昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


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第1部 総論

第5章 国際流動性増強をめぐる国際協力

2. 国際流動性増強の方向

キー・カレンシーたるドルやポンドの補強の問題に関しては,1960年秋に発生したドル不安を契機として,これを国際的に解決しようとする機運が高まってきた。すなわち,1960年秋,米欧金利差の拡大から大量の短資流出が起きたとき,アメリカはイングランド銀行その他主要国中央銀行の協力を要請して,公定歩合の引き下げをはかり,また1961年春のポンド不安時には西欧主要中央銀行間のいわゆるパーゼル協定で,ポンドの暴落を防いだ。また西欧諸国の中央銀行はアメリカの金流出を緩和するため1960年以来ニューヨークでドルを金に交換することをなるべく自粛するという方針をとっているようである。

このような通貨面における直接的な協力措置は過去1年間にも著しく進展し,バイ・アメリカンの強化,海外軍事支出の削減などアメリカ自身の努力や,欧大陸諸国の共同防衛費の増額,米英に対する軍需品発注,債務の早期返済,低開発国援助の肩代りなど,いわば間接的なドル防衛協力措置と相まって,ドル不安の鎮静に大きな効果をあげた。

いま過去1年間における直接的な通貨協力措置の主なものをあげると次のとおりであるが,このうち金プールとスワップ協定はいわば中央銀行間における協力措置であり,IFMの補強は国際通貨体制の強化とみることができよう。

(1) 金プール

1961年秋にドル防衛の一環としていわゆる金プールが設置された。これはアメリカおよび西欧の中央銀行が手持ちの金を拠出(プール)し,イングランド銀行はその代理人としてこれを用いてロンドン金市場で操作を行ない,金相場の安定をはかることによってドル不安を鎮静させようとするものである。推定2.7億ドルの拠出額が実際に62年初夏のニューヨーク株式暴落後におけるドル不安の再燃にさいして使用され,金相場の安定ひいてはアメリカの金準備の擁護に役立った。また62年10月のキューバ危機直後の金相場の動きにもこの金プールの効果をみることができよう。またこのような金価格安定操作の一環として,西欧諸国政府はニューヨークにおいてのみならずロンドン市場においても金の買入政策を相互に調整するようにしている。

(2) スワップ協定

アメリカの財務省は外国為替市場でドル相場を維持するために1961年3月から外貨操作を開始し,多額の外貨を売ってドルを買い支えた。その外貨資金は,外貨の借り入れ,あるいは対外借款の返済を外貨で受けることによって確保した。62年2月以降は連邦準備制度もこの操作に大規模にのりだした。すなわち連邦準備制度は西欧諸国の中央銀行および国際決済銀行との間で双務的な協定を結び相互に信用を供与することで相手国通貨を持ち合い,それを外国為替市場で操作しドル相場の安定に少なからぬ効果をあげた。これがいわゆるスワップ協定である。これらスワップ協定の総額は現在までのところ約8億ドルに達しており,その有効期間は3ヵ月ないし6ヵ月となっている。

このような取極めは,いわゆるローザ構想といわれる協力体制の一部であって,その狙いはアメリカと西欧諸国が相互に相手方通貨を持ち合うことによって当面のドル不安を鎮静化し,かたがた国際流動性の増強にも役立てさせようとするものである。

(3) IMFの補強

IMFの機能も過去1年間にさらに強化されてきた。まず61年7月のIMF理事会において協定を弾力的に解釈して,資本取引に起因する国際収支赤字の補填にもIMF資金を利用できることが確認され,それによって従来経常収入取引の赤字のみを貸出しの対象としていたIMFの機能が大幅に拡充された。またIMFの貸出額も従来は加盟国の割当額を限度としていたが,最近は割当額の125%まで貸出すように弾力的に運営されている。

さらに62年.1月IMF理事会はIMFが日本を含む主要工業国10ヵ国から必要に応じて外貨を借入れられるような取極めを結ぶことを決定し,同取極めが62年10月から発効した。これは「一般借入れ取極め」とよばれるもので,いわゆるパリ・クラブである。一種のスタンドバイ・クレジット取極めであって,総額は60億ドル,有効期間は一応4ヵ年とされているが,延長が可能である。

同取極めは短資移動により国際収支が攪乱されやすい主要工業国10カ国を対象としたものであるが,実質的にはIMFの資金の増強となる。とりわけIMFの利用しうるドルおよびポンド以外の交換可能通貨の量がこれにより増強された点に重要な意義があり,将来アメリカが必要に応じてIMF資金を引出すことを事実上可能にしたものといえよう。

(4) モードリング案その他

以上述べてきた各国の国際通貨面における協力措置はこれまでかなり効果をあげてきたが,これらの措置は主としてキー・カレンシーの信認維持を目的としたものであり,そのかぎりいわば短期的または応急的措置であったといえる。

これに対して長期的な国際流動性増強対策はこれまでのところいずれも単なる机上プランにとどまっている。かかる長期的対策としては以前から金価格引上げ論やトリフィン案などがあるが,これらの案は現実的でないとして最近はやや影を薄めた感じであり,それに代ってローザ構想やモードリング案などが注目されている。これらはアメリカおよびイギリスの政府当局者による提案であり,しかも現行の金為替本位制を前提としている点で比較的現実的な提案だといえる。しかし細部においては種々な問題があり,その可否についてはなお慎重な検討を必要とするであろう。

まず,ローザ構想についていうと,その内容はさきの「スワップ協定」の項で説明したとおりであり,アメリカと西欧諸国との間で相互に相手国通貨を持ち合うことを骨子とするもので,当面はそれによってドルの信認維持をはかりながら,将来アメリカの国際収支が均衡化したばあいに積極的に国際流動性の増強に役立させようとするものである。

また,62年9月のIMF総会でモードリング英蔵相が提案したいわゆるモードリング案(相互通貨勘定案)は,案自体がかなり抽象的であるため,その解釈も必ずしも統一されていないが,大体において次のような狙いをもつもののようである。すなわちIMFに「相互通貨勘定」を設け,加盟諸国は国際取引または外国為替市場で入手した一時的に過剰な通貨を同勘定に預金することができる。この預金には自動的に金約款が付され,また将来預金国の国際収支が一時的に赤字化したばあいにそれを決済用に使用することができる。この預金はまた預金国の外貨準備の一部となる。これを要するに,モードリング案は現在のドルのような過剰な通貨に対する一般の不信感をIMFの金約款により解消することで国際通貨の安定を維持しながら,しかも国際流動性を増強しようという狙いを持っているが,この金約款の供与についてはアメリカが強く反対しており,今後の検討に委ねられることになった。

最後に指摘しておきたい点は,前述した一般借入れ取極めやスワップ協定,あるいはモードジング案などにおいて,ドルとポンド以外の欧大陸諸国の通貨が従来以上に積極的に活用されて国際流動性の増強に役立とうとしていることである。欧大陸諸国とりわけEEC諸国が高度成長の結果,世界経済に占める相対的な地位を高めてきたことに対応して,彼らの通貨がいまやキー・カレンシーたるドルやポンドの補足として国際流動性の増強に大きな役割を演じようとしており,このことは国際通貨体制の将来を考えるうえで多くの示唆を与えるものといえよう。EEC委員会は62年10月発表の「第2段階の行動計画」のなかでEEC準備基金の構想を発表し,将来のEEC準備通貨への意欲を示した。その実現までにはなお迂余曲折があるとしても,将来ドルと並ぶ新しい強力な基幹通貨の出現も予想されないことではない。


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