第6節 財政・金融政策と景気循環

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1 財政政策

90年度中の財政の動向をみると,特例公債依存から脱却するなど,財政再建は着実に進んでいる。一方,税収は全体として堅調に推移したが,税目別にみると,ばらつきがみられる。マクロの財政スタンスは,90,91年度ともに引き続き景気中立的であると判断される。こうしたなかで,91年度予算においては,「公共投資基本計画」を踏まえ,生活関連重点化枠が設定される等,社会資本整備のための公共投資の拡充が図られている。地方においても,公共投資がこのところ活発に行われている。

(財政再建の進展)

財政再建は,引き続き着実に進展している。国の主要財政指標の動向をみると(第1-6-1図),まず,公債は,建設公債の残高は引き続き増加しているものの,75年度以降続いてきた特例公債の新規発行は90年度においてなくなり,いわゆる特例公債依存から脱却した。こうしたなかで,公債依存度(公債発行額/一般会計歳出額)は引き続き低下し,91年度(当初予算ベース)においてはピーク時の5分の1程度に低下している。一方,残高ベースでは公債は引き続き緩やかに増加するものとみられ,91年度末には168兆円に達すると見込まれる(当初予算ベース)。また,公債残高の対名目GNP比率は,88年度以降の緩やかな低下傾向が続くとみられるものの,引き続き高水準となっており,国債費率(国債費/一般会計歳出額)も,歳出の2割程度を占めるなど高い水準が続いている。以上から,財政の状況は,一定の改善はみられるものの,依然厳しいといえよう。

(税収の動向)

90年度の国の税収の動向をみると(第1-6-2図),全体として堅調に推移したが,税目別にみると,ばらつきがみられる。具体的には,法人税収が,企業収益の伸び率の低下から鈍化したのに対し,所得税が高い伸びを示し,また特殊要因として消費税の平年度化の進展により前年度比で伸びが高まった。この結果,90年度の税収の伸び率は,決算額(概数)で前年度比9.4%増と,税制改革の減税の影響が大きかった88,89年度の8.6%増,8.1%増を上回ると見込まれている。このように,90年度の税収は所得税の伸びに大きく支えられたかたちとなったが,その背景を窺うと,源泉所得税については,雇用者数の伸びが高まった(89年度3.0%→90年度3.6%)ことを背景に名目雇用者所得の伸び率が更に上昇(国民経済計算ベース,89年度7.4%→90年度7.9%)したこと,並びに金利上昇等に伴い利子所得が増加したこと,また,申告所得税については,土地の譲渡所得が大幅に増加したこと,がそれぞれ寄与したものとみられる。

(財政政策のスタンス)

こうしたなかで,財政政策の景気への影響はどのように位置づけられるであろうか。この点を分析するために,一般政府部門の実際の収支と,景気循環や資産価格の動き等の一時的要因を調整したもの(高雇用財政収支)を計算し,第3章第1節で計算した潜在GNPと実際のGNPとの差(GNPギャップ)と対比してみた。結果をみると(第1-6-3図),70年代半ばをピークに高雇用財政収支は着実に改善したものの,景気回復が遅れたこともあって,現実の一般政府部門の収支の改善は遅れたことがわかる。一方,今回の景気拡大局面においては,高雇用財政収支の相対的な大きさはほぼ横ばいで推移し,おおむね景気中立的な財政スタンスが維持されたといえよう。なお,88,89年度と一般政府部門収支の黒字幅が拡大しているが,これには,資産取引の大幅な増加や資産価格の大幅な上昇による一時的な税収増が寄与しているとみられる点に注意する必要がある。また,近年の高雇用財政収支のレベルについては,社会保障基金の余剰を含んでおり,中央政府のみでは依然赤字であることに留意する必要がある。

(91年度予算の特徴)

