昭和60年

年次経済報告

新しい成長とその課題

昭和60年8月15日

経済企画庁


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第2章 新しい成長の時代

第6節 新しい成長実現のための課題

新しい成長の実現を阻む要因としては,移行期における様々な摩擦が挙げられる。高度情報化に伴う様々な不安も出てくる中で,特にME化の雇用への影響,サービス化・ソフト化に伴う就業形態の多様化や労働の質の変化等に対する労働者の不適応の可能性など雇用面の問題が注目される。

もう一つの重要な側面としては,省資源・省エネルギー等の進行による輸入の伸びの鈍化,経常黒字の継続と,それに対する諸外国の反感の強まりがある。

これに対しては製品輸入の拡大で対応せざるを得ない。それが産業構造の転換を必要とし,摩擦的失業を生む可能性もある。さらに直接投資,技術移転を進めることが,太平洋地域の発展上重要になるが,そのブーメラン効果も考えられる。

サービス化が進めば雇用は増大する(ただし,その内容は変化する)。また,需要の多様化に対し,高付加価値化を進めることで対応する必要がある。

これらの問題に対応するには,広い意味で規制緩和,自由化を進めるとともに,物価の安定を確保しつつ内需中心の持続的成長を維持していく必要があり,このため技術開発の推進等により民間活力の活用を図ることも重要である。

ここでは,ME化やサービス化・ソフト化の雇用への影響,及び産業構造変化等の輸入への影響に絞って分析し,対応の在り方を考えることとしたい。

1 情報化・サービス化の雇用への影響

本章第3節から第5節までに述べた産業の技術革新と情報化,消費のソフト化・サービス化・都市化,太平洋地域での貿易拡大等は,我が国経済の新しい成長を支える三つの柱となるものであり,今後の雇用機会を作り出す源泉ともなるものである。しかし,これらは,その変化の過程で労働力需給の内容等を変化させるため,雇用面にも様々な影響を及ぼす可能性もあり,積極的な調整のための努力が必要である。

とくに,産業におけるマイクロエレクトロニクス化の進展は,現在のところ雇用に深刻な影響を与えているわけではないが,企業が必要とする労働者の構成を変化させ,既に雇用されている従業者の間に職種等のミスマッチを生み出すとともに,新規学卒者の採用に対して影響を与える可能性がある。

,また,消費のサービス化・ソフト化については,ここでは広く経済全体のサービス化・ソフト化を考えることにするが,第3次産業従事者のウェイトを高めることにより,女子雇用の増大とともに就業形態の「多様化」をもたらす。

すなわち,パートタイム雇用の増加,派遣的労働者の増加などがみられる。こうした動きは,離転職機会の増加など,労働力の流動性を高めるように働くが,労働市場が適切に機能しない場合には,失業の発生可能性を高める可能性もありうる。

こうした問題に対しては,いたずらに不安を持つことなく,円滑な労使関係を維持しつつ問題に積極的に対応し,これら困難を乗り切る努力が必要である。

公的部門としても,個人や企業の自主的調整を円滑化すべく,適切な対応策を講じる必要がある。

(産業の情報化と雇用)

本章第3節で述べたように,我が国の産業部門における情報化は急速に進展し,経済成長を支える大きな要因となっている。その中でも,企業のME化(O A化およびFA化)は最も広汎に進んできており,雇用への影響が問題となりうる。

30年代,40年代のオートメーション化,規模の拡大追求のための技術革新とは,次の点で雇用への影響が異なる。①かつての技術革新は,人手不足の状況下で進展したものであり,またその影響は主に生産現場が中心であったが,最近のME化等は,生産現場はもとより事務管理部門等影響が広汎に及ぶこと②最近のME化は,経済の成長率の鈍化や高齢化,女子化等の労働力需給構造変化とともに進展していること,等である。従って,雇用への影響を高度成長期と同じように考えることはできない。

企業がME機器を導入する主な動機としては,省力化と製品の品質向上とが挙げられる。労働省「技術革新と労働に関する調査」(57年11月)によれば,M E機器を導入している事業所の導入理由(二つ以内を回答)は,「省力化のため」63.2%,「製品の品質・精度の向上のため」62.5%,「製品のコストダウンのため」33.2%等となっている。このように省力化が主目的とされている限りM E化の進展は,その面では雇用面に影響はあり得よう。

