昭和35年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和35年11月18日

経済企画庁


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第2部 各  論

第2章 西  欧

3 1961年の景気展望

西欧経済は59年から60年にかけて急速な拡大をつづけたあと,最近は拡大鈍化ないし高原的様相を示す国がふえてきた。そのうち需要面の弱さのために伸び悩んでいる国はフランス,ベルギーである。イギリスのばあいは政府の引締め政策により,耐久消費財需要が意識的に抑制されたことが伸び悩みの原因となっている。その他の国では供給面の限界,とくに労働力不足か拡大鈍化の主因をなしている。

(1) 根づよい民間需要

そこで61年における西区景気の見通しであるが,まず需要面についてみると,フランスとベルギーをのぞいてどの国でも国内需要は概して旺盛であり,とくに民間設備投資の盛り上がりがつよい拡大要因として動いている。

1)民間設備投資

いま民間設備投資のうち最も重要な製造工具投資についてみると,西欧全体として58年に1%減少したあと,59年にはわずか1%しか増加しなかったが,主要国における最近の急増ぶりからみて,6O年における西欧全体の投資はかなりの増加が予想される(第46表参照)。すなわち,政府および有力民間研究所の投資予測調査によれば,60年の工業投資は西ドイツ20%増,スエーデン20%増,オランダ15%増,イギリス25%増,ノルウェー10%増といずれも大幅な増加が予想されており,しかも設備投資の先行指標である機械受注や工場建設許可数などにも既にそれが反映している。このほかイタリア,オーストリアなどでも民間設備投資の大幅増加が伝えられている。フランスのばあいば59年末の政府予想では13%増であったが,5月末のINSEE調査でば9%増と下向きに改訂された。これは国内需要が比較的不振で企業の投資意欲がそれほど強くないためであるが,フランス政府ば前述したように国内需要喚起のための措置をとっているので,もしこれらの措置が効果をあげれば設備投資のいっそうの増加も期待できよう。

このような旺盛な投資プームはいったい何に基因するのか。好況の持続による操業度の上昇,利潤の増加,景気の先行きに対する楽観的見通しなどが投資増加の一般的背景をなしていることは疑いないが,鉄鋼のような基礎産業,自動車や石油化学のような成長産業では長期的な経済成長に対する期待が設備拡張の動機となっている。事実,これらの産業の設備投資は西欧大陸諸国でもイギリスでも大幅に増加しつつある。それと同時に見のがしてならぬ点は,貿易自由化や共同市場,EFTAの発足が一方では市場の拡大,他方でば競争の激化を通じて企業の近代化投資を刺激しつつあることだ。また,労働力不足も労働節約的な合理化投資を促進しつつある。一例をあげると,60年における西ドイツ工業の投資計画の過半は,コスト引下げと労働力節約を目的とする合理化投資を主要動機としている。この点が拡張投資が主流であった55年ごろの投資ブームと異なる点である(第47表参照)。

61年の民間設備投資に関す調査は,目下のところイギリスしかないが,それによれば製造工業投資は20%増,その他産業を合せた民間設備投資全体としては14%増となっている。他の諸国のばあいも民間設備投資の増勢が来年も持続するものと思われる。各国政府の引締め政策や一部諸国における経済活動の頭打ち傾向,アメリカの景気後退など,民間の投資意欲に不利な諸要因があらわれているものの,ぞれらは設備投資の増加テンポを鈍くするだけで,少なくとも61年上期中増勢がつづくことは間遣いないと考えられる。けだし西欧諸国の設備投資主として自己資金によって賄われており,金融引締めの影響を比較的受けないばかりでなく,鉄鋼,自動車,化学など大企業の設備投資は長期的計画のもとにすすめられ,いったん着手されれば目先きの景況にあまり左右されたい傾向があるからだ。のみならず,現在の投資ブームの背景をなす経済統合や労働力不足などからの投資刺激効果は今後も当分継続すると考えられる。

2)その他の需要

個人消費は今後も民間設備投資について重要な拡大要因として働くであろう,イギリスでは耐久消費財需要が政府の政策により意識的に抑えられて不振に陥つていることば前述したとおりだが,個人消費全体としてはなお増加傾向を持続している。その他諸国でも個人消費は雇用の増大と賃上げ幅の拡大を背景として今後も順調に伸びていくものと思われる。

これに対して金利の変動に敏感な住宅建設は,現在の引締め政策に変化なしとすれば,今後は次第に増勢をチェックされるものと考えられる。公共投資や政府支出も国によっていちがいにはいえないが,総需要抑制の見地から明年おおむね頭打ちとなると思われる。

輸出についてはアメリカ景気の後退,非工業国の不振等の悪影響を域内貿易の拡大でどの程度相殺できるかが問題であるが,いずれにせよ従来のようにつよい拡大要因とはならぬであろう。

このようにしてみてくると,最終需要は民間設備投資と個人消費を中心として依然根づよいものがあるが,政府の引締め政策とアメリカの景気後退の影響により漸次増勢をチェックされ,61年下期には西欧全体として需要が停滞的様相を呈する可能性もある。

