第3節 企業間システム

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経済発展におけるキャッチアップ段階を終え,更に我が国経済が成熟していくためには,フロントランナーとしてのリーディング産業が次々と芽生えるような企業ダイナミズムが不可欠である。我が国の企業は,今日,産業の構造調整に直面し,新たな技術革新を迫られているが,こうした企業ダイナミズムを育む枠組みとして,企業間関係に根付く「日本的な」システムも検討しておく必要がある。そこで,本節では,事業会社間のいわゆる「系列」,株式持合い関係について,その概念と実態を整理した後,我が国の企業ダイナミズムの現状と課題を,新規開業の動向,既存企業のスピンアウトという観点から考察する。

1. 「系列」の機能と実態

(系列の概念)

我が国の企業間関係は,「系列」としてとらえられ,「日本的経済システム」の重要な構成要素として従来から議論されてきた。しかし,そもそも一口に「系列」といっても,その具体的な内容をみると,必ずしもひとまとめにして議論することは適当ではない。「系列」の問題は,少なくとも,①垂直的な準統合組織という観点から議論されるべき生産系列(サプライヤー・システム),②垂直的取引制限という観点から議論されるべき流通系列,③水平的な準統合組織という観点から議論されるべき企業集団,の三つに区別して議論すべきである。これらは,長期的・継続的な関係を重視するという共通の要素を有するものの,実際の機能,役割において相当な違いがある。そこで,以下では,それぞれについてその機能を整理し,その実態を検討する。

(生産系列の機能)

生産系列(サプライヤー・システム)とは,部品等を納入する下請企業(サプライヤー)とその親企業が長期的な取引関係を有することであり,その最大の機能は情報の非対称性の回避である。すなわち,親企業は,下請企業と継続的な取引関係を維持することによって,供給される部品等の品質,納期等の把握が容易になり,これらが把握されない場合に比べ,生産管理コストを低下させることができる。節約されたコストは単に親企業の独占利潤になるだけではなく,下請企業の利得にもなるであろう。一方,下請企業側も,特定の納入先のニーズに見合うための投資を行うことによって効率的な生産ができるとともに,これらの投資は他の納入先には必ずしも適合しないサンク・コストとなることから,納入先を固定することが経済合理性を持つ。また,長期的な取引関係は,各種の情報交換を通じて,双方向の活発な技術やノウハウの移転がなされると考えられることから,技術の向上に貢献するという側面もある。

ただし,こうした親企業と下請企業との関係については,大企業が優越的地位を利用して下請企業を支配し,景気循環に対するバッファーとして利用するという「二重構造論」の問題や,生産系列が第三者にとって排他的となりやすく,競争原理が働きにくいという問題も指摘されてきた。このうち「二重構造論」については,高度成長期に盛んに議論がなされ,近年はこうした一般化を避ける傾向にあるが,両者の力関係から格差が生じているということは改めて認識すべきであろう。なぜならば,両者の賃金格差や第2節で述べたフリンジ・ベネフィットの差が労働者の大企業指向を助長しているとするならば,中小企業の活力を阻害することになりかねないからである。

一方,排他性の問題については,主に海外からの批判が多い。しかし,排他的関係が現実の一側面を表していることは確かであろうと思われるが,実際には下請企業間の競争や潜在的競争関係が存在すると考えられ,生産系列の存在が競争制限的であるという因果関係は必ずしもはっきりしない。むしろ後述するように,80年代から既に,デザイン・イン等を通じて第三者との取引努力がなされており,排他的な「タテ」の関係とみなすことは,事実関係を誤解することになりかねない。

(流通系列の機能)

流通系列についても,その経済合理性を強調する立場と,閉鎖性,排他性を問題視する立場が存在する。そもそも流通系列が我が国の産業に普遍的なものといえるかどうかについて確たる実証はないが,化粧品,家電,自動車といった産業において,流通系列が典型的にみられたことは確かであろう。流通系列の場合,生産系列と異なる点は,一定の条件の下では,それが閉鎖的,排他的であるがゆえに,経済合理性が存在することである。すなわち,系列企業の共同利潤の最大化という観点からは,排他的な取引関係の確立が流通における取引費用の削減につながるのである。

