昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第一章 総 論
(1) 欧州経済は拡大鈍化から停滞へ
欧州経済の拡大鈍化傾向は五七年中もつづいた。五七年全体としてみれば欧州の工業生産増加率は四・八%で五六年の五%と大して変らなかつたが,各四半期毎に前年同期比増加率をみると,第一・四半期の六・六%から第二・四半期の四・七%,第三・四半期の四・二%,第四・四半期の二・三%へと次第に停滞的様相を濃くしてきた。もちろん国によつて事情は一様でなく,フランス,イタリア,オーストリアは年間八%ないし九%の高い増加率を維持したが,英国,オラング,べルギー,デンマークなどはほとんど停滞的であり,第三・四半期または第四・四半期の工業生産が前年同期を下回つた国も少なくなかった(ベルギー,デンマーク,フィンランド,オランダ)。
五六年における経済拡大の鈍化は完全雇用にともなう設備や労働力の隘路に帰因していた部分が少なくなかつたが,五七年のそれはむしろ主として需要の増勢鈍化にあつたとみることができよう(フランスはおそらく唯一の例外)。
五四年下期以来の投資ブームにより設備能力はかなり拡張されたはずだからである。たとえば西独とオーストリアについてみると,一九五五年末から一九五七年末までの二カ年間に全工業設備能力は西独一七%,オーストリア一四%増加した。とくに西独の投資財工業の能力は二二%という大幅な増加を示した。
同じ期間に西独の工業生産は九・五%増加し,投資財生産は九・一%の増加であつたから,操業度はむしろ低下したわけだ。ミュンヒエン経済研究所の調査によれば,西独工業の稼動率は次表のごとくで投資財工業の場合五六年一月の八九%から五七年一月の八四%,五八年一月の八三%へと低下しており,また消費財工業の稼働率も同期間に九〇%から八九%,八七%へ低下している。
この工業生産停滞の傾向は本年もつづいている。フランス,イタリア,オーストリアの三国を主要な例外として,五八年初めにおける西欧諸国の生産は前年同期と同じか下回つた。西独の工業生産も本年第一・四半期は前年同期比でわずか三・二%の増加にすぎなかつた(五八年第四・四半期の前年同期比増加率は約六%)。ただしこの西独の工業生産拡大率の鈍化は,昨年第一・四半期の生産水準が暖冬の影響で異常に高かつたのに対して,本年は三月末まで冬の気候がつづいたという異例的な要因を考慮する必要があろう。
工業生産の停滞傾向を反映して欧州の失業も増加しはじめた。第1-14表で明らかなようにイタリアを唯一の例外としてほとんどすべての国で失業者の増加がみられる。しかし失業の増加といつてもわずかであって,完全雇用の線はまだ崩れていないようである。
(2) 米国の景気後退
米国の経済は五五年,五六年と二カ年間拡大をつづけたが,拡大テンポはすでに五五年第四・四半期から鈍化してきた。国民総生産の成長率は五五年の七・一%のあと,五六年はわずか二・九%にとどまつた,工業生産は五六年一二月の一四六(一七四七~四九年=一〇〇季節制整ずみ)をピークとしてその後は一四五ないし一四四の水準を低迷しつづけた。西欧より一年おくれて拡大期にはいった米国経済は西欧よりほぼ一年早く停滞期を迎えたわけだ。工業生産指数は五七年はじめ以来約八カ月間の停滞期のあと,九月に一四二へ低落し,爾来毎月低落をつづけで五八年四月には一二六となった。昨年八月にくらべれば一三・一%の低一洛であり,五六年一二月のピークにくらべると一四・三%の低下である。本年第一・四半期の国民総生産は昨年第三・四半期のピーク時より四・一%の減少である。この工業生産と国民総生産の低下率は,一九四八~四九年および五三~五四年の景気後退時の低下率をすでに上回つている。失業者数も三月には五二〇万人となり戦後の最高を記録した。四月の失業者はやや減つて五一二万人となつたが,失業率は逆に七・五%へ高まつた。これまた戦後の最高である。
この米国景気の後退は設備投資の減少,在庫削減,軍事支出の削減,自動車の販売不振,輸出の減少など各種の要抜ガ重なつた結果であるが,なかでも設備投資の減少が主導的役割を果したとみられるだけに,前二回の景気後退とはかなり性格を異にし,その深度と持続時間の点でより重大であるように思われる。
