昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第2部 各論

第2章 ヨーロッパ

2. イギリス経済―成長のための地固め

(1) 引締めの浸透

61年夏にイギリスは重大なポンド危機にみまわれ,公定歩合の大幅引上げ,増税,政府支出削減,賃金凍結などきびしい緊急措置を断行したことは周知のとおりであるが,このような短期的な引締め措置と並んで長期的な構造政策を打ち出し,さらに経済の体質改善のためEEC加盟に踏みきった点が注目された。そこでこのような政府の緊急措置がどのような効果をもたらしたか,またどのような問題点をのこしているかを,とくにポンド危機の根因となった国際収支の動向を中心に検討すると同時に,政府が打出した長期的な成長政策の行方をたどってみたい。

1)国際収支の改善

引締め措置により国内の経済活動が次第に沈滞化した反面で,国際収支は著しく改善されてきた。すなわち,IMFからの借入れ(15億ドル)による金外貨準備の直接的補強と公定歩合の大幅引上げによる高金利とが効を奏して,早くも2月には短資の流出がとまり,逆に大量の短資が流入してポンド相場も回復した。61年末までにバーゼル協定にもとづく債務約3億ポンドとIMF借款1億5,000万ポンドの返済も行ない,一応ポンド危機は回避された。その後金外貨準備はひきつづき増加し,62年7月末までにIMF借款を完済してなお同月末の準備額は約29億ドルに達したが,これは前年同月にくらべて約4.6億ドルの増加であった。

このような金外貨準備の急速な改善と並行して,基礎的国際収支も次第に改善されてきた。すなわち,1959年以来赤字化していた基礎的国際収支は,61年第4四半期から黒字化し,62年上期には約55百万ポンドの黒字を出した。これは経常勘定と資本勘定双方の改善によるもので,貿易収支の赤字額は61年下期から62年はじめにかけて縮小し,62年第2四半期には黒字化した。このような貿易尻の改善は,最初は主として輸入の減少によるものであったが,最近は輸出の増加が改善の主因となっている。また貿易外収支の黒字幅も62年にはいって再び増加傾向をみせ,経常収支の改善に寄与したが,これは主として海外利子,利潤送金と石油,海運収入の増加によるものである。長期資本取引尻も61年末から62年はじめにかけて黒字化して注目をひいたが,これは主としてポンドの信認回復にともない大量の対英証券投資があったからである。その後は株式市場の沈滞のため資金力が引き上げられて,長期資本取引尻は再び赤字となった。

(2) 引締め緩和と経済刺激策の実施

1)引締め措置の緩和

政府は61年10月以来62年4月まで公定歩合を0.5%ずつ5回にわけて引下げて4.5%という緊急対策以前の5%を下回る線までさげてきた。かかる公定歩合の引下げは,最初はドル防衛に対する協力という意味合いが強かったが,その後は前述した国際収支の改善を背景とする引締め緩和へ重点が移行した。3月末には賃金凍結が解除され,4月の62年度予算はしぶい「中立予算」であったが,その後5月末頃から特別預金率の引下げ,賦払購入の規制緩和などと緩和措置が漸次実施された。しかし,かかる緩和措置にもかかわらず国内の経済活動はいぜん停滞的であったため,政府も積極的な刺激策をとることを決意し,その第一弾として9月下旬から10月はじめにかけて,(1)特別預金率の再引下げ,(2)市中銀行に対する貸出し制限の解除,(3)戦時中の強制貯蓄の特別払戻し,(4)公共投資の増額などの措置を発表した。しかしその後景気情勢はあまり好転せず,かえって失業者の増加をみるなど緊急な対策を必要とする情勢になったため,さらに11月はじめ次のような思い切った景気刺激措置を発表した。(1)民間設備投資促進のための投資控除率(Inve-stmentAllowance)の引上げ(機械設備など資本財は現行の20%から30%へ,工業用建築物は10%から15%へ),(2)自動車の購買税の大幅引下げ(現行の45%から25%へ)。このうち投資控除率の引上げは,全般的に設備が過剰ぎみな現状で(よ,直ちに投資需要を増加させるとは考えられないが,63年に予想される民間産業の投資減少の幅を小さくするのに役立つだろうし,なによりも長期的な投資促進策として注目され,その意味では目前の景気刺激策といわんよりはむしろ政府の長期的成長政策の一環とじて重視すべきであろう。また自動車の購買税引下げは自動車の売行きを著しく刺激し,ひいては鉄鋼などの関連産業に好影響をもたらすであろう。

いずれにせよ,こんどの措置は,成長政策の推進に対する政府の決意を具体的に示したものとして,産業界に対する心理的効果が大きいと思われる。

(3) 安定的成長政策の推進

前述した金融,財政上の刺激策のなかにも当面の対策というよりむしろ長期的な成長政策とみtれるものが含まれているが,いずれにせよこのような需要刺激策によって国内の経済活動を上昇させるとともに,景気上昇が従来のように賃金,物価の悪循環や,国際収支難を招かないような体制をつくりあげる必要がある。このいわば安定的成長の手段として打ち出されたものが,賃金政策と経済計画にほかならない。もちろんこのほかにEEC加盟もまた貿易構造の重点を成長市場たるEECへ転換させるとともに,競争の原理を国内に導入して経済体質の改善をはかることで安定的成長を達成しようとすのであるが,このEEC加盟については後述することとして,ここではとくに賃金政策の確立と経済計画の策定とについて述べることとしたい。

1)賃金政策の確立

61年7月のポンド危機の際とられた「賃金凍結」措置はコストインフレを抑えるための一時的措置であったが,62年3月までに一応所期の目的を達成したものどされて,4月以降は「賃金指標」政策が実施された。この政策は,政府が一般めな適正賃上げ率(賃金指標)を発表して,賃金交渉の当事者である労使双方および仲裁機関に協力を求めるというものであるが,「凍結」ほど有効ではなかったようである(62年の賃金指標は2~2.5%)。

それはともかく,この「賃金指標」は国民経済全体としての一般目標であって,この一般目標を個々の産業の賃金に画一的に適用することは必ずしも現実的とはいえないので,かかる一般目標の枠内で個々の産業の賃上げ問題について適正な判断を下す独立の機関が必要とされ,62年7月にかかる機関として国民所得委員会(National Income Commission)新設の構想が明らかにされ,最近,一部委員の任命が行なわれた。

2)経済計画の策定

政府は安定的成長政策の一環として長期経済計画の策定を重視し,そのための機関として国民経済発展審議会(NEDC)が62年3月発足した。これは「経済全般のバランスのとれた予測と計画」を行なうことを任務とするが,政府および労使代表と学識経験者で構成される。

NEDCは1961~1966年間の成長率を年平均4%とする暫定的な長期経済計画を発表した。これは1950年代の年平均成長率2.5%にくらべてきわめて野心的な目標だといえる。この目標の達成のためには,投資の平均1増加率が6.2%,輸出の増加率は5.7%でなければならず,いずれも1950年代の平均を大きく上回っている。このような投資や輸出の大幅増加のためには,EEC加盟によるイギリス経済の体質改善が前提条件となろう。

第2-20表 イギリスの国際収支


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]