昭和60年

年次経済報告

新しい成長とその課題

昭和60年8月15日

経済企画庁


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第2章 新しい成長の時代

第5節 太平洋地域の高成長

新しい成長の時代を支える第3の柱は,太平洋地域の高成長である。我が国の主要貿易相手国である太平洋諸国においては,アメリカのレーガノミックス,中国の経済体制改革・対外開放政策,韓国・台湾の関税引下げ等による貿易の自由化政策など,市場機能を重視した経済運営が行われており,それがこの地域の経済発展に大きく寄与している。また,太平洋地域は大農業生産圏であると同時に,ハイテク面で世界をリードする日米両国から,貿易や直接投資を通じて技術が他の国々に急速に移転されつつある。

太平洋地域協力の面でも,これまで消極的な姿勢を示していたASEANが84年7月のASEAN拡大外相会議において前向きの姿勢を打ち出すなど協力を強化しようという動きがみられる。一方,民間レベルでは,太平洋経済委員会(PBEC)や太平洋経済協力会議(PECC)が,貿易や直接投資などのいぐつかの政策問題に関して,調査活動及び政策提言を行ってきた。こうした活動に更にはずみをつけたのが,1984年9月のアメリカにおける太平洋経済協力全国委員会の発足であり,我が国においても民間レベルにおける太平洋協力を一層推進するため,PECC,PBE,C両国内委員会がますます活発に活動を行っている。

これまで我が国は資本財,耐久消費財の供給国として,あるいは技術・資本輸出国として,この地域の発展に貢献するとともに,この地域の成長から大きな恩恵を受けてきた。高い潜在力を有する太平洋諸国が,その力を十分発揮できるよう引き続き積極的に貢献していくことが,我が国の課題であり,それが新しい成長の時代の幕開けをより確実なものとしよう。

1 脚光を浴びる太平洋地域

国際的相互依存関係が高まる中で日本経済が高めの成長を続けていくためには,他の国々も比較的高めの成長を遂げている必要がある。こうした観点に立つとアメリカがスタグフレーションを脱したのをはじめとして,その他の日本の主要貿易相手国も高い成長を遂げていることが注目される。特に,近年,「太平洋の時代」が言われ,太平洋地域が脚光を浴びている。太平洋地域に関心が集まっている背景としては,まず第1にアジア太平洋地域の国々の高い経済成長が挙げられる( 第2-37表 )。アジアNICs(韓国,シンガポールや台湾,香港といった地域)は1960年代以降高い成長を示し,2度にわたる石油危機によって世界的な景気後退に直面した1970年代においても,高い成長率を維持している。ASEAN諸国(マレーシア,タイ,フィリピン,インドネシア,ブルネイ)の多くは,むしろ1970年代に入り成長を加速している。

太平洋地域の貿易も拡大している。日本や重化学工業化の進展したアジアNICsの輸出は第1次石油危機以前から世界平均を大きく上回る増加を示していたが,最近も大幅な伸びを続けている。ASEAN諸国の貿易も,70年代に入って世界平均を上回る伸びを示し,80年代に入ると,世界的に伸びが鈍化している中で堅調に推移している。アジアNICs,ASEAN諸国の成長に対する輸出,投資の寄与は大きく,これら諸国の輸出工業化の成果には目覚ましいものがあったといえよう( 第2-38図 )。ただ,両者の工業化のパターンを比較してみると,アジアNICsでは工業化率と雇用の増加率がほぼ並行して増加しているのに対し,ASEANでは産業構造の面で依然として農業のウェイトが高いことを反映して,雇用の工業化の進展が余りみられない( 第2-39図 )。

第2は,中国の対外開放政策の進展である。現在中国では「四つの近代化」が進行しており,その中でも経済面での近代化が最も先行している。

国内経済の面では,農村の改革から着手され,従来の共同制を改め生産責任制導入や農産品買上げ価格の大幅な引上げが行われた。さらに,経済効率の改善のため,競争原理をテコとして,農業における人民公社の解体や企業における自主権の拡大等の改革が進んでいる。

