昭和37年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和37年12月18日
経済企画庁
第1部 総論
第4章 低開発国の輸出停滞と経済開発の方向
工業原材料についても,長期的にみたばあい,価格を圧迫する要因が需要と供給の両面にみられる。前者としては,技術革新による原単位量の減少と代替製品の出現をあげることができるし,また後者には,生産能力の拡大とアメリカおよびイギリスにおける戦略備蓄の累積が含まれている。技術の進歩は,工業原材料に対する需要の伸びをチェックし,供給能力の増大は,常に供給過剰を現出する可能性をはらむ。
このような価格圧迫要因は,第二次大戦後,特に朝鮮動乱後における特色として,早くから指摘されていた。しかしながら現実の価格動向をみると,景気の下降期には,先進国の景気循環的需要の減退が,需給のアンバランスを拡大せしめることによって大幅な値くずれを生じ,低開発国の経済に深刻な問題をもたらしたのであるが,景気上昇期には逆に循環的需要の増大が価格を立ち直らせ,数量効果と相まって,輸出の増大を可能ならしめた。
したがって,景気上昇期には工業原材料における構造的な価格圧迫要因は,一時的に隠された。1959年の東南アジアの輸出のばあいを例にとると,工業原材料の著しい価格騰貴によって輸出増加のテンポが,世界全体のそれを上回るという現象すら見られたのである。
上記の諸要因はその後ますます価格を圧迫する傾向を強めている。なかでも代替品の大幅な進出は一次商品輸出国に大きな打撃を与えようとしている。合成ゴム,合成繊維,合成洗剤などの分野においてかかる傾向が特に顕著にみられる。
合成ゴムのばあいは,1953年には87万トンにすぎなかった消費が1961年には192万トンと2倍以上にふえたのに対し,天然ゴムの消費は同じ期間中に166万トンから213万トンと3割弱の伸びに止まっており,この結果両者を合せたゴム消費量に占める合成ゴムの比重も,1953年の35%から1961年には47%にまで増大した。しかも合成ゴムの品質の向上は,従来天然ゴムでなければ使用しえなかった分野への進出を可能ならしめるようになった。
また合成繊維と天然繊維の生産増加率をみると,1951~56年平均の水準に対して,1961年に前者は4倍を越えているが,後者は13%の増加に止まっている。もちろん合成繊維の生産量自体は現在なお著しく少なく,繊維の総生産量の5%にすぎないが,近年の著しい生産増大が注目される(もつとも人絹,スフを加えた化学繊維全体では同じ期間に総生産の15%から19%に増加している)。このように代替の進行によって,工業原材料の需要の伸びが抑圧される傾向は次第に強まっている。
しかし,このような代替効果と並んで最近の原材料価格下落に決定的な影響を与えているのは,米英両2国の戦略備蓄放出である。この放出は戦略上の要請と財政負担軽減のために行なわれようとしているのであるが,この放出政策は原材料価格に極めて敏感に反映する。たとえば1959年にアメリカの上院において,備蓄物資の一部を処分する勧告が採択されただけで商品市場にスペキュレーションがあらわれたことを思えば,1961年の両国の放出が,該当物資の価格を強く圧迫していることも異とするに足らない。アメリカがその膨大な戦略備蓄の放出を完了するには,5年ぐらいはかかるであろうといわれているので,この面からの価格圧迫要因は当分の間取り除かれる可能性が少ないであろう。
このようにみてくるならば,最近の工業原材料価格の下落は,巣なる短期的,循環的なものではなく,長期的,構造的な問題に根ざしていることが明らかとなる。そして,景気の上昇期には価格上昇の陰に隠されていたこれらの要因が,今回の上昇局面では,反対に価格の下落を引きおこすことによって,表面に露呈されたのである。