第5節 弱含む設備投資

[目次]  [戻る]  [次へ]

設備投資は95年度から回復に転じ,景気の回復を牽引してきた。しかし97年度の後半には減速し始め,現在は弱含みといえる状況にある。

問題はこれが新たな本格的な設備投資調整局面の始まりなのか,あるいは現下の景気の減速や先行き不透明感によって企業が投資を手控えていることによる一時的減速なのかである。バブル崩壊後の資本ストック調整は,バブル期の過剰な,あとからみれば無駄とも言える非効率な投資の結果積み上がった資本ストックを削減するとともに,バブル後の予想成長率低下に対応して資本ストックの伸びを落としていくための,二重の調整過程であった。このため設備投資は大幅な減少が続き,景気回復の足を引っ張ったのである。今回仮に設備投資調整が再び本格化するなら,景気全体の回復も93年末から94年にかけての底ばい的状況のように緩慢なものになりかねない。

現在までのところ,設備調整はバブル崩壊後のような大幅なものではなく,景気動向を反映した通常の減速とみられる。しかし,企業の将来成長予想が一段と下がることになれば,それに見合った資本ストックとなるまで再度大幅な調整の過程が始まるわけである。また,金融機関の貸出態度の慎重化は少なくとも中小企業の設備投資にはマイナス要因であり,通常大企業に先立って回復に転じる中小企業設備投資が今回不振を続けている一つの原因になっている。さらに,建築投資,とくに事務所ビル投資は,潜在需要があるにもかかわらず土地の流動化が進まないこともあって低迷している。したがって,設備投資の面から景気が回復軌道に乗るためには,民間部門の将来コンフィデンスの回復,不動産流動化を通じた不良債権問題の解決など,構造的対策の進展が必須条件である。

1. 設備投資の動向

(減速して調整過程に)

設備投資の最近の動向を見ると,97年度に伸びが緩やかになり,頭打ちの傾向となった後,98年度に入ってからは弱含んでいる。96年度には,特に通信業など,非製造業を中心に独立投資が盛り上がったこともあり,非製造業が設備投資全体の牽引役となって回復をしていった。97年度にはそのような独立投資は高水準にはあるものの,伸びは頭打ちとなっていったため,非製造業の牽引役としての役割は小さなものとなった。その一方97年度は製造業が好調であり,回復を下支えして来た。しかしながら,98年度に入って,程度の差はあるものの,どちらも伸びが前期比でマイナスに近づいている。経済企画庁「法人企業動向調査」(98年3月調査)によって,大企業を中心とした設備投資の足元の動きを見ると,1~3月期・4~6月期とも前期比マイナスで推移している。

(今後の動向~待たれる内需の立ち直り)

設備投資の先行指標としては,機械受注統計が安定しており,先行性もはっきりしている(第1-5-1図)。過去の相関関係から考えると約2~4四半期程度の先行性があるが,3月時点では依然マイナスが続いており下げ止まってはいない。建設投資も設備投資の重要な構成要素であるが,先行指標については設備投資に対する先行性がややはっきりしていない。着工床面積や着工工事金額については,先行性の程度は小さいものの,設備投資との相関が高いが(注1),これらの伸び率もまだマイナスのままである。以上のように先行指標の動きからは,少なくとも98年度の前半までは設備投資は弱い動きが続き,その後も底を打つ兆しははっきりとはみられない。

また,各種アンケート調査の伸び率の修正パターンをみると,過去の景気後退局面での場合と異なって,前年の夏から秋時点での調査から当年2~3月時点での調査にかけて,伸び率に多少の上方修正が起きているものもある(注2 )。今後の修正のあり方を注意深く見守る必要があるが,後述のように資本ストック調整が小幅に留まる可能性が高いこともにもかんがみれば,これらは深刻な落ち込みではなく,比較的軽度の調整となる可能性もあることを示唆しているといえよう。しかしながら,現段階での設備投資計画をみても,投資全体を力強く牽引するような業種が見当たらないことに加え,今後の家計消費や輸出の動向,景況感の回復の遅れによっては,調整が長引くことも懸念されることから,今後は,経済対策によって需要増の効果が現れるとともに企業の景況感が改善され,全体として緩やかに上向いていくことが期待される。

(弱含んだ要因と低金利の効果について)

設備投資が弱含んでいる背景には,どのような投資環境の変化があるのだろうか。設備投資関数によって,最近の設備投資の決定要因について考察してみよう。

加速度キャッシュフロー型の設備投資関数を推計すると,実質GDPに加えて,キャッシュフローが強い影響をもっていることがわかる(第1-5-2表①)。最近時に最終需要が停滞していることや,それを反映して収益が鈍化してきたことが,設備投資が弱含んでいる背景にあるといえよう。