上記三産業を念頭に置いてこの点を具体的に考えると,これら産業の製品について共通している点は,①製品流通に専門的な知識・技術を要し,修理やアフターサービス等の付加価値を流通段階で提供することが販売の拡大と密接に関連していること,②したがって,メーカーが流通段階での付加サービスをコントロールし,サービス提供を行わず「ただ乗り」する販売業者を排除することが必要であること,③流通業者にとっても,特定のメーカー製品を取り扱うための投資がサンク・コストとなることである。この結果,取引を固定した方がメーカー,流通業者の双方にとって経済的合理性を有するのである。

もっとも,これまでにも,メーカーと流通業者の間の排他条件付取引,再販売価格の拘束等,独占禁止法上の問題となった取引もあることも事実である(第3-3-1表)。また,メーカーと流通業者の間の取引契約やリベート,返品に関する取り決めが明確になっていない場合,適切な価格決定がなされないほか,独占禁止法上の問題につながる場合があり,国際的にみても「特殊な」商慣行として批判されることは免れないであろう。ただ,流通系列をシステムとして評価する場合,重要なことは,その経済合理性の前提となっていた条件が変化したときに,柔軟に対応し得るかどうかである。この点については,後述のように,流通系列は一定の変化を遂げてきたということを念頭に置くべきであろう。

(企業集団について)

企業集団については,旧財閥系その他の企業集団が,株式の相互保有と特別な排他的関係を有する「系列」として議論されることがある。しかし,我が国のいわゆる「6大企業集団」については,これらがそれほど排他的なグループではない旨の報告書が提出されている(公正取引委員会「企業集団の実態についてー第5次調査報告書」94年7月)。

これによると,92年度の6大企業集団の集団内株式所有率(メンバー企業の発行済株式総数に占める,同一企業集団メンバー企業が所有する株式の平均比率)は,22.2%と比較的高いが,取引関係をみると,総売上高に占める同一企業集団メンバー企業への売上高の比率は,6.9%,総仕入高について同様の比率をみると,7.8%となっており,時系列的にみて,81年度の段階ではそれぞれ10%を超えていたものがすう勢的に低下していることが分かる。さらに,企業集団の活動として「社長会」の開催があるが,これも親睦会的性格が強く,個別企業の業務内容や事業について,集団としての事業意思決定が個別企業の意思決定を越えて行われているとはいえないとされている(株式の相互持合いの機能は後述)。

(環境変化と生産・流通系列)

上で述べたとおり,「系列」は,排他的な特殊日本的システムとしてとらえるよりも,個々には問題点があるものの,産業ごとに一定の経済合理性を有する面もある企業間関係ということができる。ただ,こうした経済合理性は環境とともに変化するものであることはいうまでもない。もし,長期的,固定的な関係を重視するといわれる日本的な企業間関係が,環境の変化に対応できないものであれば,むしろ経済発展の阻害要因として作用することになろう。

今日,我が国の企業が直面している問題は極めて多岐にわたるが,生産・流通系列に関連した客観情勢の変化としては,①円高の進行,「大競争」と呼ばれる世界的な労働コストの低下の中で,国際競争力を維持するためには,生産における部品調達関係を抜本的に見直す必要があること,②情報化,ソフト化の進行とともに,従来型の下請関係の中で育まれる技術開発に限界が生じていること,③流通についても,国際化と価格破壊の中で,店舗間の生産性格差が拡大していること,④消費者のし好も変化し,系列店から得られる各種サービスよりも,価格,品ぞろえ等を重視する傾向が強まっていること,⑤生産系列,流通系列とも,海外から排他的とみられかねない企業間の慣行を維持することが困難なこと等が挙げられる。これらのことは「日本的経済システム」に更なる変化を促していることは間違いない。

こうしたなか,生産系列についていえば,我が国の企業は環境の変化に柔軟に対応できないでいるというよりも,80年代後半以降,親企業,下請双方から固定的な取引関係の見直しが行われてきたものと考えられる。例えば,中小企業庁の調査によれば,93年時点において,親企業で,今後「現在取引を行っている下請企業との結び付きを強化する」とする企業の割合は,従来に比べ半減しており,一方で,現在取引を行っていない内外の企業との取引を強化する者が増加している(第3-3-2図)。また,下請側も,こうした親企業の動きをただ傍観するだけではなく,コストを切り下げ,自らのマーケットを開拓しており,近年の中小企業の海外生産比率の増加(第3-3-3図)も,こうした環境の変化における下請側の生き残りをかけた対応と考えることができる。