米国政府当局は昨年一一月の公定歩合引下げを皮切りに各種の景気対策を実施してきたが,対策の重点は金融緩和と財政支出の増加と住宅建設の刺激におかれ,未だみるべき効果をあげていない。もつとも最近では個人所得や小売売上高の増加,鉄鋼操業率の回復,住宅着工数の微増,工業生産低下率と失業増加率の緩慢化などがみられ,後退のテンポが弱まつて近く底をつくのではないかという印象を与えているが,この点についてはいましばらく事態の推移を見守る必要があろう。またかりに近く景気後退が底をつくとしても,少なくとも民間部門に関するかぎり力強い上昇要因はあまり見当らぬようである。したがって政府が減税や大規模な公共事業に踏みきらぬかぎり,底をついたあとの米国景気は多少の起伏はあつてもいわゆる鍋底型をたどるものと予想される(米国経済の詳細については後出米国篇参照)。
(3) 米国景気後退の対外的影響
米国不況の対外的影響といえば,(1)米国の輸入変動を通ずる直接的な影響(このほかに国内不況による米国産業の輸出ドライブ,対外民間投資の減少などがある)と,(2)米国不況の見通し難が外国の民間経済活動や政府の政策に対しておよぼす心理的な影響とに分けることができよう。第一の米国の輸入変動を通ずる直接的な影響は,これまでのところカナダや一部のラテン・アメリカ諸国などを別とすればまだそれほど顕著には出ていないようである。景気後退のはじまつた昨年第四・四半期の米国輸入は年率にして一四六・六億ドルで,第三・四半期にくらべて五%増,前年同期にくらべて六・二%の増加を示した。本年にはいつてからはさすがに減少傾向があらわれ,本年第一・四半期の輸入は昨年第四・四半期比で五・一減%,昨年第一・四半期にくらべて一%減となつた。この第一・四半期における米国輸入の減少がどの程度まで国際商品相場低落による輸入価格の低下を反映したものかは不明であるが,ともかくも米国の輸入がいよいよ実際に減りはじめた点に注目する必要がある。
第1-15表 米国の国内経済活動と輸入の変動前年または前年同期比増減率
しかしこの輸入の減少よりも目下のところは米不況の心理的影響の方が世界経済に対して一層つよいデフレ的要因となっているようだ。米国の景気後退の見通しがはつきりしないことは,国際商品相場の回復を妨げる重要な一因となっているし,欧州における投資や消費の動向にも心理的な悪影響を与えていると思われる。また米国不況は西欧諸国の政府が国内経済の停滞的傾向に直面しながら拡大政策の採用を躊躇している理由の一つとなつているようだ。
前述したように米国の輸入減少は目下のところまだ顕著でないが,景気後退による輸入の減少はこれから出てくるとみなげればならぬであろう。前回の景気後退時の五四年には国民総生産が一%,鉱工業生産が七%低下したのに対して,輸入総額は六%の減少を示した。とくに工業用原材料の輸入は一一%の減少であつた。今回の景気後退はその規模と持続期間において五三~五四年当時より深刻とみられるだけに,輸入減少の幅も前回以上に達することが一応予想される。
もつとも反面では今回の景気後退において輸入の減少を比較的小幅にとどめる要因も指摘される。第一は景気後退前の五七年一~九月間の輸入水準が国民総生産や工業生産の増加に比較して相対的に低かつたことだ。すなわち五七年一~九月間に国民総生産が五%,工業生産が二%増加したのに対し,輸入総額はわずか二%増,工業用原材料の輸入はほとんど増加しなかつた(五五年と五六年には輸入総額と工業用原材料輸入額が国民総生産や工業生産の増加率を大きく上回る率で増加した)。第二は米国の輸入に占める完成消費財の比率が近年高まつてきたことで,前回のリセッション時においても完成消費財の輸入は減少せずにむしろ増加した。
