昭和60年
年次経済報告
新しい成長とその課題
昭和60年8月15日
経済企画庁
第2章 新しい成長の時代
新しい成長の時代を支える第2の柱は消費生活のサービス化・ソフト化の動きである。消費生活においては,需要の飽和が指摘され,国内需要のうち大きな部分を占める消費は大きくは伸びないのではないかと言われてきた。例えば,食料の摂取量や栄養は十分であるし,衣料のストックも十分である。耐久消費財も,大幅に普及しそうなものは普及が一巡してしまった,等々と言われている。しかし,モノの中では耐久財消費の伸びが比較的高い。さらに注目すべきは,サービスに対する需要が伸びていることである。とくに,余暇,レジャーなどに関連した選択的なサービス支出の伸びは無視できない。また,モノの分野でも,レジャー関連,趣味関連商品やファッション性の強い商品など,一言で言えばサービス的要素が十分含まれているようなモノには,需要が大きく伸びているものが多い。こうした現象を,消費生活のソフト化・サービス化と呼ぶことができよう。
こうした,サービス化の動きは,所得水準が高まったという需要側要因と,技術革新に支えられた情報関連機器等がサービス部門に導入されてきたことや,50年代になって有能な人材が一層多くサービス部門へ向かったことから,消費者のニーズを開拓することができるようになったという供給側要因との両方が働いていると考えられる。
サービス化の動きは,大都市圏のみならず地方圏においても着実に進んでおり,都市と地方とのこうした面での格差も縮小に向かいつつある。しかし,なおサービス化は都市を中心に進んでいる。こうしたこともあって,地方圏内での都市への人口集中や,全国的には東京圏の人口集中が一層進んでいる。こうした大都市圏への人口集中は,住生活面での各種の不満をもたらしているが,これには,住宅需要変化への住宅供給の対応が必ずしも十分でないという側面もみられ,今後の課題となっている。
(モノの消費とサービスの消費)
消費支出におけるサービス化は着実に進んでいる。国民経済計算等で50年代の実質家計支出の動向をみると,モノの性格の強い食料,衣料,家庭用耐久財等への支出の構成比は低下傾向である一方,医療・保健,教養娯楽関係といった「サービス」的支出の構成比が近年次第に高まってきている。
第2-24図 は,国民経済計算ベースの家計最終消費支出(実質)を財支出とサービス支出に分け,前年からの伸びを比較したものである。これによれば52年以降財支出の伸びは常に消費支出全体の伸びを下回っているのに対し,サービス支出の伸びは常に消費支出全体の伸びを上回っていることが分かる。消費支出全体の伸びに対する,サービス支出,財支出別の寄与度をみても,52年以降サービス支出の方が常に高い。
以上のように,我が国の消費は,実質ベースでみてもサービス化が進行していることが分かる。サービスの相対価格は50年代に入っても上昇しており,その下でサービス需要が実質でも増加していることは,サービス支出の根強さを示すものである。
サービス支出のうち,伸びの特に大きいものをみると( 第2-25図 ),自動車関連サービス,補習教育,教養娯楽関連支出,交通通信関連支出等が目立っており,総じて新しい消費者のニーズに対応する選択的支出の伸びが高いと言うことができる。これに対して,在来形のサービス,例えば被服関連サービス,理美容サービス,等の伸びは高くない。
消費のサービス化は,このようにサービスを直接購入することのほかに,商品に体化されたサービスを買うという形でも存在する。例えば,デリカテッセンと呼ばれる高級惣菜,ファッション性の高い衣類,ソフトウェアなしには機能しないテレビゲームなどはこうした例であり,大幅に伸びている分野である。
これらは分類上商品の購入に含められるが,経済全体のサービス化を促進する要因である。
(消費サービス化進展の背景)
消費生活のサービス化をもたらした要因としては,需要側の要因と供給側の要因がある。
