昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


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第2部 各論

第1章 アメリカ

2. 経済成長をめぐる問題とその対策

(1) 戦後の経済成長過程とその帰結

アメリカ経済は61年春に戦後第4回目の景気回復を始めてから1年半にして,早くも景気上昇がほぼ止まり横ばい的になった。これからみると,景気上昇は比較的早く終り,今回もまた,拡張期間の短縮が実証されるのではないかとの懸念が強まってきた。事実,49年以降の景気循環は第1-9表にみるように最近ほど拡張期間も下降期間もともに短縮しつつあり,もし,63年春以前に景気局面の転換が起れば循環期間の短縮化傾向は今回もまた事実によって証明されよう。

各循環の振幅も57~58年景気後退時の収縮率を除き全体として小幅化の傾向にある。

しかし,景気循環期間の短縮化あるいは景気変動の減衰化がすぐ経済成長率の低下をもたらすであろうか。これらの傾向の間には直接的関連がないし,統計的にみるかぎり,最近の成長率は必ずしも50年代後半から鈍化していない。

第1-10表にみるように,49年から62年度(61年7月~62年6月)までの13.5年間の平均成長率は年率3.4%(実質)であるが,朝鮮動乱終了後の54年以降の8.5年間は年率2,7%で,とくに,57~58年景気後退を含む前後3年間の成長率が低くなっている。

このことはまた,短期循環を中心としてみた第1-11表からも明らかである。61~62年の回復・上昇過程の増加率は,景気の底からの増加率でみると58~59年とともにもっとも低いが,前循環のピークからの増加率あるいは前循環のピークを上回るまで回復してからの増加率はかなり高い。このため,たとえ,63年に景気後退が起ったとしても,この後退が60~61年後退程度であれば,二つの短期循環を含む58~63年の成長率は54~58年を若干上回ろう。

以上から,49年以降のアメリカ経済の成長過程はつぎのようにいえよう。

現在のアメリカ経済は戦後49年に始まる第4回目の短期循環過程にあるが,その間の成長率は朝鮮動乱期の高成長から漸減して,57~58年後退をはさむ前後3年間に戦後の最低となった。だが,その後の成長率は62年第3四半期まででみるかぎりわずかながら回復している。

したがって戦後アメリカ経済の成長の波を中期的視点からみると,つぎのようにいえよう。第2次大戦下の戦時経済から平時経済への調整が49年前半までに終り,同年から新たな成長の波が始まったとすれば,この波は53~54年の景気後退をへて58年まで続いたが,57~58年の設備投資急減を起動力とする景気後退で終った。

この9年間の過程で50年までの成長推進力は主として耐久消費財および住宅建築の戦後需要であり,50年から53年までは朝鮮動乱による財政支出増にあった。53年の朝鮮休戦成立前後から財政支出は急減しはじめたが,代って,朝鮮動乱中に抑制されていた耐久消費財と住宅建築が再び主な成長推進力として登場した。

だが,これらに対する需要は55年までに一応充足されて55年央以降の増加率は著しく緩慢化した。しかし,55年央から固定投資が主な推進力となり,55年央から57年央にかけて活発な設備投資が行なわれた。このため,供給力の増加が需要の増加を大幅に上回り,53年頃をピークに低下傾向をみせていた投資の産出効果は56~57年に著しく低下し,設備過剰と操業率の低下が目立つようになった。こうして,設備投資の増勢も止まり,成長力はほとんどすべての民間経済部門で著しく減衰した。加えて,一共和党政権は安定政策の見地から緊縮財政と金融引締めを実施したため結果として成長を抑制した。

かくて,アメリカ経済は57年秋の景気後退へと進んだのである。

50年代末期から始まった新かな成長の波は60~61年の軽微な景気後退により一時中断されたものの現在なお進行中である。だが,この時期の成長は主として財政支出の主導する成長であるという点に特徴がある。

58~59年の設備投資急減とその後の低投資によって,投資め産出効果は若干回復しつつあるかにみえるが,操業率を回復させるまでには至っていない。さらに,コスト増と販売競争激化の両面から売上高利潤率の低下傾向が強まり,期待利潤も低下した。新たな生産技術や新たな耐久消費財の開発がなかったこともあって設備投資意欲は弱く,60~61年の経験にみるように,政府が引締め政策を実施すると投資を中心に上昇力が腰折れになるという特徴を備えるようになった。