3)政策転換の問題

そこで問題となるのは,西欧諸国の引締め政策がいつ緩和されるか,アメリカの景気後退がいつ終わるかという点だ。後者についてはかりに現在一般に予想されているように,アメリカの景気後退が61年上期中に終了し下期に回復しても,それが西欧の対米輸出増となるまでには若干のタイム・ラグがあろうから,少なくとも61年に関するかぎりこの面からあまり大きな期待はもてそうもない。しかしながら,西欧諸国の引締め政策が比較的早めに緩和される可能性は多分にある。55-57年の投資ブームが崩壊して景気後退を招来した原因は,引締め政策が約3カ年にわたって継続,強化されたことにあつた。しかし,当時と現在とでは西欧経済の環境がかなり違う点に注目しない。当時はインフレの進行と対外ポジションの弱さから56年以降需要圧力の減退にもかかわらず引締め政策を継続せざるをえないという事情があった。

現在ではインフレの危険性が全くなくなったわけではないが,当時にくらべればかなり緩和されているし,外貨ポジションも,一,二の国をのぞいて当時より強化されている。のみならず西欧諸国の政府は55~58年の経験にこりて,早めにインフレ防止の手をうつと同時に,デフレ防止にも早めの対策を講ずるであろうとみられる節がある。東西経済競争の現実も政府の成長意識を高めていると考えられる。

このようにみてくると,耐久消費財需要や住宅需要などがある程度ゆるんで,需給の逼迫が現在よりも緩和されれば,西欧諸国の引締め政策が比較的早めに緩和されると考えられる。もちろん,完全雇用の現状のもとでは引締めの基調そのものは放棄されないだろうが,その程度を緩めることは十分にありうることである。

最近西欧諸国は従来の高金利政策をやや緩和し,金利の引下げを実施している。すなわち,10月6日にフランスが公定歩合を4%から3.5%へ引下げたあと,つづいて10月27日にはイギリスが(6%から5.5%へ),また11月10日には西ドイツが(5%から4%へ)それぞれ公定歩合を引下げた。フランを別とすれば,これらの措置は主としてアメリカの金流出を阻止するための協力措置であって,必ずしも引締め政策の緩和を意味するものではない。

すなわち,西ドイツでば景気は相変わらず過熱状態にあり,本来なら利下げできる環境でないので,あらかじめ売オペ(10億マルク)などによって余剰資金を市中から吸上げるなど,これにみあう他の手段によって引締めを強化してから利下げを行なった。

イギリスでも対米協力措置として10月末公定歩合を引下げたが,最近では自動車産業の不振など景気の頭打ち傾向がはつきりとあらわれてきたので,近い将来さらに金利引下げにふみきるものとみられる。

いずれにせよ,60年末から61年はじめにかけて引締め政策がさらに緩和されたとすると,西欧の総需要が61年中も増勢を続けることが予想されよう。

(2) 労働力不足が問題

二のような需要面の動向に対して,供給面はどうか。当面最も大きな制約となっているのは労働力不足であるが,これも国別にみれば状勢ば必ずしもが一般化でなく,西ドイツ,オランダ,スエーデン,スイスなどでは労働力不足が一般化して生産の拡大を妨げているが,イギリス,オーストリア,デンマーク,ノルウェー,フランスなどでは部分的に労働力不足がみられ,これに対してイタリア,ベルギー,スペイン,ギリシアなどでは労働力に余裕がある。労働力不足が一般化している国では今後毎年の新規労働力の追加と家庭の主婦の動員,外国人労働者の移入などに期待するほかない。西ドイツやスイス,オランダなどばイタリア人労働者の移入に力をいれており,共同市場当局も労働力の国際的移動促進のための措置を講じつつあり,ある程度その成果を期待できよう。

第44図 西欧主要国の失業率の推移

だが,労働力不足がはげしい国でも,前述したように,労働生産性の上昇が著しい点に注目する必要がある。景気回復期に特有の生産性上昇は今後望めないとしても,合理化投資が盛んに実施されている現状からみて,高率操業が維持されるかぎり,やはりかなりな程度の生産性上昇が予想される。

設備能力について,現在の操業度は概して高く,産業によってはフル操業のところもあるが,全体としてみると55年当時よりやや余裕のある感じである。たとえば,IFO研究所の調査によると,西ドイツ資本財工業の操業度は本年6月現在で90%であり(59年同期には87%),55年の91%よりやや低い。消費財工業の操業度は88%(59年6月も88%)で,これまた55年6月の89%よりやや低い。のみならず,工業の設備能力は旺盛な投資によってたえず拡張されつつある(西ドイツ製造工業の生産能力はIFO研究所の調査によると58年10%,59年8%拡張されたあと,60年にも8%増の予想)。

またイギリスでも今後の需要増の中心となる設備投資に対して重機械工業の設備能力には比較的余裕ありとされている。

以上ののように,需要面と供給面の双方を考慮し,かつ引締め政策が少なくとも61年春までにある程度緩和され,またアメリカ景気の後退が軽度で61年上期中に終了し,下期に回復に向かうという仮定に立つならば,西欧経済は61年中に一時停滞的様相を示すことばあっても,全体としては緩慢な拡大基調を持続しうるものと考えられる。


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