昭和36年

年次世界経済報告

経済企画庁


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第1部 総  論

第1章 1960~61年世界経済の概観

1. 自由経済圏

(1) 生産の動向

自由世界の鉱工業生産について,その9割近くを占めるアメリカ,西欧をまずとり出し,その変動を長期にわたって観察したものが第1図である1)

前回のサイクルにおいては,1955年第2四半期から57年第3四半期にかけて欧米ともにブーム状態を現出し,以後足なみをそろえて不況期にはいった。

この後アメリカは落ちこみも大きかったが上昇もまた急速で1959年第2四半期には鉄鋼スト以前のピークを作った。西欧はやや遅れて回復したが,59年第4四半期に至って両者そろって好況期にはいり60年第2四半期までは世界経済はほとんどブーム状態を呈した。そしてアメリカが60年第3四半期から後退を始めたにもかかわらず西欧は繁栄をつづけた。これは西欧の経済の底が深くなってアメリカの影響が以前程強く,あるいは早く現われなかったこと,アメリカの後退が短期かつ小幅であったこと,サイクルの局面が西欧はアメリカにくらべて少し後にずれていたこと,等の理由によるであろう。

61年第2四半期からアメリカは回復に転じ,西欧の方はブーム鎮静化の徽候が部分的に現われはじめたが,生産指数でみる限りいぜん好況である。

つぎにその他地域の動きをみてみよう。日本の鉱工業生産の変動を前と同様に傾向値からの偏差率でみると第2図のようになる2)

これでみると,最近の動きは西欧のそれとほぼ同一であり,西欧について述べたことは日本にもほとんどそのままあてはまると思われる。

非工業諸国の生産の動きを年別でみると第3図のような変動になり,1960年はやはり好況期であったことが示されている。

以上を総合すれば,1960~61年上期に至る世界の景気は,アメリカの軽度の後退があったにもかかわらず,まず順調であったといえよう。

(2) 主要需要要因

以上の生産変動を引き起こした需要要因についてみてみよう。国内需要要因を,個人消費,政府購入,民間設備投資,在庫投資に分けた場合,個人消費,は大きな需要要因ではあるが,同時にその時の国民所得(二生産)の動向によって動く性質を持っているので,景気変動の起動力とはいえない性格を持っている。また政府購入は,最近の欧米ではすう勢的にふえているほか,反循環的政策手段として使われる傾向があるので,景気変動の主導的要因としては考えにくい。

このように考えると,1960~61年の生産変動の主導的要因は,アメリカでは在庫投資,西欧では固定設備投資の動きにあるといえよう。

アメリカが1960年第3四半期から61年第1四半期にかけて後退した原因は在庫投資の減少にあり,その後の回復もまた在庫投資の増加が主要因となっている。当初は,「黄金の60年代」に対する企業の期待から過大在庫の蓄積が行なわれたところが,耐久消費財需要が意外に伸び悩んだため,1960年第3四半期には企業は早くも在庫を減らしはじめた。第3四半期,第4四半期を通じて在庫の減少が国民総生産の減少を上回っているのをみても,この時期は典型的な在庫リセッションといえよう。1961年第2四半期の回復にも在庫投資の増大は国民総生産のそれの半ばに達している。これを前2回の循環にくらべれば第4図のとおりである。

西欧経済が1959年第4四半期から61年第2四半期にかけてブームをつづけた原因は,主として民間設備投資の急増にある。OEEC総合,イギリス,西ドイツ,フランス,イタリアについて,年々の固定投資額(実質)の変動を,前と同様に傾向値からの偏差率で表わすと,第5図のようになる3)

西欧の設備投資は,1950~60年の期間を通じて上昇傾向が強いが,これを除去してもなお1960年の水準は高い。しかも1959年からの上昇傾向が強く,これが61年にはいってもつづいている。

(3) 貿易および国際収支

貿易は,以上のような生産と需要の動向を反映して変動している。第6図は,世界貿易およびその半ばを占める西欧内部の貿易の変動を,前と同様にして数量の変動によって表わしたものである4)

