昭和33年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

経済企画庁


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第六章 一九五七~五八年のソ連経済と新長期計画

三 新長期計画への展望

第六次五カ年計画は,一九五六年一二月の党の決定にしたがって,再検討のうえ一九五七年上半期中に最高会議に上程されることになっていたが,この決定は実行に移されなかった。そして,結局一九五七年九月二六日の党と政府の決定をもつて,五カ年計画は今年で打切られ,来年から始まる七力年計画(一九五九~一九六五年)に切換えられ,この新長期計画の原案は今年の七月一日までに作成されることになった。この決定の発表当時西欧の観測筋はつぎのように見た。新長期計画への切換えは,計画目標の切下げ,発展テンポの鈍化によって一九六〇年までに第六次五カ年計画の目標を達成できなくなったことを隠蔽するためであり(ロンドン・エコノミスト,一九五七・九・二八)あるいはまた経済管理機構の改革による地方分権化が経済の発展を妨げる緊張を生み出したことによるものだというのである。(ニューヨーク・タイムス,一九五七・九・二六,ハリー・シュワルツ),このような観測はいずれも,すでに指摘した一九五七年におけるソ連経済の特質と関連している。

ところが,七カ年計画の作成に関する上述の党と政府の決定は,第六次五カ年計画から七カ年計画への長期計画再編成の理由として,さきに述べたように経済管理機構の改革にともなって計画方式が変化したことをあげている。たしかに計画立案方式が変つたのであるから,各経済地区,各共和国の自主性を多少とも生かした計画を総合した連邦全体の長期計画は,中央集権的傾向が強かつた当時に作成された第六次五カ年計画の当初計画とはかなり違つたものとなるはずである。したがつて,かりに五カ年計画という枠を踏襲したにしても,その当初計画は根本的に修正されなければならなかつたであろう。この点について,党の決定はつぎのように述べている。「従来は個々の省庁別の計画化方式がとられていたが,現在は連邦構成共和国別の計画化が重要な意味をもつている。新しい計画化の方式は,わが国のきわめて豊富な資源をより完全に利用し,生産のより正しい配置を図り,多くの新しい工業部門の確立と発展,各経済地区の総合的発展という重要な課題を解決する可能性を与えている」と。

長期計画再編成の一つの理由として党の決定が掲げているのは,新資源の発見である。ここ数年間にクスタナイ草原では鉄鉱石と燃料の大産地が発見され,クルスク磁気偏差地区ではウクライナやヨーロッパ・ロシアの金属工業地帯に接近して大規模な鉄鉱石鉱脈の試堀が行われており,とくに後者では最近の調査で従来採掘条件の困難さが過大評価されていたことがわかり,たとえばこの地区のヤゴヴレフ鉱山一カ所だけでも富鉱で年産一,五〇〇万トン(一九五七年の全国鉄鉱石産出高は八,四二〇万トン)の産出が可能であるよ見られる。在来の鉄鉱石産出地であるクリヴォイ・ログと並んでこのクルスク磁気偏差地区やカザクスタン,シベリアの開発によってソ連の鉄鉱石不足は大いに緩和されるものと予想されている。さらにそのほかにも,ウクライナのチタン,シリコン鉱石,カザクスタンのモリブデン,ウォルフラム,極東およびシベリアのすず,ウラルの各種非鉄金属,稀金属その他原子力原料,石炭,石油,ガス,化学原料などが発見されたといわれる。このような新資源の発見によつて「第六次五カ年計画に定められていない新しい企業や工業中心地を建設する可能性が生れ,このような大きな課題を実現するためには第六次五カ年計画の残りの三カ年では不足であつて,五年ないし七年以上が必要」になつたことが,長期計画再編成の一つの理由とされているのである。

新長期計画の具体的目標については,まだなんらの発表もないが,党の決定は,その中心課題として,「もつとも短い期間に人口一人当りの生産高において先進資本主義諸国に追いつき,これを追いこす」という,いわゆる「主要な経済的任務」の遂行に大きく前進するために重工業の優先的発展を図ること,国民の生活水準をさらに向上させることを謳つている。そしてこの課題を実現するための条件は,技術的進歩に基づいて労働生産性を全面的に高め,進んだ科学と技術の成果をすべての生産部門に導入し,これを広く普及させることにあるとしている。とくに注目すべきことは,党の決定が「新しい長期計画は,すべての科学部門の発展,理論的研究,新しい科学的発見に広い活動分野を与えなければならない」と述べて,科学の重視を強調していることである。

