第4節 設備投資・在庫投資と景気循環

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実質民間設備投資は90年度まで3年連続二桁増の力強い拡大を続け,今回の景気拡大期において景気を牽引する役割を果たしてきた。設備投資を巡る現在の環境をみると,製造業における設備不足感が依然根強く,また投資目的として合理化・省力化や新製品開発・研究開発など需要動向に直接影響を受けない独立投資の比重が増大していること,さらに設備投資全体に占める非製造業投資のウエイトが長期的に増大していることから,設備投資は当面は底堅い推移を続けるとみられる一方で,これまでの拡大の結果設備投資比率(名目民間設備投資/名目GNP)が高度成長期に匹敵する水準に達していること,また金融引締めを背景として最近においては投資採算が低下してきていることから設備投資が下降局面に入る可能性も指摘されている。設備投資の変動は総需要の水準を変化させるとともに,総需要水準の変化に対応して生産能力が調整されるために設備投資の変動が引き起こされるという累積的な性格を有することから,設備投資の動向は景気の先行きを判断する上での重要なポイントとなっている。本節では,こうした観点から,景気拡大5年目の設備投資・在庫投資の動向を分析することとする。

1 業種別,企業規模別にみた設備投資の特徴

安定成長期には経済のサービス化の進展にともない,設備投資に占める非製造業の割合が高まり,高度成長期に比べて設備投資循環の振幅が小幅になっていることが指摘されているが,ここでは業種別,企業規模別に最近の設備投資の特徴をみてみよう。

(業種別,企業規模別にみた設備投資の動向)

設備投資の動向を製造業,非製造業別にみると,非製造業(除く電力)では直前の景気の「谷」である86年10~12月期においても減少することなく85年以降一貫して堅調な増加が続いているのに対し,製造業では86年から87年にかけて大きく減少した後,87年末になって力強い拡大に転じている(第1-4-1図)。これは,当初,輸出依存度の高い製造業の投資が85年以降の円高によって減少したものが,その後の景気拡大の長期化にともない,収益の改善や素材業種の設備調整の終了を背景に上昇に転じ,非製造業と足並みを揃えた「全員参加型」の投資拡大が生じたためである。こうしたなかで,設備投資全体に占める製造業のウエイトも回復をみせ,民間粗資本ストック統計による新設投資額(進捗ベース)でみると,90年10~12月には37.4%と直前のピ-クである85年の38.7%をほぼ回復している。

最近の動向をみると,設備投資の前年比の伸び率は,90年に入ってそれまでの高い伸びが次第に鈍化してきているが,第1-4-1図でみると設備投資の鈍化は製造業よりも非製造業,また大企業よりも中小企業において目立っており,金融引締めの影響が中小企業を中心として不動産業やリース業の設備投資に現れつつあることを示している。

我が国における長期的な設備投資の推移をみると,第1次石油危機後の安定成長期において,76年度以降,前年比で減少を示した年がみられないなど,設備投資循環の振幅が小さくなっていることが指摘できるが,第1-4-1図にみられるように,非製造業の設備投資は製造業投資に比較して安定的,かつ上昇トレンドが強く,今回の景気拡大期においても非製造業投資のウエイトが高いことは,設備投資循環を安定化する効果をもつものと考えられる。しかしながら,最近において非製造業設備投資の鈍化がみられることは,こうした上昇トレンドとは別に,金融引締めが設備投資にも影響を及ぼしつつあることを示している。

(企業の91年度設備投資計画)

91年度の企業の設備投資計画を日本銀行「企業短期経済観測」(91年5月調査)で主要企業についてみると,全産業で,90年度16.7%増と3年連続で二桁の増加を示した後,91年度も7.1%増と比較的堅調な増加が計画されている。これを製造業,非製造業の別にみると,製造業では前年度比6.2%,非製造業では同7.7%の増加となっており,3年連続の二桁増の後の計画としては,総体としての設備投資の堅調さが目立つものとなっている。

2 目的別にみた設備投資の特徴

今回の景気拡大期における設備投資の根強さの背景に,合理化・省力化,研究開発・新製品・新規事業進出など需要動向に直接左右されにくい「独立投資」のウエイトが高いことが挙げられる。そこで次に目的別に最近の設備投資の動向をみよう。