しかしこのような要因があるとはいえ,最近未国内でとくに激しくなってきた保護主義的傾向が輸入減少に拍車をかける点を見逃してはならない米国の輸入減少を通ずる対外的影響のほか,輸出の変動,資本勘定の変動等による諸外国の金・ドル準備に対する影響が考慮されねばならない。換言すれば,昨年第四・四半期に一応姿を消したドルギャップが再現するか否か,再現するとすればどの程,度のドルギャップがおこるかという問題であるが,この点の見通しは景気後退の実際の規模や持続期間によつて大きく左右されるから明確な判断は困難である。五三~五四年当時は西欧経済の拡大で米国の輸出が増加したが,今回は西欧経済の停滞的傾向と後進諸国の外貨難により米国の輸出は減少するであろう。のみならず,昨年の米国輸出は前述した各踵の特殊要因により異常な膨脹をみせたことを考えると,米国の輸出減少の幅は非常に大きなものになり,恐らく輸入減少率を上回るであろうと考えられる(すでに本年第一・四半期の米国輸出は前年同期比で一九%も減少している)。このことは,本年の米国の出超額が昨年より少なくなるであろうことを意味する。
反面,民間対外投資は五三~五四年当時は増加したが,今回は世界経済情勢の悪化で減少が予想される。
いま一つ国際収支面で大きな項目は短期資本の動きで,昨年は欧州の通貨不安で多額の短資が米国に流れ,ドルギャップ再現の一因をなしたが,本年はどうであろうか。英国その他の欧州諸国の外貨準備は後述のように最近かなり改善されているが,フランスのそれが最近悪化したと伝えられているので,またもやフラン切下げから欧州に通貨不安がおこる恐れなしとしない。
以上のように米国景気後退が諸外国の金・ドル準備に対しておよぼす影響には現在のところ楽悲両面の要因があつて,一概に悪い面ばかりとはいえないようである。少なくとも西欧諸因に関するかぎりは,それほど大きな影響をうけないですむのではないかと考えられる。第一に,その対米輸出のなかで完成消費財の占める比重が大きい(とくに小型自動車)から,対米輸出の減少は比較的小幅ですむであろう。第二に,昨年の対米輸入を膨脹させた特殊要因が消滅したばかりでなく,生産の停滞的傾向もあつて本年の対米輸入は昨年より大幅に減少するであろう。したがつてフランの危機による通貨不安でもおこらぬかぎり,むしろ対米収支は昨年より改善される可能性がある。
これに対してカナダ,ラテン・アメリカ,海外スターリング地域の金・ドル準備は大きな打撃をうけるであろう。
これら諸国の対米輪出品は主として景気後退で輸入減少の幅が最も大きいとみられる工業用原材料で占められているし,また米国民間海外投資の減少がカナダとラテン・アメリカに集中するとみられるからだ。
このようにみてくると,米国景気後退の対外的影響は,工業諸国と後進諸国とではかなり違つた形をとることとなる。工業諸国のばあいは,米国や後進諸国に対する輸出の減少により国内の生産や雇用が打撃をうけるが,国際収支ボジションは縮少均衡の形で大した打撃をうけない,むしろ対米輸入の減少と商品相場の低落で改善される可能性がある。これに対して後進諸国は対米輸出減少の幅も大きく,米国の民間対外投資減少の影響を全面的に受ける関係もあって最も大きな打撃をうけることになる。
(4) 国際商品相場の低落と後進諸国の輸出不振
米国景気の後退,欧州経済の停滞的傾向と並んで,いま一つ世界経済を圧迫している暗い要因は国際商品相場の低落である。
国際商品相場をロイター指数でみると,朝鮮ブーム反動後急速に低落してからほぼ五三年秋頃に底をつき,その後は大体において安定的であったが,欧州の活況を反映して五四年秋以降上昇に転じ,五五年二月にピークに達した。
その後多少の起伏を繰り返しつつも五五年秋頃から漸落傾向をつづけた。五六年末から五七年はじめにかけてスエズ問題の影響で商品相場も一時的に急騰したが,五七年二月以降再び低落しはじめ,同年下期には落勢も急歩調となつた。本年にはいってからも落勢はやまず,三月一二日には四〇九・二(一九三八年九月一八日=一〇〇)と一九四九年のポンド切下げ以来の最低点におちこんだが,その後は四一三ないし四一四の線を低迷している。五五年の最高五一五・三にくらべて二五%の低落であり,五七年一月の水準にくらべても二二%の低落である。
もちろんこれは国際商品全体としての動きであつて,個々の商品についてみればかなりな相違がみられる。たとえばココアの相場は産地の不作を反映してむしろ上昇的であったし,錫や砂糖は国際的協定の統制により比較的安定的である。従来最も大幅な価格低落を示したのは銅,鉛,亜鉛などの非鉄金属であるが,これも最近ばかなり落ち着いてきた。