第1は,需要側の要因であり,所得水準の上昇からより質の高く新たなニーズに合った多様なサービスを求めうる状況になっていることである。従って,より選択的なサービスへの需要が高まることになる。所得水準とサービス支出比率との関係を国際比較すると( 第2-26図 ),所得水準の上昇とともにサービス支出の消費支出に占める比率も高まるという関係がある程度読みとれよう。
第2は供給側の要因であり,技術革新に支えられた情報化の進展等により,サービス産業において,多様な消費者ニーズに対応したサービス提供が可能となったこと,また,とくに50年代にはいって,新規学卒者を含め第3次産業分野に就業する優秀な人材が以前よりも増加したと考えられることである。こうした人々がサービス供給者として激しい競争を展開していく中で,人々の潜在的なサービスに対する需要を顕在化させるような新商品を次々と開発していくことに成功した。こうしたサービスの供給増は一方でサービスを需要するための実質的なコストを大幅に引き下げたとみられる。サービスはモノと違い在庫がきかないものであるため,サービスを購入するためには,供給者のところへそのつど出掛ける必要のあるものが多い。供給が増加するということは,こうした時間的・心理的コストを低下させる役割を果たしたと考えられる。
第3は,家庭の主婦が職場等社会に進出することによるサービス需要の増加である。これは,それまで家庭内で行われていた家事サービスが外部化するという側面と,家計全体としての所得が上昇することによってサービス需要がより高度化,多様化するという側面の両方を持つ。前者だけであれば,家庭内サービスが正当に評価されている限り国民経済的にみて厚生水準の増加は無く,またこの場合のサービス供給は家電製品等耐久消費財と競合する関係にあるものが多い。現実には,主婦の職場進出による家事労働は,その多くが耐久消費財の技術革新により補われてきたとみるべきであろう。主婦の職場進出がサービス化を促進する効果も,主として所得の上昇によるものと考えられる。
従って,家庭内で供給できないような専門的かつ高級なサービスが需要される(例えば高級レストラン)。また,家事負担の軽減,所得の増大等を背景とする女性のカルチャー化などもサービス需要の増大に寄与したとみられよう。なお,女子の職場進出がサービス部門に安価かつ高品質の労働力を供給し,供給面からサービス化に寄与したことも忘れてはならない。
第4は,サービス支出を積極的に行う世代が増加してきたことである。世帯主の年齢階級別に家計消費に占めるサービス支出の比率をみると( 第2-27図① ),58年時点では25歳以下が最も高く,次いで25~29歳層が高くなっている。55年から58年にかけての年齢階級別の変化をみると,24歳以下,25~29歳層の若年層では,住居費,保健医療費が,55~59歳層,60~64歳層といった高年齢層では医療費が,それぞれ他の世代に比べて伸びが高いことを反映して,サービス支出比率の平均伸び率は相対的に高いものとなっている。第3章でもみるとおり,今後,人口の高齢化の進展に伴い医療費が増大することや,従来に比ベサービス支出をより積極的に行うという行動パターンを有する世代の社会の中に占める比重が増加することなどを考慮すれば,消費のサービス化は引き続き進展していくことが予想される。なお,その他の層についても比較的低い伸びにとどまっているもののサービス比率は着実に上昇している。特に,45~49歳層では教育費が大きいことが,サービス比率を高めることになっている。
以上みたとおり,58年時点でのサービス支出比率は,各年齢階級での固有の事情を背景にして55年に比べ高まりをみせており,消費のサービス化は年齢階級別の区別なく全般的に進展している。
(都市化とサービス化)