生産の場合と同様,世界貿易も1959年第4四半期から世界的活況期にはいったが,しだいに伸び悩みの傾向をみせている。西欧の域内貿易は世界貿易にくらべてやや回復が遅れたが,1960年にはいってからは世界全体とは逆にむしろ活発化の方向をとり,西欧内部の強い需要と生産力を反映している。

過去においても西欧の域内貿易の動きが世界貿易のそれと異なった方向を示したことはあるが,それが3四半期も続いたのは初めてである。

世界貿易が西欧域内貿易より1期早く回復に転じた(1959年第2四半期)のは,アメリカの好況による西欧・日本の対米輸出激増のためであり,1960年に先細りとなったのは,アメリカの景気後退による輸入減少が影響している。第7図はアメリカの輸入数量指数の変動を前と同様にして示したものである。

つぎに西欧のアメリカおよび第3国からの輸入変動を前と同様にして調べてみると,第8図のようになる。アメリカからの輸入は,1959年第2四半期から60年第2四半期へかけて急上昇を示し,これは1955年第4四半期から1956年第4四半期に至る上昇傾向と匹敵する。しかし前回のそれが比較的高水準からの上昇であるのに対し,今回は1958年末と59年初めの極端な落ち込みからの上昇であり,長期的傾向を考慮すれば,1960年の水準は前回のブーム期程高くはなっていない。また第3国からの輸入もノーマルな値を示していて一応順調には伸びているが,域内貿易のようには尻上りではない5)

日本の貿易は型としては大体西欧のそれと同じように動いている。非工業国の輸出は,1960年中はアメリカ向けは伸び悩んだが,対西欧・日本はまず順調であった。このことは,アメリカの原材料輸入(第7図)と西欧の第3国からの輸入(第8図)から推察することができる。この結果非工業国の輸入は1960年には前年よりかなり増大したが,1957年の水準を抜く所までは到達しなかった(第9図参照)。

財貨およびサービスの経常取引に資本取引を加えたものが国際収支の変動であるが,その結果として起こる金外貨準備の変動を主要国についてみれば第10,第11図のとおりである。

1958年以来大幅な国際収支赤字をつづけていたアメリカは,その結果1960年に至って発生したドル不安と金利差にもとづく短資流出によって金準備の減少が著しかったが,61年第1四半期を底としてようやく流出が止まった。

西欧および日本は,60年中に対米輸出がおち,輸入がふえたため経常収支黒字幅は減少したにもかかわらず,金外貨準備は増加をつづけているが,これにはアメリカからの短資流入が影響している。イギリスの準備は,ドル不安が解消に向かった1961年第1,2四半期から急激に減り始めたが,これはそれまでの短資流入が止まり流出に転じたため経常収支の赤字が大きく表面化してきたものである。ドイツでは,政府の対外債務早期返済と金利引下げによる民間短資流出により61年第2四半期には外貨準備が減少した。その後は,金利政策の要因以外に,ベルリン危機,低開発国援助増額,イギリスのIMFからの引出し等により減少をつづけている。日本は61年第2四半期にはいってから経常収支の悪化が著しくなり,外貨準備が減少に転じはじめた。低開発国の金外貨準備の変動は国によってまちまちであるが,経常収支の好不調と同時は援助の動向がこれに影響している。

(4) 物  価

1960~61年の世界経済にあっては,前述のとおリアメリカに軽度のリセッションがあったのを除いては概して需要が強かったにもかかわらず,物価の動向は比較的落ち着いていた。これは,基本的には供給力の増大が需要の増大とほぼバランスしてきたことによるが一面では貿易自由化のために安い外国商品が輸入されて物価騰貴を防いでいることや,原材料価格が低水準で安定していたこと等も見逃せない。

工業諸国では,アメリカだけはリセッションの影響のため卸売物価が微落したのを除けば,1960年の卸売物価は強含みであった。これは需要が非常に強かったこともあるけれども,労働力逼迫のための賃金上昇が生産性上昇を上回ろうとすることによるコスト・インフレ的圧力が強いことにもよる。消費者物価の上昇傾向は前年と大差ないが,これが毎年着実に上がりつづけているのはサービス価格の上昇によるものである。英米独伊における卸売物価と消費者物価の上昇率,工業の時間当たり生産性上昇率,時間当たり賃金上昇率を1959,60年について計算してみるとつぎのようになる。

