昭和35年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和35年11月18日
経済企画庁
第3部 国際貿易の構造
第3章 西欧における貿易自由化の背景とその影響
本格的な貿易自由化にふみきろうとしているわが国にとって特に興味があるのは,自由化措置の導入によって輸入需要にどのような衝撃が起こるか,すなわち自由化進展の過程において国際収支に悪影響が出るおそれはないか,ということである。これを西欧の実例について検討しようというのか本籍のねらいである。周知のごとくOEEC諸国の貿易自由化は,域内貿易と対ドル貿易について別個に,また食飼料,原燃料,工業製品という各分類毎に別個のテンポで進展してきた。したがってその影響を調べるためには,地域別,分類別の輸入数量および価格に関する統計を使わなければならない。この要件を満足する貿易統計は,いまのところOEECのStatistical BuiletinesSeries1,Oct,1959に1953~8年についてOEEC総合の指数が示されているのが唯一のものである。各国の貿易統計は総輸入一本でしか指数を与えていないので,これを域内とドル地域に分け,しかも分類別にブレークダウンすることはできない。
OEECの統計はわずか6年の時系列にすぎないので統計的分析の対象としては非常に不完全であるが,ちょうどこの時期が対ドル輸入自由化の導入された時期であるので,これについて検討してみよう。対象は,原材料および工業製品の輸入量である。食飼料については政府貿易の比重が大きく自由化が進展しているとは認められないので除外する。
OEEC諸国の原材料輸入の数量および価格指数は第110表のとおりである。
輸入数量の推移をグラフで示せば第69図のとおりで,アメリカからのそれは非常に大きな変動を示している。この期間内にドル地域からの原燃料の自由化率は著しく上昇し,1957年半ばには67%に達した。その影響が輸入数量の変動のなかにあらわれているかどうかをみるためには,逆に,自由化要因を度外視して,工業生産水準と輸入相対価格水準の変動だけでどの程度まで輸入量水準の変動を説明できるかを調べてみるのが一つの方法である。
また域内貿易においては原燃料の自由化は早くから行なわれており,1954年には92%,1956年には98%となっている。したがって,この期間内においては,自由化導入によるショックは少なくともアメリカからの輸入にくらべては非常に少なかったであろうと思われるので,域内からの輸入を同様の方法によりどの程度まで説明できるかを試み,両者を比較してみることとする。
第2章と同様にして,原材料輸入量をm,OEECの鉱工業生産指数をv,輸入の相対価格をPとして,この時系列から線型相関式を作るとつぎのようになる。
これらの相関式の信頼度は,実績値が少ないために低いといわなければならない。しかしこの点を度外視してその相関係数をみると,アメリカからの輸入については非常に高く,第70図および第71図の比較でもわかるように,貿易自由化の影響を考慮しなくても,アメリカからの原材料輸入の変動は少なくともこの6年間については―西欧の工業生産水準と相対価格の変動のみによって―ほとんど説明できるのである。
アメリカからの輸入に関する相関式の方が自由化による攪乱要因があったにもかかわらず,かえつて相関が高いということをみても,アメリカからの原料輸入自由化措置がその輸入需要に大きな影響を与えただろうという考え方は支持できない。
ここで,なぜ域内からの輸入の相関式が実績とよく合わないのかを考えてみよう。第71図に示された残差の変動を見ると,これが循環的な形をしていることに気づく。この残差は,域内の生産活動および相対価格の変動によって説明されない部分であるが,これは,企業の輸入原料在庫蓄積意欲の動向によってもたらされたと考えられる。1954年は,朝鮮動乱ブーム後の経験から企業が輸入原材料の在庫蓄積に消極的であったとき,1955~7年は在庫蓄積に積極的であったとき,1958年はその反動で在庫減らしのときであったとみられる。
アメリカからの輸入原料在庫についても同様なことが考えられるが,この場合は残差が少ないことから,在庫の増減は主として価格とのにらみ合せにもとづいて行なわれていたと説明できよう。
以上から,西欧においては,自由化措置の導入は原料輸入に関しては大きな影響を持たず,原料の輸入需要は主としてその時の工業生産水準,相対価格および在庫蓄積意欲によって動かされていると推測することができる。
なおついでに,第2章におけると同様にして,原料輸入の所得および価格の弾性値を計算すると前ページのようになる。実績値が少ないためこれらの価の信頼度が低いことは勿論であるが,(イ)工業生産水準に対する弾性値が両者ともほぼ1に近く,(ロ)価格代替弾性値がアメリカからの輸入の場合に非常に高く,(ハ)それが域内貿易の場合も相当高い,という3点において興味がある。