しかし,我が国のME化の進行状況をみる限り,少くとも現段階においては直ちに雇用への深刻な影響が顕在化している状況にはない。第1に,ME化によって労働者が現場から不要になるわけではなく,機器操作や保守のための労働者が必要になる。第2に,従来型の熟練労働者の必要数は減っても,ある程度の人員は必要であり,また技術者等新たな技能労働が必要になる。第3に,少なくとも我が国では,機械産業の競争力が強いことにより,この分野では成長によって雇用が拡大する。例えば,電気機械産業では,55年から59年第1四半期の間に,常用雇用が27%増加した。第4に,ME機器導入により人員が過剰になった場合,通常は企業内のしかも同一事業所内での配置転換によって吸収してきている。

こうした動きを第2-52図でみると,自動化・省力化を実施した職場においては,従業員の技能習熟期間は短期化し,従業員1人1人がカバーする職務範囲も広がっているが,高度な技能を必要とする従業者の減少はさほど顕著でなく,また代わりに高度な専門知識を必要とする従業者の増加がみられる。

以上から,ME化の雇用への影響は,少なくとも生産現場では,他の先進工業国にみられるほど顕著にはなっていないものとみられる。しかし,一方で,次のような点には注意しなければならない。

第1に,総需要の伸びが小さい産業においてはME化等の技術革新が雇用の減少につながりやすいことである。繊維産業での織機の技術革新などはそうした影響を持つ。もっともこのことは,新技術の導入を怠れば解決する問題ではなく,生産性向上,高付加価値化・多様化などの積極的対応を図らなければ比較劣位部門として早晩雇用が減少する結果となることは明らかである。

第2に,ME機器のうちでも,OA機器については,その導入により定型業務の合理化が進むため,定型業務に従事することが相対的に多い女子を中心とした職種が代替されることにより,女子の方が男子に比べ,より減少し,男子の割合が上昇する傾向がみられる。

第3に,新規学卒者の採用に当たっては,この影響は明らかに出ている。労働省「労働経済動向調査」(59年8月)によれば,60年新規学卒者採用予定企業は,「ME等最近の技術革新及び先端技術開発に対応」すべく大卒男子技術系等の採用を増加しようとする意欲が強い一方,「OA機器導入による事務作業の合理化」ゆえに高卒女子等の採用を減らそうと考えている企業もある。

このほか,労働の質の変化,労働災害等労働安全衛生面,勤労意欲に与える影響等が指摘されている。

ME化は今後も急速に進んでいくと思われるが,これが雇用に深刻な影響を与えることとならないような対応が,今後の課題である。

(サービス化・ソフト化と雇用)

経済のサービス化・ソフト化の進展は,第3次産業での女子就業者を中心とする雇用を増加させるとともに,就業形態の多様化ともいうべき影響をもたらしている。すなわち,パートタイム労働者,派遣的労働者の増加,といった動きが目立っている。

まず,第3次産業就業者のウェイトの拡大である。35年には全就業者の42%だった第3次産業就業者は,49年には5割を超え,59年には57%に達している。その中でも,卸小売,不動産,サービス業等での就業,雇用の伸びが高い。

これらサービス部門は,その特徴として需要に多かれ少なかれピークとオフピークが存在する。1日の中でも,また週,月などの中でも,さらに季節によっても,需要の変動パターンがみられる場合が多い。このことから,企業として,ピークロードに対応した雇用量を常に確保してピークロード以外の時点に過剰な労働力をかかえているよりも,雇用の確保が可能な範囲で労働力を必要に応じて分散して購入することを選好するであろう。このような理由で,女子を中心にしたパートタイム労働の需要が増大しよう。他方,サービス部門に限らず,第2次産業部門をも含めて,自らの間接部門の中でのサービス的分野を外部化しようとする傾向が続くと考えられるところから,派遣的労働者の受け入れなどへの依存は今後とも続くであろう。

(女子パートタイム労働者の増加)