また,より明示的に設備投資の資金面の影響を見るために,新古典派型の設備投資関数を推計すると,資本コストの低下がラグを伴って設備投資にプラスに影響していることがわかる(第1-5-2表②)。特に95年度以降に実質金利が低下したことが資本コストの低下の主な要因であり,低水準の実質金利が足元で設備投資の伸びを下支えしているものとみられる。上記の二つの関数によって,金利が1%低下した場合の設備投資に与える効果を試算すると,結果にやや幅はあるものの,設備投資はおおむね2~3%程度増加することが見込まれる。

以上のような要因のほか,金融機関の貸出し態度の慎重化も影響を与えている可能性がある(注3)。財政政策の需要拡大効果が顕在化しにくく,需要が停滞気味で推移する中では,規制緩和等による中長期的な独立投資の盛り上がりに加え,実質金利の低下(注4)や金融機関の融資態度の緩和(注5)による設備投資の活性化に期待されるところが大きいと言えよう。

(成長率の低下と設備投資の低迷)

名目設備投資と名目GDPとの比率をみると,足元では16%近くまで回復している。また,より長期の時系列で平均的な水準を見ると,過去においては70年代半ば頃から約15%程度であったことがわかる。この意味では,特に今回の設備投資の水準が低かったわけではなく,バブル期が例外的に高いものであったと言うことができよう。むしろ経済成長率が94年以降の景気回復局面にもさほど高まらなかったことが,設備投資の伸びがさほど高くはなかったことに影響を与えていることを示唆していると言えよう。このことの背景には,本節2で分析するように,企業の側でGDPの低い伸び率を前提として資本ストックの水準を設定しようとしている動きがあるものとみられ,設備投資が活性化しないとこのような傾向が長期化する懸念もある。

2. 資本ストック調整

バブル後の資本ストック調整の長期化は,94年以降の景気回復局面において設備投資の回復の足取りを著しく弱いものにした。バブルの後遺症としての資本ストック調整圧力は,足元でどの程度残っているだろうか。今後,大規模な資本ストック調整がおきて,景気の足を引っ張る可能性はないだろうか。本節ではこのような問題について考察しよう。

(マクロ的な過剰資本ストックの解消と,一部業種で続く調整過程)

全産業ベースの資本ストック循環図(第1-5-3図)を見ると,95~96年度には設備投資の伸び率が高まり,資本ストックの伸びが増加している。製造業・非製造業別にみても,製造業のほうが変動幅が大きいという違いがあるものの,95・96年度の動きは共通してプラスに向いている。同時期における設備稼働率の高まりや設備過剰度の低下(注6)もこういった動きに沿ったものとなっている。これらのことから,「バブル期の過剰な資本ストックの積みあがりの解消」という意味では,少なくともマクロ的な資本ストック調整については,ほぼ完了していたと考えられよう。

しかしながら,建設・不動産等の一部業種ではいまだ調整過程にあると考えられるものがあり(注7),これらがマクロ的な景気の停滞の中では足を引っ張る要因になっていることは否めない。これら業種についても97年度までは資本ストック調整がかなりの程度進展しており,今後については以前ほどは足かせとならないことが見込まれる。

(資本効率の低下による資本ストック調整の長期化)

また,92~94年度の約3年にわたる大規模な資本ストック調整は,設備投資の減少を通じて需要面から経済成長を制約したのみならず,資本蓄積の抑制によって生産面からも成長を制約することになったことには注意を要する。すなわち,短期的にはGDPの伸び率の低下に対応して資本ストック調整がなされるが,長期的な観点からは資本ストック蓄積の抑制がGDPの停滞を招いている側面があるということである。第2章第1節で扱う潜在成長能力の低迷である。バブル期には成長率の予想が過大であったために生産的な投資もやや過大であったことに加えて,効率的でない投資も少なからずなされたため,資本ストックの増加が供給力や所得・GDPの増加に結び付かずに無駄になってしまった面があり,そのことが大規模な資本ストック調整を招いた一因となっている。リスクや収益力を適正に評価し適切な投資がなされていれば,バブル期の資本ストックの伸びは抑えられるとともにより成長力は高まり,調整は軽度で済んだはずである。