(イ)は,著しい技術進歩による原料節約や急激な産業構造の変化は短期間には起こらないとみる限り,工業生産が1%上がれば原料消費も1%上がると考えられるので,原料の輸入依存度の高い西欧においては工業生産に対する原料輸入の弾性値が1に近いことは常識的に是認される。(ロ)(ハ)については,原料は企業が購入するのであるから,その価格とにらみ合せて輸入先をふりかえることは当然であり,アメリカの原料輸入(第2章第2節参照)のように,輸入先の撰択の余地が非常に少ない場合1)と異なり価格効果が大きく出ることもまた容認される。アメリカからの原料輸入について特に価格効果が大きいことは,第111表に示されるように,そのウェイトが総原料輸入の7~8%にすぎず,域内輸入のそれが約1/4を占めているのにくらべると限界供給者的な性格を持っているためであると思われる。
工業製品輸入の数量および価格は第112表のとおりである。
輸入数量の推移をグラフにすると第72図のとおりである。
この期間内にドル地域からの工業製品自由化率は,著しく上昇している。(1953年はほとんど完全規制,54年に自由化率27%,55年に36%,57年半ばでは42%)。そこで,原材料についてやつたのと同様に,自由化要因を除外したままでこの輸入実績を,所得効果と価格効果だけでどこまで説明できるかどうか,また自由化が早くから進んでいた域内貿易とくらべてみて,どちらがうまく説明されるかを検討してみよう。
輸入量をm,OEECの実質GNPをy,輸入相対価格をpとして線型相関式を作ると次のようになる。
域内輸入の相関式が実績をよく説明しているのに対して,アメリカからのそれは明らかに満足すべきものではない。実績との適合度は第73図および第74図に示される。
アメリカよりの輸入の重相関係数は,域内よりの原料輸入のそれ(0.919)よりもやや高いけれども,これは所得に関する偏相関が高いためにこうなっているのであって,価格に関する偏相関はあまりにも低い。第73図によって残差の変動をみても,域内の原材料貿易の場合のように企業の在庫蓄積意欲の動向とはマッチしない。しかも原材料は企業が購入するのであるが,完成品は主として消費者に供給するために輸入するのだから,それほど大幅に輸入在庫が変動するわけはないので,この面からの説明は不可能である。
しかもこの相関式から価格弾性値を計算すると,
アメリカからの輸入 -0.37
域内からの輸入 -2.62
となり,両者の違いが大きすぎる。第2章においてわれわれは,相対価格のとり方は違うが,アメリカの完成品輸入の価格弾性値は-2.06であることをみた。これはOEECの工業製品域内輸入のそれに近いものである。工業製品は価格による選択の余地が相当大きいことからみても,アメリカからの輸入に関してこのように低い価格弾性値が出てくることは,そのもとになっている相関式の信頼度を失わせるものともいえよう。
ではなぜ,アメリカからの工業製品輸入の場合にのみ,所得と価格の指標からだけでは実績をうまく説明できないのだろうか。ここにおいて,貿易自由化措置の導入が,工業製品の輸入需要に対する攪乱要因として大きく働くであろうという仮説が浮かび上がつてくる。第73図によって実績値(点線)の動きをみても,1955年になって急激(こ輸入量が上がつたため残差が大きくなっており,1954年から始まったドル物資の輸入自由化がここで強く作用していると思われる。自由化の進展過程を数量的に表わして相関式のなかへとり入れることは方法論的にも統計資料的にも困難なので,ここでは単に,工業製品の貿易自由化は原材料の場合と異なり輸入需要に対し独立の攪乱要因として働き,その影響は無視できないこと,またそれは輸入を押しあげる方向に働くだろうということのみを指摘しておきたい。勿論,所得や価格の指数と関係なく働く要因としては,数量制限下の輸入割当ての操作も大きな役割を果すことは無視できない。1955年の輸入上昇も,ドル物資の自由化によるものかそれとも割当ての増大によるものかは明らではない。しかし割当ての増大は,制度的な自由化ではないが,実質的には自由化とよく似た効果を持つことに留意すべきであろう。
ここで原材料の場合と同じく工業製品輸入について所得と価格の弾性値を計算して比較してみよう。
西欧のアメリカ工業製品に対する輸入需要の弾性値は,計算の基礎になつている相関式が悪いために信頼できないことは前述したとおりであるが,それでも所得弾性値についてだけみれば,アメリカからの輸入についても域内からのそれについてもほとんど同じ値を示し,またアメリカの完成品輸入の所得弾性値にも非常に近いことは注目すべきである。価格弾性値も,西欧の域内貿易のそれとアメリカの完成品輸入のそれとは大差ない。(相対価格のとり方において,前者は総合輸入価格との比率,後者は国内物価との比率をとつているという違いがあるので,ある程度の差が出ることはやむを得ない。)問題は,前述したように,西欧のアメリカからの輸入の価格弾性値がとび離れて低くしかも偏相関がきわめて低いことにある。したがって,この期間中においては,西欧のアメリカからの工業製品輸入需要は,所得効果のほかには,価格による選択よりもむしろ,輸入割当てのゆるめ方やしめ方,および自由化の進捗状況の二つによって主として変動して来たと考えてよいだろう。