昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第一部 総  論

第二章 国際市場と日本

第三節 むすび

今回の景気後退から回復の過程を通じてわれわれは次のような三つの特徽を見出すことができよう。

まず第一に,アメリカ,西欧,日木等,ほとんどすべての工業国が相前後して景気後退に入り,五三~五四年の場合のように時間のずれが見られなかつたことである。第二に,この景気後退をひきおこした原因は,むろん単純ではないとしても,過剰設備の圧力による投資の減少が,多かれ少なかれ,見逃し得ない影響を与えたと思われること。

最後にもうひとつ,それならば,当然,景気後退の規模は極めて大きなものとなり,しかも世界的な大不況にまで発展しそうに懸念されたのに,結果においては思つたよりも軽く済んだこと,の三つをあげることができる。

日本が景気後退をはじめた直接のきつかけは,いわゆる神武景気によつて国際収支に穴があいたので,これを是正するために政府が一九五七年春に引き締め政策をとつたことであつたが,西欧でもこれと事情はやや似ていた。しかしながら西欧で引き締め政策がとられたのは,国によつてまちまちであるが,概ね,一九五五~五六年頃からで,日本よりは一~二年も早かつたのに,その効果は日本よりも緩慢で,生産は,その増勢が鈍化ないしは停滞気味となつたわげであり,したがつて,その後,一九五七年頃から下降しはじめたことの直接の原因は,その間に漸く過去の投資ブームによる生産能力の拡大と需要の停滞との間に生じてきたギャップの圧力が大きくなつてきたことと見るべきであろう。そのことは生産が下降しはじめるよりもかなり前から操業度の低下,資本財工業の受注の減少等がジリジリと続いていたことからも推察される。

このような過剰設備の圧力は,アメリカでも同じであつた。アメリカでも,一九五五年ごろから引き締め措置がとられていたが,その効果は極めて緩慢であつた。一九五七年下期からかなり急テンポで生産低下をはじめたが,そのかなり以前から設備投資の減少,操業度の低下が進行していた。

むろん,このような過剰設備の圧力が直接景気後退のきつかけとなつたとしても,在庫調整,輸出の減少等がこれに加わつて,その振幅を大きくしたことは事実であつた。

ところで,景気後退ならびに回復の過程で,あるいはこれを食い止めるため,あるいはそれを促進させるために政府の果した役割が大きかつたことも,特に今回の特徽であつた。

またいわゆるビルー・イン・スタビライザー(自動安定装置)が非當な効果を発揮して,これが景気後退にブレーキをかける上に大きた力となつた。これは失業給付金とか,累進所得税などのために政府が意識的に支出をふやさなくても自動的に政府支出が増加する反面,税収が自動的に減少して,その結果,予算黒字の減少,もしくは赤字の増大となつて結局,家計の所得がそれだけ増加するという仕組みである。

景気回復の局面でも政府は大きな役割を果した。国防発注の増加等のために在庫べらしが大幅に緩漫化したことが直接アメリカの景気底入れのきつかけとなつたこと。またその後の回復過程で住宅建築その他設備投資以外の政府投資によつて刺激策がとられたことはV字型の回復をもたらす上にあづかつて力があつたし,西欧においても政府による景気刺激策が効果を発揮したことは特筆に値するものであつた。また労働組合の力が強くなつたことやサービス業者の比重が増大したこと等も景気の後退乃至回復に影響を与えたが更に大きな要因として,技術革新の大波が設備投資の大幅な減少を阻止したこと,更にはこれが新たな投資意欲をもりあげて投資増大のよび水的役割を果していることも見逃してはならない。

このようにして,自由世界の国々が相前後して景気一巡するうちに,更にいろいろの問題が提起された。また,その過程において世界の国々はいろいろの問題に遭遇もした。それを整理してみると,次のようなことがいえる。

まず第一に自由世界の工業国の間で一種の平準化が進んだということであり,ついではそれと同時に,工業国と低開発国との間にはかえつて経済的な不均衡化が進んだということ。そして三番目にはいわゆる安定か成長か上いう問題が,もはや明日の問題としてではなく,今日の問題として提起されているということであろう。

