常に強い。

(b)安定政策の効果と長期安定政策

以上のような安定政策はフランスの物価,賃金上昇に対し,どのような作用を及ぼすであろうか。

第一に,全般的に金融引締めや,個別的物価対策が心理的にもインフレムードを抑制すると思われる。ただし,この点に関しては公企業公務員,農民,卸小売商の要求をどのように処理するかによって大きく影響される。

第二に,当面消費支出が惰性をもっているので需給面の緊張はなお残ろうが,アルジェリア帰還者流入による衝撃はすでに薄らぎつつある。肉類,住宅などにボトルネックはなお残ろうが,全体的需給バランスは緩和に向おう。

第三に公定歩合引上げを含む金融引締めはとくに企業投資には抑制的に働くと思われ,投資活動の一層の停滞の可能性が強い。

いずれにせよ政府の物価安定に対する熱意からして,公企業公務員,農民との交渉に成功すれば成長が一時的に鈍化するにせよ,物価の安定は可能であろう。大蔵大臣はこの期間を最低6カ月としている。

しかし,フランスの場合,物価の安定はたんに現在過熱化している物価が安定すればよいというわけではない。フランスの59年来の目覚しい成長が58年末の為替切下げを大きな要因としていることはたしかである。これは巨額の金外貨蓄積とフランスの企業に独占的国内市場を提供した。しかし今ではこの利益は急激になくなっている。フランスの物価の上昇率が他の諸国よりもかなり高いからである。62~63年にみられた企業利潤の停滞,米英市場への輸出の不振は今や貿易自由化の進展,国際競争の激化のなかでの物価問題のフランスにとっての重要性を改めて示したものである。

62~63年の安定政策のなかで当面の物価対策と並んでとくに注目されるのが所得政策への動きである。それはポンピドー首相のいうように62~63年の賃金の過度の上昇,非近代的流通機構,一部産業家の物価への安易な態度,農産物価格の過度の引上げという事態が政府をして所得政策の必要性を痛感せしめるにいたったものであろう。ただし所得政策の具体的展開は今のところ委員会の設置が言明されているのみである。

(3) 結びと展望

以上のように59年来目覚しい発展をつづけたフランス経済は63年9,10,11月の引締め措置を契機としてその増勢を鈍化させることになろう。引締めは64年にもつづくと思われ,今後成長の鈍化は免れないようである。

9月発表された政府の予算の見通しによると,9月の引締め措置により工業生産は今後増勢を鈍化し,農業生産がかなり悪いので,63年は政府の5月の見通しと同じく4.6%程度の成長となろうとしている。

第2-33表 フランス政府の63~64年経済見通し

また64年については成長率は,63年よりさらに鈍化して4.2%になろうとしている。それは労働供給増加率が63年より減少し,需要面でも家計支出,財政支出,固定投資の増勢の鈍化,輸出増のよこばいなどからである。一方輸入の増加率は減少し,農業生産は3.5%増,工業生産は4%増程度となろうとしている。物価は64年平均で2.80%(デフレーター)とみられているが,これは小売物価3.5~4%程度の上昇とみられかなり高い水準である。


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