昭和37年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和37年12月18日
経済企画庁
第2部 各論
第2章 ヨーロッパ
EECは62年1月からいわゆる第2段階にはいり,3月にはカルテル規制政策を実施,さらに同年7月から第5次域内関税引下げと共通農業政策の実施をみるにいたった。これらの措置はEECが従来と同じくローマ条約に規定されたタイムテーブルの最短距離もしくはそれを上回るテンポで前進しつつあることを示すもので,その快調のペースには目をみはらせるものがある。われわれはそこに経済的利害の対立を超えてあくまでEECを完成させようとする6ヵ国のつよい政治的決意を読みとることができよう。
このような制度面での進展と並行してEECの経済力がさらに充実し,それに伴い世界経済に占めるEECのウェイトも高まり,ある意味ではEECは世界経済の動向を左右する原動力となったといえよう。61年秋にイギリスその他西欧諸国がEEC加盟を申込んだあとを受けて,62年初頭にアメリカがEEC接近を主眼とする画期的な通商拡大法を打ち出したのも,そのあらわれにほかならない。
以下においては過去1年間にみられたEECの制度面と経済実態面における重要な発展を簡単に概観することにする。
1)第2段階移行とその意義
EECの制度面における進展として最も重要な出来事は,いわゆる過渡期の第2段階への移行であろう。EECは第2段階へ移行することによって単なる関税同盟から経済同盟へ発展した。第1段階では関税や数量制限など貿易面での統合措置が中心であったし,そのかぎり単なる関税同盟的な色彩がつよかった。ところが第2段階においては関税同盟的側面がさらに強化されると同時に,各種共通政策の実施や政策の調整など経済同盟的側面が次第に重要性をおびてくる。
このような性格変化とならんで,EECの制度的基盤が第2段階移行によりいっそう固まった点が指摘される。すなわちローマ条約の規定によれば,第1段階から第2段階への移行は加盟国のうち1ヵ国でも反対すれば合計して3ヵ年間延期の可能性があったが,第2段階から第3段階へ,さらに第3段階から過渡期の完全終了(経済共同体の完全実現)への移行はほぼ自動的に保証されている。したがっていったん第2段階へ移行してしまえば,EECはもはや足踏みを許されず,ひたすら前進をつづけるほかないことになる。第2段階移行によりEECはもはやひきかえすすべのない地点をわたったといわれるのもそのゆえである。
さらにEEC理事会の権限も第2段階により若干強化され,経済同盟への転化とあいまってEECの超国家性がいっそう強化されることになった。
2)域内関税の引下げおよび数量制限の撤廃
EECの工業品域内関税は61年1月と7月にそれぞれ10%ずつ引下げられた。前者はローマ条約の規定によるものであり,後者はいわゆる加速化計画によるものである。これによって工業製品は発足以来合計して50%引下げられたことになる(農産物のばあいには35%引下げられた)。
他方域内における工業品の輸入数量制限も加速化計画により61年末に全廃された。
なお域内関税の次回の10%引下げ時期は1963年6月末の予定であるが,そのときに第2次対外共通関税接近(第1次接近はすでに61年1月1日に実施)も実施されるものとみられる。
3)共通農業政策の実施
EECの共通農業政策については,すでに60年6月にEEC委員会の草案が理事会に提出されていたが,6ヵ国の利害対立のため理事会における決定もおくれていた。しかるにフランスの要望により共通農業政策の決定が第2段階移行の前提条件とされた結果,EEC理事会は61年末から62年はじめにかけてこの問題を審議し,ようやく1月14日に共通農業政策が成立した。こと農業に関しては他の先進諸国と同様6ヵ国もつよい国内保護政策をとっており,しかも6ヵ国の農業の生産や価格にかなりの開きがあるため,共通の農業政策を採用して農産物の域内貿易自由化を実施するのは容易なことではない。それだけに曲りなりにも共通農業政策が決定,実施されたことは,EECの前進にとって重要な意味をもつ。しかし今回の決定はいわば原則的決定にとどまり,肝心の共通価格水準は未決のままに残された。共通農業政策の対外的影響は域内の価格水準のいかんによって大きく左右されるので,現在のところ共通農業政策の対外的影響を正確に評価することは困難であるが,いずれにしても工業部門と異なり農業部門におけるEECの政策に保護主義的色彩がつよいことは否定できない。