さらに,党の決定は新長期計画の重点としてつぎの諸項目を列挙している。

(一) 東部諸地域の開発

(二) 鉄鋼業,非鉄金属工業,化学工業,とくに人造繊維,食品原料代用品,プラスチック,人造皮革その他の新合成物質の生産の急速な発展

(三) 高テンポの電化,石炭,とくに石油およびガス工業の急速な発展

(四) 建設期限の短縮,多数の建設対象に対する投資の分散の一掃および住宅建設規模の拡大と建設テンポの引きあげ

(五) 最近数年の間に人口一人当りの肉,バター,牛乳の生産高においてアメリカに追いつくための農業生産の拡大と消費財の増産

このような諸項目は単に重工業の優先と国民生活水準の引きあげというソ連の常套語を具体的に表現しただけのものではなく,さきに述べたような最近の基礎産業部門と建設における隘路の打開,新合成物資の増産,「燃料バランス」,さらに広い意味での「エネルギー・バランス」の改変,国民生活に対する圧迫の緩和という具体的な方向を示している。

ここで生活水準の引きあげについて一言しよう。現在ソ連の国民生活においてもつとも重大な問題は住宅不足である。それは長期にわたる工業化と都市への人口集中,住宅建設投資の不十分,戦争による被害などからくる当然の帰結であった。すでに述べたように,一九五七年計画では住宅建設資金の増額という措置が講ぜられ,住宅建設投資は前年に比して一〇・八%を増すことになつたが,国家貸付けによる個人の建設の分をふくめて,都市の住宅建設完成面積は一九五六年実績の三,六〇〇万平方メートル(計画遂行率九二・三%,前年比一一・五%増)から,一九五七年計画の四,六〇〇万平方メートルと二八%増すことになつていた。ところが,この年の七月末には,ここ一〇年ないし一二年間で住宅不足を解消することを目標とする党と政府の決定が発表され,一九五七年の計画は前記の四,六〇〇万平方メートルから四,七〇〇万平方メートルに,一九五七~一九六〇年の計画は二億五,三〇〇万平方メートルから二億七,二〇〇万平方メートルに拡大されたが,一九五七年の実績では都市住宅完成面積はこの計画をさらに上回つて四,八〇〇万平方メートル(前年比三三・四%増)となり,一九五八年計画ではこれが六,一〇〇万平方メートルに達するはずである。

つぎに畜産物の増産について見よう。近年におけるソ連の農業政策の核心は畜産の振興であった。一九五五年一月の党の決定による未墾地および休閑地の開拓(現在までの開拓面積三,六〇〇万ヘクタール),トウモロコシの増産(一九五七年は一九五三年の約二倍)を起点とする畜産の振興がこれである。一九三〇年代の集団化の不安による大量屠殺,第二次大戦の戦争被害,政策上の動揺のために長期にわたって不振を続けてきた畜産は,最近ようやく立直りを見せてきた。最近の畜産振興策の結果,家畜頭数は第6-4表のように増加した。

このような成果の上に立つて,フルシチョフは一九五七年五月,最近数年間に人口一人当りの牛乳,バター,肉の生産においてアメリ力に追いつくと言明したのである。ちなみに,一九五六年の米・ソの一人当り生産量は第6-4表のとおりであった。すなわち,一九五六年現在の人口一人当りの米・ソの畜産物生産量は相当の格差があり,とくに肉の生産量においてこれが著しいが,今年一月の中央統計局発表によると,総生産量においては,現在牛乳の生産はアメリカのそれ(一九五六年‐五,七〇二万トン)の約九五%の水準に達し,昨年のバターの生産はすでにアメリ力の生産量(一九五六年‐七〇万トン余)を多少上回った。人口一人当りの生産量でアメリ力に追いつくためには,牛乳を一九五七年の五,四七〇万トンから七,〇〇〇万トンに,肉を一九五六年の約六〇〇万トンから二,〇〇〇万ないし二,一〇〇万トンに引きあげなければならないといわれる。肉についていえば,この目標に到達するのが一九六〇年ないし一九六二年とされている(前掲中央統計局発表,前掲ECE年報第一章二ページ,一九五七・一・一六フルシチョフ演説等による)。