第5は,都市化との関係である。もともとサービス化は,供給サイドの事情もあって,大都市が先行し,それが次第に全国に波及していくという形で進展すると考えられる。 第2-27図② は,家計調査の全世帯の名目消費支出を使って,都市階級別にサービス支出の消費支出全体に占める割合を55年と59年について比較したものである。これをみると,すべての階級の都市でサービス支出の比率が高まっていること,さらに,比率の水準自体は依然として都市の規模が大きいほど高くなっているものの,55年から59年についてのサービス比率の伸びはむしろ小規模の都市の方で高く,従って,全国的にサービス支出の比率が均等化する方向に進んでいることが分かる。
都市化が進み,人口が都市へ集中するのも,その大きな理由は就業機会が大きいからであろうが,それとともに,人々が市場で供給されるサービスに対してアクセスしようとするとき,その可能性が都市部の方が大きいことも一つの理由となっていよう。単に利便性に関するサービスだけでなく,とくに文化というサービスを供給する点において,大都市はその人口集積のメリットを十分発揮しているとみられる。そこで,次に,消費のサービス化という観点から更に拡げ,人々が所得の上昇につれて都市的生活への需要を強めるという観点に立って,やや長期的な観点からの都市化の動向,それに伴う住生活の動向と問題点を検討してみよう。
(都市化の進行)
高度成長期における三大都市圏への人口集中は,50年代に入ると一段落し,三大都市圏の人口増加率は低下してきている。地方圏についても,増加率の高低はなお存在するが,総じて50年代後半には40年代のような地域間の人口増加率のばらつきはなくなり,いわば安定成長の時代にあると言えよう。しかし,この中でも,次のような動きがあり,前項でサービス化に関連して述べた都市化の動きは緩やかにではあるが進行している。その第1は,地方圏における都市化の進行であり,地方中枢・中核都市等への人口の集中化が続いていることである。第2は,三大都市圏の中では特に東京圏に人口の集中がみられることである。
(地方圏における都市化)
まず,地方圏を中心に依然として進行している都市化について検討しよう。 第2-28図 は三大都市圏と地方圏について,その圏域における県庁所在都市人口のシェアが40年代半ば以降どう増減したかを示すものであるが,地方圏においてのみシェアの増大がみられ,地方圏においては地方中枢・中核都市等に人口集積が進む形で,文字通り「都市化」が進行していることが分かる。
このことを,ハイテク産業の集積の進んでいる九州についてみると,福岡県では,福岡市及びその周辺市町への人口集中が際立っており,地理的に福岡市とは対極方向にある県東部地域はほとんど人口が減少している。大分県は,福岡県ほど県庁所在都市周辺部への集中が特徴的ではないものの,大分市を含む数市町が人口増を示しているのみで,大多数の市町村が人口減となっており,集中化の程度はむしろ福岡県より高いといえる。
人口の分散・集中の程度をあらわすフーバー・インデックスを用いて九州の人口集中化をみると( 第2-29図 )九州全域でみても,県単位でみても集中化傾向が明らかであり,やはり地方の都市化は県庁所在都市等の一部の都市に集中する形で進展していることが分かる。唯一,分散化傾向にある福岡県については,40年に県人口の26.3%を占めていた北九州市が59年には22.7%にまでシェアを減少させたことがフーバー・インデックスを低下させた主因であり,その意味では北九州市・福岡市の二極化の結果とも言える。しかしながら現在のように,福岡市及びその周辺市町の人口増,北九州市の人口減が続けば,福岡県についても集中化の方向に転ずる可能性が強いといえよう。
以上みたように地方の都市化は,中長期的にも地方中枢・中核都市等への集中を伴いながら進展している。
(大都市圏への人口移動)
次に,圏域間の人口移動をみると,注目すべき点は,三大都市圏の中で,特に東京圏への人口の集中傾向が依然続いていることである。三大都市圏及び地方圏において,50年代後半に人口の社会増がみられたのは東京圏だけで,他の3圏域はすべて社会減であった。特に地方圏においては,50年代前半にわずかな社会増がみられたものの,50年代後半には再び社会減に転じている。