共通農業政策の内容について簡単に紹介すると次のようになる。
1.共通農業政策の目的-(a)一定の過渡期間(1962年7月~69年末)後に域内の通商障壁を撤廃して農産物の単一市場を実施する。(b)域内における統一的な価格支持と域外からの輸入の統制により域内農家の所得を保護する。(c)加盟国の農業較差を調整して生産性の上昇をはかるために農業の構造改革を実施する。
2.目的実現のための手段一農産物の種類によって異なる。農産物を3グループに分け,第1グループ(穀物,砂糖,酪農品)については生産者「目標価格」を毎年設定して第三国からの輸入に対してはこの目標価格と輸入価格の差額を「輸入課徴金」として徴収する(その代り対外関税および輸入割当制は撤廃される)。この「目標価格」より5~6%低い水準へ市場価格が低落すると,市場統制機関(穀物,砂糖および酪農品ごとに設定)が買出動を行なって価格を支持する。共通目標価格は1963/64年度から設定されるが,それまでは加盟諸国が自主的に決定する。ただしその価格水準には上限(西ドイツの価格)と下限(フランスの価格)がきめられた。1963/64年度以降加盟諸国は共通目標価格への漸進的接近を行ない,過渡期終了後に域内一本の目標価格となる。輸入課徴金は過渡期間中は域内からの輸入についても適用されるが,域外にくらべるとその金額がやや少なく,その点域内輸入に対する特恵の供与となる(域外輸入に対する課徴金は世界市場のなかで最も低い価格を基礎として算定される)。第2クループは,豚肉,家禽および卵から成り,やはり輸入課徴金方式がとられるが,そのばあい輸入課徴金は輸入国と輸出国との飼料価格の差額を基礎とする。このほか現行関税にもとづいて一定の追加賦課金が徴収される。また域外からの輸入についてはさらに平均輸入価格の2%に相当する金額が賦課されるが,これは過渡期の終了時までに7%へ引上げられる。第3グループは果実,野菜およびブドー酒であって,これらは対外共通関税のみによって保護されるが,供給過剰で価格が低落したばあいには統制機関の買出動と域外輸入制限が実施される。
3.農業調整保証基金一域内農産物の価格支持と域外輸出の補助および農業改革の実施のために農業調整保証基金を設ける。基金は輸入課徴金収入によって賄われるが,過渡期間中は加盟国からの拠出金と輸入課黴金の双方によって賄うことにし,過渡期がすすむにしたがい後者の比重を高めていく。同基金の年間所要額はとりあえず25百万ドル程度となる模様である。
4.免責条項-国内市場が重大な脅威にさらされたときには,他の加盟国からの輸入を一時停止することができる(ただしEEC委員会は審査の結果その撤回または修正を求めることができる)。この共通農業政策は62年7月30日から実施された。ただし牛肉,酪農品,米は11月から,砂糖は63年春から実施される。
4)カルテル制
62年2月にEECのカルテル取締り法(「ローマ条約85条および86条の適用に関する第1次規則])が正式に発効したが,同規則はカルテルについては禁止原則を,独占については濫用防止原則を採用しており,その点西ドイツのカルテル法と似ている。従来EEC加盟国は西ドイツを除いてカルテルや独占に対して寛大であり,カルテル取締り法規をもたぬ国もあった(イタリア,ルクセンブルグ)。今回実施されたEECのカルテル規制措置は域内における国際カルテルを対象としており,加盟国の純国内的カルテルについては加盟国自身の法規に委ねているので,EEC内のカルテル規制は今後加盟国自身のカルテル法とEECのカルテル取締り法の二本建てで運営されることになる。なお第三国向け輸出力ルテルは取締りの対象とはならない。