91年度予算の概要をみると,一般会計の予算規模は,70兆3,474億円と,前年度当初予算比6.2%増(補正後比1.0%増)と90年度(前年度当初予算比9.6%増)の伸び率を下回り,引き続き景気に対し中立的な財政政策スタンスを維持しているといえよう。

91年度予算の特徴は,まず,第一に,90年3月の財政制度審議会の報告に示された中期的財政運営の新目標,「後世代に多大の負担を残さず,再び特例公債を発行しないことを基本として,公債依存度の引き下げ等により,公債残高が累増しないような財政体質を作り上げることを目指す」を踏まえて,引き続き公債依存度の引き下げ(7.6%,前年度当初予算ベース8.4%,補正後ベース10.5%)が図られたこと,第二に,そのために,引き続き歳出の徹底した見直し,合理化が図られる一方で,社会経済の推移に即応した財政需要に対しては,財源の重点的かつ効率的な配分が図られていることである。特に,社会資本の整備にあたっては,国民生活の質の向上に結びつく分野に重点がおかれ,一方で投資的経費は前年度同額に押さえられるなかで,これとは別に,新たに「生活関連重点化枠」2000億円が設けられた。

予算の内訳をみると,一般歳出の伸び率は4.7%(前年度当初予算比,以下同様)となっており,その内容においては,社会資本整備を着実に進めていくための公共事業関係費が,生活関連重点化枠を含め,5.0%増(産業投資特別会計繰入分を含む)と前年度当初(0.2%増)を上回る伸びとなったほか,国際社会で積極的な貢献を図るための政府開発援助(ODA)予算等経済協力費が7.8%増と前年度当初(6.9%増)に引き続き高い伸びとなっている。また,エネルギー対策費も8.1%増と高い伸びとなっている。このうち,公共事業関係費については,90年6月に閣議了解された「公共投資基本計画」を踏まえ,生活関連重点化枠などを通じて,下水道(6.2%増),環境衛生(6.1%増),公園(7.1%増)など,国民生活の質の向上に結びつく分野に重点がおかれ,厚く資金が配分されている。また,経済協力費については,ODA予算の拡充(前年度比8.0%増)が引き続き図られ,また,その内容の改善を図る観点から,無償資金協力の増額,実施体制の充実等に配慮されている。

一方,91年度の財政投融資計画をみると,全体で6.5%の伸びとなり,また,資金運用事業を除く一般財投では29兆1,056億円,5.4%増(前年度4.9%増)となり,内需を中心としたインフレなき持続的成長の確保に配慮したものとなっている。

91年度財政投融資計画の特徴をみると,重点施策として社会資本の着実な整備,住宅ニーズへの対応,国際社会への積極的貢献,地域の活性化,中小企業対策の4点を掲げているが,特に,「国民生活に密着した社会資本」として住宅,生活環境整備(上下水道,廃棄物処理施設等),厚生福祉(病院,老人保健施設等),文教(学校等)といった国民生活と密接に関連した分野,道路や空港のように,人や物の流れの円滑化を通じて国民生活に多大の利便を提供する社会資本,を挙げ,これらに一般財投資金が重点的に配分(構成比,90年度60.9%→91年度64.2%)されている点が目立っている。

このように,91年度予算は,全体の枠が景気中立的な範囲に収められるなかで,一般会計,財政投融資ともに,国民生活と関連の深い社会資本の整備に重点がおかれている点がひとつの特徴となっている。

(地方における公共投資の活発化)

地方財政に目を転じると,87年度以降,地方単独事業を中心に公共投資の高い伸びが続いている(決算ベース普通建設事業費前年度比,87年度14.5%増→88年度5.7%増→89年度8.2%増,同地方単独事業,87年度16.8%増→88年度20.9%増→89年度14.1%増)。

