昭和36年

年次世界経済報告

経済企画庁


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第1部 総  論

第3章 地域化と国際分業の進展

4. 域外諸国とくに日本に対する影響

今後の国際分業のあり方は,日本経済についても無縁ではあり得ない。

1962年中には日本も90%の貿易自由化率を達成すると目されており,ここに明治以来産業保護政策のもとに発展してきた日本の産業界もいよいよ欧米なみの姿となるわけである。しかしながら,西欧諸国におけるように,内部では激烈な競争にさらされながら外部からの競争に対しては差別的輸入制限や関税差別で身を守るというような意味での地域経済圏を作ることは日本では不可能である。すなわち日本が自由化すれば,西欧におけるようなクッションがなく現在の生産性格差がフルに表面化してしまうため,競争力の弱い産業の受けるショックは西欧のばあいよりはるかに大きい。しかも一方では,1961年7月の繊維会議にみるように欧米の産業界の中には,自国の競争力の弱い商品についてはこの貿易自由化と新しい国際分業関係を第3国との間に成立させることに対して強い抵抗を示す動きがある。その上に西欧の地域統合が進展すればするほど第3国に対する相対的差別は強まってくる。

新しい地域統合の原理は,内部的には自由競争の原理であるとともに,外部に対しても決して閉鎖的であるわけではなく,対外関税も引き上げることはないし差別的輸入制限も緩和されることはあっても強化される可能性はない。

共同市場の当事者がよく引合いに出すたとえは,「われわれは自身の発展のために結婚するのであって他人と付き合わないというのではない。2人が結婚するのに対して他人が差別されたといっておこるのは道理に合わない。その結果われわれがよくなれば必ずあなた方にもよい結果がでる」というものである。たしかに将来はそうなるだろう。西欧が地統域合によって経済成長を高めるとすれば,その結果外部に対する輸入需要もまた増大テンポを高めるとみてよい。しかしその反面において第3者に対する差別が強まるという事実もまた否定できない。

第3国に対する関税差別はつぎのようにして起こる。ある国のある商品がほとんど全部域内から輸入されているならば,域内輸入は無税だから,域外からの輸入にかかる関税の総額を総輸入額で割った平均税率は非常に低い。

したがってこの時の第3国はそのように低い平均税率にくらべて高い―ほとんど関税率そのものに等しい―関税障壁を通らねばならない。しかしそれがほとんど域外から輸入されているばあいには,平均税率が関税率そのものとほとんど同じになるから,域外からの輸入であるからといって,関税のハンディキャップが大きいわけではない。EECでばこのような差を差別率(rate of discrimination)と呼んでいるが,共同市場内部の自給度の高い商品をそこへ輸出している度合が高ければ高い程,その第3国は高い差別を受けることになるのであって,関税率自体の高さ以外に輸出構成が問題となるのである。日本は輸出全体としてはEECへの依存度は低いが,対EEC輸出という観点からみる限り,原料輸出国よりはるかに大きな差別を受けるような輸出商品構成を持っている。

しかし日本の対欧輸出という観点からみるならば,地域化に伴う関税差別の増大は,現在の彼我のコスト差からみて西欧がわれわれに適用している差別的輸入制限にくらべれば問題にならないほど小さいといってよかろう。しかもこの制限は,今のところは大幅に緩和される見通しは少ない。前述したように,西欧域内の競争は関税障壁の撤廃によってますます激化するだろうから,その上に安い日本商品に門戸を開放したら域内の企業にはかなり大きな打撃を受けるものが出てくるからである。

しかしながらわれわれは,域外にあるために関税差別を受けることはしかたがないとしても,域外諸国の中でもさらに強い差別的輸入制限を受けていることに対しては強く抗議してよい。

ここで日本の輸出競争力を更に強化する努力をすべきことは当然であるが,これとともにEECの対外通商政策をさらにリベラルなものにする‐域外関税の引上げや差別的輸入制限の緩和ないし撤廃ための交渉の努力を怠ってはならないし,これはまたEECの狙いそのものとも矛盾するものでは全くないのである。


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