今後企業が長期的な成長期待に自信を持ち,リスクをとって投資を行なうことに意欲を持つようになるかどうかが今後の成長の鍵となる。その際,バブル期のように結果的に「ハイリスク・ローリターン」な投資がなされないように注意することが必要である。企業家が新しい需要を適切に見出して積極的な投資を行なう際には,収益性やリスクを適正に評価することが重要であるといえよう。それを支援する金融市場の整備も求められている。

(ストック循環の中心のシフト)

資本ストックの最近までの動きについては,過剰な資本ストックの解消という「水準の調整」にとどまらず,中期的に予想される成長率の低下に見合ったものに資本ストックの伸び率を低下させるという「伸率の調整」が生じていることが注目に値する。資本ストックの伸びと設備投資の伸びの関係をみた循環図からは,循環の中心が6%程度から4%程度に低下したことが読み取れる。この点についての詳細は第2章第1節で議論するが,資本係数の上方トレンドがある程度安定していることに鑑みれば,潜在生産能力の伸びが約2%程度低下したことにほぼ見合っているということができる。これに伴い,企業の中期的な期待成長率も低下している(2章参照)。また,バブル後の設備投資の伸びの低迷は,過剰な資本ストックの調整がなされることに加えて,資本ストックの伸び率が低下することに対応したものであったといえよう(注8)。

循環の大きさについては,バブルの前後のような大きなものではなく,80年代前半の通常のものと似たものとなっており,資本ストック調整のあり方が,中心がシフトした形で以前と似たパターンになってきていることがうかがわれる(前掲第1-5-3図)。

(景気の停滞に伴う調整~大規模なストック調整の可能性は小さい)

バブル崩壊後の景気後退期は,設備投資のマイナス寄与によりほぼ説明されるが,足元の景気の停滞は設備投資以外の要因によっている。今後,設備投資が大きな制約となってくるかどうかが注目される。

循環図の97年度の動きを見ると,設備投資の変化率がマイナスに転じると共に,資本ストックの伸びも低下しており,足元で小さな調整が起きていることが分かる。設備の過剰感も高まり始めているが,その程度はバブル崩壊後と比べれば小さいものである。これは,97年度に景気が減速し,停滞していくなかで,在庫が積みあがり生産の伸びが鈍化したことに対応したものであると考えられる。年末来から企業の景況感に厳しさが増したことも,影響しているものと考えられる。

今後については,80年代の前半のパターンと比較すると,反転上昇するまでには今しばらく調整が必要であると思われる(注9)。しかしながら,中長期的には,規制緩和等に伴う独立投資の活性化や情報化に伴う設備投資(注10)が見込まれることから,需要の停滞が長期化しない限り,バブル後のような大規模な資本ストック調整が生じる可能性は小さいということができよう。

3. 資金調達と設備投資

(資金調達の手段と設備投資の関係について)

設備投資資金の調達については,減価償却費や,利益から配当・賞与を除いた部分である内部留保といった,「内部資金」(いわゆるキャッシュフロー)の他に,社債や銀行借入等の「外部資金」が重要な意味合いを持っている。とくに,規模が小さいため相対的に経営が不安定な中小企業については,信用力が低いため,外部資金の中でも銀行借入に依存する割合が高く,その重要性は無視できないものとなっている。

経済理論的には,企業が一定金利で貸借可能な「完全市場」に直面していれば,内部資金にも外部資金と同様の「機会費用」(=利払い相当の費用)がかかると考えられるため,内部資金と外部資金には差が無いことがよく知られているが,現実経済にあっては,内部資金の大小や外部資金へのアクセスのしやすさが設備投資に少なからぬ影響を持っており,「資金量」を軽視することはできない(注11)。特に,多様な資金調達手段を持つ大企業(直接金融市場が整備されていけば,「完全市場」下により近づいていく)に比して,信用力が限られるために資金調達の多くを銀行に頼らざるを得ない中小企業にとっては,銀行借入はより重要性が高い(注12)。

(キャッシュフローと設備投資)

近年,企業の設備投資がキャッシュフローの中で行われている動きについて,個々の企業ごとに設備投資の動向を見るとどのような特徴があるのであろうか。

個々の企業レベルで,投資の水準の意思決定がその時のキャッシュフローに依存しているかを見るため,上場企業の設備投資とキャッシュフロー及び資本ストック(有形固定資産残高)との関係を,84年度,90年度ならびに96年度について推計した。これにより,設備投資の水準がキャッシュフローを下回っている企業の設備投資とキャッシュフローとの関係を見ると,その関係は極めて薄いものとなっている。これに対して,キャッシュフローを上回る設備投資を行っている企業については,各年ともにキャッシュフローが前記のグループよりもより強く影響するようになっている。これは設備投資の意思決定に当たって,投資水準がキャッシュフローを上回り外部資金に依存する割合が高まるようになると,外部資金のコストが内部資金に比べて高くなり金融的な側面が設備投資に影響を与えることを示しており,これが設備投資を制約する要因になっている。また,84年度や90年度と比較し96年度は設備投資の資本ストックに対する感応度が低下する一方,キャッシュフローに対する感応度がより高まっており,金融的な側面であるキャッシュフローが設備投資を制約する要因がより強まっている。(第1-5-4表)。