地方財政が多額の借入金残高を抱える状況のもとで,地方債発行総額が抑制されてきたにもかかわらず,このような伸び率が確保できたのは,基本的には,都道府県,市町村が,国の補助等を受けずに自主的に地域の実情に応じて実施する地方単独事業を積極的に活用し,住民生活に身近な生活関連施設等の計画的な整備や,地域経済の振興に一段と注力してきていることによるとみられる。加えて,歳入面で,景気の持続的な拡大により個人所得,企業所得が順調に伸び,住民税,事業税等の地方税の税収が堅調な伸びを示し(決算ベース地方税収前年度比,87年度10.5%増→88年度10.7%増→89年度5.6%増),また地方交付税も,その財源である法人税等の伸びに支えられて堅調な伸び(同地方交付税前年度比,87年度7.4%増→88年度6.1%増→89年度20.0%増)を示したことも影響しているものとみられる。さらに,87年度以降における地価の上昇等による用地取得費の大幅な増加も,公共投資の伸び率を押し上げる要因になったものとみられる。

なお,普通建設事業費から用地取得費を除いた事業費についても,かなり高い伸びを示している(決算ベース前年度比,87年度13.1%増→88年度3.1%増→89年度9.8%増)。

こうした公共投資の伸びは,90年度においても続いたとみられ,また91年度においては前述の「公共投資基本計画」を踏まえ,生活関連社会資本等の整備と,それぞれの地域の特色を活かした自主的・主体的な地域づくり等の推進がはかられるなど,引き続き地方単独事業を中心に高い公共投資の伸びが計画されている(地方財政計画ベース普通建設事業費(投資的経費から災害復旧事業費,失業対策事業費を控除したもの)前年度比,90年度4.0%増→91年度6.6%増,同地方単独事業費前年度比,90年度7.0%増→91年度10.0%増)。

2 金融引締めの回顧

(金利上昇局面への移行)

80年夏に始まった金融緩和は,その後85年のプラザ合意以降の大幅な円高の進展する中で一段の緩和措置がとられたり,87年のブラック・マンデーに遭遇するなどの経緯をたどり,結果的には戦後最長のものとなった。そして89年5月には公定歩合がおおよそ9年振りに0.75%引き上げられた。短期金利はこの公定歩合引上げを見越して引上げ実施前に上昇に転じた。公定歩合はさらに同年10月,12月,90年3月の3次にわたり引き上げられ,5.25%とプラザ合意以前の水準に戻った。これらの公定歩合引上げは,いずれも物価上昇を未然に防止するとともに,内需を中心とする持続的成長を図ることを目的として行われたものである。こうして,短期金利はさらに上昇を続け,長期金利も上昇した。日本銀行は,3月以降,それまでの公定歩合引上げの効果が浸透するのを注意深く見守っていたが,8月に第5次の引上げに踏み切り,公定歩合は6.0%となった。この引上げは,物価上昇圧力の顕在化を未然に防止する等の観点から行われたものであり,それまでの引上げに比べるとインフレ防止の姿勢をより明確にしている。

この間の短期金利の動向をCD3か月物レートでみると,88年まで4%台で推移していたものが89年に入ってからはっきりとした上昇傾向を示すようになり,同年年央にかけてと同年末にかけての2度にわたり大幅に上昇し,6%台後半で越年した。90年に入ってからも3月までは上昇を続け,7%台半ばとなった。このような上昇傾向の背景には,国内需要の高い伸びに応じた旺盛な資金需要があったものと考えられる。4月以降はおおむね横ばいで推移したが,8月の湾岸危機とそれに伴う原油価格上昇から再び上昇を始め,9月に8%台前半となった。その後やや低下したが,6月まで8%近い水準に高止まりしたままで推移した。

同じく長期金利の動向を国債最長期物流通利回りでみると,89年初来おおよそ5%前後で推移していたが,短期金利の上昇傾向を受けて,同年末にかけてやや上昇した。90年に入ってからは,いわゆる「トリプル安」が始まり,年初に大幅に上昇した後も,4月までは緩やかに上昇を続け,7%弱となった。5月以降はやや低下し,6%台後半で推移していたが,短期金利と同様に8月から大幅に上昇し,9月には一時8%台後半まで上昇した。その後は11月にかけて低下する動きをみせ,以後おおむね6%台後半で推移している(第1-6-4図)。