さらに,57~58年景気後退期にもアメリカの卸売物価が下落せずにかえって騰貴した。この間,西欧と日本の企業の競争力向上はめざましく,アメリカ企業の国際競争力は弱まった。また,高利潤を求めてアメリカ資本の西欧と日本向け資本流出が増加した。このため,58年以降,アメリカは国際収支改善とドル防衛とを推進しながら成長しなければならないという条件の下に置かれるようになった。

(2) 高圧経済から低圧経済へ

49~58年の一つの成長の波をへて,アメリカ経済は需要超過的状態から供給超過的状態へと移行した。

いま,需要超過的状態を高圧経済,供給超過的状態を低圧経済とよべば,アメリカ経済は明らかに56年ごろに高圧経済から低圧経済に移行したといえる。

この原因は,すでにのべたように,端的にいって需給バランスの逆転にある。

50年代末期以降,耐久消費財と住宅需要の伸びは若干回復し,固定投資もそれまでの減少傾向から緩慢な回復傾向に変って,成長率はわずかながら高まった。だが,55~58年に生じた供給能力が需要を上回るという傾向は解消されていない。

このようなアメリカ経済体質の変化にもとづく個々の現象は,すでに過去3回の「世界経済の現勢」で個々に指摘してきたが,要約すると一応つぎのようにいえよう。

第1に,需要増加鈍化の主要指標として耐久消費財支出-とくに乗用車-と住宅建築支出の動きがあげられる。

乗用車の国内向け工場出荷台数は,55年まで循環的に変動しながらも増加して,同年には賦払信用条件の大幅緩和などもあって767万台に達した。しかし,その後は再び55年水準を上回った年はなく,第1-12表にみるように62年型車の国内向け工場出荷台数は61年10月~62年9月に651.9万台と55年型車以来の好調さを示してはいるが,なお55年型車の同期(54年11月~55年10月)の出荷台数739.9万台を12%も下回る。その主な理由は,乗用車の普及率が50年の全世帯の55%から55年の71%に上昇したのち,61年の76%へと上昇率の鈍化がみられることに加えて,乗用車の平均使用年数が10年近くに達していることや,より多くの消費者が新車の約3分の1の値段の中古車を購入するようになったことにある。アメリカでは,61年現在,すでに乗用車の登録台数が6,327万台に達しているので,今後,低所得層の新車購入に非常に有利な条件ができて平均使用年数の短縮が起らないかぎり,新型乗用車生産を成長推進要因として期待できないのではなかろうか。

住宅についても,全世帯の40%近くが居住する貸家,貸室の空室率は,50年の2.6%から56年の5.6%,62年の第1四半期の7.7%へと漸増しており,とくに,多室用高級アパートの空室率が高まっている。にもかかわらず,62年春から秋にかけての住宅建築着工件数は戦後最高を示したが,これは不動産業の利潤が比較的高かったため遊休的資金がアパート建築を中心とする賃貸用住宅建築に向けられたためである。だが最近では住宅の賃貸料も低下傾向にあるので,60年代後半に予想される新世帯形成増加期まで住宅建築を活況づける要因は少なくなったといえよう。

第2に,需要の伸びが低く,生産能力が慢性的に過剰気味であるため,投資活動が不活発で,固定投資率は低下しつつある。54年価格でみて国民総生産に対する固定投資率は54~57年平均の9.9%から59~62年上期平均の8.6%へと低下し,この間に実質固定投資量は若干減少した。とくに,製造業固定投資の減少は大きく,商務省・証券取引委員会合同の投資調査によれば,62年の工場設備投資は57年水準を時価でわずかながら上回る予定であるが,製造業のそれは62年に148.0億ドルと56年(149.5億ドルおよび57年(159.6億ドルを時価でも下回り,実質では57年水準を15%前後も下回る予定である。これは全製造業平均の操業度(1950年=100)が55年末の92%から漸減して59~61年には80~81%で低迷していることなど,大部分の業種で過剰能力が累増し,能力拡張的投資機会が大幅に減退しているためである。とくに,耐久財製造業の設備投資は62年に71.5億ドルと56年(76.2億ドル)および57年(80.2億ドル)を大きく下回り,実質では57年を17%も下回る予定である。戦後における設備投資の停滞(不変価格でみると,製造業の設備投資は10年前後を周期とする変動を示しているが,47年と60年を比較すると13年間に5%程度しか増加していない)による投資財需要の停滞に加えて,50年代後半には耐久消費財需要の伸びも鈍ったためである。

