昭和38年
年次世界経済報告
昭和38年12月13日
経済企画庁
第2部 各 論
第2章 西ヨーロツパ
1962~63年の西欧経済は投資ブーム後における調整過程の進行として特色づけられる。成長率は全体として鈍化したものの,個人消費と政府消費の増大によりなおかなり高かった。国別にみると,西ドイツなどが現在では調整をほぼ終了し,イギリスも引締め後の停滞から新たな拡大へ向いつつあるのに対し,従来まで欧州経済拡大の担い手であったフランヌ,イタリアでは物価,賃金の上昇から63年秋以降相ついで引締め政策に転ずるにいたった。
(a)成長の持続と堅調をつづける消費支出
1962年の西欧の国民総生産は61年に引きつづき伸び率が鈍化した。イギリスが引締め政策の影響から脱し切らず不振であったほか,欧大陸諸国の多くの国が伸び率を低下させたためである。しかし,フランス,デンマーク,オランダなどはむしろ前年を上回る拡大を示し,西欧全体としてみても伸び率の鈍化は小さかった。農業生産が好調だったほか,工業生産の伸び率もかなり高かったからである。
四半期別に工業生産の動きをみると,61年末から上昇テンポを高めた工業生産は,62年央にさしかかりやや増勢の鈍化がみられたが,年末から再び上昇基調となった。63年初には寒波のため落ち込んだが,春以降にはかなりな上昇をつづけている。
国別にみても西ドイツが63年にはいってからむしろ上昇テンポをつよめており,フランス,イタリアは62年下期以降も上昇テンポを鈍化させていないようである。また,イギリスも相つぐ積極政策のため62年下期の停滞から脱し,63年春以降かなりの生産拡大を示している。このように工業生産が好調なのに対し,63年の農業生産は冬の寒波と夏の大雨のため一般に不調である。
工業生産の動きを部門別にみると,62~63年の生産拡大をもっとも大きく支えたものは化学工業で,この他電力,繊維工業などの増加率が大きい。これに対し,金属工業は同年を下回り,金属加工も伸び率の低下をみたが,乗用車は急増に転じ,その他耐久消費財も拡大しており,生産拡大が消費支出の増大によっていることを示している。
つぎに需要面をみると,個人消費と政府消費の堅調と投資支出と輸出の増勢鈍化という61年にみられた傾向は62年にはいって一層明確となった。63年にはいっても個人消費と政府消費の堅調,投資支出の増勢鈍化はつづいているが,この間輸出が回復しはじめているのが注目される。
消費支出の増大は多くの国で賃金上昇がいぜん急速であるほか,農業所得が豊作と農業保護政策により好調だったことがあげられ,とくにフランス,イタリアは堅調である。政府消費も一般支出,軍事費とも62年には多くの国でその増加率が前年を上回った。63年予算も一般に前年よりかなり増大しており,とくにイギリス,フランス,西ドイツなどの増加が大きい。
一方,設備投資意欲は59年来の投資一巡とコストプッシユによる自己金融力の低下から62年にはいりほとんどの国で一層減退した。63年にはいってからも投資支出の停滞傾向はつづいている。しかし西ドイツ,イギリスでは機械受注の動向からみて最近設備投資意欲の減退がおわってやや回復の兆候がみえる。
つぎに輸出は61年末より増勢鈍化を示し,62年いっぱいこの傾向をつづげたが63年の第2・四半期になると全般的に好転してきており(後述参照),各国とも63年春以来の生産拡大の大きな要因となっている。
(b)物価,賃金の上昇とその特色
61年来やや増勢をつよめていた西欧諸国の消費者物価は62~63年にいたり大きく上昇した。また卸売物価もとくに62年下期以降上昇している。国別にみると,フランス,イタリア,スイス,スウェーデンなどの上昇率が高く63年央にいたっても増加をつづけている。これに対し,イギリス,西ドイツの上昇はさほど大きくなく,63年はじめの寒波の後,著しく安定的となってきた。
品目別にみると,各国とも食料の値上がりが大きく,指数にしめるウエイトの大きいこともあり,物価指数上昇の最大の要因であっな。また住居およびサービスの値上がりも大きかった。しかし工業品の上昇は比較的低位であり,以上のような品目別上昇の差異が消費者物価の上昇に比して卸売物価の上昇を低位にした一因となっている。