(長短金利の逆転)

この間の長短金利の関係をみると,89年初には長期金利が短期金利を上回っていたが,短期金利が上昇傾向となる一方,長期金利はおおむね横ばいで推移したため,同年6月以降,短期金利が長期金利を上回るようになり,長短金利の逆転がみられるようになった。長短金利の逆転幅はその後も拡大を続け,同年11月から12月にかけてかなり大きくなった。90年に入ると,長短金利の逆転幅は,長期金利が上昇したことにより,かなり縮小したが,4月以降は,短期金利がおおむね横ばいで推移する一方,長期金利がやや低下したため,長短金利の逆転幅は再び拡大した。8月から長短金利がともに上昇を始めたが,長期金利の上昇幅が大きかったため,逆転現象は9月には一時ほとんど解消した。10月以降,短期金利が高止まりする一方,長期金利は低下したため,長短金利の逆転幅は拡大している。

このような長短金利の動きの背景を探るため,第1-6-5図で国債のイールド・カーブの推移と,それに基づいて試算した予想短期金利の動きを,長短金利の逆転がみられ始めた89年6月から金利がピークを打った90年9月までとピーク・アウト後に分けてみてみると,以下のように理解することが可能であろう。

89年6月にはほぼ平坦であったイールド・カーブは同年12月にはかなり急な右下がり,かつ,下方に凸となった。90年3月になると,イールド・カーブの傾きは依然として右下がりながらかなり平坦に近づいた。金利がピークを打った90年9月になると,イールド・カーブは全般に上方にシフトし,やや上方に凸になった。この間の予想短期金利の動きをみると,6月には緩やかな上昇が見込まれていたものが,12月には足元の高まった水準からはっきりとした低下を示すと予想するように変わっている。とくに,6年以上先については12月時点の方が低くなっており,当面の短期金利上昇が持つ物価安定効果が将来の短期金利の低下につながるとの期待があったものと考えられる。90年3月には,一貫して低下し続けるという点は89年12月と変わらないが,5~9年後の予想短期金利が1%以上高まり,89年12月以前には5~6%の狭い範囲で動いていたのとは大きく離れている。これは,90年初の「トリプル安」が進むなか,債券市場関係者を中心にあったと考えられる円安・金利先安期待が修正されたためであると考えられる。90年9月には,湾岸危機に伴う原油価格の上昇を受けて当面は高い金利水準が続くが,将来への低下幅は最も大きくなると予想されていた。

以上からみると,89年12月から91年3月の間に5~9年後の予想短期金利のシフトや湾岸危機の影響があったため,金利の期間構造の動きがやや複雑なものとなったが,基本的には,当面の短期金利の上昇とその物価安定効果を織り込むという通常の金利上昇局面と同様の動きであったと考えられる。

ピーク・アウト後のイールド・カーブの動きをみると,90年12月には下方に大きくシフトするとともにやや上方に凸であったものが下方に凸となった。91年3月には,下方に凸になる度合いがやや大きくなる一方,3年以上ではほとんど平坦となっている。予想短期金利の動きをみると,90年12月には,湾岸危機による原油価格上昇がピークを打ち,下落に転じたことを受けて,引き続き短期金利が低下するものと予想されているが,下げ幅は小さくなっている。91年3月には,足元で低下が見込まれているが,その後については横ばいと予想されている。これは,早期に短期金利が低下する一方,その結果として物価安定効果がやや小さくなることが予想に織り込まれたためであると考えられる。また,1年前の90年3月と1年ずらして比較してみると,予想短期金利は,足元の水準では予想がほとんど変化していないが,より早い段階で収束するようになっている。これは,金融引締めの効果が1年前に予想されていた以上に早く出てきているとの認識の変化を反映しているものと考えられる。