雇用者に占める女子のウェイトは,35年の31%から59年には36%と,緩やかに上昇しているが,このうち非農林業女子雇用者に占める短時間雇用者(週35時間未満雇用者)の割合は,35年の9%から59年には22%へと著増しており,女子パートタイム労働者は増加傾向で推移している。

パートタイム労働者が需要される理由は,労働省「雇用管理調査」(58年)によれば,「仕事の内容がパートタイム労働者等で間に合うため」,「人件費が割安となるため」,「生産(販売)量の増減に応じて雇用量調整が容易であるため」等が挙げられているが,生産に応じての雇用調整可能性が製造業で多く挙げられている一方,卸小売・サービス業では,「季節的繁忙」や「1日の忙しい時間帯に対処するため」という目的が比較的多く挙げられている。(第2-53表)。

こうした結果を踏まえながら,サービス部門において女子パートタイム労働者が需要される要因を整理してみよう。

第1は,上に述べた需要のピーク,オフピークへの対応であり,この面でサービス部門は「パートタイム労働向き」と言える。勤務時間帯,勤務日数は多様であり,これに対応してパートタイム労働者の賃金も時間給,日給等で支払われるケースが多い。

第2は,給与水準である。パートタイム労働者の賃金を一般労働者と比べると(労働省「賃金構造基本統計調査」(58年)),時間当たり所定内給与は,一般労働者女子平均の75.3%,賞与その他特別給与では同18.6%に過ぎない。一般労働者は勤続年数によるキャリアが加算されていることが考えられるので,勤続0年の一般労働者女子と比較しても,時間当たり所定内給与で91.1%と,若干低くなっている。

第3は,非賃金部分の労働コストが低いことである。労働省「雇用管理調査」(58年)によれば常用パートを雇用した企業のうち雇用保険,健康保険,厚生年金保険の適用があるとする企業割合はいずれも5割弱であり,退職金があるとする企業は1割弱と極めて少ない。

こうしたパートタイム労働の需要側の要因に対し,次に供給側の要因をみよう。総務庁統計局「就業構造基本調査」で女子無業者の就業希望をみると(57年),パート・アルバイトの仕事をしたいとする者が50%で最も多く,正規の職員・従業員として雇われたいとする者14%,家庭で内職をしたいとする者24%を上回っている。さらに,パートタイム労働者として働いている女子の中でも,一般社員,正社員への変更希望を持つ者は少なく,その理由として勤務時間帯の都合が悪くなることが挙げられている。

以上のようにパートタイム労働者の増加は労働力の需要側,供給側双方のニーズに適合した就業形態であることによるものと考えられる。

(派遣的労働者の増加)

パートタイム労働者と並んで,いわゆる派遣的労働者という就業形態の労働者も増大しつつある。そして,人材派遣業は経済のサービス化・ソフト化の中で一定の役割を果たすようになってきている。

労働省「雇用管理調査」(59年)によれば,システムエンジニア,プログラマー等情報処理関係の派遣労働者(定義:業務処理請負契約に基づき他企業から派遣されて就労している労働者)を就労させたことのある企業の割合は,全体では6.5%にすぎないが,5千人以上企業では56%に及ぶ。事務処理,ビル管理といった職種についても,大企業を中心にほぼ10%前後の企業が派遣労働者を就労させたとしている。派遣労働者を受け入れた理由については,職種別に大きく異なっており,情報処理では,特別な知識・技能を必要とする業務が一時的に発生したことを主な理由としているのに対し,事務処理は通常業務の一時的な人員補充を主な理由としている。またビル管理は勤務形態が一般従業者と異なることによる労務管理の困難が導入の主な理由となっている。

このように,経済のサービス化の一部として,従来企業内部で行われていたサービス的性格の強い間接部門が様々な人事管理上の理由等で外部化されていること,労働者の側も自分の専門的な知識,技術,経験を活かしてスペシャリストとして働くことを希望する者や自分の都合の良い日時や場所で働くことを希望する者が増加していることなど,労働力の需要側と供給側のニーズが合致していることなどから派遣元企業に雇用される労働者も増加していると考えられる。

(サービス化に伴う雇用問題)