上記日本銀行「企業短期経済観測」で製造業の投資目的をみると,91年度については,紙パ(洋紙)や食品(ビール)における大型投資の一巡を反映して,増産・拡販投資のウエイトが引き続き低下する一方,研究開発投資・新製品・新規事業進出のウエイトが上昇している。増産・拡販投資に対して合理化・省力化,研究開発投資・新製品・新規事業進出をあわせたものを,短期的な需要動向に左右されないという意味で「独立投資」と呼ぶことにすると,独立投資のウエイトは近年高まってきており,91年度においても42.1%と増産・拡販投資の35.4%との差を拡げている。こうした投資目的の変化が設備投資の動向にどう反映されているかをみるために,設備投資関数を用いて製造業の設備投資の前年比増加率を,誘発投資,省力化投資,省エネルギー投資,そして独立投資の4つに要因分解してみると,89,90年には省力化投資と独立投資(ここでは両者を区別して扱っている)の寄与が大きく高まっていることがわかる(第1-4-2図)。

独立投資は増産・拡販投資と違い,物的生産能力の拡大につながりにくいが,企業がこうした投資を行うのはそれが長期的には人件費等のコストの削減や製品の高付加価値化等を通じて企業収益に寄与するからであり,研究開発投資のように不確実性をともなう場合であっても実を結んだ時の利益はそれだけ大きいと考えられる。いま,横軸に研究開発投資比率を,また縦軸に技術進歩に相当する全要素生産性上昇率をとり,業種ごとに両者の関係をプロットしてみると,第1-4-3図にみるように,研究開発投資比率が高い業種ほど全要素生産性上昇率が高いという関係がみられ,長期的にみると,研究開発投資が生産性を高めていることがわかる。第3章第1節でみるように,我が国の経済成長に対する全要素生産性の寄与が近年大きく高まっていることも,研究開発の活発化を反映したものと考えることができる。

もちろん,合理化・省力化や研究開発・新製品・新規事業進出を目的とした投資も全体の需要動向と無関係ではありえないが,独立投資は増産・拡販投資に比較してより中長期的な視点に基づいて実施される性格が強く,特に,近年,製造業でも技能工を中心に人手不足感が強いことや情報化・マイクロエレクトロニクス化の進展等を考えると,製造業の設備投資における独立投資のウエイトの増大は,設備投資における非製造業の割合の高さとともに,設備投資循環を安定化させるもう一つの重要な要因となっているものと考えられる。

3 設備投資と資本ストック

近年の設備投資の持続的な拡大の結果,設備投資比率は相当高い水準に達しているが,先行き需要が鈍化した場合,設備が過剰になってストック調整が生じ,設備投資が累積的に下降する懸念が指摘されている。ここではこれまでの設備投資の拡大が資本ストック,生産設備といったストック面にどのような影響を与えているかをみてみよう。

(設備投資比率と資本係数)

設備投資比率(名目民間設備投資/名目GNP)の推移を長期的にみると,高度成長期の70年をピークに石油ショック後の安定成長期にかけて低下し,78年には14%程度にまで低下したが,その後緩やかな上昇に転じ,今回の景気拡大期に一挙に上昇が加速して90年10~12月期には20.2%と高度成長期のピークに匹敵する水準に達している(第1-4-4図)。設備投資比率は80年にも小さなピークをみせているから,これを考慮すれば,61年,70年,80年,90年とほぼ正確に10年周期の循環を描いている。

実質ベースの設備投資比率(実質民間設備投資/実質GNP)をみると,設備投資デフレータの伸びが低いことから,90年には高度成長期のピークを大きく上回る水準に達している。これを既存設備の更新のための更新投資を除いた純投資比率でみても90年には高度成長期のピークを上回っている。こうした設備投資比率上昇の要因をみるため,設備投資を製造業,非製造業に分け,実質GNPに対する比率をとってみると,第1-4-4図に示されているように,非製造業の設備投資比率が83年を底に上昇し,また製造業の設備投資比率も88年以降上昇しているが,高度成長期との比較においては,設備投資比率の上昇をもたらしているのは非製造業における設備投資比率の上昇であり,製造業の設備投資比率は高度成長期のピークを下回っていることがわかる。