それでは,東京圏への人口移動はどこから来たのであろうか。第2-30図によれば,名古屋圏と大阪圏では,50年代には地方圏に対して総じて転出超過となっていたほか,東京圏に対しても転出超過となっており,最近は地方圏への転出超過は縮小しているものの東京圏への転出超過は縮小していない。さらに,人口吸引勢力圏( 付注2-5 )を設定し,50年と58年を比較したのが,第2-31図である。それによると,人口吸引勢力圏そのものは変化しておらず,東京圏の勢力が依然として強い。しかし,東京圏域内の道府県で東京都と人口移動という意味での結びつきを強めているのは青森,秋田,岩手,沖縄の4県だけで,これは愛知が静岡を除き圏域内全県,大阪が圏域内近府県と結びつきを強めているのと対照的である。
この点の理解を深めるために,圏域間移動の構造変化係数を計測したのが 第2-32表 である。この表は,50年を1として58年における圏域間人口移動のパターン変化を表したもので,1より大きければその間の人口移動が相対的に強まったことを示す。これによると,三大都市圏が相互の結びつきを強めていることが分かる。
以上を総合して50年代後半の動きをみると,大阪圏,名古屋圏においては,地方圏への転出超過が縮小しているものの,東京圏への転出超過は相対的に強まっている。一方,東京圏においては,地方圏からの転入超過が目立っている上に,大阪圏,名古屋圏からの転入超過も構造変化係数でみて強まっている。
このように,大都市圏の中では,他の2圏域から東京圏への人口集中が生じているとみることができる。
(進む東京の優位性)
それでは,こうした人口移動を促す大きな要因とされる所得格差や就業構造といった経済的側面がどのよう-に変化してきたかみてみよう。
まず県民所得格差の推移を,一人当たり県民所得の変動係数でみると,45年度に21.6だったものが急速に縮小し,53年度には14.0となったが,その後拡大傾向にあり,57年度には15.4となっている。県民所得の分布状況を基準化してみると( 第2-33図① ),東京が他の道府県との格差を拡げている一方,下位県はむしろ格差を縮小する傾向にある。すなわち,県民所得格差が全体として縮小,平均化する中で,近年の大都市の所得の上昇,特に東京の所得が傾向的に上昇し続けていることが特徴と言える。
このような東京の優位性は企業の動向にも現れている。会社従業者数を事業所開設時期別にみると,東京圏のシェアは近年大きく増大している( 第2-33図② )。また,産業別にみると,大都市圏では第二次産業から第三次産業へ,地方圏では第三次産業から第二次産業への比重の移行がみられる。
地方圏の第二次産業の比重の増大は,製造業の地方分散政策の効果もあり,前述した県民所得の平均化に一定の寄与があったと考えられる。しかし,従業者総数でみた場合,地方圏の大都市圏に対するシェアは減少しており,新規雇用の面でも東京圏の優位性が一層進んでいると言えよう。
こうしたことを反映して,東京圏へ流入した若年の学齢層は,かつては就職時にはUターン現象を反映して流出する傾向にあったが,58年には東京圏内にとどまる様相を見せている。これに対し,他の圏域では依然流出する傾向が強まっている。このことは,地方へのUターン現象も,東京図における雇用機会の増大,地方圏のそれの伸び悩みの中で新たな局面を迎えている可能性を示している。
以上見てきたように,近年新たに東京圏の優位性を示すいくつかの現象が現れてきた。しかし,東京圏には,その経済的優位性を相殺するものがある。それは,人口・産業が著しく集積した結果,災害に対する危険性が増大していること,また,住宅立地が外延化し,遠距離通勤を余儀なくされていること等の問題である。
(住生活向上欲求の強まり)
所得水準の上昇に伴ってサービス的性格の強い消費への需要が高まってきたことは既に述べたが,その中でも住生活に関する欲求は所得の上昇につれて顕著に高まっていくと考えられる。これに伴って,住生活のための消費者の支出も,他の消費費目の伸びを上回って増加していくと考えられる。この点を明らかにするため,持家に対する帰属家賃をも含んでいる国民経済計算(SNA)ベースの家計最終消費支出のうちで,住居費の占める割合を見ると,名目では50年の21%から58年の24%へ,実質でも同じく21%から25%へと増加傾向をたどっており,人々が住生活のために家計支出のより多くを振り分けていることが分かる。