個別産業の例として,多層的な部品メーカーが存在し,しばしば「系列」の典型例として指摘されてきた自動車産業をみると,いわゆる世界の「大競争」と呼ばれる状況にあって,調達の国際化が著しい。例えば,日本メーカーによるアメリカ製部品の調達額をみると,86年度には24.9億ドルであったものが,94年度には約8倍の198.6億ドルにまで増大している(第3-3-4図)。また,こうした変化を受けて,自動車メーカーと部品メーカーとの関係も,部品の特性(求められる品質,納期,価格等の違い)に応じた見直しがなされている。この点について,89年と93年における部品の調達先企業数(乗用車メーカー9社平均)及び納入先乗用車メーカー数(部品メーカー1社当たりの平均納入先数)をみると(付表3-3-1),この間に取引先の変化がみられる部品は少なくなく,わずか4年の間でさえ,部品の調達関係が固定的なものではないことが分かる。

また,生産系列について,水平的なネットワークや国際的な横のつながりの欠如を指摘する向きもあるが,こうした議論は必ずしも適切なものとはいえない。例えば,中小企業の異業種交流の動きをみると,その数は年々増加しており(第3-3-5図),ノウハウを他の業種から獲得したり,自ら新規分野に参入しようとするケースも少なくない。また,今日,技術進歩が著しい半導体産業については,国境を越えた提携はごく当たり前のように行われている。ロジック分野では,回路の設計を通じた製品差別化の要素が強く,企業間の競争は激しいが,例えば,メモリー分野では,256メガのDRAMについて,我が国とアメリカ,韓国の主要企業において国際共同開発が進められてきたし,95年に研究試作が発表されたばかりの1ギガのDRAMについても,96年から日米欧による国際的な共同開発が着手されている。

流通系列についても,その内容は変化している。流通系列の代表的なケースとして,さきにも言及した家電製品についてみると,家電大手メーカーの系列店,取引店数は80年代に比べ,90年以降減少しており(第3-3-6図),この間,家電量販店のシェアが着実に拡大していることが確かめられる(第3-3-7図)。こうした動きは,一面では消費者のし好の変化や規制緩和によって,量販店等が販売を伸ばしたことを意味するが,家電製品では,メーカー側がリベート制を廃止・縮小したり,量販店向けの卸売ルートを拡大するなど,既存の流通系列の合理化を図っていることも極めて重要である。ちなみに,流通業者に対するリベートについて総務庁の調査をみると,家電製品,化粧品で何らかのリベートが存在するとした業者は半数を超えており,その数は依然として少なくないが,90年以降,リベートの種類が減ったあるいはなくなったとしている者の割合は,婦人服小売業者で3分の1に達しているほか,家電製品,化粧品もそれぞれ15%強,10%強となっている(第3-3-8表)。このことは,既存の流通系列を維持することのメリット,デメリットが,マクロ的な環境の変化とともに変化し,それにつれて流通構造も徐々に変化しているということを示唆しているといえるであろう。

もっとも,こうしたシステムの変化が,既存の企業に厳しい調整を強いていることは,第2章でも述べたとおり,我が国にとって重要な問題である。生産系列のシステム変化については,親企業,下請企業がともに海外進出してしまう結果として,いわゆる産業の空洞化をもたらすという危険性はあるが,この点について特に注意しなければならないことは,これが雇用の問題を引き起こすという問題にとどまらず,我が国の企業ダイナミズムの源泉でもあった技術開発の素地自体を経済システムから消滅させてしまう可能性があるということである。例えば,製造業の基礎部分を担う金型産業の事業所数は従業員10人未満の小規模な下請事業所を中心に伸びてきたが,近年その数は減少に転じている(第3-3-9図)。情報化,ソフト化といったなかで,下請企業と親企業の間の相対取引が技術進歩に与える役割は相対的に低下するであろうが,我が国の下請企業は地理的に集積し,情報交換や共同試作品開発といった形で技術開発の苗床となっているということも念頭に置く必要があるものと思われる。