一方,対外経済面では積極的に外資及び技術の導入を図る対外開放政策が打ち出された。1980年には広東省の深しんなど四つの経済特区が設置され,83年には海南島が,さらに84年には天津,上海,大連など14の沿岸都市が経済開発区として追加された。これらの特区,開発区には大きな自主権が与えられ,外国企業の投資に対しては優遇措置がとられている。また,外資導入のための法制度の整備も進んでいる。その結果84年1年間で741の合弁企業が設立されることになった。我が国の対中投資を対外直接投資届出実績でみると,昭和26年度から58年度までの累計で,27件,7300万ドルに過ぎなかったものが,59年度は単年で66件,1億1,400万ドルと急増している。

また,1984年9月には香港問題に関する英中合意文書の仮調印がなされ,1997年7月に香港が中国に返還されることが決定された。香港の返還が円滑に行われることは,中国にとって経済的に大きな利益をもたらすと考えられ,他方中国が香港の将来に関し「一国家二体制」の方針を表明していることは,香港の繁栄維持のためにも好ましいことと考えられる。

第3に,アメリカ経済における太平洋岸のウェイトの増大である( 第2-40図 )。スタグフレーションから脱したアメリカ経済は,ハイテク産業を中心とした設備投資の高い伸びを実現した。こうした産業の高い成長もあってアメリカの経済社会のウェイトは大西洋岸から太平洋岸へと移行している。産業構造面では,自動車,鉄鋼等の従来型の産業の立地が五大湖周辺の東部地域に集中していたのに対し,航空宇宙産業,エレクトロニクス関連産業などのハイテク産業の立地は比較的西部に集中している。人口の動態をみると五大湖周辺の東部地域では減少しているのに対し,テキサス州,カリフォルニア州など南部及び西部では増加しているのは,こうした変化を反映しているとみられる。また,1981年に初めて大西洋貿易を上回った太平洋貿易はその後も順調に拡大を続け,両者の差は83年には314億ドルに拡大している。

以上のように太平洋地域は,先進地域であるアメリカ,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,日本を初めとして,アジアNICs,ASEAN諸国,さらに中国など多様な国々が集まっている。

自然条件や人種,宗教,歴史などの文化的背景の面でも,極めて多様性に富んでいる。例えば,天然資源の賦存についてみると,石炭埋蔵量はアメリカ,中国,オーストラリアで世界の約50%,原油の埋蔵量はメキシコ,インドネシア,アメリカ,中国でほぼ25%程度,さらにウランの埋蔵量はオーストラリア,カナダ,アメリカで約39%を占めている。

労働力についてみると,アジアNICs及びASEAN諸国では労働力人口の比率は,先進地域に比していくぶん低いものの,その増加率は高い。

太平洋地域の持つこのような豊富な多様性は,この地域における相互依存関係を深化させる大きな誘因ともなっている。

2 変貌する太平洋地域の農業

(拡大する農産物貿易)

世界の農産物貿易は1970年代以降生産の伸びを上回るテンポで増加している。穀物貿易についてみると,生産量に占める貿易量の比率は60年代の8~10%から83年には14%へと上昇している。世界の貿易に占める農産物(林水産物も含む)のシェアは,低下する傾向にあるが,全輸出額に占める農産物のシェアは地域によってはかなり高く,81年においては,非産油発展途上国やアジア計画経済国では3割程度,先進市場経済国でも15%を占めている。

近年の農産物貿易の増大は,①発展途上国では生産量の伸び自体は先進国を上回っているが,消費量の伸びが生産量の伸びを上回っていること,②農業生産の不振の続くソ連が輸入量を増大させていること,③もともと輸出力のある先進国において人口及び1人当たりの消費の伸びが低下し,需要が伸び悩んでいるなかで生産量が増加を続けていること,を反映したものであり,先進国から発展途上国あるいはソ連向けのものが増大している( 第2-41図 )。

また,日本は穀物の大きな安定した純輪入国であり,世界の穀物貿易の安定と拡大に貢献している。太平洋地域はアメリカ,カナダ,オーストラリアの3大穀物純輪出国を含む,大農業生産圏ともいえる。

(農業生産の動向)

