第3節 資本コストの引き下げ等による経済活動へのインセンティブ強化

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日本の資本コストは金利や自己資本コストが低いことによって諸外国と比較して低い水準にある。特に最近は著しい低金利が日本の資本コストを低めている。しかし,資本移動が更に自由になるにつれて,内外金融・資本市場間の裁定が更に働くようになり,長期的には資本コストのうち市場で決まる部分は国際間で平準化されていき,制度面の格差が残るとの指摘がある。

供給サイドの強化には,税制のあり方の見直しが必要不可欠であり,法人課税の軽減が既に行われ,今後も法人課税の総合的な税率を国際的な水準並みにするよう更に検討が行われることが決まっている。個人所得課税についても検討が行われることが決まっている。

(高い資本コストと空洞化の懸念)

近年,日本の法人課税の実効税率がアメリカその他主要国と比べて高いことが,資本コストを高め( 第2-3-1図),生産要素の価格や政府による規制などとともに日本の高コスト構造の要因の一つといわれている。さらに,特に近年経済のグローバル化が進展しており,特に多国籍企業や貿易財産業については自由に最適な立地の選択が可能であることから,海外直接投資ならびに海外現地生産の拡大といった動きが加速しており(注1),他国よりも資本コストが高い場合には従来以上に生産活動の海外への移転が促され,産業の空洞化がもたらされることが懸念されている。加えて,金融ビッグバンの一環として今年4月より実施された外国為替法の改正により,国際間の資本移動がさらに自由化されていることから,今後より一層こうした動きが進むとみられている(注2)。

(負債コストと自己資本コスト)

そこで日本の資金コストについて,近年の動向をみることにする。資本コストは資金調達の違いによって自己資本のコストと負債のコストからなり,企業はその時々の条件に応じて負債か自己資本かを選択して資本を調達していると考えられる。こうしたことから,日本の実質負債コストと実質自己資本コスト及びこれらを含めた実質総資金コストについて,その動向をみた(第2-3-2図)(注3)。

日本の実質総資金コストの推移をみると,80年代を通じて低下傾向にあったが,バブル期には自己資本コストが低く,エクイティファイナンスを促進した。90年代に入ってバブル崩壊後の景気後退局面では実質負債コストは低かったが,自己資本コストは高かったため総資金コストはむしろ上昇していた。93年以降は総資金コストは総じて見れば低下傾向にあったが,株価の低下に伴って負債コストの水準が自己資本コストの水準を下回っている。96年までは金融機関を含めた上場企業全体の収益が低迷していたことなどから自己資本コストが低下したものの,物価が下落したため実質負債コストが高止まりしていた。このことは91年以降金融緩和局面に入り名目金利は低下してきたものの実質金利でみるとあまり低下しておらず,その効果は名目金利ほどは大きくなかったものと考えられる。また,最近になってさらに金融を緩和し金利がもう一段低下したことを背景に負債コストは大きく下落しているものの,企業収益の回復するなかで株価が低下したため自己資本コストは上昇に転じている。

以上のように,実質自己資本コスト,実質負債コストの動きは一様ではなく,実質負債コストが上昇する局面で実質自己資本コストは低下し,実質負債コストが低下する局面で実質自己資本コストは上昇するといった動きになっている。93年以降の実質総資金コストは総じて見れば低下傾向にあるものの,超低金利といわれるなかにあっても,資本財価格や株価の下落による影響もあって,最近の水準は90年頃の水準と比較して大きな差は見られていない。

(日本の資本コストを低める低水準の金利)

次に,日本の資本コストを諸外国と比較してみよう(注4)。資本コストとは資金の出し手を満足させるために最低限必要な,投資プロジェクトの税引き前実質収益率である。資本コストは,個別企業の国際競争力を決める重要な要素であり,企業の行う設備投資や研究開発投資,生産性の水準や直接投資の流れなどに影響を与える。資本コストが高まると,企業の投資水準が低下するとともに,将来の収益に対する割引率が高くなるため,企業はより短期的な利益を追求するようになり長期的な視野に立った投資行動が立てにくくなる。

企業の資本コストについて,日本,米国,ドイツで国際比較してみた(第2-3-3図)。これによると,日本の金利が米国やドイツと比較して低いこともあり,日本の資本コストは80年代・90年代ともに米国やドイツより低いとの結果がえられており,我が国の資本コストは必ずしも高くはない。なお,日本は歴史的な低金利水準にあり,将来金利が上昇し,資本コストが上昇する可能性もあろうが,この影響を96年の日本の金利が1%上昇した場合の資本コストに与える影響でみると,約0.5%上昇する結果となった。

(制度面に係る資本コストの差)

資本移動が自由化されて資金調達を行う場所について自由に選択できるようになると,国内で生産活動を行う場合でも海外で資金を調達するといったことが容易になるため,企業にとって各国間の金利の差以上に税制や償却制度の違いが,資本コストにより影響を及ぼすのではないかとの指摘がある。仮に,為替変動リスクを捨象して,実質金利,実質株価収益率が各国間で完全に等しいと大胆に仮定した場合の資本コストを計算すると,96年で,日本が11.2%,米国が10.5%と日米間で1%弱の違いが見られることとなる(注5 )(第2-3-4図)。

ただし,日本の法人税率を仮に10%引き下げたとしても,96年で資本コストの変化は0.8%程度の低下にとどまり,日米間の金利等を平準化した資本コストの差が,税率の違いによってある程度説明されるとしても,それは資本コスト全体から見るとそれ程大きな差異を与えるものではないことには留意が必要である。

(引き下げられている法人税率)

法人税率を実効税率で国際比較すると,日本の税率はドイツを除いて高くなっている。また,租税全体の国民所得に対する負担率は欧州よりも相当低いものの,税収に占める法人課税の割合は諸外国よりも高くなっている。

税率が高い場合には,前述の資本コストに係わる問題が生じるだけでなく,海外投資にかかわる配当が日本に還流されなくなったり,国内においても会社経費や福利厚生費の増大など各種の費用化が促されたり,企業による課税回避行動がより活発化したりするといった問題点が指摘できる。

85年前後から主要先進国において,経済活力を維持するため,相次いで課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げる改正が行われるようになった。こうした観点から,我が国でも,平成10年度税制改正において,国と地方の法人所得課税の実効税率を49.98%から46.36%に引き下げるとともに,課税ベースの拡大が行われている。

課税ベースの拡大と税率の引下げを同時に実施する点については,一定の租税収入を前提とした場合,産業間・企業間の中立性の向上に資する効果とともに,所得をより多く生み出す生産性の高い企業の税負担が軽減され,より生産的な活動への資源配分を促進する効果などが期待される。

98年4月24日に決定された「総合経済対策」においても法人課税については,今後3年のうちにできるだけ早く,国・地方を併せた総合的な税率を国際的な水準並みにするよう,検討を行うこととしている。その際,課税の公平・中立とともに,国際的な資本コストの動向などにも留意することが重要であろう。

(個人所得課税も見直し)

個人所得への課税も,国際的にみて高い限界最高税率が個人の追加所得へのインセンティブを弱める可能性がある。「総合経済対策」においては,個人所得課税について,「公正・透明で国民の意欲が引き出せるような税制を目指し,幅広い観点から検討を行う。」としている。個人所得課税の見直しに当たっては,累進構造だけではなく,諸外国と比較して低い個人所得課税負担の水準,各種控除等のあり方,資産性所得課税や年金課税などの様々な論点について,幅広く検討を行なう必要がある。

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