これらの問題はすべて,単に景気変動に伴う一時的な問題として眺めたのでは,その実態を見誤るおそれがある。

もつと恒常的な,いわば構造的な問題を掘り下げてゆかなければならない。

ところで,第一に工業国間の平準化の問題であるが,アメリカが依然優位にあることはもちろんであるが,アメリ力とアメ9力以外の工業国,特に西欧の間の経済的なひらきが次第になくなつてきたことは,例えば世界における鉱工業生産の比重がアメり力はたんだん低下し,西欧がだんだん培大してきていることや,貿易の伸びも西欧の方がここ数年来継続的に高いこと等にも示されており,一九五〇年頃にはアメリカの半ばにも1しなかつた西欧の金・外貨保有高が一九五八年末には両者とも約二百億ドルで比肩するに至り,ほぼrル不足が解消しつつあることでもそれがわかる。一九五八年の世界貿易が全体で前年に比゛)四・六%減少した中でアメ9力の減少率は一四・四%だつたが,西欧は僅かに○・七%減,日本はかえつて○・六%も増加している。しかもこの三者の相互関係をみてみるとアメリカの対西欧,対日貿易は激減しているのに西欧,日本の対米貿易は増大している事実,今年になつても依然アメリカの金流出が止まないこと等はいずれもこれら工業国間の経済的な開きが狭まつてきたことを物語るものであろう。

昨年末の西欧の通貨交換性の回復,共同市場の発足という二つの大きな出来事もヨーロッパの経済力の充実に極めて重要な役割を果しつつある。今日世界的風潮である貿易為替の自由化傾向に対して通貨交換性を回復することによつていち早く則応した西欧諸国は,,その後もドル貿易の一層の自由化を行うなどきわめて順調な足どりを見せ,かつてヨーロッパの病人といわれたフランスでさえもはや,そのような表現は昔物語りになろうとしている。更に共同市場は貿易上の措置のみでなく企業の合同を積極的に行ない,経済的国境を取りはずすことによつて飛躍的な合理化の実をあげようとしている。

アメリカにおいて最近自国製品の競争力の強化策について盛んに論議されているが,彼等自身の調査によつてもアメリカの生産ロストが次第に西欧工業国に対して割高になつてきていること,しかもその有力な原因の一つが労務費比率の増大にあることを指摘している。そこで十分に合理化していて,しかもなお労賃がアメリカよりも安い地域に対して積極的な資本の進出が企図され,西欧共同市場はその最大の目標となつてきていることは今やヨーロッパに米ソ両国に対抗")うる一大広域経済圏が成長しつつあることを裏付けるものであろう。

このような合理化した基盤の上で西欧諸国が広く世界の貿易為替自由化の線に則応し)ていこうとしている事実をわれわれは,はつきりと見極めなければならない。

一昔前にドル不足がアメリカとアメリカ以外の国との間に横たわる永遠の溝であるかのごとくに思われたことを思いおこすと,現在のような西欧の経済力の充実に裏付けられたいわゆる工業国間の平準化はむしろ好ましい現象として歓迎されるべきものではなかろうか。

だが反面,このような工業国間の平準化にもかかわらず,工業国と低開発国との間には,むしろ平準化とは逆の不均衡化が進行しつつあることは問題である。その最も端的なあらわれは交易条件の開きであつて,工業国のそれが趨勢的によくなつてきているのに,低開発国の多くは交易条件が悪化し,その結果として甚だしい外貨の枯渇になやみつづけている。それというのも,それらの国の特産品たる多くの第一炊産品が,工業国の景気後退の時にはむろんのこと,急速に景気が回復してきている今日にいたるまで,なお依然としてその輸出価格がはかばかしくあがらないからである。

このような国際商品の値動きがはかばかしくないことの最も基本的な原因の一つとして,工業国における産業構造の改変ということがあげられよう。

工業国,特に西欧においては,今回の景気後退にあたつて,石炭,鉄鋼,繊維の三つの産業の被害が特に著しかつたが,なかんずく,石炭や繊維などは世界的な規模で産業構造が改変しつつあることと大いに関係がありそうである。

今日,多くの工業国においては,プラスチックス,エレクトロニックスその他いろいろの新興産業がめざましくのびてきている反面,石炭とか天然繊維とか,その他にも新しきものに従来の座をおびやかされつつある産業もある。