いまEECカルテル取締り法の主要内容を述べると次のようになる。
1.原則的禁止-加盟の貿易に影響を与え,共同市場内部の競争を阻止,制限または歪曲する一切の企業間協定または共同行為は禁止される。とりわけ(a)価格およびその他取引条件の直接的まだは間接的な設定,(b)生産,市場,技術開発または投資の制限または統制,(c)市場分割,(d)待定の顧客に対する不利な差別的取引条件の適用,(e)抱合せ販売,などを目的とするばあいに然りである。
2.例 外-商品の生産または配給の改善,技術的または経済的進歩の促進に役立ち,その利益を消費者にもきんてんさせるような協定は,申告により認可される。
3.届出制-既存または新設の協定および共同行為はすべてEEC委員会に届出なければならない。
4.資料収集および検査の権限-EEC委員会は審査に必要なデータを加盟国政府および企業から収集する権限をもつ。また必要なばあい会社帳簿その他の文書を検査し,説明を求めることができる。
5.罰 金-違反企業に対しては最高100万ドルまたは年間売上高の10%の罰金を課することができる。
以上のようにECCのカルテル取締り法はその取締りの対象範囲;検査権限,罰金額等の点でかなりきびしいものであり,多くの例外規定を設けた西ドイツのカルテル法よりいっそうきびしいといえる。
問題はこの規則が実際にどう運営されるかであって,たとえばフランスでは表面上はきびしいカルテル取締り法をもっているが,実際にはきわめて寛大な取扱いをしている。EEC委員会もカルテル法規を弾力的に運営する旨を明言しているから,実際には法規通り運営されるか否か疑問であろう。しかしEECのそもそもの目的が自由競争を通ずる資源の適正利用にあり,そのためには商品,資本,労働力の移動自由化の裏づけとしてカルテル行為を禁止することが必要であるから,EECの憲法(ローマ条約)の番人たるEEC委員会としてはかなりきびしい態度でカルテル問題にのぞむのではないか,と予想される。ともあれ,カルテル禁止の問題については,EECは緩和の方向でなく,むしろ強化の方向に進んでいる点に注目すべきであろう。
5)共通通商政策
域外の第三国に対する通商政策は過渡期終了後EEC一本に統一されるが,それまで各国の対外通商政策を調整するために,さきに(60年7月)EEC理事会が採択した「共通通商政策に関する第1次措置」により,(1)EEC加盟国が第三国と通商協定を結ぶときは他の加盟国と事前協議を行なうこと,(2)協定の有効期限がEEC過渡期を越えないようにすることの二原則が確立された。さらに62年3月にEEC委員会が共通通商政策に関する第2次覚え書を理事会に提出,9月末に理事会によって採択された。
その内容は次のとおりである。(1)ガット加盟国に対する自由化リストの統一,(2)ガット非加盟国およびEECと経済構造を異にする域外諸国(共産圏諸国)に対する輸入割当制の漸進的統一,(8)ダンピングや国家援助に対する防衛措置。
さらに同年10月末にEEC委員会が発表した「第2段階の行動計画」(後述)において,日本など諸国に対するガット第35条援用撤回の代りにセンシチブ品目の統一が提案されており,これはEECの対日通商政策の新しい方向を示すものとして注目される。
6)アフリカ諸国との連合関係調整
EECと連合関係にあるアフリカ218ヵ国(主として元フランス属領)との連合関係に関する現行協定は62年末に失効するので,63年はじめから向う5ヵ年間について新しい連合関係を協議するため,62年7月以来EEC側とアフリカ諸国との閣僚会議が数回開催され,10月末にほぼその大綱がきまった。その主要な内容は次のとおりである。
(1)EECからアフリカ連合諸国および属領に対する援助額を従来の5.8億ドルから80億ドルヘ増額する。
(2)アフリカ諸国からEEC向けに輸出されるココナット,パーム油その他食糧品の価格を1967年末までに世界価格の水準まで漸次引下げる。