このように,住生活以外の生活水準がかなり高まり,住生活の向上への人々の優先度が高まる一方で,住宅・住環境の質の向上に立ち遅れのみられる大都市地域を中心に住まいに対する不満が高くなっている。
(住まいについての不満)
そこで,建設省「住宅需要実態調査」によって,国民の住まいに対する意識を見ると,住宅・住環境に対して様々な不満のあることが分かる( 第2-34図 )。これらの不満をもたらす要因について総務庁統計局「住宅統計調査」等の調査も含めてみると,以下の4点にまとめられよう。
第1は,住宅の規模及び設備等の機能的側面がなお不十分であることである。規模については,全体としては着実に改善が進んでいる一方で,58年時点で最低居住水準に満たない世帯( 注 )が395万世帯と,主世帯(総世帯から同居世帯を除いたもの)のなお11.4%を占めており,このうち約3分の2は三大都市圏に集中している。また,住宅の設備・性能についてみると,便所・台所・浴室,暖房・給湯といった設備及び遮音性・断熱性等の性能に対する不満率が高くなっている。このことは,国民の住まいに対するニーズが,従来からみられる規模を中心としたものから,住宅の設備・性能を加えた多面的な要求となっていることを示している。
第2は,借家の居住水準の改善に立ち後れが見られることである。前章第4節で述べたように,貸家系住宅の着工戸数は,近年,大きく増加しているが,借家ストック全体についてみると,床面積の狭さ,老朽化の進行,設備水準の低さ等が都市部を中心に問題となっており,その結果,借家居住世帯の住宅に対する不満率は,ほとんど全ての項目について持家居住世帯を大きく上回っている。
第3は,住宅の老朽化とそれに伴う維持管理等の問題である。全住宅の平均住宅年齢(メディアン値)は,53年の11.3年から58年の12.9年に上昇している。特に,現在,高度成長に伴う都市化の過程で大量に供給された低水準の住宅ストックや分譲マンションの老朽化が進んでおり,適切な維持管理及び増改築によるストックとしての有効活用並びに必要に応じた建替えの円滑化が求められている。
第4は,住宅の立地や周辺の状況の質等,住環境に対する不満である。災害に対する安全性,公害,日照・通風等の項目のほか,遊び場・公園,緑・景観等に高い不満率が出ており,これは国民のより良い住環境を求めるニーズの高度化,多様化を示すものと言えよう。
また,大都市地域においては,既成市街地内の低質な市街地の問題や商業,工業地域におけるいわゆる「インナーシティ問題」が生じている一方,市街地の外延的拡大に伴う通勤時間の増大が限界に達しつつあることから,職住近接の要望が高まっている。大都市地域における居住水準の改善,向上を進めていくために,既成市街地における住宅建設及び住環境整備の促進に重点的に取り組み,大都市地域を魅力ある居住空間に再編していくことが重要である。
(住宅需給両面の構造変化)
上記のように住生活への欲求水準が上昇し,現実の住宅・住環境への不満も大きい中で,世帯は住生活を改善するための努力を迫られている。こうした中で,住宅の需要面についてみると,まず,ライフステージに対応した機能的な住替え需要が見られる。すなわち,世帯は,世帯主の年齢が若年層から次第に高まっていくに従って,「親族の家→借家」,「借家→借家」,「借家→持家」,「持家→持家」と住み替えていくパターンが見られる( 第2-35図 )。このほか,婚姻率の減少,離婚率の増加,高齢化の進展等の現象は,世帯構造を多様化するものである。また,住宅に対する人々の選好も多様なものとなっている。このように,住宅に対する需要は,世帯のタイプやライフステージ,選好等により,多様なものとなってきており,それに対応して多様な規模,機能,立地等を備えた住宅が供給されなければならない。
