昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第十一章 最近のラテン・アメリカ経済
総生産の規模で,ラテン・アメリカの二〇の共和国の順位をみると,ブラジルが第一位,アルゼンテンが第二位。
この両国の生産は,全体の半分に近い。これに続いてメキシコがあり,コロンビア,ベネズエラ,チリ,キューバ,ベルーなどがおもな国である。つぎに二大国について,最近の経済事情を述べることとする。
(1) ブラジル
ブラジルは,ラテン・アメリカ諸国中,総生産が一番大きく,地域も人口も最大である。戦後活発な発展をしてきたが,最近は経済危機に襲われている。その原因は,最大の外貨獲得源であるコーヒー輸出額の低下と,野心的な経済開発計画で,輸入が激増し,国際収支が悪化したためである。
一九五七年の輸出は,一,三九二百万ドルで前年より六・一%減,輸入は一,四八九百万ドルで二〇・七%の増加であった。その結果,一九五六年の二四八百万ドル出超に対し,一九五七年は九七百万ドルの赤字に転じた。
ブラジルの輸出の四〇~五〇%,輸入の三〇~三八%は,アメリカとの取引である,輸出品の構成は,コーヒーが六〇~七〇%,綿花が六%から一〇%見当,ココアが五%から九%見当を占める。
ブラジルは対米貿易収支で一九五六年四五二・九百万ドル,一九五七年は二一八・九百万ドルの出超であった。しかし,一九五七年下半期をみると,ブラジルの対米輸出は同年上半期より一%,前年同期より七%下回った。一方ブラジルのアメリカからの輸入は,上半期より九%,前年同期より五八・三%の激増で,九八百万ドルの入超を記録した。
輸出の減少は主としてコーヒーによるものでコーヒー輸出額は一九五六年一,〇三〇百万ドルから,一九五七年に八四五百万ドルと一八五百万ドル,一八%の激減であった。また,輸入の増加は機械,車輌など工業化および開発資材が中心であった。
このため国際収支は,一九五六年の点字から一九五七年は赤字となり,金・外貨準備は,一九五七年末じゃ四七四百万ドルで,一年間に三八百万ドル減少した。
貿易収支の逆転は,一九五八年も継続が予想されている。コーヒーは世界的に過剰で,一層の値下りは必至であり,輸出収入は減少するであろう。輸入は関税引上げや為替統制によって引締めが試みられている。急激な工業化で機械設備の輸入需要はいぜん大きいからである。一九五八年二月末の金・外貨準備は四二九百万ドルで,一九五七年末から二カ月の関に,四五百万ドルという大幅減少を示した。このため,クルゼイロ貨の自由為替相場は下落し,一九五八年二月は対ドル相場一〇〇クルゼイロになった。年初からの下落率は,三五%に達した。コーヒーの収穫期には,コーヒー相場の下落で,くるぜいろ貨の一層の打撃が予想されている。
対外的に国際収入の悪化と為替相場が下落しているが,国内的にはインフレの高進で,物価勝貴した。
これは,開発計画その他で財政支出が大きく幅の財政赤字(一九五七年歳出一,二九三億クルゼイロ,歳入八五八億クルゼイロ,赤字四三五億クルゼイロ)を出していること,民間事業への貸出増大で,通貨が膨脹しているためである。
ブラジルは,コーヒー相場維持のための財政支出で財政的に圧迫を受け,対外的には輸出所得の激減に悩んでいる。コーヒー対策にアメリカがどう協力するか,目下の最大の懸案である。
目先きのところ,ブラジルは大きな経済難局におちいっているが,長期的には,豊富な資源の開発で経済発展は有望である。ブラジルはコーヒー依存経済から脱却するために,新経済開発五カ年計画(一九五六~六〇年)を中心に経済開発と工業化をはかっている。このため,外国資本の新企業投資額は一二億ドルと見積られている。新計画は,五百万キロワットの電力生産,一,五〇〇キロの鉄道敷設,年産二百万トンの鉄鋼生産などが目標である。