(株価の大幅な下落)

株価は4年にわたり上昇を続けてきたが,90年に入ると二度にわたり大幅に下落した。東証株価指数の動きをみると,89年12月にピークを付けた後,90年に入ってからは,長期金利が大幅に上昇するなかで大幅な下落を続け,4月になってようやく落ち着きを取り戻した。5月以降はやや回復し,年央までは小康を保っていたものの,8月の湾岸危機の発生から再び大幅な下落を始めた。その後は10月初を底として回復に転じ,91年3月にピーク時の約70%まで値戻しした。その後,金利先行き不透明感,円安等から見送り気分が強くなり,再び下落傾向を示してきたところへ,6月下旬以降,証券会社による損失補てん等の一連の問題が報じられたため,株価は一層下落し,7月初の公定歩合の引下げ後も軟調に推移している。

3 金融引締めの量的側面

(マネーサプライの動向)

次に,金融引締めの量的側面についてみてみよう。金融引締めの効果は量的な面ではマネーサプライの増勢鈍化となって現れるのが通常であるが,今回の金融引締めの過程においては,初期の段階において一時的にマネーサプライの増勢が高まる現象がみられ,金融引締めの量的側面が明確にならなかった。もっとも,その後はマネーサプライの増勢が著しく鈍化するなど金融引締めの効果が量的側面にも着実に浸透してきている。

代表的なマネーサプライの指標であるM2+CD(期中平残)の動向を第1-6-6図でみると,89年中は前年同期比10%増の前後で推移していたが,90年に入ってから伸びに高まりがみられるようになり,同年4~6月期には同13.0%増まで上昇した。その後,7~9月期には前年同期比12.0%増まで低下し,10~12月期には同10.0%増とさらに低下した。91年に入ると,1~3月期に前年同期比6.0%増とさらに大幅に低下し,この統計が公表されるようになって以来最低の伸び率となった。4~6月期(速報値)には前年同期比3.7%増とさらに低下した。この間の動きを季節調整済前期比(年率)でみると,増勢の高まりとその後の鈍化は一層明瞭である。90年1~3月期に15.2%増と極めて高い伸びとなった後,4~6月期も13.2%増とかなりの伸びが続いたが,7~9月期には7.9%増へと低下し,10~12月期には4.4%増とさらに低下した。91年に入っては,1~3月期は1.0%減と減少したが,4~6月期(速報値)は3.8%増となった。

(金融資産間のシフト要因)

このようなマネーサプライの動きの背景にある金融資産間のシフト要因を探るため,まず,M2+CDの季節調整済前期比(年率)の推移を広義流動性のそれと比較してみよう。89年まではほぼ同程度であった両者の伸び率は,90年1~3月期と4~6月期にM2+CDの増勢の高まりから大きくかい離したことが判る。これは,金融自由化の進展や株式・債券市場の大きな変動を背景にマネー対象外資産からマネー対象資産へのシフト・インが急速に進んだことによる。このかい離は7~9月期には縮小したが,10~12月期には逆にM2+CDの伸び率が広義流動性のそれを下回り始め,91年1~3月期以降はかなり大きく下回っている。これは,金利の先安感が出るなかで,マネー対象資産からマネー対象外資産へのシフト・アウトがあったためと考えられる。また,CP発行が減少しており,これによって調達した資金を大口定期で運用する動きがみられなくなっている。

(銀行貸出の増勢鈍化)