このような古きものから新しきものへの脱皮は,人類の歴史とともに絶えず繰り返えされてきたことではあつたが,今日それはたしかに「革命」という言葉を冠してもいい程,大規模に,しかも急速に,広範に起りつつある。そして,このような産業構造の改変の結果,一般的な技術の進歩による原単位の向上等とも相まつて,多くの低開発国の特産品たるいろいろの第一次生産物の需要は,はかばかしくふえてこない。これが工業国の景気回復にもかかわらず,国際商品の値段がパッとしない最も基本的な原因となつているのであろう。

今日欧米では安定か成長かの議論が活発に行われているが,ソ連の新七カ年計画では,アメリカの今後の経済成長を年二%と見込んで,それならば一九七〇年までにはソ連はアメリカを実質的に追こし得るという計算をたてている。また中国はイギリスを,東欧は西欧を,という具合にそれぞれ目標をたてて,その目標を達成するために相互に経済協力をしてゆこうと過般行われたコメコン(経済相互援助会議)創設十周年を記念した集りで確認し合つている。

だが自由世界の国々は,何もこのような共産圏の国々とはり合う意味で今後の経済成長を考えるということではなく,自由世界自らのためにも必要であろう。何故ならば世界的な産業構造の改変のもとで工業国にお,ける過剰設備の存在,低開発国における過剰供給力の存在等は積極的な経済成長がなければ解消し得ないからである。

さてこのような世界経済の動きの中で,日本経済はみかけ上は西欧と同じような対応の仕方をしているかに見える。例えば貿易面における対米貿易の増大,金ドル準備の増大等,西欧と並んでいわゆる工業国間の平準化の一翼を担つているかの如くに見えるが,これをし細に検討してみると実質的には西欧とはかなり異なつていることがある。

すなわち,対米貿易が増大したといつてもそれは主として繊維品,雑貨類等によつてなされており,西欧の工業国が自動車や機械類等を大幅に進出させているのとは大部様子がちがう。試みにアメリカ市場における日木,イギリス,西ドイツ三国の輸出商品の比較をしてみると長期的な需要の伸びという点からは,むしろイギリス,西ドインから輸出されている重化学工業製品の方が底がたい地力をもつているようで,今日洪水の如くに進出している日本の商品も長期的に見るとまだまだ問題が多いようである。

工業国間の平準化ということが世界経済全体の上からみれば好まLいことであるかどうかはともかくとして,アメリカとしては金流出,国際収支尻の悲観的な見通しに対して最込漸く注目を始めた模様でゅ今までの伝統的な国内市場第一主義,すなわち高賃金―高能率―経済繁栄という循環に対して漸く反省の目を向けはじめたようである。無論アメジカの経済構造は依然として西欧や日本に比べれば,その貿易依存度は,はるかに低いことは変らないから今直ちに経済政策の大転換をすることは考えられないとしても,従来よりは国際均衡という点に力を入れる可能性がある。

その場合に世界の貿易為替自由化という風潮はますます強化されるであろうから,直接的輸入制限措置や国内産業の保護措置を強化することは無理であるとしても,自国の産業を輸入品に対してより安く,より良質に生産しうるように一層の合理化をはかるとか,乃至はもつと積極的に第三国市場において高い輸出競争力を発揮できるようにすることは十分に考えられる。その場合に等しくアメリカにとつて競争者的地位に立ちつつあるのは西欧と日本とであるが,果してそのいずれが真に強い競争力を発揮しうるや否やは日本経済にとつても重要な問題である。

一方,低開発国市場においても,日本は今日必ずしも優位にあるとはいえないようである。例えば東南アジア市場において日本と西欧との進出の状況を調べてみると,日本は対工業国の場合と同じようにやはりせんい品とか加工食品等の比率がはるかに高い。西欧の方は資本財の方がはるかに高い。すなわち対工業国市場において対低開発国市場においてもまだ資本財の競争力は西欧に及ばないことを示している。もつとも東南アジア諸国と西欧諸国との間には長い間政治経済上の特殊な関係が大きな影響を支えている点は見逃し得ないだろうが,賠償という特殊な形の経済協力は別として一般的に日本と東南アジア諸国との経済協力の実は十分に上つてはいない。

このように日本の輸出構造の実態は西欧といささか異つていて,真に世界のグローイング・マーケットにマッテしているとはいえないようである。貿易為替の自由化という世界的な風潮に対して,また,世界経済の最近の動きとにらみ合せて日本の貿易のあり方,ひいては日本経済の体質改善の方法をわれわれは今こそ具体的に考えていかなければならない。


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