一方,設備投資が年々のフローであるのに対して,累積のストックの水準を産業別平均資本係数(資本ストック/産業別実質GDP)でみると,製造業の資本係数は75年以降比較的安定的に推移しているのに対し,非製造業の資本係数は傾向的にかなりの上昇を続けており,しかも80年代後半に入って一段と上昇している(第1-4-5図)。製造業では旧専売公社,また非製造業では旧日本国有鉄道及び日本電信電話公社の民営化が影響していることに注意する必要があるが,80年から89年にかけての全産業の資本係数の上昇のうち,約9割が非製造業における資本係数の上昇によって説明され,なかでもサービス業(リース業を含む),運輸・通信業,卸・小売業で全体の資本係数の上昇の7割以上が説明されている。

このように,近年の設備投資比率や資本係数の上昇は,主として非製造業において生じており,製造業についてみれば,設備投資の拡大にもかかわらず,ストック調整を必要とするような過剰な資本ストックが,少なくとも製造業全体として,形成されているとはいえない。また,非製造業についても,その設備投資はそもそも需要としては個人消費の動向を反映する性格が強く,比較的安定的であることに加え,最近の資本係数の上昇の要因としては,昨年度の本報告で分析したように,情報化・マイクロエレクトロニクス化の進展を背景とした情報化関連投資の急速な拡大が挙げられ,こうした投資は需要動向とはある程度独立に,長期視点から実施される性格が強いと考えられる。こうしたことからは,近年の高い設備投資比率がストック調整につながり,設備投資の累積的な下降局面がもたらされる可能性は比較的小さいといえよう。

(生産設備判断と設備投資)

企業の設備投資意欲の底堅さを示すものに,製造業における生産設備の不足感が挙げられる。

製造業企業の生産設備判断を前記「企業短期経済観測」でみると,91年5月には「不足」とする企業の割合が「過剰」とする企業の割合を7%上回って推移しているが,製造業全体の設備判断DIが「不足」超を示しているのはいざなぎ景気と73,74年の景気過熱期以来,第1次石油危機以降の安定成長期では今回が始めてのことであり,今回の景気拡大局面における企業の設備不足感の強さが示されている。また,同調査で生産設備判断DIと設備投資増加率の関係を過去に遡ってみると,両者の間にはピーク,ボトムを含め,高い相関がみられる(第1-4-6図)。

91年5月時点での生産設備判断DIを素材業種,加工業種の別にみると,素材業種では不足超幅が1%に過ぎないのに対して,加工業種の不足超幅は12%と大きく,設備不足感は加工業種を中心に強いことがわかる。業種別に5月時点の生産設備判断と91年度計画による設備投資増加率の関係をみると,概して,石油精製,金属製品,非鉄など設備不足感の強い業種では高い設備投資の増加が計画されている一方,紙パのように設備過剰感のある業種では設備投資の減少が計画されているなど,業種によるばらつきをみせながらも,全体としては,設備不足感を背景に企業の投資意欲はなお強いものとみられる。

4 設備投資と資本コスト

今回の景気拡大期には資産価格の上昇から企業の資金調達コストが低下し,設備投資の拡大を支える要因となったが,金融引締めにともなってこうした条件には変化がみられている。ここでは設備投資の決定要因としての企業収益,実物資産収益率と資本コストの最近の動向をみてみよう。

(企業収益の動向)

企業収益の動向を売上高経常利益率でみると,89年7~9月期以降,製造業,非製造業とも低下しているが,91年1~3月期でもその水準は過去2回の景気循環のピークにほぼ匹敵する高いものとなっている(第1-4-7図)。

その背景を製造業についてみると,図に示すように,企業の交易条件(産出物価/投入物価)は今回の景気拡大期を通じて安定的に推移しており,また売上高人件費比率も88年初にかけて大きく低下した後,最近に至るまで落ち着いた動きを示している。これに対して,金融費用対売上高比率は,金融引締めを反映して89年以降上昇が見られ,最近の売上高経常利益率の低下の一因となっている。

(実物資産収益率と設備投資)