第6-5表 人口1人当り米・ソの畜産物生産量

さらに,もう一つ国民生活水準の引きあげと関連して注目されるのは,去る五月六-七日の共産党中央委員会総会で決定された化学工業,,とくに合成物質(化繊,プラスチック,合成ゴムなど)生産の振興策である。すでにフルシチョフ首相は昨年の革命記念祭の演説のなかで,化学工業の振興による化学肥料,プラスチック,化繊その他の合成物資の増産の問題に触れた後,語を継いでつぎのように述べている。「-いまや,重工業,機械工業において,また科学技術の振興において非常な発展が遂げられた結果,われわれは国防強化をそこなうことなく,重工業,機械工業の一そうの発展を妨げることなく,一そう急速なテンポをもつて軽工業を発展させることができる。とくに,民需用の靴,織物をさらに増産し,ここ五年ないし七年の間にこれらの商品に対する国民の需要を十分に保障することができる」と。いいかえれば,従来多かれ少なかれ国防強化と重工業優先の重圧を受けてきた軽工業生産が,今後国民の需要を満足させる程度に高まりうる可能性が出てきたというのである。しかも,そのような段階に到達するのに五年ないし七年という期限が切られている。ここで重要な役割を果すのが合成物質の生産なのである。

さきにあげた党の決定は,農産原料に加えて合成物質を利用することは,衣類,靴,織物,家庭用品の生産を著しく増大させる可能性を与えるし,工業および建設における合成物質の利用は,労働生産性を高め,大量の鉄鋼,非鉄金属および合金に代わりうる可能性を生むとして,その重要性を強調している。しかるに,フルシチョフ首相(前記中央委員会総会における演説)によれば,従来この化学工業部門における投資は不十分であり,設備も諸外国のものに劣り,研究活動に欠陥かあったため,生産は著しく立後れていた。全工業生産ではアメリ力についで世界第二位を誇つているにもかかわらず,人造繊維および合成繊維の生産(一九五七年が一四万九,〇〇〇トン)では世界で第六位,プラスチックの生産では第五位を占めている程度であるという。

このような立後れを取りもどすために,一九六五年(七カ年計画最終年度)末までに生産能力を一九五七年に比べて,人造繊維および合成繊維‐四・六倍,プラスチックおよび合成樹脂‐八倍,合成ゴム‐三・四倍に拡張することが決定された。そして,化繊,人造皮革の使用による織物,靴などの増産が大きく取上げられ,一九五八年から一九六五年までの八年間に人口一人当りの織物の生産量を一七メートル増して(一九一三年から一九五七年までの過去四四年間の増加は二〇メートル)一九六五年の一人当り生産量を五六メートルにするという。いま各品目の増産予定を見ると第6-6表のようなものである。

なお,フルシチョフ演説によれば,以上のような化学工業の振興のため,工場新設,専門化,国防生産からの転用によって国内で化学工業設備を増産するだけでなく,東ドイツ,チエコ,ポーランド,ハンガリーなどのソ連圏諸国,さらにはアメリ力,西ドイツ,イギリスなどの圏外諸国からも輸入し,また外国の技術をも導入することが必要であるとされている。

以上のような国民生活水準の引上げのための諸措置や新合成物質の増産は,基礎産業部門と建設における隘路の打開とともに,新長期計画を作成するに当って,その基本的な方針となるものと見られるが,これらの諸点はすでに一九五八年度計画においても考慮に入れられている。すでに述べたように,一九五八年度計画は前年の計画とほぼ同様の経済成長率を予定し,この意味では前年のような「経済調整」を継続しようとするものであるが,その反面次年度から始まる七カ年計画の方向へ転換する動きを示している。このことは,七カ年計画の重点と目される部門に対する投資の増え分からもわかる。すなわち,第6-7表に見られるように,一九五八年度計画では重点部門への投資が大幅に増えており,前掲クジミン報告によれば,絶対額においても住宅建設のごときは全建設事業量の三分の一にも達し,このために非重点部門への投資額は前年に比べて多少減る予定であるという。この点で一九五八年度計画はまさに超重点投資を指向しており,すでに新長期計画への方向に一歩近づいたといえよう。

