昭和36年

年次世界経済報告

経済企画庁


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第1部 総  論

第5章 国際通貨と国際決済問題の展開

3. アメリカの国際収支とドル価値

第2の問題は,「金」を補完すべきドルの価値に関連する。現状では,各国の国際収支差の短期的変動幅はかなり大きく,IMFの機能も制限されているので,どうしても各国が支払準備をためこもうとする傾向がある。金価格は固定され供給量も非弾力的であるので,各国はドルを蓄積してこの要請にこたえてきたのであるが,これはアメリカの国際収支が赤字でなければ起こり得ないことだ。アメリカは「金」産出国ではないから,これがつづく限りアメリカの金保有量に対して短期の請求権が増大して行き,ドルに対する「金」の裏付けが下がってくることは避けられない。これはトリフィンの指摘するとおりである。だがこの意味でのドル価値は通常の通貨価値とは全く異なる。すなわち,アメリカの経常収支は現行レート下において恒常的に黒字なのだから,ドルの現行レートが割高であるということはないといってよかろう。ドルが恒常的に流出するのは資本流出が経常黒字を上回る結果であって,これはドル切下げを必要とするものではない。

しかしアメリカの国際収支赤字がつづいたとしても,ドル債権の残高が世界の流動性増加の必要量を超えて急激にふえることがなく,しかも均等にバラまかれたとしたならば,1960年に発生したようなドル不信は,―いずれは起ったかもしれないが―もっと先に伸ばされていたであろう。何となればこの時期においては,アメリカの財貨・サービスを購入するためのドル価値が急激に下った(たとえば悪性インフレ)というような事態は起こらなかったのだから,この時に実質的なドル価値が下がったとはいえないからである。今回ドル不安の発生した原因は,ドル流出が急激であった上にこれが西欧地域に集中したため,低開発地域ではドル不足であるにもかかわらず西欧がドル過剰になったことにあった。第18図でアメリカの貿易収支(含サービス,除軍事援助)の長期的傾向をみると,1950~60年を通じて輸出入の傾向線はほとんど平行でありコンスタントに約24億ドルの黒字を示している。

これは,ドルの現行レートは割高ではないという事実の一つの証左であると思われるが,対西欧の貿易収支をみると第19図にみるように,その黒字幅は明らかに減少の傾向を示している。

これは,『1959-60年世界経済の現勢』に述べてあるように,アメリカと西欧との貿易構造の相違と両者の生産性格差の縮小傾向という構造的原因にもとづくものである。全体としての貿易収支黒字幅が一定なのに対西欧貿易の黒字がなくなったことはそれだけ対低開発国貿易の黒字が増大していることを意味する。

しかしこの黒字は,海外投資や余剰農産物供与や輸出代金のこげつき等の資本流出によって相殺される場合が非常に多いので,経常資本両勘定を一本にした国際収支バランスは,キャッシュの援助がふえるだけ赤字を増す傾向にある。一方対西欧収支では経常勘定の黒字がほとんどなくなっているので,海外投資の分だけ赤字がふえる傾向を持つ。かくしてアメリカは対低開発国,対西欧ともに赤字を増大させるのであるが,西欧は対米黒字の上に対低開発国勘定でも黒字を累積するので流れ出したドルは西欧に偏在してしまう。この傾向は 第20図でみることができる。このような基盤があるところへさらに経常収支の短期的逆調や短資の流出が起こった時は,西欧のドル過剰が著しくなり金あるいは他国通貨への投機を誘発するのである。


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