このように,経済のサービス化・ソフト化は,多様な就業形態を生み出してきており,それは労働需要側,供給側双方の要請にある程度は沿った形で発展してきている。しかしながら,これらの動向はいくつかの解決すべき問題点を同時に生み出してきた。

第1は,就業形態多様化に伴ってこれらの就業形態は労働者にとって不安定な雇用となる面もあることである。もともと卸小売・サービス部門は,雇用者の離職率が高い。また,女子パートタイム労働者の平均勤続年数は3.6年(58年)と総じて年々伸びてきていることにもみられるように,比較的長期間勤続する者がいるものの,非パートタイムの労働者に比べて勤続年数が賃金水準に反映する程度が小さいと考えられるから,その分転職に伴うコストは低いと考えられ,その面から転職のための離職を抑制する効果は少ないといえる。第三次産業化に加え,離職率の高いパートタイムの比率が高まることは,産業全体の離職率を高める可能性が強い。総務庁統計局「労働力調査」のフローデータから近年の労働者1人当たり予想失業頻度,予想失業期間を試算すると( 第2-54図① ),いずれも50年代に上昇トレンドを描いている。しかし,それを男女別にみると,男子では失業期間の長期化のトレンドが強いのに対し,女子では失業頻度の上昇が目立っている( 第2-54図② )。これは,男子では労働力の高齢化,労働力需給の緩和等から一度,失業すると再就職までに長い時間を要するようになった一方,女子は上記のようなパートタイム化等により離職頻度が増えたことや,労働市場に新規参入しようとして失業を経験するケースが増えたことによると考えられる。

こうした離転職の増加は,ある意味では労働需要側・供給側両面のニーズに応えるという面を持っている。しかし,より安定した働き口を求める労働者も存在することを忘れてはならない。また,離転職率の上昇は,求職者側に労働市場の需要側の動向についての十分な情報が無い場合には,いたずらに求職期間を長びかせ,ミスマッチによる失業率を高める結果になる可能性があることに注意する必要がある。

第2に,パートタイム労働者の労働条件の問題である。すなわち,労働契約の締結の際労働条件が明確になされていないことや,休暇制度など福祉面等において一般労働者と比べて低い労働条件の下に置かれることも多いようである。

さらに,パートタイム労働者の多くが労働組合に組織されておらず,労使の交渉による労働条件の決定がなされにくいということも指摘されている。パートタイム労働者がその能力を十分発揮できるよう,労働条件面の改善等が必要である。

第3に,派遣的労働者についても,使用者責任が派遣元にあるのか派遣先にあるのかが不明確であること等により,派遣的労働者の保護や雇用の安定に欠けることがあったとの指摘がなされている。

(雇用安定への努力)

先にみたように,産業の情報化や経済のサービス化・ソフト化は,適切な対応がなされない場合には,労働力需給のミスマッチを発生させ,雇用に対して無視できない影響を及ぼす可能性を持っている。しかしながら,情報化やサービス化は他方で多くの雇用を創出し,総体としての雇用を拡大する力を持っていることは銘記されなければならない。

その第1は,サービス化の雇用誘発効果である。昭和55年産業連関表による雇用係数(当該産業で一定額の生産があった場合,その産業でどれだけ雇用が発生するかを示す)をみると,対個人サービス業をはじめとするサービス業,卸売・小売業,建設業,運輸・通信業,製造業の中では機械関連業種,消費関連業種などで産業全体の平均を上回っており,サービス需要の拡大はそれだけ雇用誘発効果が大きいと言える。

第2は,ME化の雇用への影響についてであるが,これも経済全体からみれば,ME機器を生産する電子機械産業は急速な拡大過程にあり,それ自身多くの雇用を生み出している。また,情報処理関連産業での雇用の伸びも大きい( 第2-55図 )。さらに,ME化によって経営や生産が効率化された企業の成長があれば,そこでの雇用も増大する。

このように,情報化やサービス化に伴う雇用問題については,適度な経済成長を維持することにより雇用の安定の確保に努めるほか,労働力需給構造の変化,すなわち就業形態の変化,必要とされる熟練技能の内容変化,等に対する調整への対応が重要になると考えることができる。このため,各種のミスマッチを解消ないし軽減していく努力が,あらゆる面で必要だと言える。