2. 株式持合いの意義と現状

企業間関係において,「系列」と並び「日本的経済システム」を特徴付けていたとされるものは,株式の持合いである。アンケート調査によると,かなりの割合の企業が何らかの形で株式の持合いを行っていると回答しており(第3-3-10表),部門別の株式売買の回転率でみても,事業法人は生損保に次いで低く(第3-3-11表),安定的な株主として機能してきたと考えられる。こうした持合いをベースにした安定株主の存在は,株主の企業統治(コーポレート・ガバナンス)の在り方を規定しているものであり,日本的雇用システムをベースとした我が国の企業経営とも密接にかかわる。

(株式持合いの経済的役割)

株式持合いが,従来実体経済に対して果たしてきた役割を簡単に整理すれば,主として次のような点に要約される。すなわち,①株式の買占めに対する経営陣の防衛策として機能し,現職経営者にかなりの裁量権を与えたこと,②倒産リスクを企業間でシェアすることにより,倒産件数を抑制したこと,③取引関係にある企業の株式を相互に保有することにより,マーケティングコスト等各種取引コストを節約したこと,④外部効果を相互に生じる企業間に協調的な行動を促したこと,等である。

このうち,第一点目について,コーポレート・ガバナンスとの関連で言えば,我が国では,浮動株主の割合を極力小さくすることで,株式の買占めに対する経営陣の防衛策として機能する一方,安定株主が現職経営者に中長期的な観点で経営権を委譲し,企業業績が不振に陥ったときに経営に介入するということが指摘されてきた。こうしたコーポレート・ガバナンスの形態が,今日においても有効か否かはともかく,これまでの経済発展に対してかなりの程度寄与したことは確かであろう。特に,「日本的経済システム」の中では,企業に特有の情報が内部に蓄積されていたと考えられるため,株式の持合いは,内部情報を持たない第三者が経営権を握ることに伴う企業価値の低下を防止した面もある。

また,倒産リスクを軽減するという機能についても,単に経済のボラティリティを小さくするだけではなく,長期的な視点を重視する「日本的経済システム」を維持するために重要な役割を担う。例えば,雇用システムとの関連では,倒産リスクが高い場合,労働者は長期的な雇用契約を結ぶというインセンティブが低下することや,企業にとっても長期的な観点から労働者の研修を行い,人的資本を企業に蓄積する経営はとりにくいことが考えられる。また,メインバンクや固定的な引受主幹事証券といった長期的・固定的関係が意味を持つためには,企業組織が長期間維持され,そこにその企業特有の情報が蓄積されるということが前提となっているのである。



コラム

企業は誰のもの?

企業は一体誰のものだろうか?法的な所有者である株主だろうか,経営者あるいは従業員のものだろうか,銀行は単なる債権者だろうか。企業が生み出す利潤に対しては,物的資本の提供者である株主や債権者だけではなく,人的資本を提供する経営者や従業員,さらには取引先といった主体が複雑に関与しており,これらの主体は利害関係者(ステーク・ホールダー)として企業の統治(ガバナンス)にかかわる権利を有する。したがって「企業は誰のものか」と問うコーポレート・ガバナンスの問題は,単に「株主主権」をいかに確立するかというだけではなく,「経営者,株主,債権者,従業員,取引先といったステーク・ホールダーの利害調整を円滑・妥当に行いつつ,企業経営をいかに適切に行うか」と定義するのが適当といえよう。

日本においてコーポレート・ガバナンスの在り方が問われるようになったのは,1980年代以降,資本の自由化,企業の自己資金の充実・借入金比率の低下等を背景に,安定株主やメインバンク制といった旧来の「日本的」ガバナンス・システムによる規律付けがうまく機能しなくなり,バブルの発生やROA(総資産利益率)の著しい低下にみられる資源の浪費等が起こったことによる。また,自己資本の充実とともにその発言力が増してしかるべき株主の権利がさほど尊重されなかったこと,株主側からのチェック機能が働かなかったことも一因として挙げられよう。