国際商品相場の低落は欧米の需要停滞が原因であるが,より基本的には供給側に問題があったようである。朝鮮ブーム期に世界的な原料不足が露呈された結果,五一年以来原料資源開発のために大規模な投資が行われ,それが生産力として全面的に発動し出した時期にあたかも欧米の需要が頭打ちとなった。その結果供給過穏から価格の低落がおこつたとみるべきであろう(第1-16表参照)。米国の戦略備蓄の減少も一因であるが,これはすでに一九五五年以来の現象であって,最近の商品相場低落とはあまり関係がないようである。昨秋から本年はじめにかけての低落はむしろ欧州の需要家筋が先安を見込んで買控えたためだとされ,欧州の非鉄金属在庫は非常に低い水準にあると伝えられている。
商品相場の今後の動きは予測困難であるが,一部の商品を除いてほぼ底に近いのではないかとみられている。しかし相場の回復は欧米の消費が増加しないかぎり困難であろう。
商品相場の低落が後進諸国の輸出収入に対して大きな打撃を与えたことはいうまでもない。元来後進諸国は五三年以来の世界的好況の恩恵にあずかることが少なかつた。一九五三年から一九五七年までの五カ年間における世界輸出貿易の伸張率が四九%であったのに対して,ラテン・アメリカの輸出増加率は二〇・九%,海外スターリング地域のそれは一八・〇%にすぎなかった。輸出伸張率が最も高かつた地域は「その他世界」を除けば(これは主として日本の異常に高い伸張率による)欧大陸であつて,実に五四・二%の増加である。米国も三六・九%という高い伸張率を示した。
このような後進諸国の相対的な輸出不振は今回の欧米ブームが主として耐久消費財と資木財部門に集中され,これら商品の生産に必要な原材料の域内自給度が高いために後進諸国からの輸入をそれほど必要としなかつたことや,合成代替品の発達,原料使用の節約などが指摘されている。
もつとも同じく後進諸国といっても石油輸出国は比較的恵まれていた。いま後進諸国を石油輸出国,その他鉱産物輸出国,農産原料輸出国,食糧輸出国の四種に分けで後進国からの輸出総額に占めるこれら四グループの比率をみると, 第1-18表 のように石油輸出国の比重ば一九三七~三八年の七%から,一九五二年の二〇%と大幅に上昇,一九五六年にはさらに二四%まで高まつている。石油以外の鉱産物輸出国も一九三七~三八年の一一%,一九五二年の一一%から一九五六年の一三%とやや比重の高まりを示しているが,これに対して農産原料輸出国は同期間に三八%から三四%,三一%へと低下,食糧輸出国も同じく四四%から三五%,三一一%へと低下の一途をたどっている。
国際商品相場の低落と先進工業諸国の景気停滞ないし後退は昨年下半期とくに第四・四半期にいたつて後進諸国の輸出にハッキリと反映してきた。たとえば海外スターリング地域の輸出は五六年に三・八%増加し,五七年一月~九月間に四・九%増加したあと,第四・四半期には前年同期と変らず停滞的となった。中東石油の輸出を除けば第四・四半期における海外スターリング地域の輸出は前年同期比で三%の減少であったとされている。
ラテン・アメリカの情勢はもつと悪く,ラテン・アメリカの輸出はすでに五六年一杯と五七年第三・四半期まで全く停滞的だったが,五七年第四・四半期には前年同期比で三・六%の減少を示した。
本年にはいってからの後進諸国の輸出状況については包括的な資料がないが,資料の入手しうる一六カ国についてみると,本年第一・四半期の輸出は二,三の国を除いて前年同期比で軒並みに減少しており,一六カ国合計では一三%の減少である。
後進諸国の輸出がこのように減少傾向を示しているのに対して,輸入の水準はまだかなり高い。たとえばラテン・アメリカの輸入は五七年全体で前年比一五%の増加であったし,四半期別にみても第一・四半期の八・五%増(前年同期比)のあと,第二・四半期の一六・一%増,第三・四半期の一九・四%増,第四・四半期の一六・三%増と,少しも増勢が衰えていない。海外スタージング地域のばあいも同様で,第一・四半期の六・一%増から,第二・四半期の一〇・六%増,第三・四半期の九・一%増,第四・四半期の八・一%増と高い増加率を維持していた。しかし,本年第一・四半期になると後進諸国の輸入水準もやや低下気味である。第1-19表でみると,後進一六カ国のうち六カ国の輸入が昨年同期をやや下回つており,一六カ国合計でばわずか三・五%の増加である。