世界の農業生産についてみると,耕地面積は近年ほとんど増加しておらず,生産の増大は単位面積当たりの収量(以下「単収」という)の増加によるものである。しかし単収の伸びには地域間で格差がみられる。穀物についてみると,先進市場経済国では単収の水準は高く,また近年伸び率には鈍化がみられるものの上昇を続けている( 第2-41図 )。ことに,ECなど西欧諸国では単収が高い伸びを続け,西欧全体でみると83年以降純輸出に転じている。一方,60年代から70年代前半にかけて大きな単収向上を実現した東欧・ソ連ではそれ以降伸び悩みがみられる。また人口の急増が続いているアフリカでは国内向け食料生産が立ち遅れ,3年続きの干ばつや砂漠化の進行などから生産が不振に陥っており,飢餓が深刻化している。

現在,世界の食料需給は,アフリカの飢餓等の問題をかかえながらも,全体として生産が順調なため,緩和傾向で推移している。しかし,今後も人口増加等により発展途上国を中心に需要の増大が見込まれる中で,穀物の収穫面積,単収の伸びの鈍化やソ連の6年連続の不作など供給についての不安な面もあり,中長期的な食料需給は必ずしも楽観を許さないといえよう。

こうした中で,近年特徴的なことは,国別にはばらつきはみられるが,総じて中国や東南アジア地域等のアジア太平洋地域において単収が目覚ましく向上していることである。この単収向上は,天候に恵まれたことに加え生産面での改善が進んでいることを反映している。アジア太平洋地域においては,生産基盤整備水準や単収水準が未だ低いなど解決すべき課題も多い。こうした中で緑の革命の進展に伴って,近代的品種の普及が進むとともに,灌漑面積が拡大し,肥料投入量が増加している。それに伴ってこの地域の農業生産や単収の水準は世界的にみても高い成長を示しており,労働生産性の伸びも世界平均に比べ高いものとなっている。アジア太平洋地域では農業の経済に占めるウェイトが高いが,その成長は食料供給を増加させるとともに農村の購買力の増加をもたらし,国内の工業部門の市場を拡大させるなど工業部門の成長にも寄与しており,経済全体の発展の上で重要な役割を果たしている。

(中国の農業生産増と農産物輸入減)

中国の農業生産は,78年から83年の5年間で約1.5倍,年率にして7.9%の飛躍的な拡大を示した。食糧生産(穀物換算のいも類を含む)は,同期間に年率4.9%で拡大し,84年には史上最高の4億トンを突破した。また,油料作物(落花生・ナタネ・ゴマなど),綿花など商品作物の生産の伸びは更に著しい。

このような生産の拡大を促した要因は,79年以降の一連の経済改革の中での生産責任制の導入を中心とした農業近代化政策,農産物価格の引上げ及び生産財の投入の増加に求められる。生産責任制は,生産用具や家畜などの管理・使用を農家に委託あるいは有償譲渡し,農地を割り当てて経営を任せ,一定量の農産物を国家と集団に納入した残余の自由な販売を認めるという制度であり,その実施と農産物の買上げ価格の引上げは農民の生産意欲を高めた。それらに加え,化学肥料の増産及びその投入の増加,優良品種の普及,機械化の推進等生産財の投入面での改善も進められた。このため単収の伸びは著しいものとなっており,労働生産性も大きな上昇を示している( 第2-42図 )。市場メカニズムの導入は更に進められており,85年1月の「農村経済の一層の活性化に関する10の政策」においては,国家による農産物の統一・割当買い付け制度の廃止等の方針が打ち出されている。

このような食料生産の拡大に対し,人口の伸びが鈍化していることから,1人当たり食料消費量は高い伸びを続けており,特に1人当たり豚肉消費量が78年から83年の間に年率9.8%の伸びとなるなど畜産物の消費が急増している。

食糧純輪入量は,小麦を中心に77年以降増加し,82年には約1500万トンに達したが,それ以降大幅な生産増加を反映して減少に転じ84年には約700万トンまで急減している。また,伝統的な輪出品目である米のほかにとうもろこし,綿花等でも純輪出に転じている。