(3)アフリカ側はEECから与えられた貿易上の特恵に対して同じ特恵をEEC側にも供与することを原則的に承認する(ただし実施期日は未定)。またアフリカ側はEEC加盟6ヵ国間で差別待遇をしないことを約束した。
7)第2段階の行動計画
62年10月末にEEC委員会は「第2段階の行動計画」を発表し,経済統合をいっそう推進する意図を明らかにした。これは貿易および資本取引の早期ご自由化,税制,輸送,社会保障,低開発国援助などの分野における政策の調整を含むと同時に,通貨同盟の結成や長期経済計画の作成などローマ条約の規定を超えた分野における大胆な統合措置を提案したものである。
もちろんこの“行動計画”は目下のところEEC委員会の草案の域を出ず,EEC理事会の正式採択をみるまでにはなお迂余曲折があるものと考えられるが,いずれにせよEECの経済統合が発足後5年にしてすでに成熟期にはいったことを示すものであろう。
“行動計画”の主要な内容を列挙すると次のようになる。
1.関税引下げの加速化-域内における関税その他の貿易障壁はローマ条約の規定による1969年末までまたずに1966年末までに撤廃される。
2.資本取引の完全自由化-残存する資本取引を完全自由化して他の加盟国における起債や銀行借入れを自由化する。
3.通貨同盟の結成
(a)過渡期間終了までに加盟諸国の為替レートを固定して,将来における単一の共通通貨設定の基礎をつくる。
(b)加盟国の金外貨準備の一定比率を拠出して共同準備基金を設置する。
(c)加盟国中央銀行総裁から成る理事会を(1963年央までに)設置し,為替レート,公定歩合,支払準備率,公開市場政策の変更など重要な通貨政策上の決定にさいしては事前にこの中央銀行総裁理事会と協議し,また理事会は通貨政策上の事項に関して加盟国に勧告しうる。IMF資金の引出しについても事前に協議する。
4.経済計画の作成と景気政策の調整
(a)年次計画の作成-毎年秋に加盟国は翌年の国民経済計画をEEC委員会に提出するほか,EEC委員会は投資調査や消費調査などのビジネス・サーベイを定期的に実施して景気動向を正確に把握する。また景気対策の整備を加盟国政府に勧告する。
(b)長期経済計画の作成-とりあえず第1次5ヵ年計画(1964~68年)を1963年央までに作成して,成長率,マンパワーパランス,資金供給,貿易バランスなどを織りこむ。すでにEEC委員会は専門家委員会(Uri委員会)に委嘱して1960~1970年間の長期経済計画を作成しているが,それによればEEC全体としての経済成長率は同期間に年平均最高4.8%,最低4.3%に達する見こみである。
EECの経済的目的は,単一の広域市場の創出による域内の分業と大規模生産の促進を通じて生産資源の最適利用をはかることにある。したがって,市場統合の過程で域内の商品およびサービスと資本および労働力の交流が活発化するであろうことはいうまでもない。また広域市場の出現は同時に域内における競争の激化を意味し,この競争の激化と市場規模の拡大とから企業は合理化,近代化投資または企業間提携および合同を通じて企業規模の拡大と競争力の増強をはかろうとする。
実際またEECの発足以来経済実態面において最も顕著な現象は,域内貿易の急速な増加と域内における企業の提携および合同の動きであろう。そこでここではこの2点に焦点をしぼることによって経済実態面における統合の進展状況を簡単にスケッチしてみたい。
1)域内貿易の急増
EECの域内貿易の急増傾向は61年中もつづいた。これを輸入額でみると,前年比13%増で,これに対して域外輸入は6%増にとどまった。その結果,1958~61年間に域外輸入の28%増に対して域内輸入は70%増となり,輸入総額に占める域内のシェアも同期に29.7%から35.8%へ上昇した。