後進諸国の輸入水準が比較的高いのは,国内の開発需要が旺盛だからだが,輸出の減退傾向が今後もやまないとすると,いつまでも高水準の輪入を続けることもできなくなる。後進国の輸出収入の変動はあるタイム・ラグをおいて(通常一年以内といわれる)それに相応する輸入の減少をもたらすとされているから,いずれは先進工業国の輸出にはねかえつてくるとみなければならない。
すでにインドやニュージランドなどは昨年以来輸入制限の強化を行っているし,とくにインドは本年三月に資木財の輸入すら削減する方針を決定している。しかし後進諸国はおおむね野心的な開発計画を抱えており,最近は開発テンポのスロウ・ダウンがある程度共通的にみられるものの,資木財の輸入需要はいぜん高いであろう。のみならず経済開発によって所得が増加した反面,消費財の輸入はおおむね抑制されてきたから大部分の後進諸国は国内物価の高騰になやまされており(第1-20表参照),現在以上に消費財の輸入を大幅に削減する余地は乏しいようだ。
一方先進工業諸国にしても世界的な景気沈滞のおりから後進諸国向け輸出の維持につとめており,最近は政府による輸出信用保証条件の強化(英,独,仏等)や借款供与,延払いなどがかなりひろく行われるようになつた。米国の援助や国際機関からの借款供与もその点で大きな役割を果しているし,また海外スターリング諸国のばあいにはポンド残高の引出しが輸入水準の維持にかなり貢献しているようだ(昨年下期における海外スターリング諸国のポンド残高引出額は二二五百万ポンドに達した。これに対して一昨年下期の引出額はわずか四四百万ポンドであつた)。
(5) 世界貿易縮小化の傾向
輸出が減少したのは後進諸国ばかりでない。米国の輸出は昨年下期から減少に転じ,本年第一・四半期の輸出は前年同期比で一九%の減少であつた。欧大陸諸国の輸出も昨年第四・四半期まで増加をつづけたあと,本年第一・四半期には前年同期比で約一%の減少を示した。個別にみても西独,デンマーク,オランダを除いて他の欧大陸諸国の輸出はすべて減少か停滞を示している。英区の輸出も第一・四半期には前年同期比で一・五%の減少であった。その結果昨年第四・四半期まで増加をつづけていた世界輸出額は本年第一・四半期に前年同期比で七・八%の減少となつた。この世界輸出の減少を金額でみると,五八年第一・四半期の前年同期比減少額七八・六億ドル(年率)のうち約五割が米国の輸出減少(四一億ドル)で占められている。欧大陸諸国と英国の輸出減少額はわずか三・五億ドルで,世界輸出減少額の四%にすぎない。残りの四〇%前後は後進諸国の輸出減少分であろう。要するに,目下のところ輸出の減少は米国と後進諸国において最もはなはだしく,英国をふくむ西欧諸国の輸出はまだ微減にとどまっている。
それでは世界貿易の縮小はどの地域の輸入減少によってひきおこされたか。五七年第一・四半期から五八年第一・四半期にかけての世界輸入減少額六三・七億ドルのうち,欧大陸諸国が約五六%(三五・七億,ル)を占め,英国が二割強(一三・八億ドル)を占めている。米国は一・五億ドル,カナダは八・七億ドルの減少で,両国合わせて世界輸入減少額の約一五%を占める。輸出のばあいとは逆に英国をふくむ欧州の輸入減少が世界輸入減少の大部分(約八割)を占めているわけだ。後進諸国の輸入は前述したように,比較的よく維持されている。
もつともこの西欧の大幅な輸入減少(欧大陸は九・六%減,英国は一一・八%減)は主として商品相場と海上運賃の低落のせいだという点に注意する必要がある。たとえば,英国の輸入額は前年同期比で一二%近く減少しているが,数量的にはほとんど変らないとされている。また,西独の輸入も金額では○・七%の増加にすぎないが,数量ではむしろ七%増加している。
西欧の輸入減少のいま一つの原因は昨年の対米輸入が前述した特殊要因で膨脹したのに対して,今ではそうした特殊要因も解消して対米輸入が大幅に減少したことにある。
(6) 欧米景気の見通し
以上種々な観点から検討したように,世界景気は昨年第四・四半期以来急激に悪化してきた。米国は景気後退期にはいり,西欧は停滞期を迎えた。後進諸国は商品相場の下落により輸出不振に悩んでいる。世界の生産と貿易は縮小しはじめた。ブームはおわつた。