本来,個々の企業がその時々に保有する投資機会の期待収益率は,過去の投資や企業の売上げの変動の影響を受けるその時々のキャッシュフローの大小とは無関係であり,企業が自由に低コストの資金を調達することが可能である場合には,キャッシュフローとの関係は希薄になるものと考えられる。しかし,外部資金への依存に伴う資金コストの上昇が設備投資の決定に重要な影響を与える場合には,設備投資とキャッシュフローとの関係はより強くなると考えられる。この時,企業が決定する設備投資の水準は,個々の投資機会の期待収益率と,設備投資がキャッシュフローを上回るにつれて上昇した限界資金コストとが等しくなる点で決定される。96年度に設備投資の資本ストックに対する感応度が低下する中でキャッシュフローに対する感応度が高まっていることは,設備投資に振り向けられる外部資金がこれまで以上に調達しにくくなり,内部資金のコストとの差が拡大していることを示唆している。

(「貸し渋り」の設備投資への影響)

以上のように,設備投資の決定に当たっては,外部資金のアベイラビリティーが重要である。特に外部資金の中で比較的比重の高い金融機関からの貸出は,資金調達の手段が多様化した現在でも,設備投資に影響を与えることが考えられる。93年末以降の景気回復局面における設備投資の立ち上がりの遅さや,最近の設備投資の低迷については,総需要の低迷や,収益率・実質金利といった実物的な要因が大きく影響しているものと考えられるが(第1-5-2表),いわゆる「貸し渋り」が影響を与えたことも考えられる。

大企業・中小企業別に過去の景気回復期における設備投資のパターンをみると,従来の景気回復局面においては,大企業に先行して中小企業の設備投資が回復していた。ところがバブル崩壊後の景気後退期からの回復局面においては大企業から先に回復し,中小企業の回復が遅れている。(第1-5-5図)。こうした事実は,中小企業が様々な構造調整問題に直面していること(注13)に加えて,金融機関からの借入依存度が高いために貸出慎重化の影響がより強く現れており,中小企業の設備投資に影響が及んだ可能性を示唆しているといえよう(注14)。

もとより銀行の貸出態度については,好況時には投資の採算性が上がり,不況時には下がるため,金融引締め,緩和による影響を除けば,景気と同じ方向に振れる傾向があり,このこと自体は正常な反応である。しかしながら,特に最近の貸出態度の厳格化は,明らかに通常の景気循環の中での振れよりも大きなものとなっている。バブル崩壊に伴うバランスシートの毀損により,企業の貸倒れリスクが増大したため,金融機関の貸出慎重化をもたらしていることも考えられるが,金融機関においてもバブル期に不動産関連の融資が大きく伸びたことなどから不良債権が積み上がり,株価の下落等も相まって,これが金融機関の貸出慎重化に一定の影響を及ぼし,中小企業の設備投資に影響が及んだ可能性も考えられる。

過度に貸出が萎縮してしまえば,本来正常な信用の下でなされるはずであった投資がなされなかったり,運転資金確保の困難から生産活動にも影響をあたえたりすることとなろう。

貸出態度が設備投資に与えた影響がどの程度であったか,貸出態度を説明変数に含んだ設備投資関数を計測した。大企業では影響が見られないものが,中小企業については影響があった可能性が示唆されている(第1-5-6表)。

以上のように「貸し渋り」は,多様な資金調達手段を持つ大企業に比べて中小企業により大きな影響を与え,中小企業を中心に設備投資全体にも影響を及ぼした可能性がある。

(「貸し渋り」の解消と,代替的な資金調達ルート充実の重要性)

このように,景気循環や本来の投資の採算性以外の要因で投資が抑制されることは,生産設備の充実を遅らせてしまうため,社会的に好ましくはない。企業自身にとっても,生産効率を高めないと生き残れない状況の中では,「貸し渋り」による影響が懸念される。とくにその程度の著しい中小企業にとっては,大企業よりも強い影響を受ける可能性がある。また,運転資金についても絞り込みが生じているため,通常の会社運営に不可欠な運転資金を内部資金で優先的にまかない,設備資金の調達がより困難になることも考えられる。