今後中国は,経済改革に基づく農業生産の拡大を背景に食料輸入の削減に努めていくものと予想されるが,人口増と生活水準向上に伴う畜産物需要増による飼料穀物需要の増大という需要増大要因をかかえておりその動きを注視する必要がある。

(アメリカ農業の変調)

アメリカ経済における農業のウェイトは,GNP,就業者とも大体3%前後であり,それ自体は大きなものではない。しかし全輸出額に占める農産物(加工品も含む)のシェアは18%程度を占めており,大きな農産物輸出国である。

82年には,非農産物の貿易収支が572億ドルの赤字であったのに対し,農産物では237億ドルの黒字となっている。

輸出の主力は穀物及び大豆であり,83年には農産物輸出額の58%を占めている。これらの品目の生産に対する輸出の比率は高まってきており,83年には穀物が59%,大豆が47%と,航空機,電算機といったアメリカが比較優位にあると考えられる工業製品の輸出比率(82年ではそれぞれ25%)に比べてもかなり高い。また,農産物輸出額の農業産出額に対する比率も25%と高いものとなっている。

しかし,80年代に入り,アメリカ農業は不況に陥っている。それは輸出の不振,農業所得の減少,負債の増大による農家の資金繰りの悪化と倒産の続発,さらにそれらに伴う農業所得安定のための財政負担の増大などに表れている。

現在のアメリカ農業不振の主な要因としては四つ考えられる。第1にはドル高である。主要穀物輸出国の間でみると,アメリカのドルは84年には80年に比べ20%程実質的に上昇している。このため,価格競争力の高まった他の輸出国では,ドル建ての輸出価格を引き下げるとともに輸出量を増大させており,それに伴いアメリカの農産物輸出価格は低迷し,その輸出シェアは低下している。長期的にみても穀物の輸出シェアとドルの実質実効レートとの間には明白な相関がみられる( 第2-43図 )。

第2の要因はここ数年来の世界的な増産や第2次石油危機後の世界的な景気停滞に伴う需要の伸び悩みを反映した世界輸入需要の停滞と価格の低迷である。

第3の要因は,農業投資が70年代後半から急増し,それが今日負債として累積していることである。こうした投資の急増は,70年代中頃の世界的な食料危機を契機として食料需給が将来よりタイトになり農産物価格も上昇するという見方が強かったこと,さらに同時期にドル安となったことからアメリカの農業生産の優位性が一時的に強まり,将来の農業収益への期待が高まったことを反映したものである。また,農地についてみると,こうしたことなどに伴って地価上昇期待が強まり農地の取得が更に促進された面もあると考えられる。

第4には実質金利の上昇である。80年代に入りインフレが沈静化する中で名目金利が高止まったため,金利は実質的に大きく上昇した。これは負債の累増と相まって農家の金利支払いを増大させ,農業所得を減少させている。

この他,制度面においても,81年に制定された現行の農業法で支持価格の最低水準が農産物需要の増大やインフレの持続を想定し85年まで一括して決定されたことは,経営努力へのインセンティブや投資面での慎重さを弱めるように作用した面もあると言えよう。

こうした中で農業所得安定のための財政負担の増大は,価格支持政策の下で,ドル高と農産物需給変動の影響を財政が吸収し,農業への影響をより少なくしていることにより生じているものである。財政負担を実質でみると,70年代中頃の食料需給ひっ迫時を除き,ドルレートと強い相関関係にあり,近年の財政負担の増大は特にドル高の影響が大きいとみられる( 第2-43図 )。また,近年輸出依存度が高まっているため,為替変動の影響はより大きくなっているものとみられる。

(新農業法案の内容とその影響)

巨大な財政赤字を抱え,農業所得安定のための財政負担が増大している中で,アメリカ政府は85年2月に85年農業調整法案(以下「新農業法案(政府案)」という)を公表した。アメリカの農業法は33年の農業調整法に端を発しているが,その基本的な目的と骨格は当初以来変わらず,政府が市場に介入することにより農産物価格と農業所得の安定を図ろうとするものである。新農業法案(政府案)は,85年9月で期限切れとなる現行の81年法を引き継ぐもので,その内容は現行制度を大きく転換し政府の介入を極力排して,アメリカ農業を市場メカニズムに基づく価格決定がなされるような形に転換することを目標としている。またそれにより,財政負担の軽減と農業の国際競争力の強化を図ろうとするものである( 第2-44表 )。