設備投資の拡大の要因を企業金融面からみると,80年代後半に実物資産の収益率が資金調達コストを大きく上回ったことが挙げられる。

大蔵省「法人企業統計季報」をもとに,実物資産収益率と借入金利子率の差(以下「純投資収益率」と呼ぶ)を計算し,実質設備投資の前年比増加率の動きと比較すると,両者の間には密接な関係がみられる(第1-4-8図)。今回の景気拡大期では,86年4~6月期を底に純投資収益率がまず上昇に転じ,次に設備投資が87年1~3月期になって増加に転じている。その後,純投資収益率,設備投資増加率は89年1~3月期にピークに達した後,金融引締め等から純投資収益率が低下するなかで設備投資増加率も低下している。

なお,純投資収益率と設備投資増加率の関係をみると89年までの時期について純投資収益率の上昇に比べて設備投資増加率は幾分低めの上昇となっているが,この背景としては,金融が緩和するなかで金融資産の運用利回りが資金調達コストを上回ったため,企業が金融資産収益率を実物資産収益率の機会費用として意識し,設備投資より手元流動性の積み増しを選択した結果と考えられる。しかし,90年初以降になると,逆に金融資産収益率が低下するなかで,設備資金を手元流動性の取り崩しによって賄う動きがみられ,設備投資は純投資収益率により近い動きを示すようになっている。

5 在庫投資と景気循環

在庫管理技術の進歩等を反映して,在庫循環の振幅は安定成長期を通じて小幅化しているが,91年にはいって出荷の伸びが鈍化するなかで在庫がやや増加するなど製品在庫には景気循環を反映した動きがみられている。

(マクロの在庫投資の推移)

マクロの民間在庫投資の長期的な推移を国民所得統計の実質民間在庫投資でみると,70年代後半以降,在庫投資の水準が目立って低下していることに加え,在庫投資の変動が小幅化しており,その結果,在庫変動が実質GNPの変動に与える寄与が縮小している。今回の景気拡大期をみても,実質民間在庫投資は87年1~3月期を底に増加に転じているが,実質GNP成長率に対する寄与度は87~90年度の平均で0.2%と比較的小さなものにとどまり,かつ89年4月の消費税導入前後の時期を除いては大きな変動もみられなかった。

こうした背景としては,POS(Point of Sales,販売時点情報管理)やVAN等の情報ネットワークを利用したオンライン受注・発注システムの導入等,流通段階における技術革新を背景とした在庫管理技術の発達や製造業における製品の高付加価値化,生産工程の合理化を反映した原材料投入原単位の低下,また,ジャストインタイム方式にみられるような生産現場における在庫管理技術の進歩等が挙げられるが,マクロの在庫率の低下には在庫をもつことが少ないサービス部門のウエイトの上昇も大きく寄与しているものと考えられる。

(生産者製品在庫にみる在庫循環)

マクロの在庫投資が景気全体を先導する能動的な役割を果たさなくなってきているとはいえ,今回の景気拡大期においても,鉱工業生産者製品在庫は景気の局面に応じ,在庫循環に特徴的な変動を示している。

景気循環にともなう在庫変動の典型的なパターンとしては,景気回復の初期には,まず出荷の増加にともなってそれまで積み上がっていた製品在庫が減少に転じ,次に在庫調整が進展して在庫が適正水準に近づくと生産の増加テンポが大きくなって在庫の減少が止まり,さらに景気が成熟化して出荷の増勢が鈍化すると在庫が増加に転じ,最後に景気後退に入ると出荷が減少するなかで在庫が積み上がっていく。こうして,出荷と在庫の増加率をそれぞれ縦軸と横軸にとり,両者の関係をグラフ上にプロットしていくと,期を追って時計回りの図が描かれることになる。

今回の景気拡大期について,生産者製品在庫と出荷の関係をみると,第1-4-9図にみるように,こうした典型的な在庫循環のパターンが90年初までみられた後,同年4~6月期以降,出荷の伸びが再び高まり,在庫の増加が縮小するという在庫循環の「若返り」が生じている。こうした現象は,景気拡大が通常の在庫循環の期間を超えて長期化した場合に生ずる傾向があり,いざなぎ景気の時にもいったん在庫の増加が出荷の伸びを上回り,意図せざる在庫の増加が生じた後,再び出荷の伸びが高まり在庫が減少する局面がみられている。今回の場合,こうした「若返り」が90年を通してみられた後,91年1~3月期になると出荷の伸びがやや鈍化するとともに在庫の増加が生じているが,出荷の伸びは依然在庫の増加をわずかではあるが上回っている。

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