昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1部 総論

第4章 低開発国の輸出停滞と経済開発の方向

1. 輸出停滞の実態とその特質

前章において,世界貿易体制の再編成がEECを中心とする工業国間の重化学工業製品の水平分業の発展という形で進行しつつある反面,一次商品に関するEEC域内貿易の拡大,英連邦内の低開発国のイギリス市場における特恵の喪失などが低開発国の輸出を圧迫する要因となってきたことを指摘した。最近の低開発国の輸出には,このような貿易体制の変貌から生ずる諸困難が存すると同時に,価格変動の面でも新しい変化があらわれ,これが一次商品輸出をますます停滞的ならしめる要因となっている。そこで本章では,そのような価格面における新しい変化の実態を明らかにし,これが低開発国の輸出にどのような影響を与えつつあるかを検討するとともに,このような現実に直面した低開発国の経済を発展せしめるためには,開発政策がどのような方向に進むことが望ましいかを考えてみたいと思う。

一次商品の価格を短期的な景気局面から考察すると,工業原材料と食糧や飲料とでは異なった動きをみせている。一般的にいえば,前者の価格が,先進国特にアメリカの景気循環の影響を受けて変動するのに対し,食糧や飲料の価格はかかる景気変動の影響を受けることが少なく,むしろ天候の変化などにもとづく供給側の要因に左右されることが多い。しかも,これらの商品は所得弾力性が低い上に,先進国における農業保護政策や低開発国の増産努力の結果,慢性的な供給過剰状態にあって,これが常時価格を圧迫しているために,最近では食糧の価格は極めて低い水準を低迷している。エコノミストの商品相場指数を商品類別に描いた第14図からも上の事情を明らかにすることができる。すなわち,食糧品の相場は1958年以降一貫して下降傾向にあるのに対し,ゴムや金属の工業原材料は59~60年の先進国の景気上昇期にその相場が上昇している。ただ工業原材料の中で繊維類の価格のみがこの期間中停滞し,1961年になって上昇しているのは,繊維産業の景気回復が遅れたためである。

上にのべた工業原材料の動きを工業原材料の輸出比重の大きい東南アジアを例にとって検討してみると,第14図についてのべた特色を一そう明確にすることができる。第15図は当庁作成の東南アジア商品相場指数とアメリカの工業生産指数とを対比したものである。東南アジア商品相場指数の中で工業原材料の占める比重は8割に達しているので,この指数を東南アジアから輸出される工業原材料に関する指数とみなすならば,われわれはこのグラフによって工業原材料の価格変動が,アメリカの工業活動を反映するものであり,しかもそれが東南アジアの輸出の動向を規制している姿を明らかにすることができる。

1957~58年の景気後退とこれに続く景気上昇期に典型的にみられたこのような傾向は1960年の景気後退の局面まで続いたけれども,1961年の景気上昇期には,従来と異なった動きが現われた。それはアメリカの景気が上昇局面にはいったにもかかわらず,輸出単価の上昇がみられないことである。これは工業原材料全般についていえるが,その中でも東南アジアの代表的な商品であり,景気に最も敏感なゴムについてその新しい動きを検討してみると次のようになる。

ゴムの輸出単価は従来,アメリカの景気上昇期に上昇し輸出数量の増加と相まって,ゴム輸出国の輸出額を大幅に増加せしめた。しかるに,1961年以降は,アメリカの景気上昇と,西欧の堅調な需要とにより,輸出数量は増加しているけれども,輸出単価が景気回復の初期にはこれに同調したもののその後反落したために,輸出の伸びが著しく停滞することになった。そしてこの傾向は1962年にはいってますます顕著になっている。このようにゴム価格の動きは最近における工業原材料の輸出単価変動の特色を最もよくあらわしているといえるである。

1961年の世界の輸出は前年に比して4%増加したのに対し,同じ期間中における低開発国の輸出増加は僅か1%にすぎず,その輸出は伸び悩んだ。その伸び悩みの原因は一次商品の輸出単価が全般的に軟調であったことに求められるが(ラテン・アメリカ,アフリカ,中近東,東南アジアのいずれの地域においても輸出単価は60年より下落している),その中でも特に工業原材料の価格が,先進国の景気上昇期にもかかわらず,大幅に下落したことが大きな影響を与えているように思われる。たとえば,低開発地域の中で工業原材料の輸出の比重の最も大きい東南アジアの輸出単価が他の地域より最も下落の幅が大きかった。その結果,東南アジアの輸出額は輸出数量に増加がみられたにもかかわらず60年より2%減少したのである。

このように工業原材料の輸出単価の下落は,これらの商品の輸出国をして,従来とは異なり,先進国の景気上昇期にも輸出増加を困難ならしめることになるのであって,低開発国の経済の将来に,極めて深刻な問題を提起することになった。そこで次にかかる価格下落の原因を検討しよう。


[次節] [目次] [年次リスト]