まず第1は,個人個人の対応であり,新たな技術革新や経済システムの変化に対し強じんかつ柔軟に対応していく能力を涵養する必要がある。この努力は既に学生時代から始まり,例えば大学・短期大学・高等専門学校における情報関係学部・学科の入学定員は50年度から60年度までに約2倍に増えており,又,同関係専修学校(専門過程)の学生数も59年で約4万2千人であり,近年著しい増加をみている。社会に出てからも,各種の変化に対応するため,職業生活の全生涯を通じた教育・訓練の場を十分活用することが必要であろう。このためリカレント制の確立,有給教育訓練休暇の普及等,個人個人の自己啓発努力の環境整備も積極的に推進する必要がある。

第2は,労使の柔軟な対応である。最近のME等技術革新の進展に対して,我が国の労使はその導入に当たっては柔軟に対応してきた。雇用に及ぼす影響についても,企業はこれまで余剰となった人員を外部に放出することを極力避け,企業内配置転換や企業内訓練・研修等により,これら従業員の潜在的能力や活力を最大限発揮させるよう努めてきており,労働組合もそれを評価してきたとみられる。今後も円滑な労使関係を活かしつつ,技術革新の成果を労働者を含めた国民生活の向上に結びつけていくことが期待される。このため労使,政府が協力してその方策を考えることが必要であり,この観点からME化への対応の原則として59年4月に雇用問題政策会議で提言された5原則等を踏まえつつ,さらに議論を深め国民的コンセンサスを形成していくことが期待される。また,パートタイム労働者等,関係労働者までカバーする形で,企業内・職場内の円滑な意思疎通を図ることが期待される。

ME等技術革新の進展は,生産性の上昇をもたらす。企業におけるその成果の配分にあたっては,勤労者生活の向上を図ることが必要となるが,その場合賃金面のみならず,労働時間の短縮など労働時間面への配慮も重要である。

我が国の労働時間は長期的には短縮が進んだものの,近年経済成長率が鈍化したことなどからそのテンポは鈍化し,今なお先進諸外国を上回る水準となっている。

労働時間の短縮は① 技術革新や本格的な高齢化が進展する中で,更に長期化する職業生涯を活力を持って送るために,ゆとりや自らの健康と能力等を維持向上させるための時間を高齢期はもとより,若壮年期から持つことが重要であり,この結果勤労意欲の増大,労働力の質の向上等がもたらされ,企業の活力の維持,増進が達成されると期待されること② 今後安定した経済成長の下で,労働力人口が高齢化する一方で,大きく増加すると考えられるが,失業の増大を招かないために,適度な経済成長の維持とともに,労働時間短縮による長期的な雇用機会の確保が必要であること③ 我が国の労働時間は他の先進諸国より長いことが指摘されているが,今後更に経済等の国際化が進展することが予想される中で,国際先進諸国の一員としてよりふさわしい労働条件の水準を確保する必要があること④ さらに対外経済問題諮問委員会(座長,大来佐武郎)報告(60年4月9日)にもあるとおり「週休二日制の一層の普及,労働時間の短縮は消費機会を拡大させ,内需を拡大する」という側面もあること5などから労使双方の積極的な対応が期待される。

行政としても労使及び国民の合意の形成を図り,社会環境の整備,労使の自主努力を援助,促進等するために「労働時間短縮の展望と指針」(60年6月22日)を策定したところである。

第3は,こうした労使の自主的努力を補完し促進するような公的部門の対応である。一つは,労働市場の動向についての情報を整備し,労働力需給のミスマッチを防止することである。二つは,職業訓練などを通じた職業能力開発を進めることである。三つは,労働災害の発生,労働条件の低下をもたらすことのないよう,労働者福祉の向上に努めることである。四つは,経済のサービス化・ソフト化やそれに伴う女子の進出,パートタイム労働者,派遣的労働者の増大といった新しい事態に見合った法制等の整備である。

