昭和33年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

経済企画庁


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第五章 外貨危機に悩むフランス経済

四 物価の動向

フランスの物価は一九五七年の三月および四月に軽微な低下を示したが,その後は上昇の一途をたどり,とくに第四・四半期以降の急騰が著しかつた。一九五七年一~一二月の上昇率は卸売物価が一三%(一九五六年の上昇率は四%)小売物価が一五%(一九五六年の上昇率は一〇%)であったが,第四・四半期のわずか三カ月間に卸売物価指数は一四ポイント,小売物価指数は一一ポイントの上昇を記録している。世界市場における商品相場の低落にもかかわらず,また主要資本主義国における物価が横這いまたは低落の傾向をすら示しているのにもかかわらずフランス物価がこのように上昇路をたどつたのは,ひとつはフランスの国内市場が他の物価が国内市場にくらべて資本主義世界貿易の趨勢に左右される度合が弱いためであり,ひとつは実質的平価切下げによる輸入品価格の高騰に帰因することはもちろんであるが,さらにこの物価高騰のより根本的な原因がインフレ的圧力とアルジエリア戦争の影響にあることを否定するわけにはいかない(一九五七年八月の物価凍結はその後「物価整理」を理由に緩和されてたいして実効のないものとなつている)。

第5-11表 卸売および小売物価指数

一九五八年に入つてからの物価の動きをみると,卸売価格は総体的には横這い状態を示しているが,燃料,エネルギー,および輸入品とくに工業原材料が低落傾向を示している。これは世界市場における商品相場の低落がフランス国内市場にもようやく反映しはじめたためとみられよう。卸売物価に反し,小売物価はいぜんとして高騰を続けている。小売物価の動向を示す参考統計である二五〇品目価格指数(一九五六年七月~一九五七年六月=一〇〇)は一~四月に約七・六ポイント上昇しているが,最低賃金スライドの基礎となる一七九品目指数(一九五七年七月=一〇〇)は一~四月に九・八ポイント上昇している。このような生計費の上昇速度の急速化は,政府が業者団体の圧力に屈して食料品,サーヴイス料金および工業半製品の価格引上げを認め(一二月二九日),さらにラジオおよびテレヴィ部品,写真機,香水,毛皮等に対する二五%の従価税の二七・五%への引上げを認めた(一二月二九日)ことを大きな原因としている。このような生計費の上昇のために最低保障質金は,一九五八年一月および三月に引上げられたが,さらに六月に三・二%引上げられパリ地区の一時間当り最低保障賃金は一四九・四三フランとなった。しかし,この最低賃金引上げも生計費の上昇速度にははるかに立ち遅れており,単に生計費高騰の事実を追認したにすぎないものであることは論をまたない。しかも,この最低保障賃金の引上に均霑する労働者数は七%前後にすぎないのであるから,最低保障賃金引上げが直ちに全労働者の賃金上昇を意味するものではない。政府は労働者の賃金上昇,したがつてその購買力の増大が物価上昇の原因であるとして最低保障賃金スライドの基礎となる生計費指数の改訂その他の対策を講じているが,一九五七年六月から一九五八年一月までの間の賃金率指数と卸売物価および小売物価との上昇率をくらべてみると,賃金率の上昇が六・六%であるのに対し,卸売物価および小売物価の上昇率はいずれも一四%であつて,物価の上昇の方が賃金の上昇をはるかに上回っている。これは物価の上昇がむしろ賃金の上昇に先行して労働者階級の賃上要求を不可避ならしめていることを物語ると同時に,労働者階級の購買力の相対的低下を示すものである。この点についてはル・モンド紙(一九五八年六月一七日)も,一九五七年四月~一九五八年三月の小売物価の騰貴は約二〇%(官庁統計と民間諸統計を勘考してえた数字)であるのに対し賃金の上昇は一四%にとどまり,家族手当の増加率はさらに低いので,一九五八年三月の標準家庭(子供二名,父親の賃金は平均貿金)の購買力は一九五七年四月にくらべて七%低下していることを指摘している。したがつて,賃金の上昇に物価騰貴の責任を転稼するのは妥当でなく,むしろ,労働者階級以外の消費者‐事業家および富裕者階級の需要が物価上昇の圧力となっているとみるべきであって,工業品,なかんずく工業原材料や,鉄鋼や,石炭の卸売価格指数の上昇が,卸売価格総合指数の上昇を上回つている事実および家庭設備品の価格上昇が著しい事実(第5‐12表参照)はその間の消息を物語るものである。

いずれにせよ,アルジェリア戦争と経済拡大のための活発な投資が続くかぎり,フランス物価に対するインフレの圧力はますます増大するであろう。

フランス経済の最近の動向の概略は以上のごとくであつて,現在のところ深刻な外貨危機に悩まされながらも,生産はいぜんとして大幅の上,昇を続け,景気後退の著しいきざしはまだ現われていない。しかし,経済情勢は一九五二~五三年の景気後退期の直前と酷似するものがあり,しかも一九五一年当時のようなアメリカの援助も域外調達も期待できない状態にあるので,フランス経済の前途は楽観できないものがある。

本年五月初旬に発表された一九五八年の国民会計予想は,第5-13表に示すように,A,B二つの仮定を設け,仮定Aにおいては,一九五八年度の対前年比国民生産の増加を金額(物価の上昇を考慮に入れて)で一六%,数量で三・五%,農業および鉱工業の生産増加を五%とみており,さらに,一時間当り賃金は平均一一%の上昇で物価の上昇(一二・五%)よりも下回るが,工業および商業の利潤は一八%増加する。そして,個人の投資は減るが消費は減らず,企業は利潤増加に刺戟されて投資を増大するし(金額で一七%,数量で六%)政府の投資も数量で一%上昇することを予想している。外貨については,輸入が金額で一四%増(数量では六%),輸出が金額で一五%増(数量で三%増)となり外国から借りた外貨は,一九五八年末までに全部使い果されるとみている。仮定Bにおいては,本年第四・四半期頃に軽度の景気後退が始まり,国民生産の対前年比増加は三%にすぎず,賃金総額の増加は一一%(仮定Aでは一二%),企業の投資増加は数量で四・五%(仮定Aでは前記のごとく六%)にとどまり,輸出入とも仮定Aより下回るものとみている。そして「フランスはたとい景気後退はのがれうるにしても,外貨欠乏のため一九五九年には経済活動の停滞を避けえない。これに反し,世界景気後退の影響なり,また世界景気の後退に関係なしに国内不況(仮定B)の影響なりをフランス経済が回避しえない場合は,一九五九年に由々しい景気後退が起り,第三次近代化計画の実施も不可能となるだろう」と述べている。

いずれにせよ,アルジエリア戦争が解決されないかぎり,フランス経済の前途に横たわる大きな不安は解消されえないとみなければならない。


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