第1表 物価と賃金,生産性の上昇

低開発国では一般的に物価上昇はつづいている。しかし構造的にインフレ傾向のはなはだしいラテン・アメリカ諸国やインドネシアを除いては,1960年の物価騰貴は過去の傾向にくらべてそれ程著しいものではなかった。

第12図 卸売物価指数

第13図 消費者物価指数

(5) 1962年の展望

アメリカ

1961年第2四半期から回復過程にはいって現在上昇をつづけている。今回の景気後退が戦後で最も短期かつ小幅であったこと―いいかえれば谷が浅かったこと―と,戦後好況期の長さが段々短くなってきているととを考えると,今後の上昇がどれ位強くまた長いかには若干疑問がある。しかし一方ではケネデイ政権が高度成長政策をとっておりこの政策が実際的また心理的に相当な効果を上げることも考えられる。

1961年第4四半期から1962年いっぱい位の期間についてみると,61年第1四半期から第3四半期にかけてのような急速な上昇傾向は1961年第4四半期あるいは62年第1四半期ごろで止まり,以後はもっとなだらかな上昇がつづくとみるべきであろう。

これを需要面からみると,景気回復期の在庫投資増大要因が消滅し,個人消費,民間設備投資,政府支出の増大がこれに代わると思われる。この内政府支出が相当増大することは確実だが,設備投資と耐久消費財支出がはたして強く伸びるかどうかには疑問がある。すなわち,ケネデイの投資刺激策が実現されたとしてもわずか1年で企業家の投資態度が急変するかどうかはわからないし,耐久消費財需要は,今までの普及度の高さからみても現在の消費者の態度からみても,それ程急激にふえる徴候はまだ現われていない。しかしサービスと非耐久財需要は所得増に応じて伸び,これがさらに経済を刺激するだろう。

以上を要約すれば,1962年の景気は一応順調に推移するものと思われる。このような経済拡大に応じて輸入需要も増大するであろう。ことに,過去における経験からみれば,工業製品輸入に対する所得効果は相当大きい。しかし一面では,物価安定策が進められアメリカの企業努力が強まりかつ国産品奨励の精神的効果が出てくることも考えられるので,対米輸出伸長に関しては相当の努力を要するであろう。

西  欧

1962年の西欧経済の動きは,現在の投資ブームがいつ鎮静化するかということと対域外輸出の動向にかかっている。1959年から始まった投資ブームは相当長くつづいているだけに,そろそろ収まってくる公算が強い。とくに主要国であるイギリスと西ドイツにおいてすでにこの徴候が現われている。投資需要が衰えてくるとこれが全般に波及して総需要を弱め域内貿易も増勢が鈍化するであろう。しかし一面でアメリカの好況とそれが第3国に波及することによる域外輸出増大を考えると,これが需要面からプラスになることは疑えない。しかし要因としてどちらが大きいかといえばもちろん前者であるから,1962年の西欧経済が一種の調整期を迎えるであろうことは推測される。しかし1962年末ごろにはイギリスのEEC加盟のメドもついて,それが需要拡大と競争激化を見こした投資増大を導き,新たな刺激要因になることも考えられる。

東南アジア

1962年には,アメリカの景気が順調,西欧が調整過程とすれば,東南アジアの対米輸出が伸び対欧輸出は伸び悩むだろうと予想される。

総合的には,輸出数量は若干の増加を期待してよい。しかし工業諸国の景気が前述したようであれば,原料に対する需要が世界的に強いということはなくしかも一方で原料部門の開発が進んでいるので,原料輸出価格の騰貴は期待できない。輸入について考えてみると,輸出ブームによって東南アジア諸国の輸入が伸びることはないが,輸出不振のために輸入が削減されるというおそれもない。しかも最近の工業国の援助体制の強化を考えると1962年の援助額はおそらく増加するものと思われるから,当地域の輸入増加のための環境は整うとみてよかろう。もっともアメリカ企業の輸出努力の強化と西欧の輸出ドライブ強化という要因があるので,当地域に対する輸出競争はますます激しさを加えるであろう。