昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第六章 一九五七~五八年のソ連経済と新長期計画
第六次五カ年計画は一九五六年から始まったのであったが,この計画は発足の第一歩で早くもつまずきを見せた。
その年の工業生産は,前年に比べて一一%を増して年度計画を上回り,また五カ年計画で定められた増産の年率にも達した。農業部門でも穀物の収穫高は不作であつた前年を二〇%上回って「記録的な豊作」と謳われ,とくに長期にわたつて不振を続けていた畜産が,農業振興策開始前の一九五三年に比べて牛乳三五%,肉一一%)そのうち豚肉一七%),卵二一%,羊毛一一%の増産を示して,ようやく立直りを見せてきた。こうして,第六次五カ年計画は一応順調に発足したように見えた。ところがこの「達成」の背後に,はなはだしいアンバランスが生じていたのである。石炭,金属,セメント,木材などの重要原料,資材の生産は年度計画に達せず,これが他の産業部門に悪影響を及ぼした。また建設の面でも以上の部門のほか一連の産業部門の建設の完了と操業の開始が著しく後れ,住宅建設も計画を達成できなかつた。全体としての国家投資計画は九四%しか達成されなかった。
このような状況のもとで一九五六年一二月に開かれた共産党中央委員会総会は,「計画作成上の重大な欠陥」と「各省の企業や建設に対する指導の不満足」が混乱の原因であると認めた。この総会の決定によると,中央の計画機関と経済関係の各省は計画の作成に当つて「計画課題に対応して資材と資金を確保しうる可能性に十分な考慮を払うことなく,また原料,燃料(資材の十分なストックを予定せずに生産の規模を引上げてしまつた」といわれる。つまり,原料,資材の手当量に比べて生産や建設の計画が過大だったわけである。その結果計画遂行途上で「過度の緊張」が生じ,企業はリズミカルな生産活動ができず,突貫作業と停頓を繰返し,建設事業では多くの建設対象への資材,資金の分散,建設期間の延引,建設費の上昇,始動期限の遅滞が起つたというのである。もつとも,このような緊張はあえて一九五六年度計画に限られたものではなく,原料,資材の手当と中央計画機関から課題として与えられる生産,建設の規模とのアンバランスは,ソ連の経済計画に常に見られる現象のようであるが,さきの党の決定はそのようなアンバランスをはじめて明確に認めたに過ぎないのである。
それは別として,この党の決定は「各工業部門の計画から生ずる過度の緊張を排除し,生産と投資の課題を資材の量に対応させるため,五カ年計画に関する第二〇回党大会の指令と一九五七年度計画原案に規定された各課題を精密化すること」を必要と認め,当時すでに作成されていた一九五七年度計画案のみならず第六次五カ年計画をも再検討することを命じたのである。そしてその再検討の方針としてつぎのことを定めている。
(一)資材と資金をもつとも合理的に利用するため,投資額を削減し,新規事業をとりやめて,もつとも重要な建設事業と始動期にある施設に資材と資金を集中する。
(二)企業のリズミカルな生産活動の条件を満たすため工業の原料,資材の予備を形成することをはつきり規定する。
(三)住宅建設資金を増額する可能性を探求し,地場建設資材の利用を図り,個人の住宅建設を助成する。
このような方針に基づいて一九五七年度計画では資材の確保の裏付けのある「現実的な生産課題」(当時の短期計画立案機関である国家経済委員会の議長ペルウーヒンの言葉)が立てられ,多くの経済指標について成長率が前年実績より引下げられた反面,投資総額が前年に比して九%増加するなかで,鉄鋼業二〇%,石炭鉱業一五%,住宅建設一九・七%とそれぞれ増加を示しているように,重点部門へ集中的な投資が行われることになったのである。
一九五七年の実績についてみると,主要経済指標に関する計画は大部分が「超過遂行」されている。ところが,それにもかかわらず,これらの経済指標に関する一九五八年度計画は,一九五七年実績を下回つて,同年の計画に近い成長率を予定している。すなわち,第6-1表に見るとおりである。