世界のフロントランナーとなった日本企業にとって,新たなフロンティアを切り拓く事業リスクは,キャッチアップのリスクよりもはるかに大きく,これからの日本はそのリスクを背負って行かなければならない。今後,リスクある事業に対して円滑な資金供給を行うには,リスク資金調達の場である株式市場がより円滑に機能する必要があり,そのためには,これまで相対的に軽視されてきた株主の権利・義務をより重視するとともに,リスク資本を調達する企業側がディスクローズを一層充実させることが必要不可欠だと考えられる。むろん,株主の権利が強く主張されるアメリカ流のガバナンス・システムを全面的に追随する必要はない。本文で述べたような日本的ガバナンス・システムのメリットをいかしつつ,いかにステーク・ホールダーの利害調整を行い,経営の規律付けを行い,経営の効率化を行うすべを見つけていくかが,これからの重要な課題だといえよう。



(株式持合いの問題点)

株式持合いは,前述のとおり,一定の経済的な役割を果たしてきたが,その一方で,次のような問題点も指摘される。

まず,経営者に大きな裁量を与えたということは,長期的な視野からの経営を可能にさせた一方,株主の利益が重視されないケースも生じさせた。こうした傾向は,配当性向の低さや株主総会の実施日集中化等に現れているが,マクロ的にみてもはっきりしている点は,バブル期以降の株主資本利益率(ROE)の低下である(前掲第3-1-19図)。すなわち,株式持合いをベースとしたこれまでのコーポレート・ガバナンス構造では,ROEの低下を防止することができず,結果的にマクロの投資効率を低下させていたということになろう。

さらに,株式の持合いは,バランスシート上の資産と資本を両建てで膨らませ,配当のやりとりによって利益も増加させることから,経営の実態をみえにくくしているとの指摘もある。

(株式持合い関係の変化)

株式の持合い関係がどのような状況にあるかを定量的に把握することは難しいが,前述のアンケート調査では,「特にメリットを感じないが今後も続ける」とする先が9割を占めるなど,ここにきて持合い関係を急速に変化させる動きがあるとは必ずしもいえない。ただ,投資家別の所有株式数の分布をみると,近年外国人投資家の所有株式シェアが上昇する一方,事業法人,金融機関のシェアが低下しており(前掲第3-1-4図),株式持合いの解消という動きが徐々に進行していると考えることは可能である(付注3-3-2)。こうした動きの背景には,バブル期において大量のエクイティ・ファイナンスを行い企業間の持合いが高まったことの反動があると思われるが,より根本的には,株式持合いのコストが高まる一方,最近の企業を取り巻く環境の変化の中で上記持合いの意義が低下したことによるものと考えられる。

まず,コストについていえば,バブル崩壊以降の株価の低迷と依然低い配当性向が,株式の投資収益率を大きく低下させており,株式投資の機会費用が高まっていることが明確である(第3-3-12図)。企業自身の収益率が低下しているなかで,保有コストの高い(収益率の低い)株式の売却を行うケースも少なくないであろう。さらに機関投資家がバブル崩壊に伴うリスク許容力の低下から株式投資比率を低下させていることも影響していると考えられる。しかし,ここにきて持合い解消が進む原因は,一方で持合いのメリットが低下したことが重要である。繰り返し述べてきたとおり,日本企業はこれまで,リスクシェアや取引コスト軽減といった長期的な観点から固定的な相対取引関係を維持してきたが,高コスト経済の下で企業はリストラを迫られており,もはやリスクをシェアするといった余裕はなくなりつつあり,むしろ固定的な取引のコスト面でのデメリットが拡大している。しかも,従来型の金融仲介システムや雇用システムをめぐる環境に変化が生じているなかで,これらシステムの制度的補完性が薄れ,株式持合いの機能も低下せざるを得ないのである。

3. 新規開業の動向

これまで述べたように,「系列」と呼ばれる既存システムは,昨今の外部環境の変化にある程度柔軟に対応しており,また,株式の持合い関係も徐々に変化しているように見受けられる。ただ,こうした企業間関係のシステムが変化する一方で,企業が新たな事業で成功する,あるいは従来からの企業のすき間に新しい企業が発生するといった形で,新たな経済のダイナミズムが生じているとは必ずしもいえない。そこで,開業率の動向とその背景をみておこう。

(開業率の低迷とその要因)