このような物価上昇の原因としては,第一に需要面において,なおかなり旺盛な消費需要があったこと(とくにフランス,イタリアは強かった),第二にこのような需要圧力を背景に62~63年に完全雇用がほぼ維持されたために賃金上昇率はいぜんとしてかなり高かった(ただしイギリスは失業が増えて,賃金上昇も鈍化した)ことがあげられる。このように賃金上昇がおおむね生産性上昇率を上回ったばかりでなく,減価償却費など資本費の増加もあったため,コスト面から価格上昇圧力がつよく加わった。
第三に以上のような一般的な価格上昇要因のほかに①食料については,62~63年の数次にわたる天候不良やフランス,イタリアなどでの農家所得支持政策があった。また②家賃の急上昇は人口の都市集中と多くの国での統制令の緩和が原因している。③公共料金も一部の国での電力料金,運賃などの引上げがあった(フランス,イタリアなど)。つぎに④サービス価格は需要面において所得弾性値が高いのに加えて,コスト面においても賃金上昇が第3次産業でとくに大きかったため,一大幅な上昇を見るにいたった。
以上のような諸品目の上昇に対し,工業品の価格上昇はあまり上がっていないが,これは賃金その他のコスト増があったにもかかわらず,貿易自由化の進展と国際競争の激化によりコストの増加を価格へ転化できる余地が少なくなったためである。その結果62~63年には企業の利潤縮小がみられ,設備投資意欲停滞の大きな要因の一つとなった。自己金融力は多くの国で低下し企業の外部資金への依存は強まった。
(C) 貿易と国際収支の動向
① 域内貿易の拡大と第三国向け輸出の停滞
1962年の西欧の輸出は前年に引きつづき増勢の鈍化をみた。域内貿易がEEC向けを中心にかなり拡大しアメリカ向け輸出も回復したものの第三国向け輸出が59年来はじめて減少したためである。域内貿易の拡大は成長の持続のほか,EEC,EFTAなどの貿易自由化の進展,食料の緊急輸入などの影響によっている。
63年にはいり第1・四半期は寒波のため西欧の輸出は停滞したが,その後域内貿易が拡大テンポを速め,第三国向け輸出も回復してきている。
国別にみると,イギリスの好調が目につくほか63年春以来,西ドイツほかEEC諸国の輸出も増大している。
一方,輸入は62年には域内貿易の増大のほか北米および第三国からの輸入も前年を上回るテンポで伸び,この傾向は63年にはいってからもつづいている。商品別にみると,食料,燃料,消費財(とくに耐久消費財)の輸入増加が大きく,62~63年における消費需要のつよさをものがたっている。
以上のように,62~63年の西欧の貿易は「1961~62年の世界経済の現勢」で指摘したEECを中心とする域内貿易,先進工業国間貿易の拡大傾向をさらに確認するものとなり,この結果,西欧貿易の域内貿易への依存度(とくにEECの域内依存度)は輸出入とも一層高まった。また,域外との貿易では対アメリカ貿易もかなり大きく拡大した。
これに対して,北米を除く域外諸国との貿易は輸出が停滞したが,輸入はかなり大幅に増大した。
② 国際収支の動向
前述のように62年には多くの欧大陸諸国で輸入の増大が輸出の増大を上回ったので,全体として経常収支は61年の黒字が赤字に転じた。一方資本収支もフランス,イタリアの対米,対国際機関への債務早期返済,イタリアからの資本の逃避によって悪化したので,総合国際収支の黒字はかなりの減少をみた。しかし63年にはいってからは欧大陸全体としては黒字幅はむしろ拡大しているようであるが,これは国によってかなり異なっている。フランスが貿易外黒字と資本流入から債務の早期返済を行ないつつ,なお巨額の金外貨準備を増大させており,西ドイツ,ベルギー,オランダも金外貨準備を増加させているのに対し,スイスとイタリアは輸入が著しく増大し,とくにイタリアの場合は資本の流出もあって国際収支はかなりの赤字となっている。
一方,イギリスは62年には輸出の増大と貿易外収支の好調により,その基礎的国際収支は著しい改善を示すにいたった。63年にはいってもこの傾向はつづいており,ポンドも堅調を維持している。
以上からみれば62~63年の西欧の国際収支は,61~62年にみられたイギリスの均衡回復と欧大陸の金外貨準備増大の緩慢化の傾向を引きつづき示したことになる。政策面でみても対米債務の早期返済,西ドイツの米軍需品買付け,低開発国援助の増大,金プール,スワップ協定の拡大,金利政策の協調など,ドル・ポンド防衛協力措置が引きつづき行なわれた。しかし,資本の流入については,フランス,オランダ,スイスなどの諸国では国内面の要請もあり,その抑制が行なわれたが,西ドイツ,イタリアなどでは従来つづけてきた流入抑制策を廃止した。