現在,政府案のほか,数多くの新農業法案が議会に提出されており,最終的にどのような形で決定がなされるかは不確定である。しかし,程度の差はあるが,支持価格の引下げ等については各法案に共通している。もし市場志向型の方向に政策転換が行われるものとすればその影響は以下のように考えられる。

第1に,国内的には,農業が厳しい構造調整を迫られ,現在の農業不況が一定の間続くものとみられる。その間かなりの倒産が見込まれるほか,中規模層では離農や兼業化あるいは規模拡大という形で階層分化が進むものとみられる。

第2に,財政負担は減少することになるが,これまで財政支出がそのかなりの部分を吸収していた為替変動や国際需給の変動による影響はそのまま,生産資材から農産物加工までを含めた農業関連の部門に及ぶことになる。

第3に対外的には,主要農産物貿易国に対して農産物貿易の阻害要因の除去についての要請を強めることが予想され,農産物貿易をめぐる問題が増大する可能性がある。

第4に,国際的な影響として考えられるのは,アメリカ政府が供給管理を弱めること,特にローンレートの引下げに伴うCCC(商品金融公社)の在庫の減少,農家保有備蓄の廃止等により,穀物等の供給及び価格の不安定性が増大する懸念があることである。アメリカの現行制度は国内消費と輸出を区別していないため,価格安定政策の効果は輪出価格にも及んでいる。特に在庫は国際市場における緩衝在庫としての機能を果たしてきた。新制度の下では,政府保有の在庫は減少し,需給変動に対する国際価格の変動がより大きなものになる可能性が大きく,その分他国に影響が及ぶことになろう。

以上のような国際的な農業情勢の変化の中で,我が国においても国内農業の体質強化と生産性向上を図りつつ,食料自給力の維持強化等に努め食料の安定供給を確保するとともに,発展途上国に対する農業協力に努めるなど各面での対応が今後とも必要となっている。

3 ハイテク化しつつある太平洋地域

我が国では,情報・通信技術の革新の基礎の上に高度情報社会が作られつつあるが,日米両国を中心とするハイテク化の動きは,太平洋地域に貿易・技術移転を通じて広く波及しつつある。ここでは電子計算機と半導体に焦点をしぼり,太平洋地域を中心とする近年の貿易動向をみてみよう。

まず,電子計算機について,世界生産の約6割のシェアをもつアメリカを中心として,近年の輸出入動向をみてみよう( 第2-45図 )。1979年から83年への4年間でアメリカの電子計算機の輸出は年率17.7%の増加を示したが,その地域別内訳をみると,アジア向けが年率29.4%と高い伸びを示し,シェアも6.1ポイント上昇し19.3%となった。このうち日本向けの伸びは17.8%であった。これに対し西欧向けは相対的に伸びが低く,シェアは7.4ポイント低下し52.2%となった。一方輸入も,4年間での伸びは年率46.4%と急増している。地域別にみると輸出同様アジアNICs及び日本からの輸入が急激に増加しており,アジアからの輸入のシェアは83年には72.9%に達している。また輸出入の収支差でみると,44.7億ドルから59.1億ドルへと黒字が拡大しているものの,対アジアでみると,日本及び韓国を除くNICsに対しては流入超に転じている。アメリカのアジアからの輸入が急増したのは,パソコンや周辺端末機器などのOEM製品(相手先ブランド製品)の輸入が日本からを中心に急増していること,アジアNICs諸国に対するアメリカ系企業の直接投資が増大し,これらによる生産が専らアメリカ市場への輸出を目的として行われていることなどによるものと考えられる。特にシンガポールでは,政府が産業高度化政策とともに外資優遇措置を実施しており,近年,プリンター,ディスク・ドライブ,パソコン端末機等の生産拠点建設のためのアメリカ電算機メーカーの進出が相次いでいる。これらの動きは日本企業を含め一層活発化していくものとみられ,太平洋地域におけるハイテク製品の国際分業の進展を促すとともに,NICs等諸国における産業構造の一層の高度化にも寄与するものと期待される。