銀行貸出の伸びが大きく鈍化していることも企業の手元現預金の水準抑制を通じてマネーサプライの増勢鈍化に大きく寄与している。第1-6-7図で全国銀行ベースの貸出増減額の推移をみると,プラザ合意以降の一段の緩和のなかで前年を上回る貸出増が続いていたが,89年に金利上昇局面に入ってからは前年並みかやや上回る程度の貸出増となり,90年夏以降前年水準を下回るようになった。最近ではさらに貸出増加は減少し,前年の約半分の水準となっている。この結果,銀行貸出の残高では88年には前年同期比で12~14%あった伸びが,89年中に同10~11%となった後,90年夏以降は急速に低下し,最近では5~6%となっている。このような銀行貸出の増勢鈍化やCP引受けの抑制は,従来の量的拡大から質を重視した経営に転換してきていることや銀行部門のリスク管理,利上げ効果の浸透の結果である。リスク管理については,貸倒れ等のリスクが増大していることや株価の下落で有価証券含み益のかなりの部分が失われ自己資本が減少したことに対応して銀行経営の安定を図るためには,資産の伸びの抑制又は圧縮を図る必要があるからである。また,1993年3月にBISによる自己資本比率規制の最終目標達成を控えていることは,このような銀行部門の行動に影響を与えているのではないかと考えられる。

(貨幣の流通速度の動向)

最後に,マネーサプライ残高と経済取引規模との相対関係の面に,増勢の鈍化の効果がどのように現れているかを貨幣の流通速度の推移でみておこう。貨幣の流通速度は長期間にわたり低下傾向を示しているが,金融が緩和されるとそのトレンド線を下回り,引締められると上回る傾向がある。これは緩和期には経済の拡大テンポも高まるがそれ以上にマネーサプライの増勢が高まる一方,引締め期には経済の拡大テンポが鈍化する以上にマネーサプライの増勢が鈍化するからである。したがって,トレンド線から下方にかい離していたものがトレンド線に近づくのは緩和していたものが特に緩和していない状態になるという相対的な引き締まりを示し,トレンド線を超えて上方にかい離するようになると本格的に引き締まりが進んでいることを示す。

貨幣の流通速度を名目国内総需要をM2+CDで除したものでみると,プラザ合意以降の一段の金融緩和を反映して,86年頃からトレンド線を下回り始め,トレンド線から下方へのかい離幅が徐々に大きくなっことが判る。公定歩合の引上げ局面に入った89年からは下げ止まりがみられるようになり,トレンド線からのかい離幅も縮小傾向となった。ところが,90年1~3月期にM2+CDの増勢の高まりからやや大きく低下したため,再びかい離幅は拡大したが,その後は,90年10~12月期までほぼ横ばいで推移し,かい離幅も前年同期とほぼ同水準まで縮小した。91年に入ると,91年1~3月期にM2+CDの減少を反映してやや大きく上昇したため,トレンド線からのかい離はなくなり,ほぼトレンド線にまで戻ってきている(第1-6-8図)。

以上のように,引締め初期にマネーサプライの増勢が一時的に高まる現象がみられたのは,マネー対象外資産からのシフト・インがみられたためとみられる。また,その後は逆方向のシフトがみられたが,これを除いても,金融引締めの効果は量的側面に着実に浸透してきていることが考えられる。さらに,貨幣の流通速度がトレンド線に戻ってきたことからみて,経済取引規模との相対関係の面でも金融引締めの数量的な効果が現れてきたといえるであろう。

4 金融引締めの実体経済への浸透

(企業金融に与えた影響)

金融引締めの結果,金利水準が高まり,銀行信用の伸びも抑制されていることは企業金融に影響を与えている。第1-6-9図にみるように,日本銀行の「企業短期経済観測」によると,主要企業では,金融機関の貸出態度の判断は89年8月以降急速に厳しくなっており,90年5月には「厳しい」が「緩い」を超え,その後も「厳しい」とする回答が増え続けている。手元現預金水準の判断も90年8月以降やや遅れて,「多目」とする回答が減少する一方,「少な目」とする回答が増加し,91年2月には「少な目」が「多目」を超えている。以上に伴って資金繰り判断は89年8月以降「楽である」とする回答が減少し,緩和感が徐々に後退し始め,91年に入っては「楽である」とする回答が「苦しい」とする回答を上回る幅は非常に小さくなっている。