第6-1表にあげた経済指標のうちで,一九五七年実積が計画を下回つたのは国民所得と投資であつた。農業生産については,中央統計局の発表が多くの地域,とくにヴォルガ沿岸,ウラルおよびカザフ共和国の一部の州における旱害のため,殼物の総収穫量は,最大の収穫および調達の年であった一九五六年を下回つたと報告しているだけであるが,国連欧州経済委員会の年報(“Economic Survey of Europe in1957”Chap.I.p.3)の推計によると穀物の収穫が一九五六年の一億三,〇〇〇万トンから一九五七年の一億五〇〇万トンに落ちているのをはじめとし,甜菜,野菜を除く主要農作物が減収となっている。ただ畜産はいぜんとして好調を続けている模様で,中央統計局の発表によれば,牛乳の生産は一九五四年の三,八二〇万トンに対して一九五六年の四,九一〇万トン,一九五七年の五,四七〇万トンと増加している。しかし,いずれにせよ一九五七年の農業総生産が前年をかなり下回つたことに疑問の余地はない。このことは,一九五八年の農業総生産が一九五七年に対して一七%という大幅な増加を予定されていることからも明らかである。このようにして,一九五七年実績において工業生産が計画を上回ったにもかかわらず,国民所得の増大が計画に達しなかったことは,農作物の不作を反映するものであろう。さらに上掲第6-1表の主要経済指標のうち,一九五七年実績が計画を下回つたのは国家固定投資であつた。この計画は年間を通じて九八%の遂行にとどまつた。ただ同年半ばに行われた建設管理機構の改組は建設活動に好影響を及ぼしたようで,この年の上半期の計画遂行実績が九一%に過ぎなかつたのに対して,下半期のそれは一〇四%と超過遂行を示し,結局年間では九八%とほぼ完全遂行に近い実績となつたのである。
一九五八年実績が計画を上回つたのは工業生産と個人消費である。このうち,個人消費がかなり大幅に増加したのは,低額賃金および年金の引上げや所得税などの免税点の引上げによつて購買力が増加(労働者,職員の実質賃金は一九五六年には前年に比べて三%の増加であつたが,一九五七年には七%であつた。ただし農民の現物,現金収入の増加はそれぞれ一二%および五%)したことからきたものであつて,いわば一時的な要因をふくんでいる。
もつとも問題となるのは,工業生産の動きである。前述のように,工業生産は一九五七年計画では,原料,資材の供給面における「緊張」状態のために,前年実績より成長率が引下げられた。ところが,同年の実績では計画は超過遂行された。もし,一九五七年計画が正しいプロポーションをもつて立案され,さらに隘路部門の超過遂行が同時に起らなかつたとすれば,総合指標における超過遂行によつてかえつて「緊張」が強められたことになる。ところで,一九五八年計画においても工業生産をはじめ多くの指標の成長率は低く抑えられている。このことは,一九五八年にも前年の計画立案に際して考慮しなければならなかった事情が解消しないことを意味する。一九五七年に成長率の引下げによる経済調整を必要にしたものは,ソ連経済の「緊張」状態であつた。いいかえれば,経済発展,とくに工業生産と投資の増大を制約した一つの要因は,原料,資材の供給面における「緊張」であつた。もちろん,これ以外の要因として工業,建設の管理機構における欠陥や,さらに長期的には労働力の問題もある。しかしこれらの要因のうち,前者は一九五七年の半ばに一応是正されることになり,また労働力は少なくとも一九五七年については阻止的な要因ではなかつた(前掲ECE年報第一章,二七ページによれば,一,九五七年の工業雇用の増加は計画一・八%に対して,実績は三%であつた)。したがつて,一九五七年の経済成長を阻止したおもなる要因は,原料,資材の供給面にあつたのである。なかでも鉄鋼と石炭,電力などのエネルギー部門とは経済発展を阻止する重大な隘路となつていた。ところが第二表に見られるように,これらの隘路部門は一九五八年計画でも大幅な増産を示してはいない。