次に広い意味で「産業のコメ」とまでいわれるようになった半導体について,日本を中心とした近年の輸入動向についてみてみよう( 第2-46図 )。集積回路(IC)では日本はアメリカからの輸入シェアが圧倒的に高く84年では73.7%に及んでいる。この4年間でアメリカのシェアが10%近く上昇しているのは,論理素子のように日本よりもアメリカの方が技術水準の高いものが多く輸入されていることによる。一方,個別半導体の輸入は,アジアNICsおよびASEANからの輸入シェアが高く,84年では70.4%となっており,台湾と韓国で全体の約半分を占めている。また,日本からの半導体の輸出をみると,80年から84年までの4年間で,年率36.6%と高い伸びで増加しており,これは記憶素子等のICがアメリカ向けを中心に同41.8%増と急増したことによる。個別半導体の輸出は,同16.3%増と比較的低い伸びとなっているが,これはASEAN向けとアジアNICs向けの伸びが各地域での生産力の増大を反映し低いものとなっていること等による。

個別半導体に係る日本企業の海外進出をみると,台湾と韓国に対しては70年代半ばまでに7社が進出しており,マレーシアなどを含めてアジアNICsとASEANが個別半導体の供給基地の役割を果たしつつあるといえよう。近年これらの国々ではICの生産の動きも活発化しており,韓国,台湾では現地資本に加えて日米欧等の資本による現地生産も進められている。ただ外資による生産形態は比較的技術レベルの低い後工程にしぼられていると言われる。このように,半導体の分野においては,LSIなど先端技術分野の製品開発,生産は日米両国,一部については韓国が,より技術レベルの低いICの生産は台湾などアジアNICsが,さらに個別半導体の生産はASEANが担当するという形で製品間の分業関係が進展している。

以上のように太平洋地域にはアメリカ,日本というハイテク面で世界をリードする国があり,この両国を中心として①国際水平分業の進展に伴う貿易の拡大,②それを支える日米間あるいは,日米からアジアNICs,ASEANへの直接投資の活発化がみられる。そして,それによって技術力が日米から他の国々に急速に移転されつつある。その結果この地域は全体として着実にハイテク化しつつあり,それがこの地域の高成長に今後とも好ましい影響をもたらそう。

4 太平洋地域における日本の役割

(輸出面の役割)

我が国が太平洋地域に対して与えてきた影響を日本の貿易を通してみてみよう。まず,輸出について,我が国の工業品輸出を財の用途別に分類して65年から80年にかけての年平均伸び率の推移を各国の需要効果と日本の競争力変化の効果の二つの要因に分けて考えてみよう( 第2-47図 )。① 比較的加工度が低い非耐久消費財(衣類,はき物等)についてみるといずれの地域においても競争力効果の低下が目立つ。特にアメリカにおいてその傾向は顕著であり,65年26%であった日本の輸出シェアは80年には4%にまで低下している。労働集約的中間財(織物,木製品等)も,ほぼ同様で,60年代後半は増加に働いた競争力効果は70年から80年にかけて各地域ともマイナスに転じている。② 資本集約的中間財(化学製品,鉄鋼等)についてみると,70年代前半までは競争力効果が増加に寄与している。またアジアNICsとASEANにおいては資本財と同じように70年代前半の需要効果がその他の財に比べてかなり高いのが特徴である。70年代後半には競争力効果がマイナスに転じたことを主因に伸び率が鈍化しているが,80年における日本の輸出シェアはアジアNICsで44%,ASEANで36%と高いものとなっている。③ 耐久消費財についてみると,競争力効果が一貫して増加要因として働いており,家電製品,乗用車など日本製品の競争力の強さが伺われる。日本の輸出シェアの推移をみると,アメリカ,アジアNICs,ASEANのいずれでも大幅な増加を示している。④ 資本財(鉄道車輌,一般機械等)についてみると,アメリカにおいては競争力効果が一貫して増加に寄与しており,70年代後半の伸び率は他の財に比べ最も高いものとなっている。一方,アジアNICsとASEANにおいても,伸び率は鈍化しているものの一貫して高い伸びであった。この80年の日本からの工業製品輸入総額に占める資本財のシェアはアジアNICsでは37%,ASEANでは33%を占めており資本集約的中間財についで高いものとなっている。