主要企業の金融機関の貸出態度の判断が厳しくなっているにもかかわらず,過去の金融引締め期に比べると,手元現預金水準の判断と資金繰り判断にはあまり強い引き締まり感はみられていない。これは,87~89年にエクイティ・ファイナンスによって活発に資金を調達し,企業が豊富な手元流動性を保有していたため,強い資金繰りひっ迫感には結びつかなかったことによるものである。

中小企業では,金融機関の貸出態度の判断は「厳しい」とする回答が増加しているが,主要企業に比べると厳しさを増していない。資金繰り判断は「楽である」とする回答が「苦しい」とする回答を超える幅はわずかであり,主要企業に比べ依然低い水準にあるが,主要企業に比べると下げ幅は小さい。

このように主要企業と中小企業の間で金融機関の貸出態度や資金繰りに対する判断の動きに差があるのは,全体の貸出増加が抑制されているなかで,金融機関が経営判断として大企業向け貸出よりも利幅の大きな中小企業向け貸出を選択していることなどが考えられる。

(最終需要に与えた影響)

金融引締めは住宅投資を始めとする最終需要に対して抑制的な影響を与えており,これが90年前半までの高い経済成長率から持続可能な適度の成長経路に移行しつつある重要な要因となっている。

89年下半期においては,金利上昇局面であるにもかかわらず,経済成長率の加速がみられた。88年から89年にかけて5%程度から4%程度へと減速しつつあった実質GNPの伸びは,89年7~9月期以降年率で6~7%台へと高まり,高い成長率は90年上半期まで続いた。このような成長率の減速傾向とその後の加速は実体経済の自律的な動きによるものであるとみられるが,同時に金融引締めの効果が実体経済に浸透するにはある程度の時間を要したためであろう。

90年下半期には実質GNPの伸びは4%程度へと減速し,90年下半期以降,我が国経済は緩やかに減速する過程にあると考えられる。金利の上昇は住宅建設に対して抑制的な影響を与えており,新設住宅着工戸数は貸家を中心として減少傾向を示している。また,資金調達コストが上昇し,金融費用の増加が企業収益にマイナスの影響を与えるなど設備投資環境にも影響がみられ,90年度まで3年連続で二桁の増加率を示してきた民間企業設備投資も91年度には減速する兆しが現れている。このように金融引締めが最終需要に対して抑制的に作用してきた結果,経済成長率は中期的に持続可能な水準まで減速してきたものと考えられる。さらに,一時みられた株式,土地などの資産取引の過熱状況も収まっている。株価下落を通ずる資産効果は,金利上昇の直接効果の影響を受けにくい個人消費や大企業設備投資に金融引締めの効果が波及する経路となっているものと考えられる(第2章第2節で詳述)。

以上のように,金融引締めの効果は着実に実体経済に浸透してきており,これまで進められてきた金融政策は,資金需給の引き締まりに応じて金利が上昇するという金融市場の需給調整機能を適切に活用しつつ,適切かつ機動的に運営されてきたものと評価され,金融と実物のバランス,ストックとフローのバランス,需要と供給のバランスなど経済の諸バランスは望ましい方向に調整されてきている。こうしたなか,日本銀行は国内景気の拡大テンポが緩やかに減速してきていること,マネーサプライの伸び率が低下してきていることなど最近の経済情勢の変化からみて,物価を巡る情勢は好転してきていること,市場金利もピークからみてやや低下していることなどを勘案し,7月1日公定歩合を0.5%引下げ5.5%とすることを決定し,即日実施した。この措置により,引き続き物価上昇圧力の顕在化を防ぎつつ,内需主導型の景気の持続的拡大を一層確実にするものと期待される。

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