この新長期計画についても,第六次五カ年計画の場合と同様,「人口一人当りの主要工業製品の生産量において主要資本主議諸国に追いつく」ことが謳われているが,来るべき七年計画ではこの点でどの程度の前進が予想されるであろうか。七カ年計画がまだ発表されていない現在,一つの目安となるのが革命記念祭におけるフルシチョフ演説(一九五七・一一・六)に示された「約一五年後」の生産目標である。これは厳密な意味での「計画」として精密化されたものではないが,ソ連経済の長期的な展望にある程度の指針を与えるものである。すなわち第6-8表に示すとおりである。

これによると,「約一五年後」の目標である主要物資の生産高は,その最低数字でも,大部分の品目において一九五六年のアメリカの生産水準を追いこすことになる。なおこの数字は,フルシチョフ演説によれば,今後の科学,技術の発展を考慮すると実際に即して修正され,とくに実行期間を短縮する方向に修正できるものだというのであるが,事実前述の合成物質増産によつて,織物,靴の一九五六年生産計画(第6-6表参照)はこの「約一五年後」の目標にかなり近づいている。

では,「約一五年後」における人口一人当りの生産量はどうか,これを第6-9に見よう。

すなわち,人口一人当りの主要物資の生産量は,「約一五年後」に先進工業国の一九五六年の水準に近づくか,あるいは多少これを上回ることになる。

新長期計画の七年という期間は,以上のような「約一五年後」の目標に至る道程のほぼ半ばに当る。もちろん,近く発表されるはずの七カ年計画の最終目標,すなわち一九六五年計画数字には,あるいはフルシチョフ演説の目標の半ばに達しないものもあろうし,あるいは,衣料品のように,その半ばをこえるものも出てこよう。しかし,七カ年計画案の作成に関する決定の発表(一九五七・九・二六)と前述のフルシチョフ演説(一九五七・一一・六)の時間的関連から見ても,七カ年計画の作成には後者に現われた,より長期的な目標が考慮に入れられるであろう。このようにして,来るべき七カ年計画は「約一五年後」の目標に向って歩を進めるものとなるであろう。

もしそうだとすれば,「約一五年後」の目標に到達するための増産率から七カ年計画における増産率をある程度推定することができる。いま「約一五年後」の目標に平均的なテンポで到達するものとして,五カ年ごとの増産率を戦後の各五カ年計画の増産率と対比すれば,第6-10表のとおりである。

第6-10表において,第四次五カ年計画は戦後の復興期として当然異常に高い増産率を示しているので一応これを除外すれば,「約一五年後」の目標に至る五カ年間増産率はいずれの品目についても第五次および第六次五カ年計画の増産率よりははるかに低い。上掲の品目のうちで,一五年間にもつとも大幅な増産を示すはずの石油やガスにしても,その増産率は第六次五カ年計画の計画増産率を下回つている。このように,上掲の品目については,もし今後一定のテンポで一五年後の目標に到達するものと仮定すれば,第六次計画よりも増産のテンポは鈍化することになる。

もちろん,上掲の品目だけからただちに総合指標としての工業総生産や国民所得の動きを推定することはできないが,少なくとも一九五七年と一九五八年の計画成長率が主要経済指標,各主要物資生産高ともに第六次五カ年計画の年間成長率より低く抑えられてきたことを考え合わせると,来年から始まる七カ年計画においても第六次計画の工業総生産年間一〇・六%,国民所得年間約一〇%の成長率を下回り,工業総生産七-八%,国民所得八%前後という,一九五七年および一九五八年の計画に近い線に落ちつくといつてよいのではあるまいか。このように,現在のところ全く「推測」の域を出ないのではあるが,ソ連経済の当面の隘路が解消したにしても,来るべき七カ年計画はほぼ一九五七年と一九五八年に近い経済成長率を示すものと考えられる。あるいはこれが長期的にはソ連経済の安定的な成長への途であるかもしれないのである。