このような域内貿易の拡大がどの程度までEECの発足に刺激されたものであるかを正確につかむことは困難である。たとえばEECの域内貿易は元来1950年代を通じてシェア拡大の傾向があったし,また58年末のフラン切下げ,59年央のザールの西ドイツ編入など域内貿易の比重を膨らます統計技術上の要因もあった。他方関税面での域内外の差別性は61年末までは比較的わずかであった。以上の諸点を総合して考えると,61年末までの域内貿易の拡大がどの程度までEEC固有の制度的進展に帰しうるかについては若干の疑問があるが,EEC加盟諸国が発足以来各種の方法を通じて他の加盟国に対する販売努力を強化してきた点を考慮にいれたばあい,やはりEECの発足と進展が域内貿易の拡大にかなりの役割を果したとみるべきであろう。
なおEEC貿易の地域,商品別分析については総論第3章を参照されたい。
2)企業の提携および合同
EEC の発足を契機としてEEC加盟諸国の内部および加盟国間での企業提携や合同の動きが活発化したことは61年の本報告書でも紹介したとおりであるが,その後においても同様な傾向が続いている。このような動きはいうまでもなく競争の激化に対処すると同時に規模の経済の利益を享受することを目的としたものであり,その過程を通じてEECの企業規模が大型化し,域内においてばかりでなく域外に対しても彼らの競争力が強化されようとしている点に注目すべきであろう。
ところでEEC内部における企業の提携や合同に関しては,個別的な情報は多数存在するが,包括的データはきわめて乏しい。現在入手しうる最新かつ最も包括的なデータとしては62年3月にブラッセルの日本大使館が発表した数字しかないので,それを紹介することにする。それによると加盟国内の企業合同および提携件数は,58年1月から60年6月までの約2年半の間に367件だったのが,その後61年6月までの1年間には323件に達しており,企業合同および提携の波が最近にいたって高まったことを窺わせる。また国別にみると,58年1月~61年6月間の総数690件のうち,フランスが最も多く363件(53%)を占め,これにつぐものはベルギー,ルクセンブルグの100件(14.5役),オジンダの99件(14.3%)であり,西ドイツは79件(11%),イタリア49件(7%)にすぎない。
次に加盟諸国間の国際的な企業合同および提携の動きをみると,ここでもほぼ同様な傾向が看取される。
すなわち,企業合同および提携の動きは最近年にますます活発化し,国別ではフランスが最大の合同提携件数を示している(58年1月~61年6月間の総数794件のうち248件で31%)。しかしこの分野では西ドイツもフランスについで活発な動きを示しており(176件,22%),またベネルクス諸国も国際的な企業合同および提携に意欲を示している(合計して259件,33%。これに対してイタリアはここでもやや立遅れ気味である(111件,14%)。
さらにこれを業種別にみると,国内,国際とも成長産業たる金属機械と化学工業の合同提携件数が圧倒的に多く,両者だけで全体の半ばを占めている。これに対して自動車工業の事例は意外に少ないが,これは一つにはこの分野では企業数がもともと少ないせいであろう。しかし今後は競争の激化を通じて西欧の自動車工業界における整理統合過程もさらにすすむものと思われる。
イギリスの加盟交渉は1961年10月上旬パリでの予備交渉を皮切りに,その後閣僚会議,専門家会議と複雑な交渉がかさねられてきたが,62年8月はじめの閣僚会議で,温帯性食糧品を中心とする英連邦貿易問題,EEC農業基金問題などについて大筋の合意がえられず,ついに交渉は中断され,10月まで延期された。そのため9月10日の英連邦首相会議までに加盟条件の「大綱」を決定するというイギリス側の予定表は大きくくずれたわけである。現在ブラッセルで交渉が再開されているが,さきの英連邦首相会議での各国の要望をどう反映させるかが注目される。ここではこれまでの交渉過程で解決された問題,また現在なお残されている問題点について簡単に述べてみたい。
1)加盟にともなう諸問題はいかに解決されたか