以上のように,労働集約的な完成財である非耐久消費財と中間財では我が国の競争力が全ての地域に対して低下してきたのに対し,アメリカ向けでは耐久消費財及び資本財が,アジアNICs向けとASEAN向けでは資本財がその相対的地位を高めてきたと言えよう。このことは我が国が太平洋地域に対して耐久消費財を供給する役割を果たすとともに,輸出と投資の好循環にリードされ高い経済成長を遂げてきたアジアNICsとASEANに対しても,またエレクトロニクス等ハイテク部門を中心として設備投資の拡大を進めつつあるアメリカに対しても,我が国が資本財供給基地としての役割を果たしてきたことを示すものである。と同時に,機械工業の輸出比率を昭和45年の13.5%から58年の26.8%へと倍増させながら産業構造の高度化を図ってきた我が国経済はこれら太平洋地域の高い成長から大きな恩恵を受けたと言えよう。

アメリカの資本財輸入の動向をみると1970年には50%を超えていた西欧諸国のシェアは84年には30%を下回る水準まで低下している( 第2-48図 )。一方,日本のシェアは78,79年に低下した後上昇を続け,84年には32%と西欧諸国を上回る水準に至っている。特に84年の日本の資本財輸出(前年比62%増,ドルベース)は技術競争力やドル高,円安等を背景に急増している。

(輸入面の役割)

我が国の総輸入額(ドルベース,名目)は昭和55年の1,405億ドルから59年には原油価格の低下等もあり1,365億ドルへと縮小したが,この間,アメリカ,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,アジアNICs,ASEA Nおよび中国からの輸入合計額をみると683億ドルから741億ドルへと増加しており,太平洋地域からの輸入のシェアが高まっている。

我が国輸入構造の変化として最も目立つのは,第6節で見るように素材型中間財(化学工業一次製品,金属一次製品,繊維一次製品等)の輸入の増加である。これは我が国の素材型産業において,原料品から中間財へと輸入代替が進んできた結果である。

素材型中間財の代表的品目として,繊維一次製品,人造プラスチック,鉄鋼,非鉄金属を例にとり,我が国と太平洋地域の貿易を見てみよう( 第2-49図 )。

人造プラスチック,鉄鋼等については我が国輸入全体に占めるアジアNIC sのシェアが高まってきている。とくに鉄鋼は54年の18.9%から59年の81.2%へと大きくシェアが拡大している。これは,韓国,台湾などで,産業育成のための優遇措置がとられたこともあり,両国の資本コスト面での比較優位が形成されたためと考えられる。同じ資本集約的な中間財でも非鉄金属は,資源賦版より作成。

るいは定義に拠った。

財」(繊維品,化学工業製品,金属品)のうち代表的な品目をとりあげた。

国として,日本以外には,アメリカ,カナダ,オーストラリア(以上先進国,韓国,台湾,ピール(以上アジアNICs),インドネシア,マレーシア,フィリピン,タイ(以上ASEAN),民共和国の12か国のをとりあげ,以上の国々を環太平洋諸国とした。

絶対額(ドルベース)を表わす。斜線部は輸出(入)と同額の輸入(出)を示したものであ(入)となる。

本と当該地域との輸出(入)が日本と環太平洋諸国全体との輸出(入)に占めるシェアを諸国」のグラフにおいては,日本と環太平洋諸国との輸出(入)が,日本の対世界の輸出わす。

存状況の有利なアメリカ,カナダ,オーストラリア等の先進国のシェアが高い。

一方,繊維一次製品のような労働集約的な中間財は,労働コストの面で比較優位にある発展途上国のシェアが高い。近年,アジアNICsの労働コストが次第に上昇してきたことから,輸入相手国は,労働力の賦存状況のより有利な中国へとシフトしてきている。

以上のように,素材型中間財生産において,太平洋の諸地域が,その多様性に基づき,我が国に対していろいろな財で比較優位を持つが,これらについては我が国の輸入は着実に増加しており,この地域の工業化に需要面から大きな役割を果たしてきた。また同時に我が国としても比較優位を持つ産業により特化することができたという面で恩恵を受けてきた。