以上のような観点から,59年末から60年に入ってからも①「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」(「男女雇用機会均等法」)の制定(61年4月1日施行),②「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」の制定(60年6月11日),③「職業能力開発促進法」の制定(60年10月1日施行),④「パートタイム労働対策要綱」の策定(59年12月)など,積極的な対応をとっているところである。

2 輪入拡大への課題

「新しい成長」を実現していく上でのもう一つの問題は,我が国の輸入の問題である。とくに省資源技術の向上,製品の軽薄短小化や消費のサービス化といった変化は,我が国産業の原材料消費の伸びを抑制し,我が国の輸入の過半を占める原材料の輪入を低水準にとどめる可能性がある。

我が国が世界の一割国家として経済的地位に相応した国際的責務を果たさなければならない段階に達している現在,我が国の対外経済関係も国際協調の観点から総合的に調和のとれたものにしていく必要があるが,そのためにも輸入の拡大が課題である。

そこで,実際の輸入の動向を品目分野別にみると確かに原燃料等の輸入の伸びは小さいが,製品輸入は着実に伸びている。その中でも,中間財の輸入が増えているが,これは原材料輸入が中間財輸入にシフトしてきたとみることができ,本章第5節にみたように発展途上国との国際分業の深まってきていることが示されている。今後は,さらにより加工度の高い部品や先端技術製品等の製品輸入が増加することによって,一層の水平分業が進むことが重要であり,我が国が新しい成長を実現し,一層の「国際化」を進めるための大きな課題となっている。そのためにも,市場アクセス改善のためのアクション・プログラムの策定・実施などの中長期的視点に立った施策の推進が大切である。

(原燃料輪入の伸びの鈍化)

まず我が国の輸入の大宗を占める鉱物性燃料と原材料の輸入は第一次石油危機以来伸び悩んでおり,輸入額の伸び悩みの原因となっている。

第2-56表 は,我が国の品目別輸入を所得要因・相対価格要因・国内需給要因(在庫要因)で説明する関数を作成し,それぞれの弾性値を掲げたものである。それによると,原燃料輸入の所得弾性値(実質GNP弾性値)は0.24と他の品目に比べて著しく低い。これは我が国の産業における原材料消費の低迷を反映している。原材料消費低迷の原因を製造工業についてみると,生産水準が上昇しているにもかかわらず,原材料原単位が相対的に低い産業の生産シエアが高まっていることや各産業の原単位が低下していることが,消費量を押し下げていることが分かる。第1次石油危機前の48年1~3月期の産業構造を基準に原材料消費の変動要因を試算すると( 第2-57図 ),60年1~3月期には,①この間の生産増は原材料消費を基準時に比べ40%も増加させるように働いたが,②製造業内部での産業構造変化が同5%引き下げ,③業種ごとの原単位の低下が同27%引下げに働いた。これらの結果,製造工業における原材料消費は基準時に比べわずか9%の増加にとどまった。これは我が国の産業が原材料多消費型の製品の生産から,より省資源省エネ型の生産へと積極的な転換を進めていることによるものである。

(食料品輸入)

次に我が国の食料品輸入の動向をみると,46年からの5年間では,実質年平均5.9%で増加していたが51年からの5年間では同5.3%に,さらに56年からの4年間では同3.9%に伸びが鈍化している。この内訳をみると,食料消費の多様化等を反映して,穀物や野菜の調製品,こしょう類,アルコール飲料などの一部の品目が著しく増加してはいるものの,穀物,肉類などの輸入が伸び悩んでいる。

食料品輸入の実質家計最終消費支出のうち飲食費に対する弾性値は,50年代において1.4と1を上回っているものの(前掲第 2-56表 ),同様に計測した40年代後半の2.0に比し小さなものとなっている。さらに,実質家計最終消費支出に占める飲食費の割合は10年前の約35%から現在は約31%まで低下してきており,56~58年度では実質家計最終消費支出は年平均3.0%増加したが飲食費は同1.9%の増加に止まった。これらの動向は,国民の食生活が量的にはほぼ満足し得る水準に達していることを反映しているものと見られ,この結果,最近の食料品輸入も,伸びが鈍化している。我が国の食料品輸入については,農業の特殊性を踏まえ,国内農業の健全な発展との調和を図るとの観点から必要最小限の国境調整措置を引き続き講ずるものの,自由貿易の維持及び国際協調の立場に立って適切に対応していくことが重要である。