世界経済は現在調整期にある。問題はこの経済調整が次の拡大のための小休止にすぎないのか,それとも停滞が下降を呼び,下降がさらに下降をひきおこすという累積的な長期不況が前途に待ち構えているのか。
三〇年代のような大不況を予想する者はほとんどいないようであるが,それにしても今回の世界的な後退局面はこれまでの戦後不況にくらべて一層重大なように思われる。第一に米国の景気後退が過去二回のそれとちがつて過剰設備を背景とした投資の減少を主因とするとみられ,したがってその深度と持続期間においてかなり深刻であるとみられるからだ。第二に問題なのは,米国,欧州,後進地域ともほぼいつせいに後退的局面を迎えていることであって,五三~五四年当時のように西欧経済の拡大が米国の後退を相殺するという,すれちがいの幸運を期待することはできない。第三に,米国以外の諸国は西独を主要な例外として先進国,後進国とも外貨不足に悩み,自力拡大のための前提条件を欠いている。五三年当時は西欧の外貨が豊富であったから,経済の拡大が外貨面で制約されることがなかつた。
このようにみてくると,当面の世界経済の見通しぱかなり悲観的とならざるをえない。いうまでもなく世界経済の起動力は欧米にある。単に世界の生産と貿易に占める欧米の比重が圧倒的に大きいばかりではない。後進諸国の経済活動は輸出の変動と資木の輸入によって左右され,いわば受身の立場にあるからだ。したがって,世界景気の回復は米国景気の立直りか欧州経済の再拡大に期待するほかないが,米国の景気は前述のように政府が減税など思い切つた対策をとらぬかぎり急には立直れそうもない。ととろが政府はインフンの再燃を恐れて減税をやらぬととに最近決定したと伝えられている。だとすれば,米国の不況はかなり長びくものとみなければならぬだろう。しかし,同じく不況が長びくとはいっても,後退が近く底をついてそのあと鍋底を這うのと,後退がずるずるとつづくのとでは大きな相違がある。
前述したように最近の景気指標は後退の底も近いのではないかという印象を与えており,現段階ではまだ決定的なことはいえぬとしても,もし米国景気が近く底入れとなれば,少なくとも後退がとまつたという消極的な意味では世界経済にとつて一つのプラス要因となるだろう。
次は欧州経済の見通しであるが,これは一部に後退的兆候がおるとはいうものの,大体においてまだ高水準における停滞期に踏みとどまっているとみて差支えないようである。この欧州経済の停滞的傾向は,一つには昨年の外貨危機で引締め政策が強化された結果にほかならないが,昨年末以来欧州の外貨事情が改善されてきたため,本年にはいってからボツボツ引締めの重石をとりはずす国が出てきた。すでに英国,オランダ,ベルギーは二回にわたつて公定歩合を引下げ,デンマーク,スエーデン,イタリアの公定歩合も引下げられた(第1-22表参照。)西独も一月に第三回目の引下げを行った。
注目すべきは欧州諸国が最近公定歩合の引下げにのり出したとはいっても,経済引締めの基調を変えていないことである。たとえば,英国は銀行貸出しの制限,資本発行制限,政府投資の抑制を解除していなし,四月の新予算も「現状維持」予算で,強力な経済刺激的措置はとられなかった。
このように欧州諸国がその低姿勢を崩していない理由は,外貨準備の改善がまだ不十分であること,国内の貨上げ要求がつよく物価安定の目標がまだ十分に達成されていないことのほか,米国不況の見通し難によるものであろう。
西独を除く欧大陸諸国の金・外貨準備は昨年九月の八八・七億ドルを底として,昨年末には九二億ドルまで回復したし,その後もベルギー,オランダ,ノールウエー,デンマークなどの回復が著しく,本年四月には五六年九月末の水準を突破している。とくに目ざましく回復したのは英国の金・ドル準備であって,昨年九月末の最低一八・五億ドルから本年五月末の三〇億ドル余にまで増加した(ただし,この中には輸出入銀行からのスタンドバイ・クレジット二・五億ドル引出,米加借款元利支払延期一・八億ドルがはいっている)。
このような西欧諸国の金外貨準備の増大は国内引締めと輸入価格の低落によるものである。