第6-2表によって,一九五八年の計画数字までの動きを見ると,つぎのような傾向がわかる。
(一)鉄鋼と石炭の増産率は第六次五カ年計画の年率を下回つており,とくに銑鉄と粗鋼の増産率は従来見られなかったほどの低い水準に落込んでいるが,これは建設の立後れに基づく鉄鉱石の不足によるもののようである。
(二)石油およびガス,とくに後者の増産率は五カ年計画のそれを上回っている。すでに第六次五カ年計画においていわゆる「燃料バランス」を一九五五年の石炭‐六五%,石油‐三二・五%,天然ガスー二・五%から,一九六〇年には石炭‐五八%,石油-三六%,天然ガスー六%にするため,石油とガスの大幅な増産が予定されていたのだが,最近では一そうこれに拍車がかけられているわけである。
(三)電力とセメントの増産率はかなり大幅ではあるが,五カ年計画の年間増産率には及ばない。
以上のような,一九五八年計画に至る基礎物資の増産テンポを前掲第6-1表の工業生産総合指標の動きと対比すれば,鉄鋼,石炭,電力等の需給の逼迫は明らかである。事実,とくにヨーロッパ・ロシアにおけるエネルギーの不足はしばしば伝えられるところである。前述のように,一九五八年にもなお前年に引続いて控え目な計画が立てられていることは,この間の事情を雄弁に物語つている。
ここで一九五八年度の品目別工業生産計画を前年度と対比して示せば,第6-3表のとおりである。
第6-3表にあげた諸品目のうち基礎物資についてはさきに述べたとおりであるが,ここで民需関係の生産計画を見よう。
第一に軽工業品の増産率が高くないことが注目される。この点について想起されるのは,昨年一一月の革命四〇周年記念祝典におけるフルシチョフ首相の言明である。かれは,いまやソ連は国防の強化と重工業・機械工業の発展を妨げることなく軽工業を発展させることが可能であり,とくに織物や靴を増産してここ五年ないし七年間にこれらの消費財に対する需要を十分に満すことができると述べた。これを逆にいえば,これらの消費財に対する需要を十分に満すためには,一九五八年度計画による増産の程度では,まだかなりの長期間を必要とするということになろう。
これに反して,第6-3表に見られるように,肉・乳製品,砂糖などの食品関係部門ではかなりの増産が予定されている。とくに肉乳工業では近年における畜産業の立直りを背景として増産努力が続けられるが,その反面で加工能力,冷凍設備の不足が問題となってきている。
一九五八年度における住宅建設の拡大を裏付けるものとしては,第6-3表にあげたセメントや組立家屋の大幅な増産が目立つている。そのほか,本年は鉄筋コンクリート・ブロックが三六%,スレートが一二%と建設資材がかなり増産を見るはずである。また住宅建設と並んで家具が二一・一%とこれまた大幅な増産が予定されているが,これでもまだ不足であるといわれ,本年四月一五日に発表された家具増産措置によって,一九五八年計画はさらに拡大された。このように,一九五八年計画では当面,食品と住宅関係に重点がおかれているということができる。
前述したように,一九五七年,一九五八年ともに工業総生産と基礎物資の計画増産率は第六次五カ年計画の年間増産率を下回ってきた。ところが,一九五八年第一・四半期の実績は従来とは異なる傾向を示してきたもののようである。中央統計局の発表によれば,工業総生産は計画の一〇四%に達し,前年同期に比べて一一%を贈したのだが,第6-2表に見るとおり,基礎物資の増産率は一せいに年間増産率を上回り,一部の品目ではこれがかなり顕著である。もしこのような傾向が続けば,ソ連経済の「緊張」状態は解消し,鈍化した経済成長率は上向きに転ずるか,少なくとも一九五六~五七年の状況とは異なる安定した成長に向うことが予想される。この意味から本年の工業生産の動きは,きわめて注目に値するものがある。