第1-8図 操業度と国民総生産に占める利潤のシェア

第1-13表 工場設備投資

設備投資の停滞のほか自動車と住宅需要の増加が鈍化したため,代表的資本財産業たる鉄鋼業の生産水準は55年水準に回復することなく,製鋼部門の操業率は55年の93%から62年には60%程度までに低下すると予想される。

しかし,58~61年の低投資によって,製造業の能力拡大は緩慢化したので,60年代になってからの製造業投資の産出効果はかなり回復しつつあり,また,産業全体の操業率も下げ止まっているので,合理化投資の余地はかなり大きい。したがって投資優遇策によって期待利潤が高まってくれば,需要拡大につれて,設備投資が増加する可能性はある。

第3に,消費需要と設備投資の増加が緩慢で,加えて設備投資は合理化投資を中心に労働節約的投資が多いため,労働力の利用度は低下し,失業率が上昇している。財貨需要の相対的停滞は,直ちに,財貨生産に従事する労働力需要を停滞させるとともに,企業に売上高あ停滞,利潤の伸び悩みを生じ,この解決策として企業は合理化投資をおし進める。合理化投資はさらに財貨生産に従事する労働力需要を二次的に減少させる。この結果,財貨の生産部門,とくに製造業の就業者数は53年の1,755万人をピークに60年の1,676万人,62年1~9月の1,672万人へと減少した。とくに,製造業の生産労働者数はこの間に12%以上も減少した。鉱業と運輸業も同傾向を示している。これが労働力人口の増加と相まって,商業,サービス業および公務従業者の増加にもかかわらず失業率を上昇させる原因となっている。

失業率は53年上期の2.7形から57年上期の4.1%,62年上期の5.6%へと上昇した。

第1-9図 アメリカの失業率

第4に,アメリカ経済が高圧経済から低圧経済に転化したため,国内の利潤率が低下し,高利濶を求めて資本の海外流出が増加しつつある。国内法人企業の売上高利潤率(税引)は,50年の4.9%から55年の3.5%,61年と62年の2.7万へと低下し,他方,海外への純資本流出額は54~55年平均の36.O億ドルから56~59年平均の55.8億ドルに増加したのち,60~62年上期平均には69.8億ドルに増加した。60年以降の資本流出増加の過半は短資流出にあるが,民間長期資本と政府資本の流出も欧州を中心にかなり増加した。

資本流出の増加はアメリカ経済の低圧化の現われであるが,このような資本流出の増加自体が逆に国内の国際収支や雇用に悪影響を及ぼし,アメリカ経済の低圧化に拍車をかけている。

(3) 安定的成長のための経済政策

ケネディ政府の経済政策の特徴は,大きくいって,次の四つにある。第1は財政支出の増大,第2は固定設備償却期間短縮などの投資需要,直接的刺激策,第3は全面的税制改革にみられる消費需要刺激策,第4はガイド・ポストにみられる成長のための長期的な賃金物価政策である。これらがすべて,安定的成長政策につながることはいうまでもない。以下,主な経済政策を簡単にみていこう。

1)財政支出の増大

50年代末から現在までの約3年間,アメリカ経済の成長率はわずかながら高まっているかにみえる。しかしとの上昇の約3割弱は財政支出増加によるもので,民間経済部門内部の成長力回復によってもたらされたとは必ずしもいえない。そこでこの間の財政支出増加の特徴を簡単に指摘しておこう。

第1に,上記の如く1959年第2四半期~1962年第2四半期の間に財政支出増加分が国民総生産増加分に占める割合は3割弱にも達し,一般に財政支出が国民総生産に占める割合(約2割)をはるかに越えていることである。軍事支出増分も国民総生産増分の11.1%といぜんとして高い割合を示している。

第2に,従来は戦争期を除くと,財政支出は景気下降期ないし回復期に増大していたが,今回はそれが1961年以降の景気上昇期にも増大していることである(第1-10図参照)。これは財政支出が「呼び水」的性格からますます恒常的なスペンディング・ポリシイとしての性格を強めていることを意味する。

第3は,第2とも関連するが,一般に,従来は好況時に財政は黒字となるのが普通であったが,1961~62年の景気上昇期には赤字がしかもかなり大きな赤字(平和時では1959年財政年度に次ぐ大きさ)が生じていることである。