(製品類輸入の動向)

このため,我が国の輪入を増加させる上で最も期待できるのは製品類の輸入である。今回の景気上昇局面でも,58年~59年度平均ドルベース13.9%増,同数量ベース15.4%増と高い伸びとなった。製品輸入のGNP弾性値は1.9と最も高い(前掲 第2-56表 )。価格の弾性値も他の品目に比べ高い-のでドル高が是正された場合も増加が期待できる。その内訳をみると素材型中間財が増えていることが分かる。製品輸入比率(ドルベース)全体が高まっている中でとくに素材型中間財(通関統計上の工業用原料のうち化学工業製品,金属品及び繊維品をここでは言う)の輸入に占めるシェアも50年7.2%から51年12.1%まで高まっている。同時に輸出に占める素材型中間財の比率の減少が目立つ( 第2-58図 )。こうした動きは,原材料多消費の素材型産業が産業全体の中で徐々に縮小し,その生産を徐々に比較優位を持つ途上国や資源国にゆだね,そこから輪入を増やしているためである。代表的な素材産業である化学,金属,繊維産業について,中間財輸入を原材料及び輸入動向と比較してみると( 第2-59図 ),総じて中間材の輸入が堅調に推移している一方,原材料はほぼ横ばいとなっている。化学産業においては,中間財を中心とする化学製品が高い伸びを示している。これは,同製品の国産品価格が輸入品価格に対して相対的に上昇していることが,一因と考えられる。金属産業においても,中間財である金属品の輸入増が目立っている。

(製品輸入は増加の方向)

我が国は製品輸入比率が低いことがしばしば指摘されており,59年度でも石油危機前の47年度29.4%とほぼ同じ30.3%にすぎない。しかしこれは,名目ベースによるものであり,原油価格の上昇等の価格変化の影響によるところが大きい。異時点間の製品輸入比率を正確に測るため,第1次石油危機前の昭和47年を基準年として価格変化を取り除き,実質製品輸入比率をみると47年度の30%から59年度には50%まで製品輸入比率は上昇している( 第2-60図 )。また製品輸入数量の生産に対する弾性値は1.9と我が国の対世界輸出のそれとほぼ同じであり,我が国は,製品輸入の拡大を積極的に進めてきている。

それにもかかわらず,我が国の輸入額の伸びが緩やがだったのは,以上みてきたとおり,原燃料価格の長期的な上昇に対応して,原材料を輸入し加工,輸出していた産業構造から,省資源省エネルギー型の高付加価値産業構造への調整を行ってきたことの結果だと言えよう。最近では,そこへ更に石油価格の短期的な下落の影響が加わって輸入額の伸びを鈍いものにしている。しかし今後はドル高が次第に修正されていくと期待されることもある。また前節で見たように太平洋諸国からの部品輸入や先端技術分野における市場アクセスの改善等による西欧諸国を含めた先進国からの完成財の輸入等を通じ製品輸入のより一層の拡大が進むことが期待される。

(市場アクセスの改善)

我が国の経常収支黒字が年間350億ドルにも及んでいること等を背景に,対外経済摩擦が高まっていることは,第1章第1節でみたとおりである。我が国は,戦後,世界の自由貿易体制の下でその恩恵を受け,急速な経済発展を実現することができた。しかし,この自由貿易体制は保護主義の台頭により現在危機にひんしており,我が国としても国際経済社会における地位にふさわしい役割を果たし,世界をリードするに足る「国際化」を進めることが求められている。

政府は,対外経済政策について基本的な視点から検討を行うため,対外経済問題関係閣僚会議より昨年12月に対外経済問題諮問委員会に対し,我が国経済の一層の国際化を進めるに当たっての中期的な課題などについて審議を要請した。同委員会は本年4月9日に提言をまとめた。その報告においては,政府が自主的,積極的に国際化の意図と目標を明確にすることが,実効ある対外経済対策のために不可欠であるとし,中長期的視点の重要性を指摘した。具体的には,①市場アクセスの一層の改善,②内需中心の持続的成長,③投資・産業協力の拡大,④新ラウンドの促進,⑤開発途上国への対応,⑥摩擦回避の努力の6点についての努力を求めた。政府としては,同報告を最大限尊重し,対外経済問題への中期的対応を図るため,市場アクセス改善のためのアクション・プログラムを策定し,そのフォロー・アップを行うことなどを同日決定した。

