昭和38年

年次世界経済報告

昭和38年12月13日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1部 総  論

第1章 世界経済のあしどり

1 自由経済圏

(1) ゆるやかな成長の持続

1962~63年の先進工業国の経済は前年にひきつづき拡大をつづけている。第1図からも明らかなように,アメリカでは,63年2月に62年下期の高原横ばい状態を脱して再び上昇に転じた。西欧諸国では国によって異なった動きを示しつつも,全体としてみれば,寒波の影響でやや不振であった63年第1・四半期をのぞけば,62年下期以降も生産は拡大基調にある。日本でも軽微な調整過程を終え,63年に入って生産は上昇している。

このように先進工業国の経済は,全体として62年秋に一時懸念された景気の後退ないしは停滞におちいることなく成長をつづけている。

その結果,生産上昇の期間が長くなっていることが特色としてまず指摘できる。第2図にみられるように,アメリカでは今回の生産上昇期間が59~61年の循環局面における25カ月をこえ,1961年2月をボトムとして63年12月ですでに34カ月に達し,さらにひきつづいて生産上昇がみこまれており, 一方西欧諸国では,EECを中心に生産上昇の趨勢は59年以降5カ年にわたって持続している。

第二には,先進工業国間の成長率の差が小さくなってきたことが指摘される。

すなわち,63年にはアメリカとイギリスの成長率が,50年代後半の低い水準(アメリカ2.3%,イギリス2.4役)を上回るとみられる一方(アメリカ4.2%,イギリス3.0%),EECの成長率は前年にひきつづきさらに鈍化すると推定されている(61年5.2形,62年4.9%,63年4.1%)。

このように先進諸国は全体として,成長率の差を縮小させながらゆるやかな成長をつづけているということができる。

(2) 成長を支えた要因

先進工業国のゆるやかな経済成長を支えたのは,主として個人消費と政府支出であって,設備投資は一般に不振であった。

(a)アメリ力

第1表からも明らかなように,62年央~63年央の1年間における個人消費と政府支出の国民総生産に対する寄与率は前年同期を大きく上回った。なかでもサービス支出と政府支出はその比重が大きく,しかも前年にひきつづき高い増加率を示した。また,耐久消費財支出も,63年型新車に対する需要の強さを反映して,62年第4・四半期に大幅に増加した後も高い水準にあり,その増加率は大きい。

一方,非農住宅建築は国内の金融緩慢がつづいているところから,62年末から63年はじめにかけてやや減少したものの,高水準を維持し,62年央~63年央の1年間を通じては高い増加率となって,経済拡大の要因となった。

これに対し設備投資は停滞し,62年央~63年央の増加率は3.0形と前年同期の10.3%を著しく下回ることとなった。在庫投資は62年央に減少した後回復に向かったが,その回復テンポが緩慢であったうえに,63年央には再び削減されたため,62年央~63年央では減少となった。

以上のように個人消費支出や政府支出が堅調に推移し,とくに自動車が好調であったので,設備投資が62年末から63年はじめにかけて若干減少したにもかかわらず,これが景気の後退を引きおこすに至らなかった。在庫投資も,鉄鋼を中心とする変動の振幅が,従来に比して次第に小幅になってきており,これが景気の動きを安定的なものにしている。このような諸現象が緩慢ながら成長を持続せしめる原因となっている。

しかし同時に,政府の成長政策の効果も見逃すことはできない。62年の投資刺激対策および政府のスペンデンイグ政策,あるいは減税を含む64年度の積極予算の編成,金融面での二重金利政策など,投資と消費の両面を刺激して経済の成長をはかろうとする政策がある程度効果をあらわしてきているものとみることができよう。

(b)西  欧

第2表にみられるように1962年の成長率は全体として鈍化しているが,これは投資の増加率,とりわけ設備投資増加率が著しく鈍化したことが大きく影響している。62年の設備投資は欧大陸諸国では増加率が前年より半減し,イギリスでは前年水準を下回った。59~61年の投資ブームの後をうけた調整過程が,西欧諸国全体において進行していることがその主因であるが,半面,賃金上昇によるコスト圧力を,国際競争激化のために,価格に転嫁することが困難であった結果,利幅が縮小したことも影響している。

これに対し消費需要は一般に堅調をつづけている。62年の個人消費支出の伸びは全体としてやや鈍化しているが,依然旺盛である。フランスやオランダでは,逆に伸び率が前年を上回った。個人消費需要堅調の主因は高いテンポの賃金上昇にあった。

一方,政府の消費支出は多くの国で増加テンポが高まった。とくにEEC諸国において顕著であり,これが景気をささえる大きな要因となった。

以上のような傾向は63年にもひきつづきみられ,個人消費と政府消費支出ガ経済の成長をささえる主因となっている。設備投資はひきつづき鈍化傾向を示しているが,一部には,すでに投資の調整過程を終ったとみられる国もあらわれている。西ドイツやイギリスでは,機械の新規受注の減少傾向がとまり,今後設備投資の増大がある程度期待されるようになった。