一九五八年に,外国資本は約四億ドル流入した。その大部分はアメリカであるがヨーロッパ資本の進出もふえはじめた。日本のラテン・アメリカに対する投資も,ブラジルが中心となっている。
なお,一九五七年のブラジルの国民総生産は,説によると,一〇,四〇〇億クルゼイロで一.九五六年の八,九六〇億クルゼイロより名目的に一六%増であるが,物価騰貴の影響を除去した実質的増加は五%とみられ,国民一人当りでは二・五%増と推定されている。(Foreign Commerce Weekly April7,1958P.Sー19)
(2) アルゼンチン
アルゼンチンはラテン・アメリ力のうち総生産で,第二の大国である。工業化は早くから着手された。最近の発展は不活発である。政治不安,資本の不足,インフレ高進が,生産の活発な上昇をはばんでいる。
第一次五カ年計画(一九四七~五一年)では,生産増加は四・八%にとどまった。発電,石油,鉄鋼を中心とする第二次五カ年計画(一九五三~五七年)は,一九五五年九月のクーデターで中止となり,一九五六年二月に新計画を作り,年間一〇%の生産増加を目標とした。しかし,一九五七年五月フロンヂシ新大統領が就任し,新経済政策をとることになった。
一九五七年に工業生産は,前年よりやや減少し,鉱業生産はふえたが,鉱業のウエイトは小さい。農業生産は,作物によってまちまちだが,前年より少々上回った程度であった。全体としての経済活動は,緩慢であった。
アルゼンチンも,入超増大,国際収支悪化,金・外貨保有高の減少,インフレの高進などに悩んでいる。
一九五七年の輸出は,九七一百万ドルで,一九五六年より三%上回った程度であったが,輸入は一,三一〇百万ドルで,昨年より一六%も上回った。
主要輸出品は,牛肉,小麦,羊毛,とうもろこしで,この農産物四種で全体の七割以上を占めている。小麦,羊毛の輸出は活発でなかった。輸入は,石油,機械,車輛,自動車,各種資本財などが多く,石油の輸入は年三億ドルに達する。一九五七年の貿易赤字は,三四〇百万ドルで,一九五六年の赤字一八四百万ドルを大幅に上回った。
アルゼンチンの貿易相手国は,他のラテン・アメリ力諸国に比較して,アメリ力に対する依存率が割合に低い。輸出先では英国が第一位(牛肉)で,西ドイツ,オランダなどの順で,西欧との取引が大きい。アメリカとの貿易は,一九五七年に輸入が三二%もふえ,輸出が少し減少したので,一五一百万ドルの赤字を出した。
金・外貨準備は,一九五六年に七六百万ドル減少したが,一九五七年にさらに七〇百万ドル減少して,一九五七年末は三一一百万ドルと,近年の最低に低下した。米商務省調査では,昨年末は三三三百万ドルで,一九五八年三月末は三〇五百万ドルと,三カ月の間に三〇百万ドルという急減をみた。輸出の見通しは有望でなく,輸入は制限が強化されているが,一九五八年第一・四半期の輸入はいぜん高水準であった。五月に就任した新大統領は,このままでは,破産のおそれがあると警告を発した。
アルゼンチンは,工業設備の近代化と産業開発のため,膨大な資本を必要としている。第一次五カ年計画は,第二次大戦によって蓄積した外貨を主要財源とし,ナショナリズムで,外貨排斥も行われた。しかし,第二次五カ年計画実施にあたって,所要資金の不足から,一九五三年八月の外貨導入法で外資の流入をはかった。しかし,政治不安や,産業国有化政策やインフレ高進などで,外貨流入は活発でなかった。フロンヂシ新大統領は,五月に訪問したニクソン米副大統領に対し,石油,交通,電力以外の民間産業部門に,外国資本の流入を大いに歓迎すると述べた。フロンヂシ新大統領の政策と地位がはつきりすれば外国資本の流入は活発化するであろう。
アルゼンチンは,政局不安,財政赤字,賃上げ攻勢,急激な工業化政策などで,戦後インフレ傾向が強かった。一九四六~五六年の年平均生計費騰貴率は,一九・八%で,一九五七年も前年に対し二二%の騰貴を示した。