以上は財政支出が現実に国民総生産の増大に寄与した面であるが,このほかケネディ政府は民間経済を刺激するために次のような成長政策をとっている。

2)設備投資刺激策

政府は,1962年7月11日,固定設備の償却期間の施行規則を発表し,即日施行した。それによって,機械設備の平均耐用年数が現行の19年から30~40%がた短縮されて約12年となり,西欧並みとなった。耐用年数一覧表は品目別から産業別に簡略化された。

また9月には61年来の懸案だった投資減税法も可決された。それによると,一般の新規機械設備については,耐用年数8年以上のものは7%,6~7年のものは購入費用の2/3の7%,4~5年ものは購入費用の1/3の7%が減税される。ただし,2.5万ドルまでは全額控除になり,2.5万ドル以上はその25%控除になる。なお本法施行は62年1月で,くり越し控除有効期間は5年間である。これによる1963財政年度の連邦財政の減税額は12~13億ドル程度といわれる。

3)金融政策

1961年以降連邦政府の公債政策は,(1)金流出を防ぐための短期金利の上昇,(2)長期利子率は経済拡大のため低利にする,という方針の下に行なわれている。この目的にそって,財務省は赤字補填のためには主として1年以内の短期債を発行し,連邦準備銀行も長期金利を低位におくために,購入の場合は5~10年の長期債暴を相対的に多くし,販売の方は短期債券を相対的に多くしている。

このような政府の公開市場操作による長期資金の低金利政策に加えて,FHAの担保信用の最高金利を5.75%から5.25%へ下げて,金利に比較的敏感な住宅建築を刺激しようとしている。また,FNMA(連邦抵当債協会)も従来以上に積極的にFHA保証の抵当債を売買して住宅金融の円滑化をはかっている。

4)人的能力開発政策

上述の成長政策に加えてケネディ政府は人的能力開発による成長政策をうちだしている。

つまり教育・訓練といったマンパワーポリシイないし労働市場政策(La-bor Market Po1icy)は,非熟練労働者の中に高い失業率がみいださ卆ることから,また新規労働力の訓練という点からとりあげられている。政府は,労働者訓練養成法や青年雇用促進法,失業者再訓練法の制定を意図したが,これらの法案は比較的順調に議会によって承認された。

5)全面的税制改革の動き

以上みてきたような償却期間短縮令,投資減税法,長期金利低下政策などは,他の条件を不変とすれば,それだけ投資を促進する要因となりえよう。

だが,それが現実に有効な投資刺激策となって投資需要が増大するには,売上げ増加による期待利潤の一そうの増大なしには不可能であろう。というのは,もしこのような期待利潤の一そうの増大がなければ,企業の自己金融化が進んでいる現在,長期利子の低下は投資需要にほとんど影響をもたないであろうし,償却期間短縮令も操業率の低い現在,利潤の一部を課税対象から非課税対象の減価償却へのくみ入れにとどまって投資需要を刺激することにはならないかもしれないし,あるいは利潤の再投資の一部分が減税の対象となっても期待利潤の増大なしには投資需要は十分進展しないかもしれないからである。

とすれば,上の諸政策とともに,売上高の一そうの増大をもたらす消費需要の増大こそが成長政策の要となる。とくにアメリカが耐久消費財中心の産業構造をもっているのであればなおさらである。

63年1月から実施を予定されている全面的税制改革が果してうまくその要となりうるかどうかは,それが主として高額所得層の減税にむけられるかあるいは主として低額所得層の減税にむけられかにかかっている。アメリカ経済における自動車需要の一巡といってもそれは年額4,000-ドル以上の比較的高額所得層および中間所得層における一巡にすぎないからであり,低額所得層の大幅な減税はおそらく社会全体の消費性向を高め特に耐久消費財に対する需要を増大させるだろうからである。

この全面的税制改革の一般的な内容は,個人所得税率を現行の最低20%~最高90%から最低15%~最高65%にし,法人所得税を最高52%から数ポイント軽減するものであるといわれている。これによる減税額は数十億ドルに達するようだ。

6)予算編成方式改革の動き

この全面的税制改革は他方では連邦財政の赤字増大要因となるが,ケネディ政府は,1958~60年の連邦財政が景気の回復期間を短命(失業率が4%に減少する前に景気下降にはいるといういみで)に終らす極めて制約的なもの(経済成長にとって)だったとし,その原因を完全雇用時点で生じる財政上の黒字(Full Emplogment Surplus)が大きいことに求めている。この全面的税制改革は当然そのFull Employment Surplusを小さくし,それたけ景気刺激策となろう。