これを受けて,7月30日政府・与党対外経済対策推進本部は,「市場アクセス改善のためのアクション・プログラムの骨格」を決定した。その決定は,現下の世界経済の最重要課題である自由貿易体制の維持・強化のため,日本が,その経済力にふさわしい役割と責任を担うべきであると考え,自主的に打ち出したものである。その概要をみると,我が国が,新ラウンドの推進を主唱する立場にあることにかんがみ,「原則自由・例外制限」の基本的視点に立ち,我が国の市場が国際水準を上回る開放度を達成することを目標として,3年間にわたる「市場アクセス改善のためのアクション・プログラム」を策定し,確実に実施することとしている。その実施に際しては,同本部が強力なフォロー・アップを行うとともに,O.T.O.の充実・強化を通じて,苦情処理の責任体制を明確化する等により,実効を確保することとしている。また,その策定に引き続き,内需中心の持続的成長,投資・産業協力の拡大,開発途上国への対応等の対外経済問題諮問委員会報告の中期的政策提言を尊重しつつ,今後の政策運営に当たることとしている。貿易相手国に対しては,我が国に対する輸出努力を期待するとともに,自由貿易体制の維持・強化のための努力を希望している。

関税の分野では,中期的な観点からは,新ラウンドの推進を図るため,工業製品の関税交渉目標を提示するほか,目標に至る第一歩としてのハイテク製品の関税撤廃交渉等を行うこととしている。また,当面の関税上の措置としては,原則として61年のできるだけ早い時期から税目数で1,853品目の関税の撤廃・引下げを行うこととしており,具体的には,72品目の個別品目の関税の撤廃・引下げと,その他1,793品目にわたり,原則として20%の関税引下げを行うこととしている。さらに,特恵関税制度の改善も含まれている。輸入制限の分野においては,農水産品については,ガット及び関係国間の協議・交渉を踏まえ,我が国農水産業の実情に配慮しつつ,国際的動向に即した市場アクセスの改善に努め,工業品については,ガットの場において適切に対処することとしている。

基準・認証の分野では,外国検査データの受入れ,自己認証制度の導入・拡充等を図るため,40にわたる法律を総点検し,その結果,88事項の改革に思い切った措置を採ることとし,また,規格・基準の作成等に関し,すべての審議会等に外国関係者の参加を認め,透明性の確保を図ることとしている。輸入プロセスについては,手続きを極力簡素化・迅速化する措置を採ることとしている。政府調達の分野については,随意契約の縮減等の契約手続きの抜本的改善や,ガット政府調達協定対象機関以外への準用などを行うこととしている。金融・資本市場の分野においては,今後とも,「日米円ドル委員会報告書」等を踏まえ,自由化・国際化のための措置を着実に実施していくこととしている。

サービスの分野においては,改善措置を講じ,諸外国との交流を図るとともに,輸入や投資交流促進のための施策を推進することとしている。

このようなアクション・プログラムの策定・実施を通じ,我が国の輸入についても,製品輪入等の拡大が促進されることが期待されるが,その過程においては,我が国産業構造の転換が円滑に行われることが不可欠である。「国際化」はまず何よりも国内における調整にかかっている。

我が国は,その世界経済に占める地位を深く認識し,自由貿易体制の維持・強化,調和ある対外経済関係の形成及び世界経済の活性化を図るため,積極的な努力を行っていく必要がある。このため,我が国としては,今後とも保護主義の抑止と貿易の拡大均衡を目指し,内需中心の持続的成長を図るとともに,アクション・プログラムの策定・実施を始めとする我が国市場へのアクセスの一層の改善,輸入の促進等に努め,これとともに,新ラウンドの早期開始に向けて主導的役割を果たしていく必要がある。