また,部品段階での製品輸入が増加している。これは,我が国の加工組立型産業の生産工程において,比較的技術の標準化された部品の供給を中進工業地域に依存するケースが増えてきたためである。

我が国から東南アジア向けの技術輸出の動向を 第2-50図 で見ると,従来化学,鉄鋼などの素材型産業のウェイトが高かったが,近年は機械・電気など加工型産業のウェイトが高まっている。また航空貨物輸送の発達が,生産工程における物流の拡大,地域的な広がりをもたらしたことなどにより,国際分業体制を強めるような環境が築きあげられてきたことも,部品輸入に寄与していると見られる。

第2-51図 にみられるように,59年の輸入額は55年に対し,民生用電気機器,電子計算機・同附属装置,航空機等の部品類などについては約1.5倍,自動車等の部品類や半導体等電子部品などについては2倍近く増加している。輸入相手国をみると,事務用機械,自動車等の部品類以外は,アメリカをはじめとする太平洋地域のシェアが非常に高い。電子計算機・同附属装置,航空機等の部品類など,ハイテク製品に属するものは,やはリアメリカからの輸入がほとんどであるが,事務用機械,民生用電気機器等の部品類の輸入相手国は,近年急速に,アメリカからアジアNICsにシフトしている。さらに,自動車の部品類や,半導体等電子部品の中でも,比較的加工度の低いものについてはASEANからもかなり輸入されている。

こうした傾向は,部品的性格を持つ製品類についてもみられる。汎用発電機・電動機は他の機械やシステムの中に組み入れられて使用されるという意味で部品的性格を持つものであるが生産技術が標準化されていることから,アジアNICsからの輸入シェアがアメリカをしのいでいる。さらに,これら発電機・電動機を構成する要素的部品では,アジアNICsからの輸入が圧倒的である。

今後も,このような傾向は続くとみられ,我が国の部品段階での製品輸入は増加を続けると思われる。

(資本供給国としての役割)

太平洋地域では,技術移転や資本の交流なども高まっている。我が国はこの地域で資本供給国としても大きな役割を果たしてきた。

我が国の長期資本の動向を特に流出幅が増加しているアメリカ向けについてみると,我が国の長期資本流出全体に占める対アメリカ向けのシェアは50年の13.6%から58年には31.3%へと拡大している。これは50年代後半に入り直接投資が活発化したことに加え,今回の景気回復局面でのアメリカの高金利や設備投資の拡大に誘発されて証券投資が増加したことを反映したものである。

次に直接投資についてみると,我が国のこの地域に対する直接投資の累計額(59年度末)及び技術輸出(57年)は,いずれも対世界のおよそ6割となっている。

先進国間では技術革新を背景とした先端技術分野を中心として製造業を主体とする直接投資が急速に進展しているが,これは相手国の雇用の創出や拡大に大きな効果をもっている。アメリカ向け直接投資は,累計額(59年度末)で199億ドルに上っており,アメリカ商務省の調査によれば日系子会社の直接の雇用者は約14万人とされ,間接効果をも含めると更に大きなものになるとみられる。

我が国の太平洋地域の発展途上国向けの直接投資も堅調な推移を示している。

その背景としては,工業化の進展しているアジアNICSで,最近,先端技術分野での外資受入れに意欲的であり,投資対象業種の拡大や許可手続きの簡素化,外資規制の緩和など,外資政策の変更を積極的に行っていることが挙られる。さらに,ASEANでも工業化を進めるために外資受入れ体制の整備を急いでいる。

我が国としては,技術移転や経営資源の移転,産業協力的視野に立った投資交流などを更に拡大することが必要である。

今後,世界経済の中で相対的に高い成長を期待される太平洋地域において,我が国は資本財供給基地としての役割,資本供給国としての役割ばかりでなく他の諸国にとっての新たな輸出市場としての役割を果たすことが望まれている。

我が国としては,このような要請に応え,国際分業を推進し,同地域の経済発展に今後とも貢献していくことが必要である。