まず,事業所統計から開業率の動向をみてみると,足元増加の兆しがうかがえるものの,製造業は60年代からすう勢的に低下しており,全産業でみても80年代に大きく低下している(第3-3-13図)。そこで,こうした開業事業所の業種別構成を高度成長期と現時点で比較すると,サービス業の割合が増加しているが,最もシェアが増加したものは建設・不動産業であり,今日期待されるような情報通信関連分野等におけるベンチャービジネスのぼっ興という姿とは異なったものとなっている(第3-3-14図)。また,国民金融公庫のアンケート調査から,開業者の年齢構成をみると,年々高齢者の割合が増加しているという実態が明らかとなる(第3-3-15図)。

このように新規開業率が低下し,我が国にベンチャービジネスが育ちにくい背景には,次のような点が考えられる。

まず,第一にコスト面の高さである。同じく国民金融公庫のアンケート調査によると,新規に事業を開始する際に不動産を購入した企業は,開業資金のうちその75%を不動産購入費用であり,地価,不動産賃貸料が大きく上昇した80年代から90年代初めまで,開業資金は上昇した(第3-3-16図)。ちなみに,開業率と地価の関係を業種別のデータをプールして回帰すると,地価の上昇が開業率の低下に有意に効くことが示される(第3-3-17表)。

第二点目としては,人的な面に係る制度・慣行が,ベンチャービジネスの阻害要因となっている可能性が考えられる。第2節で述べたとおり,例えば大企業におけるフリンジ・ベネフィットの充実等が,従業員の独立意識を抑制する方向に作用していることも考えられる。さらに,我が国における社会環境や制度が若者の個性や創造性,起業家精神を発揮しにくいものとなっているとともに,若者の間に安定志向が強いことが影響しているという指摘もある。

第三点目として,資金調達面における環境整備が十分になされていないことも挙げられる。第1節で店頭登録時の問題点を指摘したが,産業基盤整備基金の調査によると,ベンチャー企業においては,スタート時に人材やマーケティング・販売面と並んで資金調達面を事業展開上の障害とする者が多い(第3-3-18表)。ちなみに,新規事業の支援という観点で近年注目を浴びているベンチャーキャピタルの動向をみると,本体およびベンチャーキャピタルが主体となって設立した投資事業組合の数,投融資残高は着実に増加してきているが(第3-3-19図),①残高のうち3分の1が投資ではなく融資であり,物的担保や保証人を求めるなどリスクに対し極めて慎重であること,②投融資先の6割が会社設立後10年以上の企業であり,事実上新規事業の育成となっていないケースが多いこと(第3-3-20表),③投資事業組合自体のディスクロージャーが不十分であること等が問題点として指摘される。なお,金銭面以外の創業支援としてのビジネス・インキュベータやコンサルタント等も,設立後の歴史が浅いため,現在のところ有効に機能していない。

(新規開業の展望)

もっとも,新規開業について今後の動きを展望すると,明るい側面があることも確かである。まず,改めて開業率の動きを廃業率と併せて業種別にみると(第3-3-21図),いずれの業種においても,廃業率が高まるなかで,開業率が低下から上昇に反転していることが分かる。このことは,産業構造の調整の圧力の中で参入・退出がひんぱんになり,企業側の「新陳代謝」が進んでいることの現れと受け取ることもできる。またコスト面でも,足元,地価が低下しており,開業コストの低下という面で開業率の押上げに作用することが期待される。さらに,雇用システムをめぐる環境についても,本章第2節でみたように,変化が現れてきている。こうしたなかで新たな企業ダイナミズムが生じ得る余地は少しずつ拡大しているといえるであろう。

4. 既存企業のスピンアウト

(企業スピンアウトの意義)

我が国の場合,新たな事業分野においても,全くの新規企業が活動を行うのではなく,既存の企業が関連会社を設立して事業活動を行うケースが多い。東洋経済新報社「日本の企業グループ96」をみると(第3-3-22図),企業が関連会社を新設する目的としては「余剰人員の整理」といった消極的な理由によるケースもあるが,「新事業・新分野への進出」が最も多くなっている。また,親会社と関連会社が同一業種であるケースは全体の約30%を占めるに過ぎず,関連会社の約70%は新規事業分野への参入である。大企業が新規事業進出のために関連会社を設立する,いわゆるスピンアウトが,特殊「日本的」なものかどうかは別途吟味する必要があろうが,こうした方法が,既存の企業が有する資金,人材,技術等を活用できるという意味で,新規開業時の問題点を克服する極めて効率的な方法であることは事実であろう。