欧州が引締めの基調を変えず,当分低い姿勢をつづけるかぎり欧州経済の停滞的傾向は持続するであろうし,また米国不況の進行と輸出の動向いかんではむしろある程度の後退も避けられまい。しかし,かりに米国景気の後退が近く底をつき,欧州の輸出が大幅に減少しなかつたとすれば,欧州が今年一杯地固め政策を継続したあと,来年あたりからある程度再拡大政策に踏み切ることも可能となるかもしれない。前述したように,欧州の金・ドル準備は貿易の縮小均衡の形で本年は改善さわる可能性があるからだ。のみならず欧州経済の最近の停滞的傾向は引締め政策による人為的部分が多く,欧州の潜在需要はまだ米国などにくらべてかなり根づよいものがあり,政策転換によって需要を喚起することも比較的容易とみられる。
だが,この欧州の自力拡大にはなおかなりな困難が予想される。果して欧州が自力で経済拡大をなしうるほど外貨事情が今後も改善するだろうか。前述したように,欧州の外貨事情の改善には輸入価格の低落による交易条件の改善が大きな要因だったが,英国などでは最近交易条件がわずかながら再び悪化しはじめている。少なくとも従来のようなテンポで欧州の外貨事情が今後も改善されるかどうか疑問である。のみならず,最近の国内政情不安やアルゼりア問題の悪化などからフランスの外貨事情が最近急速に悪化し,本年一月にIMFその他から獲得した六二五百万ドルの借款も夏までに使い果すのではないかという報道もあり,へたをすると昨年と同じようにフランの切下げから欧州の通貨不安をひきおこすおそれがないわけではない。このようにみてくると,世界不況防止の見地から何らかの国際的協力措置により欧州の外貨事情を補強する要請があるわけで,IMFの改革や金価格の引上げが最近英国をはじめ西欧諸国で主張されているのもそのせいだ。現に英国はスターリング地域の金・ドル準備増強のため目下米国と借款交渉中と伝えられている。
最後に,参考のために本年の西欧経済の見通しに関するECEの見解を紹介しておこう。
ECEによれば,五八年における西欧経済の動向は次の二つの要因によって決定されるとしている。第一は,西欧の国民総生産の約三分の二,域内貿易の約四〇%を占める英,仏,独の経済動向である。他の西欧諸国は一時的にはこれら三国とちがつたコースを追求することに成功するかもしれないが,結局は同一歩調をとらざるをえないとしている。第二の要因は,輸出需要の変動である。これは西欧経済の輸出依存度が比較的高いことからいって当然だが,この輸出需要は主として西欧自体-とくに主要工業諸国および米国の経済活動と,後進諸国に対する各種の資本輸出によって左右される。西欧の域内輸出は輸出総額の六割を占めているし,米国向け輸出はわずか八%程度であるが,米国景気の動向は後進諸国を通じて西欧の輸出に影響を与える。
そこで問題の英,独,仏の経済情勢に関するECEの見通しであるが,まず英国については引締め政策の堅持により五八年の投資と政府消費は前年並みとみられるから,国民総生産の増加は個人消費と輸出の動向に左右される。現在の傾向から判断すると,個人消費と輸出はわずかしか増加しないだろう。フランスは政府が国際収支改善のために輸出促進に力を入れ(五八年の輸出は前年比五%増を目標),政府支出の削減,住宅建築の抑制,消費の抑制につとめているから,もし予定通り粗固定投資全体を昨年並みに抑え,個人消費を昨年よりやや上回る水準にとどめ,政府支出を大幅に削減し,輸出の五%増を達成できたとすれば,工業生産は恐らく停滞かほんのわずか増加する程度だとしている。西独は個人消費と政府支出が前年にひきつづき増加するが,輸出は大して増加しないだろう。投資は住宅その他の建設投資が金融緩和と政府の住宅資金増額で増加するが,設備投資の見通しは不明で,全体としての粗固定投資は前年をやや上回る程度となろうが,反面では在庫蓄積率が鈍化するだろうから,国内資本形成総額は恐らく前年並みにとどまるだろうとしている。
その他の西欧諸国については,オランダとスカンジナヴィア諸国はごくわずかの経済拡大が予想されているが,ベルギーは生産低下の恐れありとしている。
以上のようなECEの予測から結論できることは,五八年の西欧経済は全体として昨年並みの水準を維持するか拡大したとしてもごくわずかの拡大にとどまるであろうということだ。米国の景気後退がこれ以上大幅に進行しないとすれば,右のECEの見解も大体において妥当だと思われる。