すでにのべたように,62~63年の西欧経済は一面において物価と賃金の上昇が強く,均衡を失なう国がでてきたため物価,賃金の上昇が今後の西欧の成長に関する大きな問題となってきた。62~63年に西欧諸国が示した政策は国によってニュアンスの差はあるが,それは一面,当面の物価と賃金の安定のための政策であり,他方長期的安定成長のための布石でもあった。
もっとも,イギリスについては若干異なる。イギリスの政策の主目標は安定よりも成長にあった。
62年秋以来の相つぐ投資,消費刺激策,さらに63年春の減税と大幅赤字を含む積極予算はそのあらわれである。しかし,長期的には安定政策の基調は欧大陸諸国と変わらない。
(a)当面の安定政策
1962~63年の西欧諸国の安定政策の特徴は,選択的な需要抑制策または直接的価格安定策が盛行したことである(もっともフランスは例外である)。このような政策面の特色は,62~63年の各国の成長が鈍化傾向にあったこと,各国が長期的観点から民間設備投資を促進しようとしていたこと,概して国際収支面にゆとりがあり,またドル・ポンド防衛に対する国際協力の必要性があったことなどによっている。したがって政策の手段として,財政金融政策と並んで輸入政策,直接的価格抑制策などが多く採用された。
第一に,供給増加策としては食料の緊急輸入政策,関税引下げ政策がひんぱんに行なわれ,工業品についても関税引下げがあった(フランス63年3月,5月,9月。オーストリア62年7月,その他西ドイツ,イタリア)。また,労働力不足に対しては外国人労働者移入,職業再訓練,労働力移動促進政策が行なわれた(西ドイツ,フランス,イギリスなど)。
第二に,直接的物価抑制賃金策としてフランス,オーストリア,デンマークなどでは多くの農業品,工業品について小売価格とマージン規制があり,このほか,フランスでは63年9月に一部公共料金の抑制,家賃の値上げ延期の決定が行なわれた。また,賃金についてもオーストリア(62年7月)デンマーク(63年2月)などで凍結が行なわれた。
第三に,財政についてみれば,各国とも概して抑制的努力が行なわれたが,62,63年とも各国の財政支出はかなりの増加をみた。財政が需要抑制のために利用された例としては西ドイツ,デンマークなどにおける公共建設支出の一部削減があったほか,63年にはいりフランス,イタリア,オランダ,デンマークでの増税,予算節約がある。
第四に,金融政策についてみれば,フランス,ベルギー オーストリア,デンマークに若干の引締めが行なわれた。政策手段として公定歩合の引上げは,フランス(63年11月),スウェーデン(63年6月),ベルギー(63年7月),オランダ(62年央)以外はなかった(オランダはその後引下げ)。イギリスではこの間公定歩合の引下げが行なわれた。また,若干の国では支払準備率の引上げ(フランス,オーストリア),銀行貸出の抑制(フランス,イタリア,オランダ,スイス,オーストリア,ノールウェー),消費者金融の規制(フランス)などが行なわれた。しかし各国とも政策のねらいはおもに短期貸出の規制にあった。長期資本市場については,長期的成長という観点からむしろ積極的に育成・強化する政策をとった国が多かった。
(b)長期的な安定成長政策
以上のような当面の安定政策と並んで,各国の長期的な安定成長政策も注目すべき進展を示している。
その第一は,従来からすすめられてきた前述の長期資本市場の育成・強化策であるが,62~63年において著しい進展をみた。フランスにおける再三にわたる短期政府証券利子の引下げ,特別預金率の引上げ,長期国債の発行,可変資本投資信託会社の設置,イタリアの中長期資本市場の整備と利子率引下げ,その他ベルギー,オランダにおける長期利子の引下げなどがそれであるが,フランス,イタリア,オランダ,ベルギーなどにおける資本市場での政府資金調達抑制措置もいわば長期資本市場育成のための策で,62,63年にも引きつづき行なわれた。
長期安定政策の第二は生産性の向上,経済の体質改善政策である。これは資本市場育成とも関係するが,技術革新,合理化投資の促進策を含んでおり,不況産業再編成などの産業構造の転換(ベルギー,イギリス)または地域開発計画(イギリス,イタリア,フランス)を著しく重視してきている。