次に,供給面についてみると,以下のような構造変化が見られる。
第1は,中古住宅の増加である。我が国の中古住宅市場はこれまで未発達の分野であったが,住宅ストック数の増加,不動産流通機構の整備による市場の充実,住宅金融公庫による中古住宅購入資金の融資の実施・拡充等により,中古住宅の流通量は50年代に入り増加しており,総務庁統計局「住宅統計調査」によれば,ここ2,3年は年間15万戸台で安定的に推移している。一般に,中古住宅の発生は,主として持家居住者のライフステージの進展による住宅需要の質的変化を充足するための住替えによって生じる。したがって,中古住宅市場においては供給は需要と一応無関係に行われ,需要者が供給されたものの中から選択を行うという形をとるのが大きな特徴である。
このような中古住宅市場の拡大は,住替えにより持家居住者の居住水準の向上を容易にするが,他面で相対的に価格の低い住宅が供給されることにより,これまで居住できなかった低所得層の取得を可能にする。このように,価格の低い住宅がフィルターとなって居住階層の交替が行われる現象はフィルタリングと呼ばれ,これによって間接的に低い所得層の住宅の向上が促進されることとなる。
第2は,宅地供給方式の多様化に対応した住宅の普及である。我が国においては,従来,新たな住宅の取得はその敷地の所有権の取得と合わせて行われるのが一般的であるが,これまでの長期的な地価の動向等を背景に,近年,多様な宅地供給方式が見られるようになってきた。たとえば,民間分譲マンションや住宅分譲等においては,これまでのような素地の全面買収方式によらない形態での供給も増加してきている。例えばここ数年間,民間分譲マンション供給戸数のうち借地権方式によるものが2%程度,等価交換方式によるものが15%程度を占めており,東京圏ではこれらの数字を上回っている。さらに,土地信託方式(土地所有者(委託者兼受益者)が信託銀行(受託者)に土地を信託し,受託者が借入金をもって賃貸マンション等を建設,経営し,賃貸料収入等を受益者に配当,還元する方式)による事例も見られるようになってきた。また,個人が住宅を建築する場合に敷地の確保を借地によって行う例も見られる。このほか,公的部門においては住宅・都市整備公団の特別借地方式賃貸住宅制度( 注 )も58年度から導入されている。
第3は,近時,従来とは異なる新しいタイプの住宅が出現しつつあることである。これには,居住空間を変更できる住宅,耐用年数の長い住宅,自然エネルギー利用を促進する住宅等がある。これらの住宅は,主として,居住者の高齢化,ライフステージ,嗜好の変化等に対応しうることを目指しているが,居住水準の向上を図りながら住居費の負担を軽減するような形で供給されることがポイントとなろう。
(これからの住宅市場をめぐる課題)
これからの住宅市場の在り方は,前述した住宅ストックに対する種々の不満を解消し,かつ様々な構造変化に対応しうるものでなければならない。そして,そこでは住宅自身の質を高めていくことと同時に,良好な住環境の維持,形成を図っていくことが求められている。ここでは,四つの市場,すなわち①中古住宅市場,②維持・修繕,増改築市場,③建替え市場,④借家市場について考えてみよう。
まず第1に,中古住宅市場については,前述したように供給主導型の性格を有することから,市場の拡大を図るためには,供給を促進することが重要な方策であると考えられる。具体的には,持家世帯が新たな住宅の購入の意思決定を行うタイミングの条件として,良い物件が見つかった時や手持ちの家の売却の目途が立った時点を重視していることから,取引費用を低下させることが有効であろう。住宅は,個別性,固定性が著しく強い財であるので,市場が局地的に限定される傾向がある。このため,情報収集費用が必要となる。また,他の財に比べて手数料等の直接的な取得費用も大きい。このような取引費用は,既存住宅の売却と新規住宅の取得を禁止してしまうほど大きく作用する場合もありうる。不動産流通機構は,このような点から物件情報の伝播等による中古住宅の流通の促進等を目的として設立されているが,今後その機能の一層の拡充が期待される。
