昭和36年

年次世界経済報告

経済企画庁


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第1部 総  論

第5章 国際通貨と国際決済問題の展開

2. 世界貿易と「金」

第1の問題は心配することはないと思われる。国際決済手段の必要量は,国内経済における国内通貨のばあいと異なり経済活動の水準に比例的にふえて行くわけではない。極端な例をとってみよう。各国の国際収支が常にバランスしているとすれば,その尻を決済するための「金」あるいはこれと交換可能の決済手段は不必要である。勿論経常および資本取引の総額が増大して行くにつれて各国の短期的な国際収支の赤字あるいは黒字幅はふえて行くだろうから,それを決済するための流動資産額もふえなければならない。つぎに長期的にみれば,ある国が恒常的黒字,ある国が恒常的赤字をつみ重ねて行った場合,前者がそのたまりすぎた流動性をはき出さない時に,後者が常に流動性不足に苦しむことになり,その国の輸入制限が世界に波及して世界貿易の不振を招くことを考えなければならない。

以上の,短期および長期の問題は金価格を引上げなければ解決できないであろうか?短期の問題は,しばらくたてば必ず収支バランスは逆転するのであるから,その間黒字国かIMFが与える信用の額を増してやれば解決するので,その都度「金」を動かして決済しなければならぬということはない。

長期の問題の解決はむずかしい。恒常的赤字国に信用を与えることはやがてそれが回収不可能になることを意味するからだ。しかしこれは元来,この国の輸出不振あるいは国内産業不振のための所得不足が原因であって,流動性不足が原因ではない。もし金価格を引上げて一時的に購買力をつけてやったとした所で,その構造が変わらないならば,やがてその「金」は外部に流れ出してしまって前と同じ状態にもどるだろう。

すなわちいずれの問題についても,金価格引上げは必要でないかあるいは問題の解決にならないのである。

これに対する対策としては,短期対策と長期対策がある。短期的には,各国の国際収支差の短期変動を迅速に調節すること,IMFその他による短期融資を拡大強化することが必要であろう。また長期的には,先進国で恒常的黒字あるいは恒常的赤字の傾向が著しい場合には為替レートの変更が手段となるだろうし,低開発国の恒常的赤字に対しては,先進国が資本援助を積極的に行なって産業構造の改善を推進する以外に方法がない。

これ等の政策がうまく行なわれれば,世界貿易は「金」の助けを借りずに伸長できる。貿易額に対する貨幣用金の存在量がいかに多くとも世界貿易が大幅な減少をつづけた実例が1930年代の大不況期にみられることを考えても,国際決済手段としての「金」の問題は根本問題ではないといいきれるだろう。


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