しかし,第三に62~63年にみられる最大の特色は所得政策に対する関心の急激な拾頭とこれにともなう経済計画化の動きである。イギリスにおいては62年春に発足したNEDC(国民経済発展審議会)が63年1月,年率4%成長(1961~66年間)の目標を立て,その後所得政策の具体的立案のために機構拡充の動きをする一方,62年10月その実施機関である所得委員会が発足して活動をはじめている。このほか,オランダ,オーストリアは賃金政策委員会をすでにもっているほか,フランスがさきごろ所得委員会の設置を公表,しており,その他の諸国についても所得政策の立案,推進の素地はすでにかなり進んでいる。すなわち,所得政策は必然的に経済全体のガイド・ポストを必要とするが,フランスには以前から経済計画があり,イタリアでも62年春,経済委員会が発足し,計画ぎらいといわれる西ドイツも63年春,はじめて経済報告を発表し,ガイド・ラインを示すにいたった。
つぎに,ガイド・ラインは一般に平均的生産性の増加内とされ,生産性の増加が平均以上の企業は生産物の価格引下げを行なうべきであるとされ,賃金と同時に企業マージン,流通マージンの規制が問題になってきている(フランス,イギリス,西ドイツ)。
さらに賃金協約に対してはこれを長期協約のかたちにもっていこうとする動きがみえる。イギリスの電気労組,西ドイツの金属労組,建設労組の長期賃金協約などがそれである。
1963年の西欧経済は今後もイギリス,西ドイツなどが一応安定的基盤の上に当面拡大をつづけると思われるのに対し,フランスとイタリアなどは調整策をすすめているため,経済拡大テンポの鈍化が見込まれる。この結果欧大陸全体としてみれば農業生産が不振なこともあり,62年より一層成長の鈍化をみよう。EEC委員会の推定によれば,EEC全体の実質成長率は62年の4.9%に対して63年は4.1%の見込みである。しかしイギリスは前年より大幅に回復して63年全体としては3%程度の成長率を示すと見込まれている。
つぎは1964年の経済見通しであるが,イギリスは63年春以来の景気上昇が64年もつづくものとみられる。個人消費支出の好調,政府支出の増大,輸出の増加などこれまでの拡大要因が持続するほかに,民間設備投資も回復の兆候をみせている。NIESRの予測によると(Economic Review,November1963)現在の諸指標からみて1963年第4・四半期から1964年第4・四半期までに国内総生産は4.5%増となり,64年全体としての前年比実質成長率は53/4%に達するであろうとしている(63年の成長率は3%)。目下のところ国際収支も一応好調であるから,この面から拡大をチェックするおそれも少ないようである。
西ドイツの場合は62年から63年上期にかけて調整過程がおわって民間設備投資の減退と賃金,物価の上昇過程がとまり,輸出が再び大幅な拡大をみせており,64年もこの輸出拡大を中心に成長を持続しよう。問題は利幅縮小過程の終了と輸出好調を背景として,回復のきざしをみせてきた民間設備投資がどこまで伸びるかであるが,現在のところ緩かな回復以上は期待されていないようである。いずれにせよ63年の成長率は年初の異常寒波が大きくひびいて3~3.5%程度になるとみられているが,64年には実質4.2~4.5%程度の成長率が期待されている(政府や民間経済研究所の見通し)。
以上のようにイギリスと西ドイツについては一応楽観的な見通しをたてることができるが,他方フランスとイタリアの見通しはそれほど楽観できないようである。フランスはすでに数回にわたって引締め政策をとっており,64年の成長率は当然鈍化するであろう(政府の推定では,63年の実質成長率4.7%に対して64年のそれは4.2%),またイタリアは国内の政治的理由からこれまであまりきびしい引締め政策をとってはいないが,大幅な賃金,物価の上昇や貿易収支の悪化などの現状をこのまま放置できぬであろうから,63年末の新政権の成立を契機として何らかの対策をとらざるをえないと思われ,これまた64年の成長率は63年のそれ(5%)を下回るものとみられる。
このように西欧の主要4カ国については明暗両機の見通しがたてられるがウエイトの大きいイギリスと西ドイツが好転するとすれば,64年の西欧経済は少なくとも63年と同程度の成長を期待してよいのではないかと思われる。