一九五六年から始まったソ連の第六次五カ年計画は,一九五七~五八年の調整過程を経て七カ年計画(一九五九~六五年)に切換えられる。ここで問題になるのは,将来ソ連の経済成長,とくに工業の発展テンポが鈍化するかどうかということである。さきにあげた西欧側の観測は,工業生産の増大がスロー・ダウンするものと見ている。ところが一九五七年までの実績に関するかぎり,工業生産の総合指標では工業の増産が第六次計画の年間増産率を大きく下回つてはいない。しかし,一九五八年度計画に至るまでの鉄鋼,電力などの増産テンポは五カ年計画の年間増産率を下回り,かつ鈍化する傾向を示している。この隘路が打開されないかぎり,工業全体の増産テンポは鈍化する危険性をはらんでいる。したがつて,この点から見れば第六次計画がそのまま実施されたとすれば,予定された全工業の増産目標は達成されなかつたかもしれない。少なくとも,第五次計画の場合の計画の七〇%増産に対して実績八五%増というように,目標を上回ることは不可能だといえよう。

しかし,一九五八年第一・四半期の実績では明らかに好転の兆が見られる。この兆候が安定的な成長の端緒であるかどうかを見る場合,二,三の要因を考慮に入れなければならない。その一つは投資の効果である。すでに一九五七年計画の投資は隘路部門へ重点が指向され,また投資の分散を避けて,始動期にある建設対象に集中されている。このような重点的,集中的投資は新長期計画の基本方針としても謳われているが,はやくも一九五八年度計画では新長期計画の重点部門への投資が大幅に増え,そのため他の部門への投資は前年より減つてさえいる。このような超重点投資が効果を発揮するならば,それは新資源とくに鉄鉱石の開発,増産,新産業の発展など,ソ連の経済成長にとつて一つのプラス要因となるはずである。さらに考慮に入れなければならないのは,機構改革の効果いかんということである。工業と建設の管理機構改革は,たしかに一部に混乱を引起したであろうし,また地域的アウタルキーの傾向はつねに発生する余地があるであろう。しかしこれは中央の計画,調整機関の強化によつてかなり相殺しうるものであろう。いわゆる「地方分権化」の反面には中央の「計画的指導」がある。この指導にして誤りがなければ,地方や現場の自主性が向上する結果,実状に則した経済の計画,管理とか,地域の生産力の合理的,総合的な利用,発展というような機構改革に際して謳われた目的は,次第に実現されてゆくものと見てよいであろう。

さらに問題は労働力にある。当面労働力は経済成長に対する最大の阻止要因とはなっていないが,より成長にわたつて見た場合かなり重大化するものと思われる。そこでこれからの一つの脱出路は,労働生産性,とくに国際的水準から見てきわめて低い農業の労働生産性を引きあげることにある。さきに決定された農業体制の再編成,エム・テー・エスの改革がこの点にどのような効果を生むかは,将来のソ連の経済成長を規定する一つの要因となるであろう。

国民生活に対する圧迫の緩和は,ソ連経済の長期の見通しを考える場合,無視できない要因である。それは,かつての緩和政策のような一時的なものではなく,ソ連内外の政治的,社会的状況からくる停止することのできない長期的傾向のようである。そうとすれば個入消費の急速な増大は,国民所得の四分の一に当る蓄積を阻止する要因になりかねない。さらに,党と政府の決定にしたがって今後一〇年ないし一二年内で現在のような深刻な住宅不足を解消するためには,長期にわたって相当な規模の住宅建設投資が必要となるが,これが産業投資と競合関係にある。すでに一九五八年計画では住宅建設投資が全建設事業の三分の一にも達している。住宅不足がソ連の国民生活における最大の悩みである以上,住宅投資の遷延はもはや許されなくなつている。従来後回しになつていた住宅建設投資が今後大幅に増えるとすれば,産業投資はそれだけ抑えられることになる。

来るべき新長期計画においても,従来同様重工業の優先と生活水準の向上が謳われるであろう。それは,ソ連のいわゆる「平和的経済競争」の目標として当然掲げなければならない課題である。そして,今後長期にわたるソ連の経済成長,工業増産のテンポは,そのいずれに重点をおくかに依存するところが多いといわねばならない。