新規事業開拓における既存企業の役割をみるために,新規に東京証券取引所に上場した企業の株主をみると,最近5年間(91年から95年)で新規に上場した企業114社のうち43社(37.7%)は,筆頭株主が10%以上の株式を所有する上場企業であり(第3-3-23図),この割合は,10年前(81年から85年までの5年間)の24.5%に比べ上昇している。また,東証上場企業のうち,他市場や店頭市場において,比較的小規模で株式公開を開始した企業が東証に上場するケース(他市場経由)についても,最近時では上場企業の関連会社が14.9%を占めており,10年前(同10.8%)よりもかなり増加していることが分かる。

(企業スピンアウトの現状)

以上のように,我が国では,企業のスピンアウトが今後とも重要な役割を果たすと思われるが,設立企業数の推移をみると,80年代末からその数は減少した後,近年は横ばいで推移している(第3-3-24図)。これを,最近新設された関連企業の業種別でみると,製造業では機械,電気機器等が多く,非鉄金属,金属製品等が少ない。また,非製造業では卸・小売,金融,システム・ソフト開発を含むサービス業等が多く,通信関係は94年7月以降急増している(付表3-3-3)。つまり,企業のスピンアウトは,バブル期の多角化ブームから落ち着きを取り戻すなか,産業構造の変化の中でビジネスチャンスが多いと思われる業種についてスピンアウトがなされているといえる。

ただ,上記業種が全体のスピンアウトの数を押し上げるほどには至っていないというのも事実である。このことは,我が国経済全体が次世代を担う産業を模索し続けている段階にあるということを示しているのであろうが,制度的な問題が既存企業からのスピンアウトを抑制している可能性も否定できない。例えば,我が国ではアメリカに比べて企業と大学の共同研究体制が整っていないとの指摘もあり,改善の余地がないかどうか吟味する必要もあろう。

5. 企業ダイナミズムの条件

日本的な企業間関係はしばしば「系列」として言及されるが,今日の環境変化の中で,事業会社間は特に排他的といえるものではなくなっており,株式持合い関係も徐々にではあるが変化している。新たな企業ダイナミズムを従来からの企業とは独立したベンチャービジネスの中に期待する声も高まっているが,我が国では既存企業による関連会社設立という形で新規企業が育っており,今後ともこうしたスピンアウトが我が国経済のダイナミズムを維持していくということの重要性は変わらないであろう。つまり,企業間関係についていえば,これまでの「日本的システム」がダイナミズムを阻害しており,今後は独立のベンチャー企業が日本経済を支えると考えるよりも,いかにして「日本的システム」を柔軟なものとし,個々の企業家がリスクをとり,新規分野へ参入していくことができるようなシステムを形成していくかという視点が重要であろう。新たな企業は,新卒の若手企業家が起こすベンチャーでもよいし,既存企業の社内ベンチャーや子会社でもよい。さらには外国企業による新会社でもよいだろう。要は,経済システムが多様な選択肢を用意することが重要である。

この点を考えると,確かに企業間の関係は柔軟になってきたが,地価の高さに典型的にみられる高コスト経済が新規開業を阻害しているし,制度的にも各種規制が柔軟性を阻害している可能性は否定できない。さらに,さきに述べた金融,雇用といったものを含めた総体としてのシステムを考えた場合,必ずしも十分に多様な選択肢があるとは言い難い。金融,雇用,企業間の「日本的システム」は,いずれのシステムにおいても固定的な関係が重視され,それゆえに制度的な補完関係が有効に作用していたが,様々な環境の変化の中で,従来のシステムが互いの変化を阻害し,システム全体が有効に機能しなくなった場合には,経済全体のダイナミズムが失われかねない。急激なシステム転換に伴うコストは小さくないが,経済主体の自己責任の徹底とその下での多様な選択肢を整備すること,言わば経済システムの「自由と責任」の確立が重要である。

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