こういった減税措置は恒常的なスペンディング・ポリシイと相まって政府財政の赤字をさらに大きくする傾向にあるが,ケネディ政府は予算上の新しい計算方式(ヨーロッパ流の)を導入することによって,従来の計算方式の下で生じる赤字を減少ないし黒字に変えようとしている。

予算概念別に主要な相違を表にすれば第1-14表のようになる。

大統領が年頭に議会に送っているのは第1の行政予算(Administrative Budget)で,ニューディール期以前からある伝統的な予算概念である。したがってそれは1930年代に導入された社会保障金やハイウェイ・トラストファンドを予算から除いており,そのため全政府活動の4/5しか含んでいない。そこで国庫収支勘定による予算概念(Cash Budget)では上述のトランスファンドをくみいれて全般的な財政活動がとらえられる形になった。しかしこの予算概念は貸付項目を財政支出項目の中に含んでいるので,国民所得計算にもとづく予算概念ではそれを除いている。他方,税収入は,その徴集時よりも税が帳簿上の負債として記入されたときすでに経済的効果(たとえば投資決意に影響を及ぼすという)をもつものとして課税時(accruals)方式がとられた。支出項目から貸付が除かれ,収入面で徴集時ではなく課税時方式がとられたことはそうでない場合よりーそう赤字を減らす計算方法であった。今度の新しい計算方式の目的は,支出項目から更に資本支出をもとり除こうとすることにある。資本支出は,収入を伴うから一般の経費支出とは異なる取扱いが必要だというのである。この新しい計算方式によって従来の赤字は変じて黒字になり,財政上の赤字からくるインフレーション不安やドル不安を一掃しようというのである。

7)賃金・物価政策としてのガイド・ポスト-ケネディ政府の新しい「安定」政策

以上みてきたような予算編成方式改革動きもさることながら,ケネディ政府は長期的経済成長率を高めるために,物価・賃金の安定のための政策をうちだした。それはインフレによる対外競争力の弱化をおそれた成長のための安定政策である。しかしそれは共和党政権下の物価政策とは異なっており,その点は「非インフレ的な労賃および物価のピヘイピアのためのガイド・ポスト」という概念に端的に示されている。

従来の安定的経済成長政策における「安定的」とは,景気循環の変動による振幅を小さくし(不況をできるだけ軽微なものにし,そのために好況の過熱を避ける),それによって不況による極端な失業の増大を未然に防ぐことにその本来の目的があったといってよい。このような景気循環の安定政策は,やがて社会主義諸国やヨーロッパの「持たざる国」の経済成長への対抗策と一体化されることによって,単に失業者の増大を予防するのみではなく生活水準の一般的向上をめざす安定的成長政策へと発展するのである。

ところがアメリカのそのような安定的成長政策は少なくとも結果的には,はじめからインフレーションなしには進展しえなかった。だが,そのインフレーションは必然的に労働者の賃上げ要求を鋭いものにした。主要な寡占的産業の資本家と労働者の間にいわゆるスライド方式による賃金設定が行なわれたのもそのためである。それはインフレーションを前提にした協定といってもよかった。

ところがアメリカのインフレーションを伴うかかる安定的経済成長策は,まさにその政策や経常勘定の黒字を上回る資本勘定の赤字継続や西欧諸国の著しい経済発展のために,ドル不安・金流出の危険にさらされるに至った。

インフレーション自体がそれがマイルドなものであろうともはや以前のように容易には許されなくなったのである。かくて国際収支の赤字,金流出はアメリ力政府に国家的利益(NationalInterest)を強調させる直接の動機となった。

アイゼンハワー政府が成長よりも物価の安定に重点をおき,財政・金融政策のひきしめによって,景気安定策をとったのも主としてそのためである。

だが,そのような政策はアメリカ経済の成長を阻害するものであった。成長政策を財政金融政策によって強力におしすすめつつ,しかも物価の安定をはかるこどがケネディ政府にとって至上命令となったのである。