62年下期に増勢鈍化をみせた輸出は63年春以降急速に回復し,景気の支持要因となっている。

しかし,西ドイツやイギリスは比較的物価が安定化してきたのに対し,フランス,イタリア,スイスなどの諸国では,賃金上昇によるコスト圧力と消費需要圧力から激しい賃金と物価の上昇がみられる。このためフランス,イタリア政府は引締政策を採用するにいたり,これが投資の不振とあいまって,これら諸国の成長率を鈍化させることが懸念される。

以上のように63年も西欧全体としては成長率の鈍化がみこまれるものの,個人消費,政府消費支出の堅調,輸出の回復および一部の国における投資の立ちなおりなどから,経済の拡大傾向はなおつづくであろう。

(3) 成長率が鈍化した低開発国経済

低開発国経済は意欲的な開発計画を推進しており,1950年代初めよりかなり高い成長率を達成してきた。

しかし, 1960年代に入って農業生産の伸び率が低下し,61年以後鉱工業生産の増加も鈍化傾向にある。このため61,62年にわたって成長率は低下した。

農業の不振は悪天候など一時的要因が大きく働いているが,農業投資の不足と関連して農業技術の改善が進まぬこと,その他制度的原因もあって,長期的にみても農業生産の伸び率は低い。

農業生産のうちとくに食糧生産が不振であったが,これは食糧価格の上昇をもたらし,開発支出の膨張や政府の赤字財政に起因するインフレ傾向に拍車をかけた。さらに,人口の急速な増加を背景として食糧問題は深刻化しており,50年代にも1人当り食糧生産の増加は極めて低かったが,61~62年の減少で50年代初頭の水準に近いところまで落ちた。

従来かなり高い増加率を示した鉱工業生産の伸びが1961年以来鈍化してきたのは,外貨難対策である輸入制限が機械部品,原材料の不足をもたらし,輸送,動力が隘路となったうえに,62年の農業不振が関連部門に悪影響をあたえたためである。

先進国経済の拡大と一次商品価格の堅調によって増加してきた低開発国輸出は今後も増勢を維持するとみられ,経済全体に好影響を与えるであろうが,農業生産の急増が望まれぬので,成長率の大幅な増大は期待できない。

第3表 農業生産の増加率

第4表 鉱工業生産の増加率

第5表 人口増加率

(4) 貿易の拡大と国際収支の変動

(a)拡大をつづける世界貿易

先進工業諸国の経済が緩慢ながら成長を持続していることは,世界貿易の拡大に大きく寄与している。

第6表から明らかなように,62年の世界貿易の伸びは前年のそれを上回ったが,そこにつぎのような特色を指摘することができる。

第一は,先進国間貿易の伸びが前年を上回り,世界貿易が先進国間貿易を中心に拡大する傾向がいっそう顕著になったことである。もっとも,消費需要が先進国の景気を支える主因となるにつれ,従来資本財の交易の比重が高かったのに対し,消費財,とくに家庭用電気製品や乗用車などの貿易量の増大が顕著となった。

第二は,先進国の低開発国向け輸出が減少したことである。低開発国の輸入能力が61年の輸出不振から減退したことが原因の一つと考えられる。

第三は,低開発国の輸出が,とりわけ先進国向けに増加したことである。

低開発国の輸出総額の大半を占める一次商品の価格は全体として1961年水準を下回っためであるから,輸出の増加はもっぱら数量の増大によるものであった。つまり先進国の経済拡大が低開発国からの輸入量を大幅に増加させたわけである。

世界貿易の増大は,1963年に入ってからもつづいている。第3図にみるように第1・四半期は寒波の影響で貿易規模は縮小したが第2・四半期には大幅に拡大した。先進国間貿易はEECを中心にいぜん拡大している。62年に減少をみせた先進国の低開発国向け輸出は増加に転じた。これは62年の輸出増大によって低開発国の輸入能力が増加したものとして注目される。低開発国の輸出は,先進国の経済拡大と一次商品の価格上昇を反映して,増加している。

(b)赤字をつづけるアメリカの国際収支

つぎに国際収支の動向をみると,アメリカの国際収支の悪化が顕著である。

すなわち,1961年から次第に改善されてきた国際収支赤字は,62年第4・四半期以降再び悪化し,63年第2・四半期には年率で50億ドルの赤字を記録した。民間の長期,短期資金の流出がその重要な原因であった。国際収支赤字の結果,金の流出もつづいている。

このような情勢に対処するために,1963年7月に公定歩合の引上げにつづき,ケネディ大統領は,金利平衡税の創設,IMFからのスタンドバイクレジットを含む国際収支改善のための政策を打ち出した。この結果,第3・四半期の資本収支は大幅に好転し,総合収支の赤字は年率10億ドルに減少した。