1.カナダ,オーストラリア,ニュージーランドからの工業製品(397品目)については特恵が廃止され,対外共通関税が適用されるが,共通関税への接近方法についてはやや寛大な取扱いが認められる。
2.インド,パキスタン,セイロンからの輸入品については1966年末までにEECはこれら諸国と貿易協定を締結して貿易を発展させる措置をとる。茶の対外共通関税を廃止し,綿製品,ジュート製品については原則的に対外共通関税を漸進的に実施する。
3.アフリ力およびカリブ海の英連邦諸国および属領のEECとの連合問題については特殊事情のあるマルタ,ホンコン,アデンを除き希望により連合関係にはいることができる。
4.イギリスの農業問題については,イギリスはEECの共通農業政策を受入れ,その農業保護方式をイギリスの補助金方式から大陸の価格支持,輸入課徴金方式に改めることを受諾したが,その代りEEC側は年年の農業実態調査と農民に対する長期保証方式をとり入れることに同意した。イギリスはこのほか比較的競争力の弱い園芸作物について長期の過渡期間を,また豚肉と卵について明確な価格保証を要求したが,なお未決のまま残されている。
5.英連邦の重要な輸出品であるアルミニウム,鉛,亜鉛その他原材料27品目についてイギリスが対外共通関税の全廃を要求したいわゆるゼロ関税品目はとくに重要な数品目(アルミニウム,鉛,亜鉛,新聞紙など)を除いておおむね解決された。
6.英連邦(カナダ,オーストラリア,ニュージーランド)からの温帯性食糧品(小麦,酪農品,食肉)輸入問題については,これら諸国の輸出にとって重要であるばかりでなく,EECの農業と競合するため,最も解決困難な問題とみられていた。イギリスは「従来の市場に匹敵する市場」を確保する手段として数量保証を要求したが,EEC側は共通農業政策の規定をもちだしてこれを拒否し,その代り1970年までに世界的商品協定を結び,それまでに世界協定が成立しないときは英連邦を含む関係諸国と特別協定を結ぶこと。またEECは「合理的な価格政策」をとるという代案をしめした。イギリス側は原則的にこれに同意したが,商品協定の内容と価格政策の明確化を強く求めた。そのごの協議で商品協定の内容については合意に達したが,価格政策を明確にして域外からの輸入を実質的に保証せよとの要求は,結局フランスの譲歩で,英連邦の農民が拡大されたEECに輸出する「適正な機会」がえられるような価格政策をとると字句を改めることで一応合意に達した。しかし双方とも若干の留保をつけているので完全に解決されたわけではない。また対英依存の大きいニュージーランドについては特殊な取扱いをすることにEEC側は同意した。過渡期間中の取扱いについてはイギリスが加盟後5年間特恵を全面的に温存するという案をひっこめたためEEC案に近い線で原則的に合意が成立したが,個々の商品についてはなお未解決な点が残されている。
7.EEC農業共同基金の使途についてフランスと他のEEC加盟国との間に意見の不統一があり,しかも交渉最終日にフランスがこの問題について自国に都合のよい解釈をイギリスに提示してその同意を求め,イギリスはそれを拒否した。フランスはこの問題に対する同意を温帯性食糧問題解決の前提条件としたため,この問題は今後の交渉過程においても一つの躓きの石となる可能性がある。
2)目下交渉中の諸問題
ここで今後の交渉に委ねられた問題点を整理すると次のようになる。
1.イギリスが共通関税をゼロにすることを要求した商品(アルミニウム,鉛,亜鉛,新聞紙など)。
2.英連邦からの加工食品輸出(オーストラリアの果実,罐詰,ジュース粉など)。
3.英連邦からの温帯性食糧問題の一部 (EECの価格政策過渡期の取扱い)。
4.イギリスの農業問題のうち,園芸作物,豚肉,卵などの取扱い。
5.EEC農業共同基金の資金問題。
以上のようにこれまでの交渉過程でかなりの問題が解決されており,少なくとも純経済的な観点からみれば交渉の成立まであと一息という,感じであるが,何分にもイギリスのEEC加盟問題についてはフランス側の政治的思惑がからんでいるので,交渉の前途は必ずしも予断を許さない。