昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
本年度の年次経済報告は,昭和61年度及び昭和62年度初めの我が国経済について分析しております。
昭和61年は,通貨調整を通じる国際的な不均衡是正の年でした。国際収支不均衡の拡大した世界経済にとって,今回の通貨調整は避けて通れない過程であったといえましょう。これによって各国の国際収支の不均衡,特に日本の黒字とアメリカの赤字はようやく縮小の方向に向かいつつあります。
しかしこれによる急激な円高は,61年度の日本経済に大きな影響を及ぼしました。その一つは景気に対する影響であり,いま一つは経済構造変化に対する影響であります。我が国の景気は,60年半ばから調整局面に入っていたとみられますが,同年9月のG5以降の急速な円高によって,特に輸出関連の製造業部門を中心に,景気の後退が強まりました。
したがって,今回の景気循環は,同時に起こった急激な円高によって生じた大きな構造変化の中で進行したという点で,過去の循環とは性格が異なっております。需要構造では,内需は拡大,外需は減少という対照性がみられます。円高によって国内物価の安定効果が強まりましたが,これに伴う実質所得の上昇に,61年9月の総合経済対策の効果も加わり,実質内需の寄与度は61年度は4.1%と伸びを高めました。しかし,他面実質外需は数量ベースでの輸出の減少と輸入の増加により大幅に減少し,その結果61年度の成長率は2.6%に止まりました。
こうした需要構造の変化は,産業構造に大きな影響を与えました。非製造業など内需拡大や円高が有利に作用した産業部門は好調さを維持しましたが,外需減少の影響を受けた製造業部門は概して深刻な打撃を受け,いわゆる「景気の二面性」が生じたのであります。さらに,こうした産業構造の変化によって,雇用構造,地域構造は厳しい調整を迫られました。
このように日本経済は60年秋以来の急激な円高によって,厳しい構造転換の試練を経験し,今後とも苦しい調整過程を乗り切って行かなければなりません。しかし,この試練を通じて,日本経済は内外両面でより均衡のとれた望ましい方向に転換しつつあり,とりわけ,その力を国民生活の改善に向けるための基礎条件がつくられつつあるとみることができます。
日本経済は従来から輸出は増え易く輸入は増え難い性質があると云われてきましたが,特に58年以降のドル高・円安によって,外需主導型という方向が非常に強まり,経常収支の黒字が累増しました。それが今回の円高と内需拡大努力により,内需主導型の方向に大きく修正されてまいりました。物価の一層の安定と金利低下の下で個人消費や住宅投資は着実な増加を示し,一方製品や食料品を中心として輸入は着実に増加しております。輸入の持続的な増加が国際収支の是正に役立つことはいうまでもありませんが,こうした内需の拡大と安価な製品等の輸入増加は国民生活をより豊かにするものであります。
政府は62年5月緊急経済対策を策定し,6兆円を上回る財政措置と所要の対外経済対策を講じました。そのねらいの第一は,内需の拡大を一層確実なものとし,短期的には62年度政府見通しの3.5%成長を達成するとともに,中長期的には我が国の経済発展を内需主導型への構造転換により着実に実現していくための積極的な第一歩とすることであります。
また第二は,対外不均衡を是正し,国際通貨の安定を図り,かつ保護主義的な動きを防止していくことであります。今回の緊急経済対策が,ヴェネチア・サミットをめぐる国際的政策協調とその後の為替レートの安定化に果たした役割は極めて大きなものがあったといえましょう。これらの政策効果が加わることによって,日本経済は円高による構造調整の試練を乗り越え,より安定した着実な成長経路に向かうものと考えられます。
最近においては,堅調さが続いている内需関連部門に加え,輸出関連部門においても内需への切り替えと新しい為替レートへの適応がかなり進み,業況の悪化が止まりつつあるとみられます。これに伴って,下降局面にあった景気もようやく回復の方向に向かってきました。また,経常収支の黒字幅もはっきりと縮小の方向を示しております。ただ,その黒字はなお大幅であり,為替レートの動向も十分に安定したとはいえません。
今後は為替レートの一層の安定を図りつつ内需主導型の経済構造を定着させ,必要な構造調整を推進し,物価の安定を維持しつつ内外に均衡のとれた経済成長を維持しうるよう経済政策を運用していくことが基本的に重要であります。
日本経済はなお今後とも内外両面に亘って達成すべき課題を数多く抱えております。まず対内面では,日本はすでに世界で一,二を争う高所得国になったのでありますが,その成果は必ずしも国民生活に十分反映されていない面があります。こうした状況を改善し所得水準にふさわしい豊かな国民生活を築いていくためには,居住環境の質的向上,必要な社会資本の充実,労働時間の短縮,為替レートに見合った物価水準の実現等をめざして一層努力していかなければなりません。
このような課題の達成に向かって民間の創意と活力を大胆に投入していくためには,財政金融政策の適切な運用とあわせて,思い切った規制の緩和,撤廃など現状に合わなくなった諸制度の抜本的な変革こそが,いま何よりも求められているのであります。私はこうした努力によって,経済発展の成果が国民各層に広くかつ十分に享受されるように,いわば日本経済の「国民化」を進めていくことを強く訴えたいと思います。
他方対外面では,日本は平和を希求する経済大国として,先進国にも,NICs,発展途上国にも親しまれ,尊敬されるような指導性を発揮していかなければなりません。そのため,第一には,世界最大の純債権国となった日本が,その蓄積された金融資産を有効に活用するとともに,国際通貨や国際金融市場の安定に積極的に寄与し,かつその経済力を世界経済の発展のために役立てていくことが必要であります。
第二に,発展途上国に対する経済的,技術的な援助を格段に強化し,それらの諸国の経済・福祉水準の向上に真剣に努力することが重要であります。そのためには国民に一層の努力と負担をもとめることも必要でありましょう。第三に,自由世界第2位の我が国の国内市場を一層外部世界に開放し,各国の製品を受け入れていくことが必要であります。そのことは国民生活の一層の向上をさらに可能にするばかりでなく,同時にまた,日本経済の国際的評価を高め,経済的安全保障にもつながるものと考えます。
こうした内外の目標を実現していく過程は,一面で個々の勤労者や産業あるいは地域に対しては苦しい適応を迫るものでありましょう。そうした適応をできるだけ円滑に進めるため経済運営の責任者としで私は国民各位の理解と協力のもとに最大限の政策努力をいたすつもりてあります。しかし同時にわれわれは,円高を契機として進められる構造調整に単に受け身の立場で対応するのではなく,むしろこれを日本経済の新しい発展と国際的飛躍の踏み台として,21世紀への展望を切り開いていかなければなりません。
こうした観点から,今年度の年次経済報告の副題は,「進む構造転換と今後の課題」といたしました。日本経済の歴史的転換点において作成された今年度の経済白書が,国際社会の中での日本経済に関する内外の認識を深め,今後の対応についての国民的合意と国際的理解を形成する一助となるならば幸いであります。
昭和62年8月18日
近藤 鉄雄
経済企画庁長官