このような状況に鑑みれば,①金融機関が不良債権問題等の自らの問題を解決すると共に,審査能力を高めて安易な貸し先の絞り込みに走らぬようにすることや,②直接金融市場の整備などを通じて中小企業にも多様な資金調達の手段が与えられるようにすることが,「貸し渋り」への対策として不可欠と言えよう(注15)。

4. オフィスビルの建設投資

(低迷する事務所建設着工)

民間の建設の動向を建築着工床面積の推移でみると,建築全体ではバブル期に大きく盛り上がった後大きく減少したが,94年度以降徐々に持ち直す兆しが見られている(第1-5-7図)。これを,使途別に見ると店舗に関わる建設需要は,大店法について92年の改正ならびに94年の運用基準の緩和の実施により規制緩和が独立投資を刺激し,バブル崩壊後も大きく伸びている。その反面,事務所に関わる建設需要は平均を下回っており,94年度まで落ち込んだ後回復の動きがみられていない。

新しいオフィスビルの建設は,都市部のいわゆる「地上過密・空間過疎」の問題を改善することになる。また,バブル期に活発に取引が行われた都市部の低未利用地の有効利用の面からも期待されている。しかし現実にはオフィスビル着工は低迷している。

(需要の伸びを背景に事務所フロアの供給は増加している)

新規の着工が低迷しているにもかかわらず,事務所床面積の供給量は,安定した伸びを示している。東京都区部の事務所床面積の推移についてみると,87年から95年までは6~8%程度の高い増加率で供給されてきている。96年以降増加率は低下しているものの,バブル前の時期と比較すると依然その供給の伸びは高くなっている(注16)。これは,①従来は行われていた建て替えが近年は行われなくなってきていること,②他の用途から事務所への転用が進んでいること,③バブル期に立てられた計画が実施されて事務所になるまでの施工期間が長期化していたこと,などが原因となっている可能性がある。

情報化の進展などを背景にオフィススペースに対する新規の需要も高まっている。東京23区のオフィスの空室率をみると,90年以降上昇してきた空室率は94年をピークに下落傾向に転じて,バブル前の水準にまで低下してきている。事務所供給が堅調に伸びているにもかかわらず賃貸事務所の転入・転出をも考慮すればおおむね満室に近い状況になりつつある(第1-5-8図)。なかでも,立地条件が良好,かつ大型で品質も高いAクラスビルの空室率をみると,東京23区全体の平均を大きく下回っている。とりわけ最近ではAクラスビルの空室率の低下幅が23区の低下幅以上に大きく,賃貸料の低下を背景に,より利便性が高く品質の高いビルに需要がシフトしてきていることが窺われる。また,近年の情報化の進展から情報化に対応したインテリジェントビルに対する需要が高まっていることも要因としてあげられよう。こうしたことから,都市部のより条件の良い物件を中心に潜在的な需要は強くなっているものと考えられる。

しかしながら,新規のビル建設が滞っているため,本当に潜在ニーズに見合った良質なオフィスが供給されていない可能性がある。店舗及び事務所の建設着工床面積に占める大規模店舗(3,000m2以上)及び大規模事務所(5,000m2以上)の割合についてその推移をみると,店舗についてはその割合が大きく上昇しているのに対して,事務所は概ね横ばいであり近年はその割合を低下させている(注17)。ビル全体の供給は増加しても大型で質の高いビルの供給が不足する結果,需要と供給にミスマッチが生じている可能性があろう。

(規制緩和による事務所建設の活性化の可能性)

こうしたことから,事務所の着工は伸び悩んでいるものの,供給は増加傾向にあり,かつオフィスビルの状況から見て潜在的な需要は根強いものがあると考えられる。土地を新たに保有する場合,現下の地価動向の下で値上がり期待を持って単に保有するケースは少ないと考えられることから,土地流動化を進めることが重要である。これまでに行われた都市中心市街地(商業地域等)における容積率の抜本的緩和などの規制緩和や,平成10年度税制改正における土地税制の見直し(注18)などとあいまって,土地の有効利用が進めば,規制緩和によって活性化された店舗投資と同様にビル建設が活性化し,短期的には需要と供給のミスマッチが解消され,中長期的には都市における「地上過密・空間過疎」の問題の解決にも資するものと期待される(注19 )。

[目次]  [戻る]  [次へ]