これがケネディ政府の新しい安定的成長政策登場の背景である。それは次の2点において従来の安定政策と決定的に異なっている。

第1は,それが,寡占体における管理価格,労賃の動きこそが物価水準に決定的な影響をもっているという考えにたった政策とみなしうる点にある。

その考えがアイゼンハワー政府の単に財政金融政策による安定政策とは違った政策を必然的に要求することになる。

第2ば,政府が卸売物価のマイルドインフレーションを否定し,その手段として労賃の上昇を生産性の上昇内におさえようとしている点にある。それは政府が従来とは違って,インフレーション抜きに財政政策を行なうためにいわば直接的に賃金および物価安定といった資本家と労働者の間の売買関係に介入することを意味する。換言すれば,安定政策は,景気変動の安定という面(それは必ずしもインフレを否定はしない)に更に物価の安定という面が加わり,したがってまた労賃の生産性上昇内の「安定的」上昇という政策に重点がおかれてきたのである。

それは,従来の多かれ少なかれインフレーションを随伴した安定的成長政策からインフレを随伴しない安定的成長政策へ変じようとする場合の当然の帰結といってよい。だが,ケネディ政府のかかる新しい安定政策が成長政策上両立しうるかどうかは今後の推移にまつほかはない。

以上がケネディ政府のガイド・ポストという概念のもつ経済的意義である。ではそれはどういう内容のものであろうか。

それは,すでにのべたように非インフレ的賃金および価格ピヘイピアのためのガイド・ポスト(Guidepost for Noninflationary Wage& Price Be-haviour)であり,しかも資本家と労働者の間の関係に関するというより,全社会に関するガイド・ポストであるという点が強調される。その方法は生産性という視点から賃金と物価の関係を定めることであり,現在資本家と労働者が付加価値中に占めるシェアをそれぞれ一定とすれば,生産性上昇内の賃金上昇は許され,もし賃金上昇が生産性上昇にみたなければその分だけ物価は下落すべきものとされる。これが一般的なガイド・ポストである。

だがその適用は,たとえば次のような産業に対しては修正されることになっている。つまり,(1)有能な労働者が流入してこない産業や地方の労働市場で団体交渉が弱いために賃金率が低い産業では労賃が生産性以上に上昇してよい。(2)これに対して一般的な完全雇用の場合にも過剰な労働者をかかえているような産業や,団体交渉力が強いために他のところより高い賃金率をえている産業では労賃上昇が生産性上昇に及ぶ必要はない。他方,物価のほうをみると,(3)利潤水準が低くて必要な資本調達ができない産業や労働以外のコストが上昇している産業では価格を高めに維持してよい。(4)これに対して生産能力と完全雇用需要との関係でその産業からの資本流出が望ましいことを示している産業や,労働コスト以外のコストが下っている産業および市場の需要圧力が強くて利潤率が極めて高い産業は価格を低めに定めるべきだ,とされている。

以上がケネディ政府のガイド・ポストの概要であるが,それには政府自身も指摘しているようにいろいろな難点が含まれている。その難点は大きく分けると次の三つである。第1は,生産性の測定に含まれる難点である。それはどの期間について生産性を測定すべきか(短期間だと景気循環に大きく左右され,長期間をとりすぎると生産性上昇傾向の段階的発展が無視される)という難点であり,更には,産出や労働投入の測定は産業上,企業上の相違から統一したものがえられないという難点である。第2の難点は,資本家と労働者のそれぞれが付加価値中にしめるシェアについても正しい基準はえられないということである。そのシェアは歴史的に固定していたわけでもなく,現在のシェアが正しいわけでもないからである。第3の難点は,各産業の労賃と価格との動きは生産性以外の諸要因によっても左右されるということであり,上述の産業ごとの修正が必要になる。だがその修正自体がうまくいくかどうかの保障はどこにもない。

以上のガイド・ポストにみられる三大難点は,そのままガイド・ポストの実際面での限界を示すものであろうが,ケネディ政府はこの論理を背景に62年にはいって資本家と労働者との間に実質的に介入するようになった。その顕著な例が62年4月の業界の鉄鋼価格引上げに対する措置であるが,今後この論理がどのような形で貫徹されていくか興味のあるところである。

ケネディ政府はそのガイド・ポストを円滑に運用するために62年6月,労働者,経営者,およびその他の社会的指導者からなる会議を開き,労使間の共通不利害を強調した。特に前労働長官ゴールドバークによる自由な団体交渉の「責任」の力説は,上述のガイド・ポストの線にそうものである。それはあくまで生産性上昇を通して世界市場での競争に勝ちぬくことが目標とされているのである。