一方西欧をみると,欧大陸諸国では,62年には経常収支,資本収支ともに悪化したために,国際収支の黒字が減少したが,63年に入り,黒字幅が若干増大している。また,イギリスの1962~63年の国際収支は好転している。

(5) 国際商品市況の立直り

久しく低迷をつづけた国際商品市況は,62年9月を底として騰勢に転じた。値上りした商品は第4図のように砂糖をはじめとして広範にわたっている。

これらの商品の値上り要因をみると,非鉄金属は自動車生産の好調など先進国の需要の堅調を反映しており,羊毛の値上りも,ここ数年間の世界需要の堅調による在庫減が大きな材料となっている。これに対し,てん菜を含めた砂糖,ココアなどの熱帯産食料の値上りは,悪天候,病虫害による不作や,政治的,社会的変動にもとづく減産(キューバ糖)など,主として供給側の要因にもとづくものである。これら熱帯産品については地価,労賃の上昇により生産・投資意欲の減退がみられる反面,工業国の経済成長の持続により需要が供給に追付いてきたことなど必ずしも一時的ではない要因があることは注意すべきであろう。

また,食料,原料などの荷動きの状況を反映する不定期船運賃も,62年秋いらい荷動きの活発化を反映して上昇してきたが,63年秋に入ってからは,共産圏,西欧の不作による小麦輸送需要の増大からさらに騰勢を強めた。

ところで,上記のようないわゆる一次商品価格の上昇は,その輸出国,とくに一次商品依存度の高い低開発国の外貨収入に好影響をもたらすものと思われる。しかし,減産による輸出数量の減少や,従来からの特恵ないし協定関係による国際相場とは乖離した価格での輸出などを考えるど,その効果を過大視することはできないであろう。

(6) 1964年の見通し

1963年にみられた先進工業諸国のゆるやかな経済成長は,64年にもおおむね持続するものとみられる。

(a)アメリカ

63年の景気支持要因となった個人消費と政府支出は,ひきつづき経済を支える主因となろう。とりわけ,64年型新車の売上げの高水準維持が業界筋で期待されていることは,景気の見通しを明るくしている。もっとも,自動車売上げの好調が3年目に入っていること,あるいは所得に占める消費者信用の比率が高まっていることなどの理由から,自動車売上げの大幅増大は期待できないかもしれない。しかし一方サービス支出と政府支出は一応コンスタントに上昇するであろう。

63年央から増勢に転じた設備投資は最近における企業利潤の増大やすでに実施された投資刺激政策の効果などもあって,ひきつづき増大し,これが景気刺激的に働くであろう。しかしマグロウ・ヒル社の調査によれば設備投資の64年の年間増加率は4%程度にとどまるようである。非農住宅建設と在庫投資には大きな変動はないとみられているが,しかし公定歩合の引上げや国内の景気上昇の持続から金融が逼迫して,住宅建築にある程度の影響を与えることも考えられる。

また輸出は工業製品輸出の増大のほか,対ソ小麦輸出など農産物の輸出の増加も期待される。

63年下期に一部工業製品の値上がりの気配がみられるが,まだ設備,労働力に余裕のある米国では,欧大陸諸国の一部にみられるような物価の高騰は生じないであろう。

国際収支対策はすでに若干の効果をあげており,64年の国際収支にはある程度の改善が見込まれる。

このようにみてくると64年のアメリカ経済は,前年にひきつづき拡大するものど考えられるが,問題は減税法案成立の時期であろう。減税が64年1月から実施されるならば,64年の国民総生産は63年とほぼ同じか,ややこれを上回るテンポで増大するであろうが,実施の時期が遅れるとなれば成長率はそれよりも落ちるであろうとみるのが,政府や各種経済研究機関の予想であ

(b)西欧諸国

イギリスと西ドイツでは,輸出が受注ベースからみても,ひきつづき増大するものとみられるうえ,設備投資が増加にむかう可能性もでてきたので,64年の成長率は63年を上回るものと推定されている。しかし,フランスやイタリアなどでは,物価と賃金の著しい上昇から消費の伸びを抑制する政策がとられており,設備投資のいっそうの鈍化傾向からみて,64年の成長率はやや鈍化することが考えられるみこの結果EECの成長率は,63年と大差のないものになるといわれている。

したがって,アメリカと西欧諸国では,63年にひきつづき64年にもまず順調な経済の拡大が期待され,その成長率は 第7表 にみられるようにおおむね4%を超えるものと推定されている。この安定的成長が持続するならば,これまで経済成長に応じて発展してきた貿易もまた拡大することが期待されよう( 第5図 参照)。

一方,低開発国貿易も以上のように先進国の成長の持続,一次商品相場の堅調な推移が見こまれることなどから拡大するものと思われる。