第2に,維持・修繕については住宅ストック数の増加に伴い需要が拡大していく性格のものであり,今後その着実な増加が期待される。総務庁統計局「家計調査」によると,家計の住居支出に占める工事その他のサービスに対する支出はここ数年増加している( 第2-36図① )。維持・修繕について特に問題となるのは,中高層共同住宅,いわゆるマンションの維持管理問題である。我が国のマンションの歴史は浅く,賃貸,分譲合わせて現在約640万戸(空き家を含む)存するうち,ほとんどが30年代後半以降に建築されたものである。このため,修繕需要は58年時点で全体で年間2,000億円程度の規模があると推計されるが,ストックの増大及び住宅年齢の進展に伴ってその規模は年々拡大し,75年にば約7,900億円(58年価格)と4倍弱に達するものと推計される(方法は付 注2-7 参照)。こうしたマンションの修繕が円滑に実施されるためには,マンション全体の管理に関する長期にわたる所有者全体の基本的合意を予め形成しておくこと,修繕積立金等の財政的基盤を強化すること(現状では,積み立てられている額は前述の修繕需要額の7割に満たないと推計される)等が必要である。
また,増改築市場についてみると,ここ数年伸び悩んでいる( 第2-36図②,③ )。しかしながら,住宅ストックの増加や住宅の質的向上への欲求の高まり等を背景に,今後,市場規模は緩やかに拡大していくものと見られ,総合的な供給体制の整備,関連する技術の開発・普及,情報の提供等によりその促進を図っていくことが必要であると考えられる。
第3に,建替え市場については,住宅建設戸数全体に占める建替え等戸数の比重は次第に高まっており,50年代後半は50%前後で推移している。今後もこの傾向は続いていくものと考えられるが,中長期的にみると,マンションを中心としたコンクリート系住宅の建替えがウェイトを高めていくものと見込まれる。
第4に,借家市場についてみると,建設省「住宅需要実態調査」によれば借家世帯で住宅の改善計画を有しているもののうち借家入居を希望するものが53年の14.1%から58年の16.1%へと増加している。また,現在の住替えパターンが将来も続くものと仮定して58年以降の住宅の種類別構成を予測すると,持家比率は超長期的には高まり21世紀中葉には7割に達するものの21世紀初頭まではほぼ一定で推移する一方で,15~24歳人口の増加等を背景に民営借家(共同住宅)の比率が今後20年間では14.3%から16.0%に高まるものと予測される(予測方法は 付注2-8 参照)。
このように借家需要が高まる中で,公的借家においては新規建設だけでなく増改築や建替えによる既存ストックの有効利用等,民営借家においては標準世帯向けの良質ストックの形成の誘導等により,借家の居住水準の向上と借家間の円滑な住替えの促進を図ることが必要であろう。一般に,借家入居は持家取得に比べ取引費用が少ないことから,借家市場の充実はライフステージの進展に対応した機能的な住替えを容易にする上で効果が大きいものと考えられる。
そして,借家市場の充実は住環境も含め低質な借家の多い大都市圏においてのみならず,都市化の進展する地方圏においても重要であると言えよう。
以上の課題に加え,我が国の住宅を考えるに当たっては宅地問題を抜きにすることはできない。宅地の価格及び需給関係は,近年,全体として落ち着いてきている。しかし,住生活の向上を求める住替え等の根強い宅地需要への対応や,高度成長期に形成された低質市街地の整序,拡散的に展開した市街地に残存する低未利用地の活用等が課題として残されている。したがって,今後とも宅地需要の動向に的確に対応する宅地供給を図ることと合わせて,既成市街地における既存宅地の質の確保や土地の有効利用等を含めた良質な宅地ストックの蓄積を図ること等が必要と考えられる。